──春の季節 五十五日目
宣言通り、昨日は二十一層を越えたところで探索終了。明日は今まで縁が無かったラブシュラブと漸く戦える。
鏡に関しては色々考えた結果、現代知識チートは使わない事に決めた。というのもアンモニア性硝酸銀水溶液は長時間放置すると爆薬が作れてしまう。
幾ら生活を快適にする為とはいえ転移前の過ちを犯すつもりは無いのだ。だから皺の無い錫箔を作り、その上に水銀を流し込む方法を使う事にした。
ついでに錫を使ったグラスや食器を作るつもりだ。本来なら職人芸の錫紙*1作りも、勇者のイヤリングと器用さにBPを極振りした俺なら再現出来る事は確認済み。技術的な意味で障害になる事は何もない。
そんな訳で午前中はお出掛けだ。辰砂から水銀を取り出す為の装置を作る必要があるし、一ヶ月間、鏡を置く為の場所を
人が寄り付かず、奪っても心が傷まず、むしろ世の中の為になる場所。
そう──盗賊のアジトだ。
帝都の商人ギルドに出入りしているお陰で盗賊の出現情報は集まってるし、次の奴隷の為に盗賊のインテリジェンスカードも欲しい。
空振りしても鏡作りを延期するだけなので、俺には何の痛手も無いしな。
ふっ……こんな発想が出来る自分の頭脳が怖いぜ。
「オークション前に出掛けるつもりなんだが、お前らはどうする?帝都で遊ぶなら小遣いやるぞ?」
朝食後の食休み。御茶を片手に尋ねてみれば、返ってきたのは否の声だった。
「いえ。今日は日頃、手が届いていない箇所を掃除しようと思います」
「私も庭の菜園の手入れをしようかと」
「私は二人のお手伝いをするつもりです」
真面目だな。まぁ、ストレスの兆候が見えたら強制連行すれば良いだけか。帝都に放流すれば良いだけだし、大した手間じゃない。
問題なのは前兆を把握出来るかどうかだが……こればっかりは気を付ける以外に選択肢が無い。鑑定で分かれば良かったんだが。
「分かった。それじゃ留守番は任せる。たぶん昼前には帰ってくると思うが、遅くなる様だったら適当に食ってくれ。俺も外で食べてくる」
「かしこまりました」
ふと気になって食材買い出し用の財布を覗き込むと、そこにはみっちり詰まった銅貨の山が。
銅貨を貰う度に投げ込んでいるからなぁ……それなりに使っている筈なんだが、増え方がえげつない。
とはいえ金が無くて飯が食えないという事は間違いなく起こらないので一安心。これで心置きなく出掛けられる──いや、待てよ?
近くに置いてあった手作りのコインケースに銅貨を詰めていく。満タンまで埋めれば五十枚。二回やれば百枚。これを六回繰り返せば完成だ。
「ちょっと財布の銅貨が増えてきたからお前らにやるよ。前回より額が少ないのは勘弁な」
「よろしいのですか?」
「こんだけ量があっても銀貨一枚だしな。好きに使ってくれ」
「分かりました。主様の慈悲に感謝します」
代表して頭を下げたグロリアに軽くて手を振り、気にするなと伝える。
これでもまだ三百枚以上、財布に入ってるのだから恐ろしい。また近い内にお小遣いとして渡す事になりそうだ。
◇
オークション前の僅かな時間で盗賊のアジトを無事に発見。そのまま強襲して奪ってきた。持ち込んだ機材を使ってその場で水銀を精製し、鏡の仕込みも完了。
後は一ヶ月後を待つだけだ。定期的に確認しに行くが。
オークションの成果はまずまずと言ったところだ。新たに手に入れたのは、鳥、ハーブ、サンゴ二枚。
鳥はコボルトとセットで使えば防御貫通のスキルが付くので素直に嬉しい。肝心のコボルトが手元に無いけどな。
ハーブとサンゴは少し使い道に悩む。現状だとコボルトに余裕が無いので、優先度は下になる。リッジとの交換用の弾が妥当かね?
「すまぬ。ちょっと待ってくれないか?」
商人ギルドを出る直前、何者かに呼び止められた。ゆっくり振り向くと、そこには糸目の猫人族の姿が。
「…………俺か?」
「うむ。お主に少し頼みたい事があるのだ」
考えるフリをしながら即座に鑑定。
カト侯爵 トイガー・エジプシャンマウ・アンベンガル ♂ 46歳
刺客Lv55
装備 硬直のオリハルコンソード 身代わりのミサンガ
……いや、大物過ぎるだろう。
しかも刺客かよ。暗殺者の中級職なのにこのレベルって事は、間違いなく暗殺者ギルドの幹部か下手すりゃ
「周囲の反応を見る限り、貴族の方と見受けられる。そんな方が俺に何の用だ?」
「少し商談がしたくてな。──そこの君」
「は、はいぃ!?」
「安心したまえ。別に取って食うつもりは無い。個室を一つ貸して貰えるかね?」
「はいっ!!すぐに用意致します!!」
慌てて去っていくギルド員を見送り、視線を目の前の貴族に戻す。彼の用件は間違いなく落札したサンゴだろう。
出来れば利益を貰いたいところだが……最悪、放棄する事もやむ得ないか。
それからすぐに用意された個室へ移り、お互いに着席。相手の背後には執事の格好をした
「単刀直入に言おう。君の落札したサンゴのカードを私に売ってくれないかね?こちらには君の落札額の二倍までなら出す用意がある」
「解せないな。それなら素直に入札すれば良かったのでは?少なくともこちらは六千ナール以上をサンゴに投資するつもりは無かった。だから落札しようと思えば出来た筈だ」
「耳が痛いな。ただ、君の疑問には答えておこう。私の所属するギルドはちょっと特殊な存在でね?余り目立つ動きをする訳にはいかなかったんだ」
「……なるほど」
原作だとエスエル男爵が知っていたジョブなので、完全に秘密という訳では無い。
それを前提に考えると──
下手すれば貴族のみが入会可能なギルドの可能性もある。性能を考えれば当然なんだが。貴族を暗殺出来るジョブでもあるしな。
「どうかね?」
「貴方には申し訳ないが金には困ってないんだ。ただ灌木かコボルトのカードをお持ちなら、こちらから交換をお願いしたい」
「ふむ。少々待ちたまえ。──セバス」
「コボルトのカードなら問題ありません」
「うむ。それでは交換をお願いしよう」
執事がボックスからカードを二枚取り出して主へ手渡す。それに合わせて俺もサンゴのカードを
「灌木をお持ちなら二対一での交換をお願いしたい」
「一つ聞いておく。何故そこまで灌木を求めるのかね?」
「昨日、マダムバタフライにうちの竜騎士が麻痺を食らってな。危うく壊滅しそうになったんだ」
「なるほど。それなら対策したくなるのは当然だ。良かろう──セバス」
「はっ。こちらをどうぞ」
「うむ」
執事の取り出した灌木が主に手渡され、そのまま机の上に置かれた。こちらは一枚分の損になるが、今の俺達には必要な物だ。割り切るとしよう。
「鑑定は必要かね?」
「いや、不要だ。もし偽物なら自由民の権利を使うだけだしな」
「ククッ。威勢が良いな。だが若人はそれぐらいでなくては」
愉快そうに笑う糸目のイケメンに肩を竦め、席を立つ。
「君がいずれ私に並び立つ日を心待ちにしているよ」
「意外にすぐかも知れないぞ?」
「その時は私自ら祝ってやろう」
「それは楽しみだ」
所詮は口約束。されど約束。報酬は別に欲しくないが、その糸目を驚きで開かせてやるよ。
◇