「これ、なんか知らんが高値で売れるんだよな」
「俺はこっちよりスライムスターチの方が嬉しいわ」
英雄コンビがドロップ品を拾いながらボヤけば、禰宜が納得半分といった様子で口を挟む。
「スライムスターチはお酒が作れますからね。とはいえレッジ。君も今は貴族なんだから、いい加減ドロップ品の使い道ぐらい覚えようよ?」
「勉強は嫌いなんだよ。それに俺は戦闘担当だからいいの!」
「また奥さんに怒られるよ?」
「うっ」
返す言葉を失い、視線を徬徨わせるレッジと目が合った。
「ミツルは俺の仲間だよな!?」
「んー……」
先程の使い方に加え、陶磁器の釉薬、目薬、木材の防腐と防虫。他にも小皿に小盛りにしてクローゼットに突っ込んでおけば、湿気と匂いとカビの抑制を期待出来る事ぐらいしか知らん。
とはいえあくまでもこれは地球でのお話。この世界でどうやって使われているかまでは全く分からない。
なので、必然的に俺の答えはこうなる。
「俺は除草剤と乾燥剤とカビ除去剤に使われる事ぐらいしか知らんぞ」
「……?除草剤の後のカンソウザイ?とカビジョキョザイ?ってなんだ?」
そういやあったな。この世界に存在しない単語は翻訳に失敗するなんて設定。……ってことは、この使い方は発見されてないのか。しくじった。
姫様の目がキラリと光る。それを手で制し、先に警告を出す。
「先に言っておくが、硼砂は薬と一緒で少しでも取り扱いを間違えれば毒になる。だから素人が手を出すのは止めておけ」
「…………そうですね。失礼しました」
『『???』』
姫様とのやり取りに気付いたのは禰宜と沙門の二人だけ。英雄コンビは疑問符を浮かべて首を捻っている。
……レッジは本当に探索者から成り上がったんだな。
個人の実力は確かに必要だ。だがそれだけで迷宮を踏破出来るなら、今頃この国は貴族で溢れかえっている。
後援を名乗り出てくれた貴族との出会い。魔法使いである姫様の売り込み。今までの経験を捨ててサポートに回ってくれた仲間達。
運も実力のうちとは言うが、ここまで揃うともはや運命だろう。
「レッジ。仲間は大切にしろよ?」
「……?おう?当然だろ?」
俺の言葉の真意を汲み取ったのは、やはり英雄コンビを除く者達だけだった。
気付かぬは本人だけか。ま、それもまたレッジらしい。
◇
二十八層の魔物は二足歩行する牛肉ことモロクタウルスだった。弱点は水、耐性は火。ドロップはバラと三角バラ。
タルタートルと一緒に出現すると少し面倒な相手だ。
とはいえ俺の空腹が限界という事もあり、確認だけして迷宮から離脱。攻略証明を行い、報奨金を山分けにする。
「午後はどうする?」
「出来れば三十層抜けるまで手伝って欲しいが……どうだ?」
「大丈夫だぞ」
敵の動きを安全に確認出来るメリットは大きい。稼ぎは減ってしまうが、それは仕方ない。そもそも現状がムラハチ回避の為の慈善事業みたいなもんだしな。
「良いのか?」
「流石にグロリア達を連れて探索してくれって言われたら断るが、俺だけなら問題無い」
「助かるぜ。それじゃ昼食後にまたここに集合な」
「あいよ」
レッジ達と別れ、一人帰路につく。いつもはワープを使って通りすらしない道を敢えて選び、街の様子を確認していく。
「……装備による威圧効果も馬鹿にしたもんじゃないな」
最も迷宮に近い貴族街の治安は、俺が想像していたより数倍マシだった。
領主の私兵か帝都からの派遣かまでは分からんが、鋼鉄装備を身に付けた騎士が貴族街を隅々まで巡回しており、
流石にここまでされると、幾ら名のある傾奇者でも大人しくするしかないだろう。迷宮の外は普通に数の暴力が使えるしな。
そのまま貴族街を抜け、南にある商店街へ足を向ける。未だ距離があるにも関わらず、先程までの静寂が嘘の様な喧騒が聞こえてきた。
稼いできた探索者に金を落とさせようと声を張り上げる商人。昼間から酒を入れたのか、町人にぶつかり怒鳴り声を上げる探索者。
それに対して迷惑そうな視線を向けつつも、軽く謝り、足早に立ち去る町人。
今はまだこの程度で済んでいるが、迷宮討伐が遅れれば遅れる程、急激に人が増えた事による問題は大きくなるだろう。
まぁ、だからこそ冒険者ギルドと貴族組は過剰と思える戦力を注ぎ込み、迷宮討伐を急いでるんだろうが。
最初から探索者達が闊歩する探索者の為の町にするか、
人目が切れたタイミングでワープを発動。開いた門を潜り抜け、自宅へ帰還。すると、目の前にはグロリアが立っていた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
装備をアイテムボックスに投げ込み、グロリアが用意してくれた私服に着替える。地球では高価な絹の肌着も、この世界では迷宮のお陰で高級止まり。
探索者なら普段着に使える程度の価格でしかないので、遠慮無く着られるのは異世界の良いところだ。
「飯は出来てるか?」
「はい。メローさん達が用意してくれています」
匂いからすると、肉と野菜を炒めた物に作り方だけ教えておいたコンソメスープか。アク取り大変なのに良くやったな。これは楽しみだ。
「「おかえりなさいませ」」
「ただいま」
料理を作る手を止め、こちらに御辞儀した二人に軽く手を振って料理へ戻るように伝える。その間にグロリアが御茶を淹れてくれたので有り難く頂き、気付かぬ内に渇いていた喉を潤した。
「まず初めに言っておくが、寝坊に関しては気にするな。あれはどう考えても俺が悪い」
昨日の事を思い出したのか、頬を赤く染める三人。
グロリア達が魅力的だった事は否定しない。色っぽいランジェリー……俺の為に選んだという付加価値の付いた下着姿だったのだ。我慢出来る筈がない。
ただ、色魔を付けっぱなしにしたのは明確な俺の落ち度だ。満足した段階で外すべきだった。そうすれば一人一回ぐらいで終われただろう。
付けなきゃ満足させられないが、付けると暴走する。
ハーレム王への道は険しいぜ。無理できる年齢でも無いしな。
「次に今日の予定だが、手紙に書いた通り休みにするつもりだ。だから夕飯の支度以外は好きに過ごせ」
「主様はどうなさるのですか?」
「俺はレッジ達と潜ってくる。上の階層を保護者付きで経験できるチャンスだしな」
「……私もご一緒出来ませんか?」
「無理だ。そもそもパーティーの空きが一つしか無いし、お前の額金は俺が使ってる。だから空きがあっても装備が足りん」
麻痺の怖さはマダムバタフライが教えてくれた。それを知っていながら対策を怠るのは、怠惰では無く馬鹿だろう。
「グロリアさん。お気持ちは分かりますが、今回は我慢しましょう?麻痺の怖さはグロリアさんが一番良く知っている筈です」
「そうですよ。それにご主人様が魔物如きに殺られる筈がありません。いざとなったら他言無用の方法で幾らでも切り抜けると思います」
サギニからの期待が重い。英雄コンビを間近で見てきた身としては、流石にアイツらみたいな動きは無理なんだが。
「……そうですね。これ以上は我儘になりますし、今回は諦めます」
未だに不満そうだが、レッジ達が自分より上だと認めているからこそ諦める方向に舵を切った様だ。
そんなグロリアの未練を見逃さず、メローがこの話を打ち切る為に口を開く。
「それじゃ、話も一段落した様なので料理を運びますね。レシピ通りに出来てると思うので、たぶん美味しい筈です」
「そりゃ楽しみだ」
三人が手分けして料理を机に並べていく間に、最初に運ばれてきたコンソメスープを皿に移していく。
まず初めに俺。次がグロリア。メロー、サギニと配膳すれば、食事の支度は終了だ。
肉入り野菜炒めは大皿に盛られ、各自で取る形にした様だ。
「じゃ、食べるか。──頂きます」
『『『頂きます!』』』
数ヵ月ぶりに飲んだコンソメスープは、涙が出そうなぐらい美味かった。
◇