午前の迷宮探索は一時間と少し遅れて始まった。流石にこの時間だと上を目指すのを諦めるしか無く、最初から稼ぐ目的に切り替える。
キャラクター再設定を経験値特化に変え、最近押され気味なので色魔と博徒のレベリング。色んなタイミングでコツコツ育てていたお陰か、両方とも無事に四十に届いてくれた。今夜は寝かさないぜ。
腰の負担が気になる事から目を逸らしつつ、昼食を食べた後に汗を流して仮縫いへ。ここ最近の楽しみの一つだ。
その後は何時も通り午後の探索を開始する。午前中の締めに十七層は越えておいたので、十八層から探索再開だ。
「ハットバット、ピッグホッグ、グラスビーの並びか」
遊び人にセットしてるサンドストームは変更しなくて大丈夫そうか。本当は小まめに変更するのが一番良いんだが、遊び人のクールタイムに引っ掛かるのが悩ましい。
何事も甘くないな。当然だが。
「その並びですと、残るのはグラスビーですか。毒に気を付けなければなりませんね」
並びを聞いて感想を漏らしたグロリアに軽く頷く。
「毒消し丸は取り出しやすいようにポーチに移しておけ。俺も移す」
『『『かしこまりました』』』
少しだけ時間を取り、リュックからポーチへ薬を移していく。ポーチには複数の薬を纏めて入れられるだけの容量はあるが、俺達は敢えて探す手間を省く為に入れる薬の種類を一種類に絞っている。
竜革を手に入れたら改造するかね?滋養剤や強壮剤の形に合わせた試験管ホルダーを増設するぐらいなら俺でも出来るし。
「準備完了しました」
「よし、それじゃ行くぞ」
それにしてもグラスビーか。カード五枚ぐらい落としてくれると助かるんだが。
◇
探索を開始して最初に襲い掛かって来たのは、蜂、蜂、コウモリ、コウモリ、豚の一団だった。迷宮の仕様上、仕方ない事なのだが豚が浮いて見える。
「蜂は私が引き受けます」
「では、私は豚とコウモリを担当しますね」
「それでは残りのコウモリは私が」
最低限の言葉を交わし、動き始めた三人の後ろからサンドストームを放つ。さらに追加でもう一度。
その後はクールタイムが明けるのを待ちつつ、コウモリを警戒するだけの簡単なお仕事だ。俺も殴りてぇ。
「やはり二体が相手ですと、回避を意識する余裕がありませんね。防ぐだけなら出来るんですが」
「そうですね。私も槍の間合いのお陰で何とかなってますが、全てを避けるのは厳しいです」
二人が被弾する度に全体回復でフォローしつつ二巡目に入る。迷宮に挑む度に少しずつ判明していくロクサーヌさんの実力よ。遠目から見てる限り、グロリア達の動きもそう悪いもんじゃないんだが。
「──ッ!すいません!コウモリを
「あいよ」
メローが抱えていたコウモリが高く飛び上がった。槍だから妨害できる距離だった筈だが、落ち着いて豚と対峙する事を選んだみたいだ。冷静な判断だな。
天井付近から一直線に飛んでくるコウモリの進行ラインから一歩外れ、減速したところを壁に向けて殴り飛ばす。そうして捻り出した時間を活用して三巡目のサンドストームを発動。蜂以外がアイテムに変わった。
残りは毒針を発動しようとする度に強権の前にひれ伏している蜂だけだ。通常攻撃にも毒の追加効果はあるが、防毒装備のグロリアなら関係無い。
余りダメージを与えてない蜂へブリーズボールを二発放って落としている内に、メロー達が残る最後の一匹を沈めて戦闘終了。全体回復を使って次に備えた。
「主様。こちらがドロップになります」
グロリアが持ってきたのは、グラスビーのドロップだ。濃い黄色の蜂の巣にしか見えないそのアイテムの名は──
「蜜蝋か」
革製品の艶出しや床板のワックスとして使える他、キャンドルやフランス発祥のお菓子、カヌレにも使われている素材だ。
他にも保湿性の高さを利用して化粧品、薄手の布に削った蜜蝋をまぶし、アイロンで焼けば食品梱包用のラップフィルムとしても使えたりする。
つまり、とても便利な天然素材だ。
天然素材故にカビが生えやすいという事と、乳幼児に使うとアレルギーを引き起こすという欠点があるので、使用時や保管方法に細心の注意が必要な事が手間と言えば手間か。
逆を言えば、それぐらいしか欠点は無いが。
「ボスのキラービーのドロップは蜂蜜*1で合ってるか?」
「はい。その上が『ロイヤルゼリー』と呼ばれるとても栄養のある食べ物だった筈です」
答えてくれたのはメローだ。鍛冶師の一族で元貴族という出自のお陰で、こういう迷宮の情報を把握してくれているのは本当に助かる。
というか上位の時点でロイヤルゼリーなのか。こりゃ最上位はプロポリス*2辺りか?
「……主様?」
「悪い、ちょっと考え事してた。サギニ。グラスビーが多いところに案内よろしく。蜜蝋を少し集めたい」
「かしこまりました。それならボス部屋から離れてしまいますが、次の十字路を右折です」
サギニの先導で迷宮を歩き、グラスビーが多い編成を狙い撃ち。蜜蝋なんて便利な物を落とすお前らが悪いのだ。俺の生活の為に死んでくれ。
それから二時間ほど蜜蝋を集め、今度はキラービーから蜂蜜を奪いに行く。
「ボスのキラービーは見た目通りの火力の高さと、確定で毒を与えてくるスキルが強力な魔物だ。……まぁ、俺らにとっては関係無いが」
強権三本は伊達じゃない。というかボスがスキルを使えたところを見たことが無い。
「一応、普通の攻撃でも毒を食らう事があるそうなので、私とサギニさんは注意しておきましょう」
「分かりました。気を付けますね」
簡単な会議を終えたら設定を弄り、ボス部屋へ突入。見飽きた黒い靄が集い、キラービーが現れる。
「雑魚はラブシュラブか」
火弱点の魔物なのでブリーズストームのダメージは等倍。サギニの石化に期待だな。
対ボスのテンプレ化した状態異常耐性ダウンから始まる一連の動きを一通り終わらせ、クールタイムを終えるまでの観察時間。
キラービーは耳障りな羽音を響かせ、
それを丁寧に捌くグロリアの動きに淀みは無い。回避する余裕すらあるのか──
「────ッ!!」
「御主人様!?」
「大丈夫だ!気にするな!」
慌てて振り向いたメローに声を掛け、ラブシュラブに集中させる。
間一髪だった。あと一秒でも反応するのに遅れていたら、ラブシュラブの射出した枝が頭に刺さるところだった。
レベル差補正と装備のお陰でダメージ自体は少ないとはいえ、頭に直撃は勘弁してほしい。気絶する危険性はあるだろうし。
軽く深呼吸して鼓動の早くなった心臓を静め、二巡目のブリーズストームを発動。ついでにボスの耐性を下げておく。
──すると、そのタイミングで今度はサギニが躱した枝が飛んできた。
「す、すいません!」
「大丈夫だ」
枝をガントレットで防ぎ、三巡目に移る。
今回の戦場は流れ弾が凄い。ラブシュラブが現れる階層は覚悟しないと駄目そうだ。
その後はそんな俺の警戒心を嘲笑うかのように何も起きず、無事に四巡目のブリーズストームでキラービーの討伐に成功。残るラブシュラブは全員で袋叩きにしてアイテムに変えた。
「強かった──というより、俺の怠惰が原因か」
ボス対策でグロリアの後ろに立っていたが、大人しく背後に回るべきだった。こちらを向く一手間があれば、回避行動に移れるし。
「私達が反対側に回り込みますか?」
「いや、後衛を動かすさ。前衛は敵に集中してくれ」
こう考えると駿馬も悪くないな。コボルトが無いから入れられんが。