ボス部屋に辿り着いたのは普段なら昼の食休みの頃だった。当然、食べる物を持ち込んで無かった俺は餓えている。昼には帰る予定だったからな。
「大丈夫か?」
作戦会議中に上の空だった事が気になったのか、レッジが心配そうに声を掛けてきた。こういう気配りが出来るのも、仲間がリーダーと認める理由の一つなんだろう。
「竜肉*1と水で誤魔化してるから何とか?」
「ミッチー、朝はしっかり食わないと駄目だぜ~?」
「うちは朝昼晩の三食なんだよ。長時間の探索は集中力が切れてミスが増えるしな」
「あ~……確かにそうだね」
「うむ」
禰宜と沙門の二人は分かってくれるらしい。
「え~?一気にドバッと探索して、夜はドカッと食いたくないか?」
「だよな~?細かく食事すると満足感が足りなくね?」
だが俺も過去には天才と呼ばれた男だ。脳筋共を捩じ伏せる事など赤子の手を捻るより簡単よ。
「一日二食は太るぞ?」
「えっ?」
「人間は空腹が長く続くと油物や甘い物を求める様に出来てるんだ。若いうちはそれでも良いかも知れんが、そのまま引退してみろ。気付いたときには腹の出たオッサンだぞ?」
カロリーを求めた結果、必要な他の栄養素を疎かにしがちになるし、極度の空腹状態から高カロリーの品をいきなり食べるんだ。当然、内臓にも負担が掛かる。
さらに栄養が足りていないって事は筋肉量の減少にも繋がり、高血圧など生活習慣病のリスク増加も免れない。血糖値の乱れや低血糖からの高血糖なんかも普通に起こるぞ。
つまり、寿命が縮む。一応、空腹には内臓を休める効果もあるので、完全に悪いって訳じゃないが。
「えっと、それってマジ?」
「自分と相方の台詞を思い出してみろ」
「……確かに、ガッツリ食わないと満足感が無いって言ってたね?」
「……うむ」
これがコンビニやファーストフードの商品が忙しいサラリーマンに良く売れる理由だ。ついでに言えば、鞄や職場のデスクに甘味を忍ばせる奴が多い理由でもある。
「貴族なら商人や豪商との付き合いもあると思うが、そいつらの腹はどうだった?奥方も含めて出ていなかったか?」
「言われてみれば確かに何人か出ていた様な……」
「机仕事ばかりで運動をしなくなった結果が
『『『………………』』』
自分のお腹を見詰め、出ていない事に安堵の溜め息を吐き出す。そして豪商の姿を思い浮かべ、表情がひきつる。うーん、見事な百面相。
そんな緊迫した空気を打ち破ったのは、黙って話を聞いていた紅一点の女性だった。
「レッジさん」
「ど、どうした姫さん?そんな怖い顔をして」
「私達も朝昼晩の三食食べましょう。もちろん野菜も含めてバランス良く、ね?」
「は、はい……」
女性の美に懸ける執念は万国共通。その前に男には発言権は無く、ただひれ伏すのみ。
ふっ。これが完全勝利というものだ。自分の頭脳が怖いぜ。
◇
ボスのゼリースライムは、グミスライムより二回り大きく、よりプルプルした姿だった。
弱点はグミスライムと変わらず、火水風の三属性。但し物理防御力はグミスライムよりも高く、防御半減ではロクにダメージが通らないらしい*2。
上位は物理貫通耐性でも持ってそうだ。そして最上位は物理無効だろうな。たぶん。
「ヘイッ!お前の相手は俺だぜッ!!」
パーティー唯一の貫通装備持ちの百獣王がゼリースライムの正面に立ち、レッジが雑魚を一体、残りを沙門達が引き受ける。
「しっかしお前ら運無さすぎだろ」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ!」
雑魚として現れたのはドライブドラゴンが二体だ。二十三層からお供が二体湧くのは迷宮の仕様。だから文句を言っても仕方がない。
とはいえドライブドラゴン二体は駄目だろう。第三ランク最強種だぞ。
「姫さんは雑魚が落ちるまで雷!他は適当に頑張れ!」
「雑な指示だなぁオイッ!」
「いつもの事だよ!なにせレッジだからね!」
「うむッ!」
疎外感を感じながらも敵の背後に回り、三体を殴りに行ける位置で待機する。事前の説明で任された俺の役割はアタッカーでは無く強権役。
つまり、敵のスキルを止める係だ。
「ミツル!」
レッジの警告より早く動き、ゼリースライムのスキルを止める。すると、今度はレッジの抱えるドライブドラゴンがスキルの発動兆候を見せた。
「忙しいなオイ!」
文句を口にしつつ背後から竜をぶん殴る。よし、発動兆候が砕けた。これで暫く安心──
「すまん!間に合わん!」
元の位置へ戻る前に沙門達が抱える反対側の竜がスキルを発動する。飛んできたのは──水魔法か。
「回復行くよ!」
「おうッ!」
沙門が竜の正面に割り込み、その隙に下がった禰宜が詠唱開始。すぐに光が降り注ぎ、ウォーターストームのダメージを癒していく。
「流石、踏破者のパーティーだな。立て直しは御手の物か」
「迷宮ボスと一度戦えばミツルもこうなるさ。何せ回避をしくじっても装備が壊れない!だから隙も生まれない!それがどれだけ有り難い事か……!」
「ホントにな!」
ちなみに
それから暫くスキル止めに専念していると、戦場に動きがあった。姫様の魔法でゼリースライムが麻痺ったのだ。
「しゃぁッ!!スキル行くぜ!」
足を止めて詠唱。そして発動する百獣王のスキル。
その威力は凄まじく、ゼリースライムが当然の様に宙に浮き、そのまま壁に向かって吹き飛んだ。……というか、あんなスキルもありなのか。いや、少し考えれば納得出来るんだが。
「ボスに集中します」
「姫様頼んだ!こっちはこっちで何とかする!ミツルはドラゴンに集中しろ!」
「あいよ」
距離が開きすぎてゼリーのスキルは止められそうもないが、逆に言えばドラゴン二体だけなら同時発動以外余裕で間に合う。
つまり、暇が生まれた。俺も攻撃に回るか。
今まで伏せていたラッシュを沙門の方に叩き込み、スラッシュはレッジの抱えるドラゴンに放つ。
そのまま交互に殴り、クールタイムが開けると同時に再び繰り返す。
ラッシュとスラッシュの威力は大体通常攻撃の二倍から三倍。にも関わらず、見た目的にも動き的にも通常攻撃と大差無いのが素晴らしい。
「…………?ミツル、なんかやったか?」
「いや?」
「そうか。……俺の気のせいだったか?」
これだから野生の英雄は……!
内心で驚愕しつつも攻撃の手は止めない。それが功を奏した様で、程なくしてドライブドラゴンが一体沈んだ。
そのまま二体目にも止めを刺し、即座にゼリーの元へ向かう。
すると──いきなりスライムが
「やべッ!防御態勢!」
レッジの言葉に反応して即座にオーバーホエルミング。
遅くなる時の流れ。音すらも聞こえぬ静寂な空間。
そんな世界の中で俺の目に飛び込んできたのは、全方位へ向けてウニの様に身体を伸ばすゼリースライムの姿。
こんなモーションもあるのか……グロリア達と挑む前に知れて良かったぜ。
ふとレッジ達の状況が気になり、視線をそちらに向けると、驚くべき光景が目に飛び込んできた。
(これだから野生の英雄は……!)
なんと百獣王は当たり前の様に範囲外へ飛び退いており、レッジは姫様を守る為に盾となっていたのだ。
俺の様な裏技無しでこの動きは流石としか言いようがない。俺の中で貴族に対する敬意が高止まりしてるぜ。
感心しつつ残り僅な効果時間で防御を固める。とは言っても、刺が当たらない位置に頭を動かし、デュランダルで心臓を守るぐらいだが。
素直に避けなかったのはオーバーホエルミングを隠す為だ。このスキルは文字通り俺の切り札。いくらレッジと言えど明かすつもりは無い。
そして効果時間が過ぎ、時間の流れが元に戻った。
「お前らッ!生きてるか!?」
ゼリースライムに剣を振り下ろしながらレッジが叫ぶ。その隣にはすでに斬りかかっている百獣王の姿があった。
「おう!避けたからな!」
「そこは大人しく食らおうよ……」
「全くだ」
コントの様な会話に思わず頬が緩む。とはいえ未だ戦闘中という事に変わりないので、すぐに頭を切り替えてスライムにラッシュ。
それが止めとなり、ゼリースライムがぐにゃりと地面に溶け、霞となって消える。流石に疲れたわ。
ドロップ品は膜に包まれた白い砂だった。
除草剤かよ。いや、乾燥剤か?それともスライムを作れと?