「元々居た住民は移住させてくれたのか?」
「おう。守れなかった事に対する謝罪も含めて後始末はしっかりやってくれたぜ。だから俺らも言いたい言葉を飲み込んで、このまま朽ちるつもりだったんだ。──今日まではな」
少し興奮気味。だがそれを抑える程度には理性が残っている。熱意はある。思いもある。その捌け口を漸く見付けたってところかね?
「先に言っておくが、今すぐに攻略に取り掛かってくれって言うなら無理だぞ。住んでる街に迷宮が湧いちまって攻略中なんだ」
「もちろん急な話だ。こっちも今すぐなんて無茶を言うつもりはねぇよ。だから
「…………ふむ」
確かに最速でハートハーブが現れるダルの迷宮は惜しい。四十五層でレベル上げが出来るタルノヴォも捨てたくない。
(……逆に言えば、それだけなんだよな)
正直、この申し出は俺にとって何のデメリットも無い。
騎士、探索者、冒険者、僧侶、商人、農夫。
貴族となって領地を運営する場合、最低でもこの六つのギルドを設立する必要がある。
つまり、最低でも六つの迷宮を攻略する必要があるのだ。
だからこそ俺はこの街を訪れていたし、元々攻略するつもりで予定を立てていた。
その計画を前後させれば良いだけなので、予定から大幅に外れる事も無い。
問題なのは──
「何故そこまで俺に賭ける?俺達は初対面だろう?」
実力を見せていないのに、ここまで熱心に頼まれる理由が分からん事だ。
「……そうだな。先に話しておくべきだったか」
お茶で一息入れた奴隷商が机の上で両手を組み、こちらを真っ直ぐ見つめながら語り始める。
「本領に迷宮が湧き、領主様からこちらに騎士団を回せないと言われた時、俺達はこの街を守るためにあらゆる手を打った」
無抵抗のまま滅びるぐらいなら最後まで抗うと決めたんだ。そう語った奴隷商の顔は誇らしげだ。
「この街を訪れた多くの冒険者が協力してくれたよ。その分の報酬を用意するのは大変だったが、それでも当時は希望が見えていた。このまま行けば故郷を取り戻せると誰もが思っていた」
「だが、そうはならなかった?」
コクりと頷いた奴隷商は暫く無言だった。表情は──無念に染まっている。
「攻略は順調だった。最初の迷宮は無理だったが、新たに湧いた迷宮は後少しでボス部屋に辿り着けるまで攻略出来たんだ。……当時の盛り上がりは凄かったんだぜ?希望に満ち溢れて、誰もが迷宮を討伐出来ると確信していたんだ」
「具体的には何層まで行けたんだ?」
「四十六層だ」
「……本当に後少しだな」
「ああ。誰もがそう思っていたよ。──
思わず天井を見上げ、瞼を閉じる。本当に後少しじゃねぇか。ほんの後少し、一年ぐらい猶予があったらまだ何とかなった。
この世界の神様はサディストかよ。心を折るにしても、もうちょっと手加減してやれよ……。
「後はもう語らなくても分かるだろ?」
「まぁ、想像はつく」
若い奴らは領主に託し、老い先短い老人達で最後を見届ける為に残っている。そんなところだろう。
「──で、それが何で俺に賭ける理由と繋がる?」
「託されたんだよ」
「託された?」
「最後までこの街の迷宮に潜ってくれた冒険者は、ここを最後の仕事だと決めていたんだ」
「……なるほど。その仕事にケチが付いたから、何かしらを残して去ったと?」
「ああ。
「…………!」
そう繋がるのか……!
「アンタから話を聞いた時、俺はこれが『運命』だと確信した。託してくれた冒険者だけじゃない。俺たちの思いも託しても大丈夫な奴だってな」
「…………そんな大層な存在じゃないんだけどな」
ここまで話を聞いた以上、断るのはもう無理だ。
同情、憐憫、打算、そして義侠心。全てが混ざりあい、グチャグチャになった感情を飲み干した末に出した答えは──決まっている。
「良いぞ。この街の迷宮は俺が引き受けた」
◇
件の奴隷は腕を落とさない為に毎日迷宮に潜っているらしく、顔合わせにはもう暫く時間が掛かるらしい。
すれ違いを避ける為にこの街に留まる事を決めた俺は、その空いた時間を使って迷宮の情報を調べる事にした。
「頑張ったんだな」
店内に俺と受付兼ギルドマスターの老婆しか居ない冒険者ギルド。トロムソの方が活気を感じるぐらい閑散としたこの場所で、壁に貼られた迷宮情報を手作りの手帳に書き写していく。
第一の迷宮は五十五層まで攻略済み。第二は四十五層まで。第三、第四は三十五層まで情報が出ている。
老婆の話によると、第三、第四は最後の冒険者の仕事だそうだ。第二迷宮の討伐を目指さず、未来へと道を繋ぐ為に新規迷宮の攻略を優先したらしい。
(その情報を奴隷に託してリタイアか。さぞ無念だったろう)
言葉にするだけで軽くなる。彼らの思いを勝手に想像する事は侮辱するに等しい。そうだと分かっていても、彼らの事を思わずにはいられない。
見事な引き際、有終の美。そんなものは滅多に起きないからこそ奇跡と呼ぶ。
それを理解していて尚、彼らには幸福な最後を迎えて欲しかった。長年探索者として活躍した終わりを正しく迎えて欲しかった。
何一つ形に残せず、はい終わり、なんてあんまりだろう。
「待たせたな。連れてきたぜ」
奴隷商の言葉で我に返り、軽く目を閉じて瞬時に思考を切り替える。
感傷に浸るのは後でも出来る。今は新たな仲間を迎え入れるのが先だ。
「彼女が例の奴隷か?」
「おう。中々の美人だろ?」
振り返った先に居たのは、硬革装備に身を包んだ褐色肌のエルフ*1。
静かな印象を受ける綺麗な碧眼に、プラチナブロンドというよりはプラチナそのものな印象を受ける長めのボブヘア。
流石にジャケット越しにお山の大きさは分からないが、隙間から見える太股は健康的でよろしい。
うーん、これは六十万クラスの奴隷だな。エルフスキー疑惑のあるミチオ君も満足だろう。
「イザベラ。彼が我々の意思を継いでくれる男だ。挨拶しておけ」
「はい。わっちの名はイザベラです。これからよろしゅうお願いします」
「……ん?」
何か違和感があるような……
「あー……コイツは南部の田舎出身でな。ちょっと訛りがキツいんだ。詠唱自体は問題なく出来るから安心してくれ」
「なるほど。いや、初めての経験でな。少し戸惑っただけだ」
考えてみれば当然か。フィールドウォークが交通手段として一般的な広い世界だし、出身によってイントネーションに違いがあってもおかしくない。
俺は日本語に聞こえているが、喋ってるのはブラヒム語だしな。翻訳の関係で
「それじゃ、そろそろ引き渡すぞ。左手を貸してくれ」
「おう」
左手を差し出すと、慣れた手付きでインテリジェンスカードを弄る奴隷商。契約自体はすぐに終わり、こちらに視線で確認を促してきた。
赤城満 男 27歳 探索者 自由民
所有奴隷 グロリア メロー サギニ イザベラ
「確認出来た。幾らだ?」
「いらんいらん。報酬の先払いの様なもんだしな」
「そうか。それなら浮いた代金で装備を整えさせて貰おうかね」
「おう。そうしておけ」
二人でその様な会話をしていると、ズイッ!とイザベラが左手を伸ばしてきた。
「あの……主人さま。こちらがわっちのカードになります」
イザベラ ♀ 25歳 探索者 奴隷
所有者 赤城光
「確かに。これからよろしくな」
「はい。よろしゅうお願いします」
◇