──春の季節 五十二日目
村娘から貴族の娘にランクアップを果たした三人の
とはいえ何時までもベッドに居る訳には行かない。貴族になる為には迷宮探索が必須であり、義務だ。
名残惜しいが温泉で汗を流し、探索の準備をするとしようか。
◇
「おはようさん」
「おはよう」
何時もの様に監督役の冒険者と挨拶を交わす。
未だお互いの名前を知らないが、気付けば今更聞くのも憚れるという奇妙な状況。だから俺も、彼も、お互いの仲間達も苦笑いだ。
「今日はどうする?十七層まで開いてるが」
「俺はともかく奴隷達はそこまで深い階層を経験した事が無くてな。地図は写させて貰うが、今日からは地道に登る事にするよ」
「了解。頑張れよ」
ちなみに言うまでもないが、迷宮経験が一番浅いのは俺だ。グロリア達も目の前の監督役も俺の嘘に気付いた様子は無いが。
ボス部屋へと続くルートを十六層まで写し、別れを告げて迷宮へ潜る。ボス部屋が空いてくれていると助かるが……望みは薄いかねぇ。
「昨日からの続きでは無いのですね」
「ボス部屋の位置が正反対だったんだ」
「……運が無いですね」
「人が居ない方へ進んでいたから仕方がないさ」
尋ねてきたメローに肩を竦めてみせ、軽く溜め息を吐き出す。この状況も楽しめているから何の問題は無いんだが、だからと言って納得できるかと言われると……うん、辛ぇわ。
「ま、俺達の運の無さは置いておこう。それより探索を始める前に一つだけ言わせてくれ」
これから言葉にするのは、アクセサリー屋で思い至った懸念に対する対抗策。効果が出るかは不明だが、やらないよりはマシという気持ちだ。
「迷宮のボスは武具を壊す。その対策に俺も色々用意するつもりだが、お前ら自身にも成長して貰いたい。──まずはグロリア」
「はい」
「出来るだけ敵の攻撃を躱せ。受ける時は左手の剣で受けろ。慣れるまではどれだけ食らっても治してやる。だから最上階のボスに辿り着くまでに慣れてくれ」
「かしこまりました」
ロクサーヌさん程の回避は期待してない。だが右手の剣を壊さない様に戦えるだけでだいぶ楽になる。
だからこその指示であり、一番奴隷への期待でもある。頑張って欲しいわ、本当に。
「メローとサギニに求める事も同じだ。基本的に敵の攻撃は全て避けろ。盾や武具で防ぐのは回避不能な時だけにしろ。それさえ出来れば、ボスに対してスキル付き装備で戦える様になる」
「装備の使い捨ては行わないのですか?練習するにも時間が掛かりすぎると思いますが」
疑問の声を上げたのはメローだ。
「いや、最初の内は壊しながら討伐する事になると思う。ただダマスカス装備一式や竜革装備を毎度壊しながら戦い続けられるかと言うと……な?」
奴隷村組は顔をひくつかせている。お前らにとっては着るのすら畏れ多い装備だもんな。気持ちは分かる。
貴族として討伐時の苦労話を俺より詳しく聞いているメローは、その時の事を思い出したのか大きく溜め息を吐き出した。
「そういえば、お爺様達も迷宮攻略の時は一族総出で素材を集めて量産していましたね。ドワーフは回避が得意な種族では無いので、攻略時に壊れる武具の数はそれはもう凄い量で……」
「だろうな」
一戦でどれだけの量のダマスカス装備やオリハルコン装備が塵に消えたやら。
鍛冶師がアイテムボックス使える理由って、どちらかと言うとこっちが本命だろう。正面からの殴り合いが得意な代わりに迷宮ボスが苦手な種族というか、それしか手段が無いというか。
「ま、そういう事情もあるから頑張ってくれ。一、二年で上達しろとは言わんが、五年で形に、十年後までに物にしてくれると俺としては助かる」
『『『かしこまりました』』』
「よし、それじゃ行くぞ」
先頭は何時も通りサギニ。何時もと違うのは地図を見ながら道の指示をしているぐらいだろう。
魔物との戦闘には少しだけ変化があった。ちょっとだけ被弾が増え、全体回復を使う回数が多くなった。
とはいえ許容範囲を超える程の増加ではないし、何より二人の武器に付けたHP吸収が活躍してくれているお陰で想定していたよりもMP消費は少ない。
少なくとも、狩りに影響を与える事は無いだろう。
そんな状況で苦戦する筈も無く、あっさりボス部屋に到達。早朝から潜る探索者は上を目指しているのか、待機場も物も空いていた。
取り敢えずデュランダルを取り出してグロリアに渡し、ジョブを付け替えて博徒を付ける。
「ボスのネペンテスはサラセニアを大きくした魔物だ。魔法を使ってくるらしいが……俺達には関係ないな」
強権を振りかざす事に躊躇いは無いぜ。
「消化液の弾速や強さは間違いなく上がってるから、雑魚と同じだと思うと痛い目を見るぞ。それだけは気を付けてくれ。それじゃ行くぞ」
突入と同時に扉が閉まり、二つの靄が集う。小さな靄から現れたのはクラムシェルか。大きな方は
「ッ!散開ッ!」
──サラセニアより巨大化した消化液改め消化
幸いな事に当たった人間はいない。着弾地点がジュワジュワと音を立てて溶けている事を除けば、特に問題は無さそうだ。
俺が状況を把握している間にグロリアがネペンテスに張り付いた。残る二人はクラムシェルを叩き始める。
まずはクラムシェルに状態異常耐性ダウン。続いて魔法使い枠でサンドストームを放ち、その後にファイヤーストームを放つ。
クラムシェルの弱点は土、ネペンテスの弱点は火。こういう時に雷魔法が欲しくなる。
「予想以上に伸びますねッ!避けるのも──ッ!」
ネペンテスが触手の様な蔓で薙ぎ払う。最初は回避しようと試みたグロリアだったが、途中で諦め、ダマスカスの剣で受けた。
さらに伸びた蔓が剣を基点にしなり、メロー達にも襲い掛かる。
「これは──想像以上に大変ですねッ!」
「全くです!避けるのがこんなにも大変とは!」
取り敢えず全体回復を使い、ついでにネペンテスに状態異常耐性ダウン。そして先程の魔法を繰り返す。
何気に被弾ゼロで普通に戦っているサギニが凄い。やっぱり獣戦士の取得条件は被弾ゼロ討伐で確定だと思う。
どう考えても種族的に回避が得意そうだし──
「よっと」
飛んできた消化液を横に動いて避ける。確かに弾速は速くなったが、距離があるので
むしろ着弾地点から飛び散る飛沫の方が面倒臭いかも知れない。次からはサンドウォールで防ぐかね?
クールタイム明けに三巡目の魔法を放つ。これにより、やっとクラムシェルが落ちた。
「私はあちら側へ向かいますので、サギニさんはこちら側でお願いします」
「分かりました」
メローが駆け足で反対側に回り込み、サギニがネペンテスに斬りかかる。どうやら今回は石化しない日らしい。
諦めて魔法使いの枠でファイヤーボール、遊び人枠でファイヤーストームを放つ。残念ながらこれだけでは止めまで行かず、最終的にグロリアがデュランダルで止めを刺した。
ドロップ品にも特別な物は無い。せめて蛤は欲しかった。
「お疲れ。意識して動いた感想はどうだ?」
「自分の実力不足を実感しました。ネペンテスだけでも厳しいです。今の力量ではお供にまで意識を回せません」
しょんぼりしながら感想を述べたグロリアから半夏を受け取り、滋養剤に変える。
ちなみに半夏はサトイモ科の多年草で、確か『カラスビシャク』という植物の根茎を乾燥させた漢方薬だ。
悪心*1や嘔吐、消化不良、
この世界には居ないがな!
「私はグロリアさんより酷いですね。どうしても防ぐ事に意識が向いてしまい、何度か避けられる筈の攻撃を食らってしまいました」
「まぁ、メローの場合は武器的にも仕方ないだろう。俺も最初から完璧に出来るとは思っていないし、ゆっくり慣れてくれ」
「はい。ご期待に応えられる様に頑張ります」
「おう。それじゃ予定通り、滋養剤に切り替える為に周回するか。目標は三十個な」
つまり、ネペンテス十周だ。半夏一個で滋養剤三個は美味しすぎる。
それからボス部屋が混むまでの間、ひたすらボス戦を繰り返した。その戦果は上々。少なくとも暫く回復薬を買う必要は無いだろう。
回避訓練の方は上達した気もするし、敵の動きに慣れただけな気もする。なので判断は保留する。
少なくともグロリア達に初見スキルを軽々避ける回避力が無い事だけは確かだ。サギニですら予想外のところから飛んできた蔓に被弾したしな。
◇