午後の探索を始める前の昼食中。珍しくドアベルが鳴らされ、大声で名前を叫ばれた。
『ごめんくださーい!アカギ様は御在宅でしょうかー?』
「とりあえず出てきますね」
「頼んだ」
グロリアが席を立ち、玄関へ向かう。その間に残る二人と顔を見合せ、首を捻る。
「何の用だろうな?」
「川底の清掃は夏場でしょうし、何か事件でも起きたのでしょうか?」
「たぶん、新しい迷宮が開かれたのではないでしょうか?そういう場合、所在の分かる探索者や冒険者に声を掛けて回りますし」
「なるほど」
この家を契約した時は探索者だったし、それが一番有り得そうだ。
それから少ししてグロリアが手紙を持ちながら帰ってきた。それを受け取り、目を通す。
ちなみに文字はコツコツ解読して覚えた。これでも転移前は天才と呼ばれていた人間なのだ。難しい貴族の手紙を読める気はしないが、他の探索者達が読める程度の文なら造作も無い。
「サギニの予想通りみたいだな。どうやら新しい迷宮が開かれたらしい。ほれ」
「…………厄介な場所に開かれましたね」
「そうなのですか?」
「貴族街に近いという事は、街の権力者の住居に近いという事ですから。最優先討伐目標になるのでは無いでしょうか」
グロリアに手渡した手紙を覗き込んだメローが忌々しそうにそう語る。
「取り敢えず、俺は会議に参加してくるわ。お前達は家事でもやりながら待機しててくれ」
「「「かしこまりました」」」
さて、どれくらい拘束される事になるやら。
◇
「皆の者。良く集まってくれた」
集合場所に指定された商人ギルドの会議室へ入って暫く。壇上に現れた冒険者ギルドのマスターと思われる強面のスキンヘッドの普人族が、緊張した面持ちで口を開いた。
「皆も知っての通り、この街は皇帝陛下の直轄地である。故にそう遠くない内に帝都から騎士が派遣されるが、我々にはその前に露払いをする義務がある」
家を契約した時、そんな話は聞いてないんだが。
「なに、別に難しい事をしろと言う訳では無い。我々は我々だけの力で三十四層までの道を切り開けば良い。この場に集った英傑達なら容易い事だろう?」
『『『うぉぉぉぉぉ!!』』』
室内に響く怒号の様な歓声。集まった者達の士気が一瞬で最高潮に達し、何人かは今すぐ迷宮へ行こうとして職員達に押し止められている。
困惑しながらその流れを見守っていると、ギルドマスターが軽く手を上げ、探索者達を静めた。
「諸君らの働きは必ず皇帝陛下の耳に届く。否、私が必ず届けよう。もちろんギルドとしても報酬を惜しむつもりは無い。新たな階層を切り開いた勇気ある者へ手渡される報酬を増額、具体的には五倍にする予定である」
再び上がる歓声。それを聞きながら軽く計算。新規階層を開いた者へ与えられる報酬は、階層かける銀貨一枚が基本だ。三十層なら銀貨三十枚の報酬が得られる。
それが今回に限り、二層で銀貨十枚、十層で銀貨五十枚貰える訳だ。二十層以降は毎回金貨が貰えると考えると、かなりの大盤振る舞いだな。
それに加えて皇帝陛下に名を覚えてもらえるメリットがある。そりゃ盛り上がるわけだ。
「うむ、うむ。君達の様な英傑を送り出せる私は幸せ者だ。……こほん。それでは諸君、否、英傑達よ!自らの力で迷宮を切り開くのだ!その先にある富と栄誉が君達を待っているぞ!!」
『『『うぉぉぉぉぉ!!』』』
勢いのまま飛び出す探索者達を見送り、出入り口が空いてからゆっくり席を立つ。
帰ってからグロリア達に相談しないとな。何時もならスルーするが、探索報酬が美味し過ぎる。
◇
相談した結果、満場一致でトロムソの迷宮へ潜ることに決まった。貴族を目指している以上、皇帝からの覚えは良い方が後の役に立つという判断だ。
そんな訳でキャラクター再設定を弄り、デュランダルと魔結晶促進に極振りする。ジョブは一つ削れてしまうが、これは仕方ないと割り切った。
それよりも敵が固まっており、魔結晶を育てるのに向いた環境という事が大きいのだ。暫くデュランダルで一撃だし。
「……?何故、皆さんは迷宮に入らないのでしょう?」
「開いたばかりの迷宮はモンスターハウスがありますから。大方、生け贄を待っているのでしょう」
グロリアの疑問に答えたメローの表情に侮蔑の色が混じる。元貴族として迷宮討伐に真剣じゃない目の前の集団は許せないらしい。
「どうなさいますか?私達も待ちますか?」
「いや、それよりやりたい事がある」
「やりたい事……ですか?」
不思議そうな声色で尋ねたグロリアには応えず、代わりに入り口近くで待機している探索者の一団に近付いた。
「話してるところ悪い。誰かコボルトのカード持ってないか?今なら六千ナールで買い取るぞ」
「おいおい兄ちゃん。ここはオークションじゃないぜ?」
「俺達が迷宮の外で集まる事なんてそうそう無いんだから、この機会を生かさなくてどうすんだよ。それに聞くだけならタダだしな」
「あー、そういう考え方もあるか。確かに俺達は迷宮で出会ったら警戒する仲だしな」
「違いねぇ。確かに迷宮で会ったら武器の柄から手を離せねぇわ」
んー……意外に好感触だ。迷宮の中なら敵に近い中立だが、外なら問題無い感じか。
後は周りの目があるから安心しているってのもありそうだ。
「で、コボルトのカードだったか。一枚で良いならあるぜ?」
「お、マジか。六千で良いならすぐに買い取るぞ」
わざわざ呪文を唱えてアイテムボックスを開き、銀貨六十枚を取り出す。
「商人ギルドで鑑定しなくて良いのか?俺が言うのもなんだが、兄ちゃんと俺は今日が初対面だろ?」
「これだけ揃ってる面子の前で詐欺とか馬鹿でもやんねぇだろ。それに俺は自由民だ。詐欺られたら暴力で解決できんだよ」
「おー怖ぇ怖ぇ」
まぁ、鑑定してるんだが。
カードを受け取り、銀貨を渡す。それを自身のアイテムボックスで数えた探索者の男が満足そうに頷く。
「確かに六千ナールあるな。まいどあり」
「こちらこそ。また機会があったらよろしく頼む」
「次は何時会えるかわかんねえけどな!」
「それが難点だ」
探索者ギルドでわざわざ待つ仲でも無いしな。こういう機会を利用する程度の付き合いで十分だろう。
「なぁ、兄ちゃん。まだ買取続けるのか?」
「おう。財布が空になるまで買うつもりだぞ」
「それじゃ俺のコボルトも頼む。二枚あるぜ」
「了解。商談成立だ」
アイテムボックスから金貨一枚と銀貨二十枚を取り出し、別の探索者とも交換する。……今日だけでコボルト三枚か。今までの苦労はなんだったんだろうな。
「他のカードは買い取らないのか?アリのカードならあるぜ?」
「今日はコボルトだけで精一杯だ。ま、明日には買い取れるかもしれんが」
「って事はこれから潜るつもりなのか?知ってるだろうが、開き立ての迷宮は危険だぜ?」
「これでも腕に覚えがあるし、仲間も居るからな。何とかなるだろ」
視線をグロリア達に向けると、無言のままゆっくりこちらに歩いてくる。もちろん周囲の視線は釘付けだ。
「……ダマスカス一式の竜騎士か。かぁー!羨ましいな!他の奴隷も美人だし、俺も何時か兄ちゃんみたくなりたいぜ!」
「腕に覚えがあるなら盗賊狩りがお勧めだぞ?実力があるなら金貨を落とす魔物みたいなもんだしな」
「それが出来たら苦労しねぇよ!」
ふざけている様に見えるが、目の前の男は
転職したばかりで念のために待機してる感じかね。流石はベテラン、慎重だ。
「ま、そういう訳でそろそろ行くわ。生きてたらまた会おう」
「おう!気を付けろよ」
多くの視線に見送られ、グロリア達を引き連れて渦を通り抜ける。さて、白金貨目指して頑張るとしますか。