とある科学の太陽爆心   作:霧咲桐乃

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第一話です。

稚拙な文体ですので気に入っていただけるか分かりませんが、頑張ります。




第一話『太陽爆心(フレアポイント)』

 

 

「おい! 何だァ、テメエは!?」

 

 閑散と寂れた路地裏に響いた男の野太い荒声に、火鳥(かとり)終灼(しゅうや)は小さな溜息とも取れる息を吐いた。男の後ろには柄の悪そうな男達が六人ほどいて、皆一様に終灼をドスの効いた目で睨み付けていた。手には金属バットや鉄パイプ、中には刃渡り15センチはあろうサバイバルナイフを持った者までいる。

 

「近隣住民からお前達が暴れているとの通報を受けた。よってお前達を拘束する」

 

 しかし、それでも終灼は自分の職務を全うするために、臆することなく男達に言い放った。どこかの高校の制服を着た彼の右腕には『盾』をモチーフにした腕章が付いていて、それの意味することに気付いた男達は一層睨む目付きをキツくする。

 

「テメエ、風紀委員(ジャッジメント)か……だがたった一人で何ができる? やっちまえ!」

 

 その言葉を合図とし、殺気立った男達が一斉に終灼に襲い掛かった。終灼は、今度は大きくはっきりと溜息を吐く。

 

「……今日はこの後、後輩と会う約束があるんだ」

 

 呟いて、終灼は既に動き始めていた。その動きは、不良達の肉眼では捉えきれない程に速く、あたかも空間移動能力者(テレポーター)のように一瞬にして消えて見えた。

 消えた終灼に動きを止める不良達。姿を捉えようと周囲を見渡す彼らの耳に、声が届く。

 

「──10秒で終わらせてやる」

 

 次の瞬間、不良達の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はあああ、と初春(ういはる)飾利(かざり)は周囲に聞こえるくらい盛大な溜息を漏らしながら、沈んだ顔でベンチに腰掛けた。彼女の頭上に乗る花飾りが、溜息の動きに合わせて心なしか萎んだようにも見える。

 

「酷いです、佐天さん……」

 

 そう小さく呟いて、初春は傍に立つこうなった原因を非難めいた瞳で見上げた。

 

「どうしてあんな大勢の前でスカートをめくるんですか……」

 

「ごめんごめん調子に乗っちゃって。代わりにあたしのパンツ見る?」

 

 少女──佐天(さてん)涙子(るいこ)は謝罪を述べながらも全然悪びれる様子なく自分のスカートの裾を少し持ち上げた。初春は彼女の提案を即却下する。彼女のパンツを見たからと言って、彼女にスカートをめくられて大勢の前で恥をかいたという事実が消えるわけではない。

 まあ、そんな痴態を“彼”に見られなかったことだけが唯一の幸いだろうか。

 

「あ、そういやあ、どうだった?」

 

「え、どうだったって?」

 

「決まってるじゃん。身体検査(システムスキャン)

 

 ああ、と初春は思い出して空を見上げた。雲一つない青空の中に、真っ白な飛行船が浮かんでいた。

 学園都市製の飛行船は機体中央部に大型のスクリーンが設置されており、一週間の天気、ニュース、広報等の情報が映し出される。そして現在は、第七学区で行われる身体検査(システムスキャン)の実施校の一覧が映し出されていた。その中には、彼女達が通う柵川中学の名前もあった。

 初春は「あはは」と気まずそうに乾いた笑いを溢す。

 

「全然ダメでした。相変わらずのレベル1。小学校の頃からずっと横ばいです。担当の先生からも『お前の頭の花は見せかけか? その花の満開パワーで能力値でも咲き誇れっ!』って」

 

「ええと……その担当の説教にもいろいろツッコミたいところだけど……」

 

 担当教師の全然似てない声マネをしておどける初春に苦笑いして、佐天は彼女の隣に腰掛ける。

 

「とりあえず元気出しなよ。大体、レベル1ならまだイイじゃん。あたしなんてレベル0──無能力者だよ?」

 

「あっ──……」

 

「でもそんなのは気にしない! あたしは毎日が楽しければそれでオッケー!」

 

 そう言って佐天は柔らかい笑みを初春に向けて、「これを聞いて元気出しなよ」とイヤホンを彼女の耳に付けた。流れてくるのは、現在絶賛人気上昇中の一一一(ひとついはじめ)の曲だった。

 

「この歌手のCDを買いに行こうと思ってるんだけど、良かったら初春も行こうよ」

 

「あ、すみません。今日は白井さんと約束が……」

 

「白井さん?……って、風紀委員の白井黒子?」

 

「はい、念願叶って御坂さんに会わせてもらえることになったんです!」

 

 キラキラと目を輝かせて、初春は胸の前で手を組んだ。

 

「御坂さん?……どうせまた能力を笠に着たイケ好かない奴なんじゃないの?」

 

 この学園都市には、能力の高さが全てという考えを持つ者は少なくない。そういう者は大抵の場合、自分の能力の高さを鼻にかけ、自分よりレベルが低い者を馬鹿にする傾向にある。

 御坂美琴は、学園都市の能力者達の頂点に立つ七人の超能力者(レベル5)の一人。電気を自由自在に操る『超電磁砲(レールガン)』と呼ばれる“電撃使い(エレクトロマスター)”だ。

 能力開発における名門校、常盤台中学に通う彼女は、初春にとってはまさに憧れなのである。

 

「そんなことはありませんよ! きっと素晴らしい人に違いありません!」

 

「分かった、分かったからキラキラ目をこっちに向けないで」

 

 佐天は思わず顔を背け、興奮冷めやらない初春は「そうと決まれば早く行きましょう!」と佐天の手を取った。

 

「え、ちょっ、あたしも行くこと決定なの!?」

 

 グイグイと普段からは想像もできないような力で腕を引っ張る彼女に驚きつつ、佐天は抵抗を試みる。

 

「当たり前じゃないですか! 御坂さんに会えるなんて滅多にあることじゃないですよ! 佐天さんも一目だけでも会った方がいいですって!」

 

「あ、あたしは別にいいって! そんなに会いたいとも思わないし!」

 

「……終灼先輩が来るとしても、ですか?」

 

「え──」

 

 佐天の抵抗がピタリと止まった。初春は、ニヤリと大きく口元を緩ませる。

 

「実は、今回は終灼先輩も呼んでいるんです。佐天さん、前々から『お礼を言いたい』って言ってたじゃないですか」

 

「そ、それは………」

 

 佐天は口を噤んだ。もう一週間以上も前の話になる。佐天は武装無能力者集団──通称“スキルアウト”と呼ばれる数人の不良に囲まれてしまった時があった。寝坊して遅刻しそうになって、ショートカットをしようと人気のない裏路地に入ったのが災いした。

 能力者ではない普通の中学一年の彼女では抵抗することもできず、どうしようと途方に暮れていた時、突然現れた一人の風紀委員の少年によって佐天は助けられたのだった。

 彼はバットや鉄パイプなど、武装したスキルアウト達に対しても臆することなく彼らを一瞬で蹴散らし無力化すると、警備員(アンチスキル)に連絡を入れて名前も告げずに去ってしまった。後日、彼と同じ風紀委員である初春にそのことを話し、彼の名が火鳥終灼だということを知った。

 

 ──とまあ、要するに佐天はその火鳥終灼という少年に恩があるのだった。

 

「ここから歩いて10分ほどの公園で待ち合わせしてるんです。待たせてしまうのも悪いですから行きましょう!」

 

「あっ、ちょっ、初春、待って──」

 

 まだ心の準備ができていないのにぃーっ! という必死の叫びは初春の耳に届くことなく、そのままズルズルと引きずられて行く佐天なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風紀委員の後輩である初春飾利から『合わせたい人がいるので来て下さい!』と誘われたのがつい先日。合わせたい人とはいったい誰なのかと問えば、『誰もが憧れる常盤台中学のお嬢様』と彼女は言っていた。前々から黒子に何度も何度も頼み込んでようやく合わせてもらえることになったらしい。

 

 しかしながら──

 

「合わせたい人って、“あいつ”なんだろうなあ……」

 

 正直な話、初春が誰を合わせたいのかを既に察してしまった終灼であった。

 『誰もが憧れる常盤台中学のお嬢様』で、かつ黒子を介して紹介してもらう人物……おそらく、いや、十中八九、120%の確率で“彼女”しかいない。

 

「俺、あいつ苦手なんだよな……」

 

 終灼は大きな溜息を吐いた。

 終灼は“彼女”を知っている。嫌というほど知っている。どういう訳か顔を合わせるなりいきなり勝負を仕掛けてきて、最大出力の電撃を何の躊躇もなく放ってくる彼女のことを。もう何度彼女との勝負を避けようと街中を走り回ったか分からない。同じ寮に住む、自分と全く同じ被害に遭っているツンツン頭の親友の口癖を真似するならば「不幸だーーっ!!」である。

 

 そんな訳で、触らぬ神に祟りなしと一度は断った終灼であったが、しかし初春は他にも合わせたい人がいるらしく食い下がった。曰く、彼女の通う柵川中学の同級生だそうで、前に終灼に助けられたことがあって礼を言いたいらしい。そう言われては無下に断れるわけがない。結局終灼は、不承不承で彼女の誘いに頷いた。

 

「せんぱーい! 終灼せんぱーいっ!」

 

 そんなことを考えている内に、終灼の耳にもはや聞き慣れた甘ったるい少女の声が聞こえてきた。声のした方を向けば、30メートルほど離れた所から初春がこちらに向けて大きく手を振っていた。頭の特徴的な花飾りが分かりやすい。彼女の後ろにはもう一人、長い黒髪の少女が緊張した面持ちで初春の小さな背に隠れていた。

 

「お待たせしてすいません。待ちましたか?」

 

「いや、俺も今来たところだ。それで、初春の後ろにいるその子が例の?」

 

「はい、佐天涙子さんです。ほら、佐天さん」

 

 初春は未だに後ろで頭だけ隠している佐天の背中を押して前に出す。「えっと……」ともじもじと指を弄りながら、やがて佐天は決心したように顔を上げて、

 

「あ、あの! あ、あたし、佐天涙子です! 覚えてないかもしれませんが、前に、あなたに助けてもらって、そ、そのお、おおお礼を、ですね!」

 

「……とりあえず、一回深呼吸した方がいいんじゃないか?」

 

 緊張でガチガチに固まって呂律が回っていない佐天にそう言って、「そ、そうですね!」と佐天はスーハーと大きく深呼吸を三回。

 

「ふぅ、ちょっと落ち着いたかも……あ、す、すいません。あの、佐天涙子です。この前は助けていただいてありがとうございました」

 

 そう言って、ぺこりと深く頭を下げた。

 

「あの……やっぱり覚えてません、よね?」

 

 頭を下げて、ふと心配そうな表情で見上げてきた彼女に、終灼はゆっくりと頭を振る。

 

「ちゃんと覚えてるさ。怪我が無くて本当に良かったよ。俺のことは初春にもう聞いてるだろうが、改めて。──火鳥終灼。風紀委員・第一七七支部に所属している。これからよろしくな、佐天」

 

「は、はいっ!」

 

 スッと差し出された手を、佐天は両手で握り締めた。伝わってきた彼の手は普通の人よりも熱があって──しかし決して熱いわけではなく、むしろ心地よい温もりがあった。

 

「さて、それじゃあ紹介も終わったことだし、俺はそろそろ──」

 

「そうですね! そろそろ白井さん達の所に行きましょう!」

「あ、やっぱり俺も行くことは決定なんだな……」

 

 腕を掴まれてズルズルと初春に引きずられていく終灼の姿にデジャヴを感じ、佐天は苦笑いしか浮かんでこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、やっぱりかぁ……、と終灼はそれはそれは大きな、本日何度目かも分からない溜息を吐いた。

 

「……なに溜息吐いてんのよ?」

 

「いや、別に」

 

 若干諦めを含んだ声音で返せば、目の前の少女──御坂(みさか)美琴(みこと)は「あっそ」とただでさえ不機嫌な顔を更に不機嫌そうに歪めた。

 

「いやはや、まさかお姉様とお兄様が既に面識があったとは知りませんでしたわ」

 

 不機嫌顔の御坂の隣には、彼女と同じ常盤台中学の制服を着た少女が一人。名を白井(しらい)黒子(くろこ)といい、終灼の所属する風紀委員・第一七七支部の後輩である。鈴が鳴ったような声とお嬢様口調、そしてツインテールが特徴的の少女だが、何故だか彼女、終灼のことを『お兄様』と呼び慕っている。やめろと言ってもやめないのでもう半ば受け入れているが、どうやらそれは御坂にも同じだったようだ。

 

「えーっ!? 終灼先輩、御坂さんと知り合いだったんですか!?」

 

「まあ、そういうことになるんだろうな………知り合いたくはなかったが(ボソ)」

 

「なんか言った?」

 

「何も」

 

 前髪にバチバチと電気を発生させるレベル5。相変わらず血気盛んだ。

 

「まあまあ、お姉様。とりあえず本題に入りましょう。こちら、柵川中学一年の初春飾利さんですの」

 

 バトルに突入しそうな二人(御坂だけ)の間に割り込み、黒子が初春を紹介した。憧れの御坂美琴に会えたことがやはり嬉しいらしく、初春は頬を赤く染めて少し緊張の面持ちで頭を下げた。

 

「それから──」

 

「どもー。初春のクラスメイトの佐天涙子でーす。なんだか知らないけどついて来ちゃいました。ちなみに、能力値はレベル0でーす」

 

 

 佐天は“レベル0”の部分を少し強調して自己紹介をした。彼女なりに御坂美琴という人物を図っているようだ。

 

「そしてこちらが! もう既にご存知かと思いますが、麗しの火鳥終灼お兄様ですわ! ああ、お兄様! この黒子めに愛の抱擁を!」

 

「断る」

 

 抱き着こうと飛んできた黒子を避ける。自らの突進を抑える緩衝材が無くなって、黒子は頭から地面にダイブした。

 

「あ、相変わらずの冷たい対応……ですが、お兄様のそんなところも黒子はお慕いしておりますわ!」

 

 前から諦めかけてはいるが、黒子の不屈の変態精神は治しようがない。額からドクトクと血を流しながらも満面の笑みを向けてくる彼女の姿はもはやホラーである。初春は多少慣れているが、佐天に至っては黒子のこの一連の行動にかなり引いていた。

 

「と、とりあえずどうします? 自己紹介も済んだことですし、どこか行きましょう!」

 

 気を取り直して、初春がそう提案する。

 

「そうですわね。多少予定は狂ってしまいましたが、今日の予定はこの黒子がバッチリ──」

 

 初春の言葉に賛同し、一冊の手帳を取り出した黒子の頭上に御坂の拳が降り注いだ。ガツンと固そうな音を響かせて、黒子が頭を押さえて蹲る。

 

「アンタの予定は全部却下だっつうの!」

 

 御坂は黒子の手帳を没収し、それを自分の懐に仕舞う。あの手帳に一体何が書いてあったのだろうかなど、想像しなくとも分かる。どうせ良からぬことだろう。

 御坂は蹲っている黒子を軽く一睨みし、コホンと一度咳払いをしてから初春と佐天に向き直った。

 

「ま、この馬鹿は放っておいて、とりあえずゲーセン行きましょうか」

 

「「え──」」

 

 自分達の予想の斜め上を行くその言葉に、初春と佐天はポカンと口を開けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったくお姉様ったら、ゲームとか立ち読みではなく、もっとこう、お花とかお琴とかご自身に相応しいご趣味をお持ちになれませんの?」

 

 とりあえずの目的地であるゲームセンターまで徒歩で向かう終灼たち五人。先頭を歩く黒子は、嘆息して後ろを歩く御坂に言い放った。

 

「うっさいわね。だいたい、お茶やお琴のどこが私らしいのよ」

 

「そうだな。お嬢様の『お』の字も当てはまらない御坂に、伝統ある日本の和が似合うはずがない」

 

「……アンタ、馬鹿にしてるのかしら?」

 

「人聞きの悪いこと言うなよ。俺はお前に賛同してやったんだぞ? 感謝こそすれ、恨まれる筋合いはない」

 

「ぐっ……それっぽいこと言って逃げやがって……!」

 

 硬く拳を握る御坂を黒子がまあまあと宥める。御坂は肩の力を抜くと、そっぽを向いてズンズンと前に歩いて行ってしまった。少しいじめ過ぎてしまったか。

 

「……なんかさ、御坂さん、全然お嬢様じゃなくない?」

 

 と、終灼の後方で佐天がぼそりと呟いた。

 

「上から目線でもないですね。そういえば、終灼先輩は御坂さんと以前からお知り合いだったんですよね?」

 

「ん? ああ」

 

「いつ頃からお知り合いになられたんですか?」

 

「そうだな……確か、一、二ヶ月くらい前だったか……」

 

 思えば、その時の出来事がきっかけで会うたびに勝負をふっかけられるという不幸に見舞われるようになってしまったわけだが、彼女もよく飽きないことだ。チラシ配りの女性からチラシを受け取りながら、終灼は小さく嘆息した。

 チラシに目を落とすと、それには新しくオープンしたクレープ屋の記事が書かれていた。先着100名に限り、ゲコ太マスコットプレゼントとも書かれている。

 

「御坂さん? どうしたんですか?」

 

 と、聞こえてきた佐天の声に終灼は意識をチラシから外した。御坂が終灼が受け取ったチラシと同じものをジッと凝視しながら立ち止まっていた。その目は“ある部分”だけを捉えている。

 

「あらお姉様、クレープ屋さんにご興味が? それとも、もれなく貰えるプレゼントの方ですの?」

 

 黒子がニヤついた笑みで御坂に問いかける。すると、途端に御坂はわたわたと慌て出した。

 

「な、何言ってんのよ! 私は別にゲコ太なんか! だってカエルよ? 両生類よ? どこの世界にこんなの貰って喜ぶ女の子がいるのよ!」

 

 弁明をする御坂。その必死さに免じて、彼女の言葉は信じてやってもいい。

 

『あ、』

 

「えっ?」

 

 ……まあ、そんな彼女のカバンに、件のゲコ太ストラップがついていなければの話だが。

 

『…………………』

 

 何とも言い難い沈黙が五人の間に走り、ひゅーと夏なのに冷たい風が吹き抜けた。初春と佐天は、当初抱いていた『御坂美琴』のイメージからかなりかけ離れた彼女に呆然とし、黒子は必死に笑いを堪え、御坂は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしていた。

 

「な、なに黙ってんのよ! わ、笑いたいなら、笑いなさいよっ……!」

 

 若干涙目になりながら、御坂は真っ赤な顔で黙ったままの終灼を睨み付ける。

 

「いや、別に笑いやしないさ。なかなか可愛い趣味を持ってるなと思ってな」

 

「んなっ!?」

 

 赤かった御坂の顔が、さらに真っ赤に染まった。終灼は「ハハハ」と爽やかに笑みを浮かべて、ぽんと御坂の頭に手を置いた。

 

「それくらいの可愛げがある方が俺はいいけどな」

 

 そう言って先に歩いて行ってしまった終灼の背を初春、佐天、黒子の三人は呆然と見つめ、その後、固まった御坂を見やる。

 御坂はピクリとも動かない。今、彼女は一体どんな顔をしているのだろうか。

 

「か、火鳥さん……今のって……」

 

「ええ、無自覚ですの」

 

 早く行くぞー、と呼ぶ終灼の声に、誰も反応することができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クレープ屋台のワゴンがある通りにやって来ると、そこは既に大勢の人達で賑わっていた。

 

「うわぁ〜、すごい人……」

 

「どうしてこんなにたくさん子供達が……?」

 

 特に多かったのは小学生に満たない年頃の子供達とその保護者で、近くにはバスガイドと思しき女性が大きな声で呼びかけていた。どうやら学園都市見学ツアーの参加者の一団と運悪く鉢合わせしてしまったらしい。必然的に屋台には行列ができており、自分達のクレープを買うにはもう少し時間がかかりそうだった。

 

「私たちは先にベンチを確保して参りますわ。お兄様、お姉様、私達の分のクレープをよろしくお願いしますわ」

 

「ああ、了解した」

 

 黒子、初春、佐天の三人がベンチを探しに行き、終灼と御坂が残される。ちらりと後ろに並ぶ御坂の様子を伺えば、彼女は組んだ腕でトントントンと忙しなく指を叩きながら順番を待っていた。

 

「……何よ?」

 

「ああ、いや………順番、変わろうか?」

 

 そう言うと、御坂の表情が一瞬喜色に染まる。しかしすぐに元に戻し、ふん、とそっぽを向いてしまった。

 

「べ、別に順番なんて! 私はクレープさえ買えれば、それでいい……」

 

 いくら強がっていても、目がゲコ太マスコットを持ってはしゃいでいる子供の姿を追っていれば説得力はない。

 もっと素直になればいいのに、と心底羨ましそうな顔で子供達を見ている御坂を見て、終灼は呆れを含んだ息を吐いた。

 

10分ほど待っていると、ようやく順番が回ってきた。とりあえず自分と初春と佐天のクレープを注文し、黒子の分は御坂に任せる。その方が黒子も喜ぶだろう。後ろでは、その御坂が鼻息を荒くして自分の順番が来るのを今か今かと待っていた。

 

「はいどうぞ、最後の一個ですよ」

 

 注文した三人分のクレープを受け取り、特典のゲコ太マスコットをもう一方の手で受け取る。

 

「どうも………え、最後?」

 

 直後、ドサッ、という何かが崩れ落ちる音が終灼の後ろから聞こえた。振り向くと、地面に手をついて項垂れている御坂の姿があった。

 ゾンビのように「あ……あぁ……」と呻き声をあげているその姿は、学園都市を代表するレベル5の姿とはとてもじゃないが思えない

 

「あー……御坂」

 

 控えめな声で御坂を名を呼んでやれば、彼女は恨みを含んだ涙目で振り返った。そんなに欲しかったのか、これ。

 

「よかったらやろうか? ゲコ太マスコッ──」

「いいの!?」

 

 速い。音速を超えたとまではいかないが、目にも留まらぬ速さで終灼の手をがっしりと握った御坂に、終灼は思わず「うおっ」と仰け反った。

 

「ホントにいいの!?」

 

「あ、ああ。俺は別にゲコ太にはそれほど興味はないし、それだったら御坂が持ってた方がいいだろう?」

 

 そう言うと、「ありがとーっ!!」と握られていた手をさらに強く握り締められた。ちょっと痛かった。

 その後、御坂も自分と黒子の分のクレープを買って黒子達が確保したベンチに向かい、二つのクレープを片手に、もう一方にゲコ太マスコットを持った御坂は足取り軽やかに──なんならスキップなんかをして、とても上機嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかったですね」

 

 降り注ぐ真夏の日差しも木陰にいるおかげでさほど暑く感じず、心地のいい風に当たりながら、終灼達はクレープを食べていた。そんな中、ふと初春が隣に座っていた佐天に語りかけた。

 

「え?」

 

「御坂さん。お嬢様のイメージとはちょっと違ったけど、思ったよりも親しみやすい人で」

 

 視線の先では、黒子が納豆と生クリームがトッピングされたクレープを食べてもらおうと御坂を追いかけ回していた。確かに、食べているものも、周りの人に奇異の目で見られる彼女達の姿も、お嬢様とは180度かけ離れている。

 

「終灼先輩の前でもあんな感じなんですか?」

 

「いや。あいつは俺を見つけると躊躇なく追いかけ回して来るからな。その度に逃げて、こうやってまともにあいつと過ごすのは、実は今日が初めてだ」

 

 初めてまともに彼女と過ごして、そして初めて御坂美琴の人となりを知った。

 相変わらず短気で血気盛んなやんちゃ娘だが、年相応に中学生らしいところもちゃんとあって、初春が言ったように親しみやすい。

 

「もしかしたら、“これ”が本当の御坂美琴なのかもな」

 

 終灼は無意識にそう呟いて、クレープを食みながら再び御坂に目を向けた。すると、その視線に気付いた御坂が黒子を払い除け、一直線に終灼の元に歩み寄ってきた。

 

「……ん」

 

 そして終灼の前に立つと、自分のクレープを突き出した。

 

「……なんだ?」

 

「さっきのお礼! 特別に一口食べさせてやってもいいわよ!」

 

 おそらく、さっきのゲコ太マスコットのことを言っているのだろう。お礼というのならもうちょっと柔らかい態度で言って欲しいものだが、赤く染まっている御坂の顔を見るに、どうやら彼女も彼女なりに勇気を出してのことのようだ。それが分かってて断るのは、やはり失礼なことなのだろう。

 

「お姉様!? 私というものがありながら、お兄様と間接的なベーゼをご所望になるんですの!?」

 

「ち、違うわよ!! 何言ってんのアンタは!!」

 

「ハッ! ですがそうですわね……その手がありましたわ! さあさ、お兄様。お姉様のクレープをお召し上がりになるのでしたら、次はぜひ私と間接的なベーゼを──ではなく、クレープをお召し上がりになってくださいまし!」

 

「断る」

 

 納豆は嫌いだ。ましてや納豆と生クリームのトッピングなどというゲテモノクレープは死んでも食べたくない。

 

「火鳥さんも、だいぶ苦労してるんですね……」

 

 分かってもらえたようで何よりだ。

 

「あ、あはは………あれ?」

 

 終灼達のやり取りに苦笑いを浮かべていた初春だったが、ふと何かに気付いてその視線を後方に向けた。

 

「ん、どうしたの?」

 

「いえ……あそこの銀行なんですけど、なんで昼間から防犯シャッターなんて降ろしてるんでしょう?」

 

 初春の言葉に、終灼達も動きを止めた。彼らの視線の先──片側二車線の道路を挟んだ先にある銀行は、確かに平日、それも昼間から防犯シャッターを降ろしていて、

 

「っ!? これは!」

 

 それを不審に思ったその瞬間、終灼はその地点の急激な熱の上昇を感じ取った。刹那、耳を劈く轟音と共に防犯シャッターが吹き飛び、爆炎と黒煙が周囲を包み込んだ。

 

「初春! 警備員(アンチスキル)に連絡と怪我人の有無の確認を! 急いでくださいな!」

 

「は、はいっ!」

 

 残っていたクレープを一口で頬張り、黒子は初春に指示を送る。そしてスカートのポケットから風紀委員の腕章を取り出し、右腕に装着した。

 

「行くぞ、黒子!」

 

「はいですの!」

 

 終灼も腕章をつけ、ベンチを飛び越える。

 

「黒子!」

 

「いけませんわ、お姉様!」

 

 手伝おうとした御坂を、黒子は制止した。

 

「学園都市の治安維持は、私たち風紀委員のお仕事。今度こそ、お行儀よくしていてくださいな」

 

 黒子の言葉を受けて、御坂は渋々と引き下がった。彼女の介入は余計な被害を出しかねないので、素直に聞いてくれて終灼はほっと胸を撫で下ろす。

 

 現場に向かうと、黒煙の中から黒いジャケットを羽織り、白い布で顔を隠した三人組の男達が出てきた。先頭をリーダー格らしき男が走り、後ろの二人の手には黒のボストンバッグが持たれている。おそらく、中には大量の現金が詰まっているのだろう。

 

「お待ちなさい!」

 

 そんな者達をみすみす見逃すわけがない。終灼と黒子は男達の逃走経路に立ち塞がった。

 

「風紀委員ですの! 器物破損、及び強盗の現行犯で拘束します!」

 

 風紀委員の腕章を見せつけて強盗の男達に告げる。しかし男達は顔を見合わせて、次の瞬間には吹き出して大笑いし始めた。

 

「ぎゃはははっ! なんだよ、このガキどもは!」

 

「風紀委員も人手不足か!?」

 

 腹を抱えて大笑いする三人組。少々カチンと来た。

 

「……ふぅ、相手の力量も分からない馬鹿には、少しキツいお灸を据えなくちゃいけないな」

 

「そうですわね。ですがお兄様が出なくとも、私だけで充分ですわ」

 

 余裕を崩さず、黒子はゆっくりとした足取りで未だに腹を抱えて笑っている男達に近付いていった。

 

「おいおいお嬢ちゃん。とっととどっか行かねえと、怪我しちゃうぜぇ!?」

 

 強盗の一人であるドレッドヘアーの巨漢が黒子に突進して殴りかかった。しかし黒子はその突進を躱し、足を掛ける。足元を掬われ体勢を崩した巨漢は空中で一回転し、突進の勢いも相まって頭から地面に落下した。

 

「そういう三下の台詞は死亡フラグでしてよ?」

 

 落下の衝撃で後頭部を強く打ち、巨漢は白目を向いて気絶している。柔よく剛を制す。これが体の小さい黒子が得意とする戦闘術である。相変わらずの手際に、終灼は内心で拍手を送る。

 

「テメェ……ッ!!」

 

 リーダー格の男が小さく舌打ちをし、掌から炎を現出させた。

 

発火能力者(パイロキネシスト)……」

 

「へっ! 今さら後悔しても遅えぞ!」

 

 そう言って男は、掌上で燃え立つ火球を投げ放った。火球は一直線に黒子の元まで飛んで行くが、しかしそれでも、黒子の表情は変わらない。

 

「甘いですわね」

 

 その言葉と同時、男の目の前から黒子の姿が忽然と消失した。標的を無くした火球は黒子のいた地点を通過し、後ろに控えていた終灼に直撃した。

 

「く、くそっ! 一体どこに──」

「こちらですわ、お馬鹿さん」

 

 消えたはずの黒子の声が、彼女を探す男のすぐ耳元から聞こえてきた。男が声のした方に顔を向けるがそこには誰もおらず、次の瞬間には後頭部に黒子のドロップキックが直撃した。

 男が倒れた隙に黒子は次の動作に移る。隠し持っていた金属矢を、一瞬にして男の服に打ち込んだ。

 

「テ、空間移動能力者(テレポーター)!?」

 

「これ以上抵抗するなら、今度は体内に直接テレポートさせますわよ?」

 

「ぐっ……だ、だが、お前の連れは俺の能力で燃えちまったぜ!」

 

 と、身動きの取れない体勢で首だけを動かし、終灼の立っていた場所に目を向けた。男の放った火球が未だ轟々と燃え盛り、勢いは衰えていない。現状で扱える最高火力で放ったのだ。それをまともに受けて無事なはずがない。男はほくそ笑んだ。

 

「残念ですが、それは無駄ですわ」

 

 しかし、そんな黒子の言葉に、男は耳を疑った。同時、燃え盛る炎に動きが生じた。炎の勢いが突然衰え始め──否、激しく燃え盛ったまま、しかし一点に収縮し始めていた。やがて小さくなった火の海から“無傷”の終灼が姿を現した。男の表情が、驚愕へと変わる。

 

「な、なんで……!?」

 

 持てる力の最大の攻撃を直に受けたにもかかわらず全くの無傷でいる終灼の姿に、信じられないといった風な目で凝視する男。しかし、すぐにその理由を理解した。炎は終灼の掌の上でビー玉台の大きさまで凝縮され、呑み込まれるようにして溶けていった。

 

「ま、まさか……あいつも、発火能力者……!?」

 

 驚愕の声をあげている男をよそに、終灼は何事もなかったかのように首を鳴らす。

 

強能力者(レベル3)といったところか。なかなかの威力だったが……あれっぽっちの炎で俺を灼けると思うなよ?」

 

「くっ……!」

 

 最高の攻撃が通じず、なす術のなくなった男は、これ以上の抵抗は無意味と潔く抵抗をやめた。

 二人を確保し、残る一人を探していた終灼と黒子だったが──

 

「なんだよテメェ!? 離せよっ!!」

「だめぇ!」

 

 二人の耳にそんな男の声と、聞き覚えのある少女の声が届いた。見ると、逃げ遅れたと思しき男の子を人質にするために連れて行こうとする強盗と、それを必死で食い止める佐天の姿があった。

 

「クソッ!」

 

 佐天の抵抗に遭い、人質の確保を諦めた強盗は男の子の腕を離し、彼女の顔を蹴り飛ばした。

 

「佐天さん!」

 

 蹴り飛ばされて倒れ込む佐天を無視して、強盗はそのまま逃走車両に乗り込んだ。

 

「くっ……」

「逃がすか……!」

 

 黒子が金属矢を構え、終灼が両脚に力を入れたその時だった。

 

「黒子ォッ!!」

 

 金槌を打ち付けたような怒声が終灼達の頭を叩き、二人は動きを止めた。そのまま首だけを声のした方に向ければ、そこには全身に電気を纏い、茶髪を逆立てる御坂の姿があった。

 

「……こっからは私の個人的な喧嘩だから。悪いけど、手、出させてもらうわよ?」

 

「あ〜……これはまずいですの」

 

 黒子の言葉に、終灼も同意を含めた溜息を溢した。正直、まずいなんてレベルではない。このパターンは最悪手に入る部類である。

 出来るものなら止めたいが、バチバチという音を響かせながら電気を放出している彼女の姿を見て、きっと聞く耳持ってくれないんだろうなと諦めた。そして、どうせ被害が出るならせめて最小限にして欲しいなーなんていう幻想も、彼女がポケットからコインを取り出すのを見た瞬間、儚くぶち壊されるのだった。

 

 御坂はポケットから取り出しコインを親指に載せ、それをコイントスの要領でピンと真上に弾いた。高々と上がったコインは不規則に回転しながら、やがて地球の重力に引っ張られて落下していく。時間にして一秒ほど。その間に強盗の乗った車は御坂との距離を縮め、彼女を轢き殺そうとさらに速度を上げていた。

 しかし、御坂は動じない。むしろ車の速度を上げた強盗の浅慮をあざ笑うかのような笑みを向ける。

 そして、重力に引かれたコインが再び御坂の親指に載った、その瞬間──

 

「──ッ」

 

 音もなく、オレンジ色の閃光が逃走車の車体下に突き刺さった。一拍おいて、雷が落ちたような轟音が鳴り響く。車体下に突き刺さったオレンジ色の閃光は大きな爆発を起こし、その衝撃波によって上空に吹き飛ばされた逃走車はグルグルと回転しながら轢き殺すはずだった御坂の体をゆうに越え、彼女の数十メートル後方に突き刺さった。

 

 

 『超電磁砲(レールガン)

 

 元は電気伝導体の弾体に超強力な電磁石を使い、その磁場で発生した力を利用して弾体を加速させて撃ち出す艦載兵器だが、“電撃使い(エレクトロマスター)”である彼女はそれを自らの手で撃つことができる。

 その威力はまさに一撃必殺。弾体がコインであるがゆえに、その射程距離は50メートルと本来のレールガンよりかは短いが、直撃すれば車などあっという間に大破させてしまう。

 それは、他の電気系能力者にはできない、学園都市が誇る超能力者(レベル5)だからこそできる芸当なのである。

 

「ぐっ……く、クソッ!!」

 

 しかし、どうにも強盗は悪運が強いらしかった。そんな超強力な一撃を喰らってもなお意識を保ち、車から何とか這い出た彼はふらつく足取りで尚も逃走を図ろうとしていた。

 

 御坂は小さく舌を打つ。

 

「少し手加減しすぎたか……黒子!」

 

「どうかご安心なさって下さいな、お姉様」

 

 御坂の声に、しかし黒子は慌てる様子なく対応した。腿辺りに取り付けてあるホルダーに持っていた金属矢を収めながら、

 

「──既に、お兄様が向かわれましたので」

 

 そこで御坂は気が付いた。先ほどまで黒子の隣にいたはずの終灼の姿が、忽然と消えていることに。

 

「なっ!? テ、テメエ、いつの間に!?」

 

 そして同時に御坂の耳に届いた強盗の悲鳴。見れば、逃げようとしていた強盗の眼前に、先程まで黒子の隣にいたはずの終灼の姿があった。

 

「そ、そこを退きやがれェッ!!」

 

 突如として眼前に立ち塞がるように現れた終灼に、強盗はジャケットの内ポケットから一丁の拳銃を取り出し、その銃口を終灼に向けた。

 終灼と強盗との距離はおよそ2メートル半。どんな素人でも決して外さない距離で、両者は対峙している。

 現場に喧騒が走った。

 

「へ、へへ……この距離なら絶対に外さねぇ! 死にたくなかったら、さっさとそこを退くんだな!」

 

 状況はどう見ても強盗の優勢。誰もがそう思った。しかし、対する終灼は決して余裕を崩さなかった。眉間に銃口を向けられても尚、勝ち誇った笑みの強盗のその双眸を見据えていた。

 

「撃てばいいさ」

 

「なに……!?」

 

 それは、強盗にとってあまりに予想外すぎる一言だった。てっきり銃に恐怖し、あっさりと道を開けると思っていたから、放たれたその言葉に、強盗は思わず動きを止めた。

 

「俺はここを退くつもりは微塵もない。だがお前は一刻も早くここから逃げたい。そのために俺が邪魔なら、さっさと撃てよ」

 

 ただしその時は。

 終灼は続ける。地の底から響く呪詛のように冷たく、そして恐ろしい声で、言い放つ。

 

「──俺も、容赦はしない」

 

「うっ……な、ナメんじゃねえ!!」

 

 強盗が引鉄を引いた。ズガン! という発砲音が空を切り、銃口からはたった一撃で標的を殺すことさえ可能な鉛の弾丸が撃ち出された。どこからともなく誰かの悲鳴が聞こえ、次の瞬間には目の前で起こるであろう惨劇に目を逸らした。

 

 しかし、いつまで経っても、そんな惨劇が訪れることはなかった。

 

 何故か。

 

 惨劇を創り出す元凶である銃弾が、終灼の眉間を直撃する数ミリ手前で“溶解した”のだ。

 

「えっ──」

 

 真っ先にそれに気付いたのは、発砲した張本人である強盗だった。それまで勝ち誇っていた表情を一変させ、驚愕に目を見開いて溶岩のような粘性のあるオレンジ色の高温の液体に変わり果てた銃弾を凝視した。それが地面に垂れ落ち、外気に冷やされ黒く固まるまでじっくりと見届け、そしてハッと我に返る。

 

「テ、テメエッ!!」

 

 再び銃口を向けて、引鉄に指を掛ける。しかし、二度目はない。

 

「ぬおッ!?」

 

 開いていた2メートル半の距離は一瞬で縮められ、銃身を掴まれ、標準を外された。振り解こうと抵抗を試みるが、掴まれた銃身はピクリとも動かない。

 

「あ、熱いっ!!?」

 

 すると、グリップが徐々に熱を帯びてきて、掴めないほどに熱くなった。強盗はすぐ様グリップから手を離す。銃が先程の銃弾のように溶け出したのは、その直後。

 

「テ、テメエは一体……!?」

 

「お前に教える義理はない」

 

 胸倉を掴まれ、引き寄せられる。炎に触れているかのように熱かった。

 

「お前は、俺の後輩に手を出した」

 

 終灼の右手が炎に包まれる。強盗は小さく悲鳴を上げた。しかし終灼は止まらない。灼熱のように熱い体で、対照的に絶対零度の冷たい瞳で強盗を睨み付け。

 

「──歯ァ、食い縛れ」

 

 刹那、頬に叩き込まれた炎の拳。強烈な威力の衝撃が強盗の顎を打ち抜き、強盗の意識はそこでブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

「──それで、終灼君。何か言い残すことはあるかな?」

 

 強盗を一人残らず拘束した後、通報を受けた警備員が到着し、さらに援軍として駆け付けた風紀委員の先輩である固法(このり)美偉(みい)の姿を見つけた瞬間、熱くなっていた終灼の頭は瞬間冷却された。

 

「はい、あります」

 

「……何かな?」

 

 終灼は現在、地面に正座させられていた。目の前には仁王立ちをしている怒り心頭の鬼──もとい、固法がいる。通り掛かる警備員の奇異なものを見る目が、実に背中に痛い。

 

「今回の被害に関して、俺は全く悪くありません」

 

 正座をする終灼の後ろでは、嵐でも通ったかのような惨状が広がっていた。20メートル近くにに渡って一直線に抉られたアスファルト、地面ににょっきりと生える大破した逃走車両、一面に広がるそれらの残骸……。

 これらは全て、あの傍迷惑なビリビリ電撃中学生こと御坂美琴がやらかしたことで生じた被害である。あれほど大人しくしていろと釘を刺しておいたのにこれだ。彼女が暴れると、本来の事件よりも重大な損害が出てしまうのである。

 

 それはさておき。

 

 今は、目の前の修羅を何とかしなければならない。とりあえず弁明はしてみたが……。

 

「うん、それは分かってるわよ。……でも、こうならないようにするのが私たち風紀委員の仕事だっていうのも、分かるわよね?」

 

「……はい」

 

 どうやら閻魔大王は許してくれそうにない。そして、彼女が下す審判は、残酷にして冷酷の、

 

「始末書、明日までに全部ね」

 

「…………はい」

 

 とりあえず、今日は徹夜決定。

 

 

 

 

 

 

 状況報告を終え、後のことをひとまず警備員に任せてから、終灼は佐天達の元に戻った。

 

「お兄様、お疲れ様ですの」

 

 真っ先に終灼に気付いたのは、予想通り黒子だった。彼女の声に反応して、初春、御坂が終灼に気付き、最後に佐天が顔を向ける。

 

「怪我は大丈夫か?」

 

「あ、はい。少し腫れちゃいましたけど、傷も残らないそうなので全然大丈夫です」

 

 そう言って笑顔を向けた彼女の左頰には、大きなバンドエイドが貼られていた。大した怪我ではなかったようで安心したが、傷が塞がるまでバンドエイドが外せないのは、やはり年頃の少女にはいささか酷ではあるだろう。

 

「そうか。とにかく、佐天が無事で安心したよ」

 

「あっ──」

 

 終灼は、佐天の頭に手を置いた。佐天は顔を赤く染めながらも、初対面の際に握手した時のような暖かな温もりに身を任せた。

 

「そういえば、終灼先輩の能力、私初めて見ました」

 

 頭を撫でられている佐天を羨ましそうに見つめていた初春が、ふと思い出したようにそう言った。確かに、と佐天もつい数十分前の出来事を思い出す。

 数十メートルは離れていた強盗の眼前にいつの間にか立ちはだかり、至近距離から放たれた銃弾を無効化し、更には強盗の持っていた銃を触れただけで溶かしてしまった。

 

「火鳥さんの能力って……」

 

 佐天、初春、黒子、御坂。四人の視線が一斉に終灼に向けられる。ふむ、とその視線を受けた終灼は頰を掻き、まあいいか、とやがて観念したように小さく呟いた。

 

「俺の能力は『太陽爆心(フレアポイント)』と呼ばれるものでな。系統や性質は発火能力とほとんど変わらないが、同じとも言い難い。強いて言うなら、“発火能力の進化系”ってとこか」

 

 詳しく説明するのなら、終灼の体内で爆発を起こし、終灼を爆心として周囲に熱を放出する。そうして発生した莫大なエネルギーを体に循環、利用することで瞬間的に肉体を強化したり、体温を急上昇させて炎を出したりすることが出来る。その一連の運動は、終灼の体内で常に行われているのだ。

 

 宇宙では、太陽が同じように爆発を繰り返して膨大なエネルギーを発生させており、『太陽フレア』とも呼ばれている。

 

 だからこそ、この能力は『太陽爆心(フレアポイント)』と名付けられた。

 

「『太陽爆心』……あんた、そんな凄い能力持ってたのね………そうと分かれば早速勝負しなさい! あんたの能力と私の能力、どっちが強いかはっきりさせてやるわ!」

 

「ヤだよ。めんどくさい」

 

 あれだけ暴れたというのにまだ暴れ足りないのかこのビリビリ中学生は。というか、お前のせいでこっちは明日までに始末書を書かなくちゃいけなくて徹夜決定してしまったんですけど、という文句は言ってもどうせ聞き入れてくれないんだろうから喉元で呑み込んだ。

 

「私はめんどくさくない! さあ、勝負よ! うおりゃあああっ!」

 

「うおっ!? 電気纏って突進してくんな! お前の電気は俺には人より効くんだから!」

 

「それはいいこと聞いたわ! なら今すぐビリビリさせてくれる!」

 

「しまった失言だったぁぁぁっ!!」

 

 追いかける御坂と逃げる終灼。その光景を見て、佐天達にも自然と笑みが溢れた。終灼は飛んでくる電撃の槍を避けながら盛大に溜息を吐く。まったく、とんでもなく面倒な奴に目をつけられてしまった。

 

 しかし──

 

「待ちなさーーいっ!!」

 

 追いかけてくる電撃少女の顔もまた笑顔。面倒だが、これはこれで退屈しない。

 

 まあ、いいか、と。

 

 終灼もまた、顔を綻ばせるのだった。

 

 

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