──春の季節 四十六日目
「装備は完璧では無いが揃った。コボルトが無いから使えないが、ヤギのカードも手に入れた。だから今日から休んでいた上層探索を再開するつもりだ。何か質問は?」
食後のお茶を片手に問い掛けると、真っ先にグロリアが手を挙げた。
「てっきり新たな奴隷を買うまで金策すると思っていましたが、四人で上を目指すという事でよろしいのでしょうか?」
「ああ。適当に五人目を買うことも考えたが、安い買い物じゃないしな。せっかくだし、季節の変わり目のオークションを狙おうと思ってる」
季節の変わり目に開かれるオークションは、あのアラン*1がロクサーヌを出品しようと考えていた競り場であり、色んな奴隷商が手元に置いてる希少な奴隷や美姫を出品する、奴隷の期待値が高いオークションだ。
原作だとベスタを購入した場でもあるので、竜人族やまだ見ぬ種族が出品される可能性は大いにあると思っている。参加する為の伝が無い事が悩みの種だが。
「なるほど。良い人が見付かると良いですね」
「まぁ、こればっかりは縁と運が全てだ。最善を尽くすつもりだが、最高の結果が出るかどうかは誰にも分からん」
原作の反応を見る限り、エルフの女性はミチオポイントが高い傾向にあると思う。特にカシア。念入りに描写されていたぐらいだし。
ルティナも条件を満たしていると思うが、何というか美女を困らせたい男の子の面が強く出ていて見惚れるレベルでは無かった気がする。
ボディピアスの着脱を楽しんでいた印象が強すぎるだけと言われれば、全く否定出来ないんだが。
「怖いのは十七層以降の状態異常ですね。コボルトのカードさえ手に入れば睡眠耐性を狙えますが、他は在庫が無かったですよね?」
「無いな。サンゴはサギニの武器に使ったし、灌木は未だ手に入れた事すら無い。優先的に探してみるが、あまり期待はしないでくれ」
「という事は暫く薬頼みですか」
メローのその言葉に溜め息を軽く吐き出す。
改めて現状を確認すると、迷宮攻略が上手く行かない理由がよく分かる。明らかに恵まれている俺達ですら無い無い尽くしなのだ。
そりゃ、奴隷を使い潰しても仕方ないで納得が得られる世界になるわ。麻痺耐性の装備なんてたとえ皮装備でも一生物だろ。
「悲観しすぎても良い案なんて浮かびませんし、もっと簡単に考えた方が良いかも知れませんね」
「グロリアさんには何か案があるのですか?」
「いえ、全く。ですが主様の御力で私達の武器には強権の力が宿っています。ですので、敵のスキルは全て止めるぐらいの気持ちで向かった方が建設的かと思いまして」
「……確かにそうですね。サギニさんの石化の力もありますし、取り敢えず挑んでみるぐらいの気持ちで行きましょうか」
「が、頑張りますね」
いざとなったらオーバーホエルミングメテオクラッシュで殲滅した後、抗麻痺丸を飲ませる形で行くかね。
俺が麻痺ったら?その時は潔くグロリア達に任せるしか無い。毒とは違い、自力で飲めそうにも無いし。
◇
ダルの十五層は物凄く楽だった。十七層に到達した時に油断しそうなぐらい楽だった。
「弱点属性が揃った時の魔法使いは素晴らしいですね」
「私達はスキル兆候に注視するだけで良さそうです」
出現する敵はクラムシェル、マーブリーム、ケトルマーメイドの三種類。
五割ぐらいケトルマーメイドが現れるが、どれが出現しても土属性が弱点であり、サンドストーム六発、つまり三巡で沈む。メテオクラッシュなら一発だ。
「そういやグロリア。ダマスカス装備の具合はどうだ?」
「私の勘違いでなければHP吸収だけで回復が間に合ってる気がします。それぐらいダメージを感じません」
「そりゃ凄い。流石は総額
もちろん三割引させてもらったので、実際はもう少し安いが。
「わ、私より高価ですね……」
「サギニさん、安心してください。鎧を着ている私の
「…………えっ?」
「
日常会話のトーンで語るグロリアを見て、俺を見て、グロリアを見て、俺を見るサギニ。気持ちはよく分かる。
あの時は散財しまくってたし、十四万ナールで買えた事が奇跡なぐらいグロリアは優秀だ。だからサギニが疑うのも無理はない。
「私は貴族としての教育と両親のお陰で三十五万ナールでしたね」
「メロー様のその容姿で、その御値段は安すぎでは無いでしょうか……?」
「私は鍛冶師になれなかった落ちこぼれで、
「えっと、こう言って良いのか分かりませんが──敵です!」
サギニの声に反応して二人が飛び出し、その後を追ったサギニが二人に並ぶ。
編成は人魚、人魚、人魚、貝か。スキル発動兆候を見せたのは一体。そいつはすでにサギニの強権の前に平伏したが。
ちなみに人魚ことケトルマーメイドの容姿は、適当に想像した人魚の頭をヤカンに変更すれば大体合っている。
グロリア達の身体に慣れている俺からすれば魔物でしか無く、倒す事に何の躊躇いも生まれない程度の容姿だと先に告げておく。
ドロップ品は真鍮*2。黄銅やブラスとも呼ばれる、先史時代から人類文明の発展に貢献してきた銅と亜鉛の合金だ。
現代では電気製品の部品によく使われるが、日本人に馴染みが深いのは
ヤカンに使われる事もあるが、ヤカンの金色はシュウ酸アルマイト*3である事が多く、真鍮製のヤカンは何気にレア物かも知れない。
「サギニさん。先程は何と言おうとしたのですか?」
ドロップ品をこちらへ持ってくるついでに先程の続きを促すメロー。その両手にはシェルパウダーと真鍮が。
黄金として詐欺れる組み合わせだ。本人にそんな意図は無いと思うが。
「値段に見合わない方々しか居ませんね、と言うつもりでした」
「逆だ逆。安値で買い取って磨いたら、曇っていた本来の輝きが表に出て来ただけだ」
キャラクター再設定のお陰もあるが、間違いなく本人達にも素質があった。じゃなきゃ隻眼であんな動ける様にならないし、病弱な幼少期を過ごしたにもかかわらず、力任せに振るう鎚では無く、槍であんな戦える様にはならない。
「多くの人間が今までの常識に固執してるから気付かないだけで、野生の英雄は何処にだって居る。それを知っている人間からすれば、この世界は可能性に満ち溢れているよ」
主にロクサーヌとかロクサーヌとかロクサーヌの話だが。彼女はどう考えても英雄と呼ばれるに相応しい。
それを前提として受け入れれば、第二、第三のロクサーヌが居ても不思議では無いだろう。
「ま、今は原石探しより努力の時間だ。サギニ、案内を頼む」
「かしこまりました。次はこちらです」
新しい階層は端から攻略していくしか無いが、敵を狩らなければ稼ぎを得られない。
この両立が意外と難しい。俺とグロリアの時は敵を追い求めて探索を疎かにする事が多々あった。
その点、サギニは長い奴隷経験で案内する事が多かったらしく、その二つを見事に両立してくれる。
本人は気付いてないが、これも立派な才能だ。本人だけが気付いてないが。