「二十層に現れる魔物はロートルトロール。年老いた猿人型の魔物で、特徴としては一撃が重く、麻痺を与えてくる事があるらしい」
原作主人公には毛むくじゃらの浮浪者と言われた魔物だ。もちろん、そんなテレフォンパンチ使いがロクサーヌさんに勝てる訳も無く、特に苦戦も無く普通に狩られていた。
そのせいで状態異常としての
だとしたらファニーボーン*1が起こっても安心出来るのか。すげーな、ファンタジー。
そんな馬鹿な事を考えつつ続きを言葉に変える。
「弱点は火、耐性は風。この迷宮では蜂と蛾がセットになるから戦闘時間が延びる事が予測される。各自、それを念頭に動いてくれ」
『『『はいっ!』』』
「よし。それじゃ行こうか」
入り口の小部屋を出て、ボス部屋を目指す。分岐ごとに進む方向の指示を出していると、サギニが報告を上げる。
「この先に魔物です。編成は──初遭遇四、蜂一です」
「蜂はサギニが担当しろ。他は何時も通りだ」
「了解しました」
曲がり角を右折すると同時にグロリア達が駆ける。近寄る途中にサギニとメローが立ち位置を入れ替えて戦闘開始。
俺の初手はファイヤーストーム。次にブリーズストーム。弱点が違うのは本当に面倒だ。
だから──
「無限の宇宙の彼方から、滅ぼし尽くす空の意志、滅殺──メテオクラッシュ」
迷宮の天井に宇宙が広がり、そこを通り抜けて無数の隕石が魔物達へ降り注ぐ。どう見てもグロリア達ごと吹き飛ばしている様にしか見えないが、全体魔法にフレンドリーファイアは無い。あったらクソ魔法認定待ったなしだが。
「な、なんですか、これは……!?」
戦闘中にも関わらず、動きを止めたグロリアにデュランダルを抜きながら答える。
「俺の切り札の一つだ。属性は火と土の混合。魔導師の氷系魔法と同じ系統の魔法だが──弱点なら
「トロール達が……全滅してる……!?」
弱点を突いた場合のメテオクラッシュの威力は
この魔法、ひもろぎありなら第三ランクも一撃で仕留められる可能性があるんだよな。相応に消費も凄いが。
「悪い。蜂を押さえてくれ。回復したい」
「か、かしこまりました」
蜂の攻撃をグロリア達が押さえてる隙を突いてチクチクMPを吸っていく。撃った手応えから逆算すると、消費MPは今の俺の四割ぐらいか。
満タン状態ならネガティブになるかどうかの境まで。ピンチの時に使ったら自殺確定だな。
それから程無くして戦闘終了。MPは八割ほど回復したので、残りは強壮剤で回復しておく。
もっと早くからこうするべきだったか。……いや、今までの俺では危険だった。そう思っておいた方が精神の安定的に良さそうだ。
「御主人様。ドロップをお持ちしました」
「さんきゅ」
メローが持ってきたのは、ワインレッドにポツポツ銀色の混じった特殊な鉱石。太古の昔から多くの賢者達が利用してきた物であり、多くの愚者が不老長寿を求めて飲み続けた物。
別名──
熱した水蒸気を冷却する事でアマルガム法*3に必要な水銀を取ることが出来る、多くの時の支配者達の権力の象徴を作り上げてきた品だ。
古老の猿人からこれが取れるのは皮肉が利きすぎだろ。もうちょっと手加減しろ*4。
……というかトレンス試薬*5から鏡を作る予定だったが、もしかしてヴェネチア鏡の方が正解か?
地球でも1835年まで発見されなかった技術だし、文明レベル的にはこっちか?
「主様?どうかなさいましたか?」
「……いや、何でもない」
両方作れば良いか。どうせ自宅用だし。
◇
二十層は敵の組み合わせが悪い代わりに、十九層の半分ぐらいの距離にボス部屋があった。午後の探索時間は未だ半分ぐらい残っている。
次の階層も比較的近いし、急げば二十一層も越えられそうだ。
「ボスのロールトロールはロートルより体格の良い猫背の猿人だ。大体の注意点はロートルと変わらないが、雷魔法を使ってくるから絶対に止めてくれ」
「了解しました。麻痺の怖さは昨日痛感しまし、絶対に止めます」
力強く断言したグロリアに軽く頷く。早く灌木が欲しいぜ。
「後は左右に転がって攻撃してくる事もある。だから囲んでる時も油断するな。……それぐらいだな。それじゃ行こうか」
ボス部屋へ突入すると同時にグロリア達が駆ける。ついでに俺も走り、湧いた雑魚の反対側へ向かう。
今回のお供は──グラスビー。またお前か。
魔法はボス用に変更してしまったので、風は魔法使い枠でしか撃てない。サギニの石化に期待だな。
「ロートルに比べると確かに重くなっていますが、それだけですね。マダムより戦いやすいです」
「鱗粉ばら蒔く害虫だったしな」
ロールトロールの攻撃を左手のダマスカスで受け流し、グロリアがデュランダルを敵の顔面に丁寧に叩き込む。
それを見ている内にクールタイムが明けたので二巡目に突入。最後にボスの耐性を下げた。
「うーん、やはり蜂が相手だと当てづらいですね」
「蜂なら一人で戦えますし、ロールトロールの方へ向かいますか?」
「んー……いえ、少し武器を換える時間をくださ──」
い、とメローが言い切る前に。
「「あ」」
グラスビーが一瞬で固まり、地面にごろりと転がった。
「ボスへ行きましょうか」
「はい」
一瞬で意識を切り替え、二人がロールトロールへ殴り掛かる。背後に回ったのはメロー、俺の反対側に陣取ったのはサギニだ。
この状況まで持ち込めば後は消化試合。それが何時ものパターンだが、今回は少しだけ抵抗があった。
「……?──サギニさんッ!」
グロリアの攻撃を食らったロールトロールが体勢を崩した様に見せ掛け、いきなりサギニの方へ転がったのだ。
その余りにも滑らかな動きに反応出来たのは、直前まで戦っていたグロリアと──
「狼人族は機敏に動ける種族と聞いていましたが、ここまで凄いとは……」
ポツリと呟いたメローの表情には僅かな嫉妬が宿っていた。たぶん、自分なら避けられなかった事をしっかり理解しているからこそ漏れた本音なのだろう。
取り敢えず三巡目の魔法を放ち、メローのフォローに回る。こんな事で懸念を残すのも馬鹿らしいしな。
「メロー。お前は一つだけ勘違いしてるぞ」
「勘違い……ですか?」
「サギニは最低限の食事しか貰えず、夜は夜で閨の相手をしてロクに睡眠時間を貰えない日々を過ごしてきた。そんな体調のまま迷宮に潜り続け、あの年齢まで生きてきた奴が、奴隷初心者のお前より凄いのは当然だろ」
「…………」
貴族として恵まれたメローには想像する事
それでも懸命に生き続けてきたからこそ、今のサギニが居る。
「サギニは初見の敵に対して『見』る事から入る。動きを見極め、攻撃を入れるタイミングを把握してから動き出す」
勇敢な奴隷を求める人間には臆病に見えるかも知れない。それが原因で
俺に言わせれば、見る目が無いな、で終わる話だがな。
「サギニはそんな動きを駆使して生き残ってきた奴なんだ。だから満足出来る食事と十分な睡眠によって万全な体調を手に入れた時、
「……そうですね」
四巡目の魔法を放つ直前、グロリアのデュランダルによってロールトロールが倒れた。ドロップ品は鉄だ。
マトモな鍛冶素材を手に入れたのは初めてな気がするぜ。
「メローさんの気持ちは良く分かります。私もサギニさんへの嫉妬が全く無いとは言えませんから」
「グロリアさん……」
「でも、私は諦めるつもりはありません。主様に相応しい一番奴隷は私です。その為なら何でもします。だからメローさんも一緒に頑張りましょう?私達奴隷は嘆いていても何も変わりませんからね」
その言葉を聞いて、メローが軽く目を閉じて息を吐き出す。再び開かれた時には、その瞳から嫉妬の炎は消えていた。
「そうですね。確かに嘆いていても変わりません。そんな停滞をするぐらいなら自身の未熟を認め、今の自分を超えれば良い。幸いな事に、私の近くには良き師がたくさん居ますからね。皆さんから学ばせて貰います」
ふんす!と鼻息荒く宣言するメロー。それを見て優しい表情で頷くグロリア。
そして話を理解出来なかったのか──宣言相手であるサギニは首を捻る。
なんというか期待を裏切らない女だよな、お前は。
◇