──春の季節 五十四日目
戦闘中の立ち位置を把握する為にキラービーを連戦した結果、午後の時間を使い切り、昨日は探索終了。
戦利品の蜂蜜は売らず、アイテムボックスに確保した。もちろん蜜蝋も売ってないし、豚バラも売ってない。
稼ぎは少量あれば十分な塩安だけだったので、千ナールにも届かなかった。暫くはこんな日が続きそうだ。
「おっ、来たな!」
「おっす」
いつものようにレッジ達と挨拶を交わした後、お互いに軽く近況報告。まぁ、昨日会ったばかりだし、当然、話題になるのはスキル武器なんだが。
「ミツルと嬢ちゃんのお陰で安定して戦えるようになったぜ。本当にありがとな!」
「おう。役立ったみたいで何よりだ。だけど無茶はするなよ?お前はもう貴族なんだから」
「わーってるって。迷宮ボスに挑むならともかく、雑魚相手に無茶はしねぇよ」
全員、転職したばかりだしな、と言葉を締めるレッジ。
「そういや、一人ずつ転職して上の階層で狩ろうとは考えなかったのか?」
「もちろん考えたさ。だけど俺の貴族としての親がな?領地に迷宮が存在しない内に力を蓄えた方が良いって助言をくれたんで、それに従うことにしたんだ。いざとなったら討伐を助けてくれるって話もあったしな」
予想はしていたが、派閥による手助けは当然あるのか。まぁ、
「それなら早いとこ力を取り戻さないとな。応援してるぜ」
「おう!今日も稼いでくるぜ!」
迷宮に消えていくレッジ達を見送り、今度は騎士団所属の探索者の下へ向かう。地図を写させて貰う為だ。
「もう二十三層まで開いたのか」
「昼夜問わず皆さんが探索してますからね」
その言葉を聞いて地図を写すのを一旦止め、周囲を軽く見回す。
見た目こそバラバラだがスキル付き装備を身に付けている熟練者組の他に、騎士団所属の統一された装備を着込んでいる冒険者らしき人間もたくさん居た。
流石は直轄領。投入される人材の層が凄い。
「……よし。それじゃ俺達も行ってくる。世話になったな」
「御武運を」
探索者に見送られ、グロリア達を引き連れてダンジョンウォークを潜り抜ける。十九層の敵は何だろうな?
◇
「十九層はビッチバタフライか。スキルは麻痺効果付きの鱗粉を撒いてくる。出来れば止めたいところだが……」
「グラスビーの毒針にも注意しなければなりませんし、大変な戦いになりそうですね」
グロリアの言葉に軽く溜め息を吐き出す。トロムソの十九層に現れる敵はビッチバタフライ、グラスビー、ピッグホッグの三種類。
「俺は風魔法で蛾と蜂を狙う。豚は任せた」
『『『かしこまりました』』』
遊び人の枠にブリーズストームをセットしたら探索開始。十九層のボス部屋は最短距離を通っても最奥に近いので、わざわざ敵を探すことはしない。──まぁ、普通に遭遇するんだが。
「敵です。匂いは──蝶、蜂、豚。蝶の匂いが強いので、たぶん三体います」
「了解。グロリアの好きなタイミングで良いぞ」
「分かりました」
長い直線の通路をゆっくり進み、敵を捉えると同時にグロリア達が駆ける。
スキルの発動兆候を見せたのは蜂だけ。それを止めたのはサギニだ。
「サギニさんはそのまま蜂を。蝶は私が全部抱えます。メローさんは豚をお願いします」
『『了解です』』
グロリアの指示を聞きながら一巡目の全体魔法。その後は待機しつつ三人を見守る。
魔法のクールタイムは何で共通なんだろうな?この暇な時間で壁魔法ぐらい使えても良いと思うが。
内心でそんな事を考えていると、クールタイムが明けた。
躊躇する意味もないので二巡目に突入。全体回復、ブリーズストームのテンプレセットを放ち、再び待機する。
そのタイミングで左側のビッチバタフライがスキルの発動兆候を見せた。グロリアは右側のビッチバタフライのスキルを止めた直後。サギニが止めに行くには距離がある。
こりゃ麻痺る事を前提に動いた方が良いか──
「ハァァァァッ!!」
金砕棒を振り抜き、メローが豚ごとビッチバタフライのスキルを止める。考えてみれば二体同時に殴れるのだから、詠唱中断も二体までなら有効範囲か。バグかな?
「助かりました!」
「左側のフォローはお任せください。一体だけなので余裕ありますから」
「私も右側ならフォロー出来ます」
「ありがとうございます。中央は責任を持って止めますので、左右のフォローはお願いしますね」
「「はい」」
三人の会話を聞きながら三巡目のブリーズストームを発動。蝶と蜂を落とした後にキャラ設定を弄り、デュランダルを抜いて豚に斬り掛かる。
「主様!?」
「後ろは暇なんだ。それにこっちの方が早いしな」
一撃で倒す事が出来なくなったとはいえ、それでもデュランダルの攻撃力は弱点を突いたボール系一発より高い。
これで能力制限されてるってんだから驚きだよな。ギルド神殿を使って解放した後が怖い。手放せなくなりそうだ。
袋叩きにした豚が耐えきれずに沈む。場に散らばるドロップ品は全部で五つ。その内、確認済みのアイテムは二種類なので、残る三つがビッチバタフライのドロップになる。
いや、なんだこれ?
見た目は透明な丸い膜に包まれた小さな紋白蝶。まさかのファンタジーアイテムに首を傾げていると、メローからフォローが入った。
「花粉触媒蝶は膜を割ると近くの花や植物に飛び、そこで採取した花粉を受粉可能な植物に確実に受粉させてくれるアイテムです。果樹園や貴族の園芸等に良く使われます」
「寄生ワームみたいなお助けアイテムって訳か」
「はい。ただ欠点もありまして、
貴族の中には敢えてそれを楽しむ人も居るみたいですが、と締め括るメロー。
メンデルの法則*1を知ったら農民ギルドがF1種を作り出しそうだ。……いや、下手すりゃすでに
この文明レベルだと味より量を求める事になるだろうが、迷宮に殺される人間より増える人間の数が多くないと、剣と魔法の世界は簡単に滅ぶ。
ちなみにノーフォーク農法は内政チートでよく登場するが、他人と違う色を出したいなら『葉実根休連』と覚えておくと良い。
一年目にキャベツを作ったら二年目はトマトを作り、三年目に大根や生姜を作ったら四年目は休耕地にする。
これに加えて科目ごとの野菜の組み合わせを覚えておけば、取り敢えず形にはなる筈だ。異世界で通用するかは知らん。
連作可能で内政チート筆頭のジャガイモは、春に作るなら秋にネギを作る事をお勧めする。
そうする事で、ジャガイモを連作すると発生しやすくなる特定の土壌病害虫をネギが抑えてくれるのだ。
どちらも一年中栽培できるので、別に春にネギを作って秋にジャガイモを作っても大丈夫だが。そこらへんは気温や環境と相談しろ。
「……貴族の方は凄いですね。何が出来るか分からない植物を育てる趣味があるのですか」
ポツリと呟いたサギニの声に若干刺があるのは、今までの暮らしを考えれば不思議な事では無い。が、良くも無いのでフォローをしておく。
「サギニ。美食は偶然と必然と努力と運から生まれるんだ。貴族が戯れで作り出した花から取れる蜜が極上の蜂蜜になる可能性もある。だからそう邪険にするな」
「……申し訳ございません」
しょんぼり垂れ下がる耳と尻尾。自分の非を認めている以上、これ以上の注意はいらんな。後は飴を与えれば良いか。
「気分転換に昼はビスケットでも焼くか?溶かしたバターと蜂蜜を掛けたら美味いぞ?」
「…………!!」
ピンッ!と耳が聳え立ち、ピクピク動くサギニの尻尾。ついでにグロリア達の目も輝いた。
どうやら地球と変わらず、異世界の女性も甘いものが好きらしい。
「やる気が出たところで探索を再開する。サギニ、案内を頼む。昼に遅れないようにな」
「はいっ!」
意気揚々と歩き出したサギニをグロリア達と共にゆっくり追い掛ける。
俺のサギニは単純可愛いぜ。俺より年上なんだが。
グレゴール・ヨハン・メンデル「今に私の時代がきっと来る。間違いなく、この世界にも」