中堅層の参戦は想像以上で、監督役の冒険者の手元には八割以上埋められている地図があった。俺達が探索した分を含めれば、ほぼ完成したと言って良い出来だ。
「ここまで地図が完成してるのに誰もボス部屋を引けてねぇって逆にスゲェよな」
「俺も含めて運悪すぎだろ」
周囲に居る探索者達もこれには思わず苦笑い。俺達にはチャンスすら無かったが、地図を見る限りだとボス部屋の直前で帰還した探索者も居たようだ。
まだ行けるはもう危ない。この言葉で不利益を被る例を初めて見た気がする。いや、判断としては正しいんだが。
探索者の一団に別れを告げて帰宅。温泉で身体を磨いてから私服に着替え、帝都へ向かう。目的地はもちろん服屋だ。
店に入った瞬間、店員の表情が僅かに硬直したが、それ以外は要望通りの対応に満足。計測の為にグロリア達を預け、店主と共に別室へ向かう。
「どれくらいで出来そうだ?」
「出来れば仮縫いで二日、本縫いで一日頂きたいです。発案者であるアカギ様の品という事もあり、職人達が熱望しておりますので」
「了解した。本縫いまで毎日寄るとしよう」
「ありがとうございます」
たかがブラやショーツにここまでする?と思うかも知れないが、オーダーメイドならこれが普通だ。
というか現代が早すぎるだけであって、本来のオーダーメイドは何度も仮縫いの為に店へ通い、職人と二人三脚で
例えば男の戦闘服であるスーツ一式をフルオーダーで頼む場合、三ヶ月から半年は覚悟した方が良い。
何度も仮縫いの為に通い、自分だけの一着が出来上がるのをじっと待つ。
それが出来ない人間にはフルオーダーを着る資格が無く、大人しく既製品で我慢しておいた方がお互いの為だ。
なにせ日本で言うところの国宝級の職人なら三年先まで予約が埋まっている事もざらだし、客側も
それにフルオーダーは購入したら終わりじゃない。毎日の手入れは当然で、ズボンも
スーツが立派でも靴の手入れを怠れば低く見られるし、場にそぐわないスーツを着ていけば笑い者になるだけ。
もちろん腕時計やポケットチーフも忘れてはならない。僅かな妥協は大きな失点。それを忘れた者から道化に堕ちていく。
それら全てを把握し、ホストが作り上げた場に相応しい装いで応え、尚且つ場の空気を読んだ言葉を交わして初めて
社交界で金に余裕があっても、時間に余裕の無い成金が浮くのはこれが理由だ。常人とは時間の使い方が違うのだ。本当の金持ちってやつはな。
「ところでアカギ様。一つだけ質問してもよろしいでしょうか?」
「ん?答えられる事なら構わないぞ?」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
そこで一度言葉を区切り、店主が背筋を伸ばす。釣られて俺の背筋も伸びた。
「どうして当店を選ばれたのですか?こう言ってはなんですが、帝都には他にもたくさんの素晴らしい店があります。その中で当店をお選び頂いた事には何か理由があるのですか?」
「んー……」
原作に登場した聖地だから──では意味が通じないか。適当にでっちあげるかねぇ。
「理由を挙げろと言われれば幾らでも挙げられるが、一番は店員への教育だ」
「教育ですか?」
「おう。大抵の奴はグロリアの胸を見て興奮し、顔の傷を見て残念そうにするんだ。で、次に見たメローやサギニと比べ、グロリアを下に見る。俺の一番奴隷はグロリアなのにな?」
「……なるほど」
「その点、この店は俺の奴隷を全て
まぁ、即興で考えた事なんだが。
「確かにそうですね。御来店下さる御客様の中には毎回違う女性を連れてくる御方もいらっしゃいますから」
「客側の意見としては客ごとに対応を変える店は信頼出来ん。特に俺らみたいな探索者は浮き沈みが激しい職業だ。好調な時は良くても、不調な時の対応が鼻につけば、二度と敷居は跨がん」
「肝に銘じておきます」
会話が一段落した時を見計らっていたかの様に扉が叩かれた。店主の背後に控えていた男の店員が扉を開けると、そこにはグロリア達を引き連れた年配の店員の姿が。
「ご歓談中失礼します。計測が終わりましたので御客様をお連れしました」
「御苦労。後は私が引き継ぐ。仕事に戻ってくれ」
「かしこまりました」
一礼して出ていく所作すら完璧だと、もはや感嘆を通り越して呆れるな。まぁ、一流ってそういうもんなんだが。
買い物してから帰る事を店主に伝え、グロリア達の新しい服を購入して店を後にする。
その足でそのまま貴金属を扱う店へ突撃。昨日のリベンジだ。
「一人金貨五枚以内で好きなのを選べ。俺はその間にアクセサリーを見てくる」
「よろしいのですか?安い品物ではありませんが」
「服だけ立派でも他が貧相だと片手落ちだしな。靴屋にも行くつもりだから、全体図を想像しながら買うと良い」
「分かりました。主様の慈悲に感謝を」
深々と頭を下げるグロリア達に軽く手を振り、探索者用のアクセサリーを扱う区画へ向かう。
流石にミサンガは置いてないが、原作にも登場したイヤリングは置いてある。形状には融通が利くらしく、同じ形状の物は余り無いようだ。
スキル 空き
スキル 空き 空き
スキル 空き 空き
効果は不明。スキル枠が少ない割に値段は高い。
オリハルコンイヤリングなんて二十万ナールするぜ。装飾品なんだから当然と言われれば確かにそうなんだが。
虎目石はタイガーアイとも呼ばれる半貴石*1で、その効能は金運と仕事運だった筈だ。
石言葉は勇気、決断力、成功の三つ。
うん、そりゃ探索者に売れるわ。この世界に石言葉の文化があるのか知らんが。
ボディピアスはトルソーに飾られていたのを鑑定した。ここまで堂々と展示しているのは文化の違いかね?
それからふらふらと見て回ったが、スキスロ二枠でお手頃価格のアクセサリーは見付からなかった。
迷宮のボスが武具を破壊する以上、スキル無し装備に着替え、逓増と身代わりを付けたアクセサリーを主力にして討伐するしか無い*2のだが……残念ながらそう上手い話は無いらしい。
……うん、一般的な探索者が迷宮討伐に至らない原因が次々判明していくな。
探索の為の装備と討伐の為の装備を別に用意する必要があり、スキル合成を依頼する為の資金も必要となる。
そこにカード代と
気の合う仲間と共に成り上がるルートも無くはない。が、果たして意思疎通がしっかり取れて、最後まで付き合ってくれる仲間を引ける確率はどれくらいのものやら。
白金貨三枚稼ぐより大変そうだと思うのは、俺の気のせいだろうか。
「主様」
「──っと、悪い。考え事してた。欲しい物は決まったか?」
「はい。でも本当によろしいのでしょうか?」
「流石に来る度に買ってはやれないがな。ま、気になるなら迷宮働きで返してくれ。それが一番助かる」
「……分かりました。これからもっと頑張りますね」
店員を呼び、三人の求める物を購入する事を告げる。グロリアは髪色に似合うルビーのゴールドイヤリング、メローは深みの強いサファイアのプラチナイヤリング、サギニはスフェーンのゴールドイヤリング。
三人とも髪色に合わせた宝石を選択したらしい。
宝石が小粒故にこの値段に収まったみたいだが、それが逆にゴテゴテしてなくて上品な雰囲気を醸し出していた。
「あ、ついでに
会計に混ぜたのは銀十字のシンプルなネックレスだ。お値段は一万ナール。
二スロのアクセサリーで、装飾品というより装備品扱いの品だ。絹のローブと同じように普段使いも出来そうだが。
「かしこまりました。──そうですね。美しい御三方をこれから彩る宝石達の旅立ちを祝して、十一万二千ナールでいかがでしょうか」
三割引やったぜ。
「丁度ある筈だ。数えてくれ」
「…………確かに。お買い上げありがとうございました」
支払いを終えて店を出ると不意に服を引っ張られた。振り向けば、そこには強張った顔のグロリアとサギニの姿が。
「どうした?」
「一度、荷物を置かせて貰えませんか?このまま買い物は怖すぎます……」
「あー……分かった。それじゃ人気の無いところから飛ぶか」
適当な裏通りから自宅へ飛ぶと、二人は脇目も振らずに二階へ消えていく。
「……あんな様子で身に付けられるのかね?落としたら大声で泣きそうなんだが」
「二人にとっては初めての貴金属ですし、大事に箱に仕舞うのでは?」
アクセサリーの意味よ。いや、好きにしたら良いんだが。
「メローはどうする?置いてくるなら待ってるが」
「んー……そうですね。せっかくなので私も行ってきます」
「分かった。俺は居間にいるわ」
ペコリと綺麗な御辞儀を見せたメローを見送り、御茶を淹れて一息つく。
今日の夕飯は外で食べるかね?流石にデートの〆に夕飯の買い出しは許されないだろうしな。