結局、俺の額金に羊を合成する事だけが決まり、もう一枚のコボルトはアリのカードを買い取れるかどうかによって変える事にした。
着実に全身スキル装備になっていく事にグロリアは大層恐縮していたが、メローの話によると一番奴隷という立場的には何も不思議な事では無いらしい。
だからこそ奴隷は序列を気にするという訳だ。恵まれた立場からの転落を恐れているとも言えるが。
まぁ、そんな訳で俺のダマスカス鋼の額金は無事に強化された。これでビープシープで事故る可能性は下げられるだろう。
スキル 睡眠耐性 空き 空き 空き
うーん、早く全部埋めたい。誰がどう考えても優先順位はグロリアなんだが。
「お、また会ったな」
迷宮の前に着くと、昨日も入り口付近で待機していた冒険者の男がこちらを見付け、軽く手を上げた。こちらも軽く手を上げ、挨拶を交わす。
「おっす。探索の方はどうなってる?」
「二層のままだ。昨日の抜け駆けのせいで先行組が探索時間を切り替えちまってな。あれから全く進んでねぇ」
「そりゃ冒険者ギルドも頭が痛いだろうな。抜け駆けするならもっと奥からだと思っていただろうに」
「全くだ。どいつもこいつも上からの覚えが良くなる事の大切さを理解して無さすぎる」
頭を抱える姿すら様になる冒険者と共に肩を竦め、軽く溜め息を吐き出す。俺も人の事を言えるほどの経験は無いが、何でベテラン組が待機しているのかを理解して無い探索者が多すぎる。
目の前の冒険者も含め、新人達の稼ぎを奪わない様に配慮してくれてるってのに……勿体無い。
「あ、そういやアリのカードはどうする?買い取れそうか?」
「お、五千ナールで良いか?それならすぐに買い取れるぞ」
「まいどあり!」
嬉しそうにアイテムボックスを開き、取り出したカードをこちらに差し出す冒険者。こちらも呪文を唱えてアイテムボックスを開き、銀貨五十枚を渡す。
「俺達も鍛冶師の知り合いが居れば狙うんだが、生憎そんな伝は無くてな。何時もならオークションに出品するが、今はここを離れる方が損だろ?だから買い取ってくれて助かったぜ」
「枠を一つ埋めるのは辛いもんな」
探索者のアイテムボックスはレベルに合わせて箱とスタック数が変動するが、冒険者のアイテムボックスは箱の数が五十、スタック数も五十で固定されている。
つまりカード一枚で箱を一つ埋めると、ドロップアイテムを五十個拾えなくなるのだ。流石にこれは勿体無さ過ぎる。他にも銀貨やら金貨やら薬やらで箱を使ってるだろうし、稼ぎに直結するアイテムボックスの空きはパーティでも死活問題となる。
宿屋に置いておくには高額だし、五千ナール前後で売れるカードは鞄に入れておくのも不安になる額だ。そりゃ安値でも捌ける時に捌くわ。俺でもそうする。
「何時もならそんな数を使わないんだが、低層だと数を稼げちまうからな。流石に捨てるのは論外だし、鞄で管理する事も覚悟してたぜ」
「その前に買い取れて良かったぜ。……それじゃ奴隷を待たせてるし、行ってくる。生きてたらまた会おう」
「おう!気を付けろよ!」
冒険者に見送られ、迷宮へと続く渦を抜ける。さて、二層の獲物は何かねぇ?
◇
「この匂いはスパイスパイダーですね」
二層に突入した直後、鼻をヒクヒク動かしたサギニが敵の報告を上げる。……スパイスパイダーか。低確率で毒を与えてくる面倒な魔物だ。
「戦闘は俺がやる。毒消しの準備だけは頼んだ。後は……特にないな。ま、気楽に行こう」
軽く指示を出した後、サギニの案内で敵が密集している場所を目指す。
武器はデュランダル。せっかく作ったが、ひもろぎのスタッフの出番は暫く無さそうだ。
「この角を曲がった先から匂いが漂って来ています」
「おっし、それじゃ行ってくる」
通路に飛び出し、そのまま敵の方向へ突っ込む──
「うおッ!?気持ち悪ッ!!」
想像してみて欲しい。自分の膝ぐらいの高さを持つ蜘蛛が、天井や壁にみっちり張り付いている姿を。
もちろんファイヤーウォールを張った。遊び人の枠も使って二連発だ。
「主様ッ!大丈夫ですか──ひぃ!?」
「ぐ、グロリアさん!?大丈夫ですか──ひゃあ!」
「素直に気持ち悪いですね……」
通路全てを封鎖するには足りず、ファイヤーウォールの隙間からその先の光景を見てしまった二人が悲鳴を上げ、サギニが冷静に感想を漏らす。
その間にも近付いてくるスパイスパイダーを片っ端から切り殺し、靄へと変えていく。
「サギニッ!二人と共に後方警戒ッ!!下がりながら殺るッ!」
「わ、分かりましたッ!」
効果時間の切れたファイヤーウォールを再展開。これだけでかなり楽になる辺り、迷宮における魔法使いの必須さが良く分かる。
それから壁を展開しつつ狩り続け、十分ほどして全ての蜘蛛を狩り尽くした。ドロップ品は
日本ではコリアンダーの名前の方が有名か。漢方の一種で、効能は消化を促進し、胃もたれを改善する。
カレーでも作れと言うのか。米も無いのに。……いや、ナンならワンチャン行けるか。
余談だが、パクチーとコリアンダーは同じ植物から取れる葉か実かの違いしか無い。
そして『本草網目』*2にはこう書かれている。
『凡そ一切の補薬及び薬中に白朮、牡丹のあるものを服したものはこれを食ってはならぬ』
まぁ、つまりだ。パクチーの大量接種は腸に負担を掛ける行為なので、健康を望むなら薬味程度に抑えておけという話だ。何故か山盛りにしたパクチー料理が定期的にブームになるが。
「二人とも大丈夫かー?」
「ま、まだ心臓がドキドキしてます……」
「わ、私もです……」
不整脈かな?なんて冗談を言えないぐらい、あの光景は気持ち悪かったから、お前らの気持ちは良く分かる。
「確かに気持ち悪い光景でしたね。出来れば二度と見たくないですが……この階層を探索する限り、覚悟はしておいた方が良いでしょう」
「サギニは割と余裕あるな?俺ですら鳥肌立ったのに」
「胸を張れる様な話ではありませんが、私は奴隷生活が長いですから。買われたばかりの頃は閨を共にするお陰でマシですが、飽きられる頃には虫と共に寝起きする事が多かったので慣れたのだと思います」
「いや、最低でも十万ナールする奴隷をそんな馬鹿な扱いする訳ない──」
だろ?と続きを口にする前に、サギニが諦観の目で答えを口にした。
「奴隷を買える人にとって万能丸は高い品ではありませんから」
「……なるほど。そういう事か」
病気にならない様な生活を送らせる俺とは違い、この世界の人間にとって奴隷とは
だから病気に罹らせない手間賃より、軽い病気になった後に万能丸を飲ませれば良いという思考に行き着く。行き着いてしまう。
最低限の衣食住とは文字通り
考えてみれば盗賊が奴隷として売られる世界だ。奴隷落ちは罰としての側面もあり、見た者がその身分になる事を忌避する『見せしめ』は絶対に必要だ。
それを怠れば、奴隷落ちした方が暮らしが良くなる人間は望んで罪を犯す。明日を望めない苦労する生活より、間違いなく明日を生きられる奴隷としての人生を選ぶ奴は必ず現れる。
水は低きに流れ、人は易きに流れる。
現代でも生活苦を理由に罪を犯し、刑務所暮らしを選ぶ奴がいるのだ。貧民層より良い暮らしを送る奴隷という矛盾した存在は、社会的に稀有な存在でなければならない。そうじゃないと奴隷という身分の存在する社会は崩壊してしまう。
ロクサーヌが加賀道夫に対してあんな忠誠を誓う訳だ。ロクサーヌにしてみれば、おとぎ話の救世主じゃねぇか。
同時にルティナにキレたのも当然だ。大当たりの御主人様に対して生意気な態度を取ったんだから、そら怒髪天になるわ。
「あ、あの、御主人様……?」
「気にするな。やりたくなっただけだ」
いきなり頭をワシャワシャした俺を不思議そうな表情でサギニが見つめる。うーん、サラサラした良い髪質だ。流石は俺、天才の称号が伊達では無い事を世界に証明しちまってるぜ。
「さて、次の場所に案内してくれ。遅くなると出来立てのパンを買い逃すからな」
「わ、分かりました。次はこちらです」
ボサボサになった髪を手櫛で直しながらサギニが次の場所へ向かって歩き出す。その後ろを歩きつつ、嬉しそうにピクピク動くサギニの尻尾を眺める。
本当に良い拾い物だった。何度も売られて尚三十万ナールの価値が付いたという事は、
つまり、サギニは俺の奴隷の中で最高額の値段だった疑いがある。下手すりゃ六十万から八十万ナールの価値が付いていたかも知れない。
実際、食わせて磨くだけでどんどん妖艶な雰囲気を漂わせてるしな。いや、取り戻してるが正しいか。
(後は胸を張れるだけの自信が付けば文句無いんだが──)
まぁ、それはこれからの課題か。時間はまだあるんだ。ゆっくり磨いていくとしよう。