いやーお久しぶりです。
今まで投稿できなくてすみませんでした! 亀更新ですが、これからもよろしくお願いします!
午後──風紀委員・第一七七支部
「あーもうっ! せめてもう少し手掛かりがあれば容疑者の絞り込みができますのにー!」
苛立ちが頂点に達した黒子のそんな悲痛な叫びが、閑散としたオフィス内に轟いた。
「そうですねぇ。分かっていることと言えば、犯人がレベル4以上の能力者ってだけですし……」
冷静にそう返す初春の顔にも、疲労の色が見て取れる。この数日、虚空爆破の犯人について調べに調べて出てきた情報はたったそれだけで、それでも容疑者を絞り切れるだろうと学園都市中の能力者のデータが載っている
「お兄様は何か分かりましたか?」
「いや、残念ながら何も」
答えれば、落胆の溜息がオフィス内に虚しく響いた。引っかかっていることはあるのだが結局その正体は掴めず、報告すべきか迷ったが不確定な情報は捜査を混乱させるだけなので黙っておくことにした。
「うーん……もしかして、短期間に急激に力をつけた能力者とか」
「まさか。いくらなんでもこんな短期間じゃ無理ですよ」
「ですわよね〜……」
前回の
「……なら、“能力者の演算を補助する能力者”とかはどうだ?」
「演算を補助……?」
「ああ、つまり犯人は少なくとも二人いて、一人は量子変換の能力者でレベル4に満ちていない。だがもう一人がその能力者の演算を補助することによって一時的にレベル4相当の力を出させることができる、という感じなんだが……」
「なるほど! もしそうなら書庫に該当しなかったのにも納得がいきます!」
「さすがお兄様! 見事な名推理ですの!」
「ああいや、しかし……言っておいてなんだが、その線は薄いと思うな。能力をレベル4相当に上げるには、演算補助の能力者自体がレベル4以上の実力を持っていないとダメだろうし……」
そしておそらく、演算補助の能力を持つ能力者など書庫には記録されていないだろう。少なくとも終灼はそのような能力者を見た記憶はない。案の定、初春がサーチをかけてみても該当する者はいなかった。となると、捜査は再び振り出しに戻り、落胆の空気がオフィスを汚染する。
「まあ根気よく! 一から遺留品を当たってみましょう!」
「そ、そうですわね!」
「ま、それが一番だな。元気出たよ、初春」
重苦しい雰囲気を吹き飛ばしてくれた初春の頭にポンと手を置いて撫でる。すると初春は顔を赤くして「終灼先輩に撫でられた〜」と表情を蕩けさせた。
「お、お兄様! 初春だけでなく黒子の頭も是非とも撫で回して下さいな!」
「何か有力な情報を見つけたらな」
鼻息荒く迫ってきた黒子を軽く受け流して、終灼は自分のデスクに座る。そして、「初春だけズルいですの……」とブー垂れる黒子を横目で見やり軽く苦笑してから、再び資料に目を落とした。
◇
翌日、午後──。
「……なるほど。じゃあ今日は初春は、御坂と佐天と一緒にセブンスミストか」
「はいですの」
終灼が支部に顔を出すと、既に固法と黒子がいて事件の調査を始めていた。その中に初春がいなかったので黒子にその
「まったく……初春にはもう少し風紀委員としての自覚を持って欲しいですの」
「ま、たまには息抜きも必要だろう。特にここ数日は遅くまで調査しっぱなしだったから疲れもあっただろうし、なんなら黒子も行ってよかったんだぞ? 御坂からも誘われたんだろう?」
御坂を愛して止まない黒子は、御坂と一緒ならむしろ地獄の底まで着いて行くんじゃないかと思う。
しかしそんな終灼の考えとは裏腹に、黒子は、いえ、と小さな笑みで頭を振った。
「確かにお姉様からのお誘いはこの上なく魅力的でしたが、私にとって自分のことよりもまず大勢の人々の安全を守る方が大事でしたので、仕事の方を優先させてもらいましたわ」
「黒子………」
「白井さん……」
黒子の言葉に終灼と固法は驚くと同時、彼女ならば当然だと思い出した。
いくら異常な性癖を持っていようと、彼女は歴とした風紀委員で、その矜恃と使命感は誰よりも強い。
「……そうだな、それじゃあさっさとこんな事件解決して、今度はちゃんと皆で遊びに行こう」
終灼はフッと笑って黒子の頭を優しく撫でた。瞬間、黒子の顔が真っ赤になり、蒸気機関車のように頭から湯気を噴き出した。
「お、お兄様が私の頭をををっっ!!? 黒子、元気百万倍ですのっ!!」
と、どこかの漫画のキャラのようにツインテールを逆立てて黄金のオーラを放ち始める黒子。そんな彼女を見て、ただ頭を撫でただけなのにそんなに活力が湧くものなのかと、終灼は首を傾げた。
「ホント、終灼君も隅に置けないわね。……
固法の溜息混じりの呟きを、終灼は理解することが出来なかったという。
◇
いくら黒子に百万倍のパワーが出たところで情報が皆無という今の状況が変わることはなく、轟々と溢れ出ていた黒子の黄金オーラも今やすっかり萎み、三人は冷めてしまったコーヒー(固法は愛飲のムサシノ牛乳)を虚しく啜った。
「………ふう」
終灼は溜息混じりに資料に目を通す。支部に来た時には既にデスクに置いてあったもので、それには新たな事件現場の写真と状況報告が記載されていた。
資料によると、現場は第七学区内のとある本屋で店はほぼ全滅と、前よりもその威力と破壊範囲を広げていた。やはり今回も一般人の怪我人はおらず、それが唯一の幸いだった。
しかし、手放しに喜んでもいられない。今回も駆け付けた風紀委員が一人、重傷を負って救急搬送されたのだ。
これで九人目。
このままでは、こちらが人手不足になってしまう──
「…………ん?」
身に覚えのある違和感が、再び終灼を襲った。
「……お兄様?」
「終灼君? どうかしたの?」
突然寄りかかっていたオフィスチェアから上体を起こした終灼に、黒子と固法が怪訝な表情を送る。しかし終灼は答えず、資料を隅々まで再確認していた。一文字一文字を逃さず流し読み、黒の瞳を左から右へと何度も往復させ、違和感の正体を探っていく。
そして10秒後。ピタリと、その瞳が停止した。
「お、お兄様……?」
資料を見つめたままそれきり動かなくなった終灼に問い掛ける黒子。彼が何に気づいたのか彼女たちにはさっぱり分からなかったが、しかし、事件を大きく進展させるであろう重大な何かを見つけたことは理解できた。
“ある一点”を凝視し、驚愕に目を見開いていた終灼が、やがて静かにその口を開く。
「…………九人?」
「え……?」
「一般人の負傷者はゼロ。しかし、駆け付けた風紀委員が九人負傷……いくらなんでも多すぎる」
「あっ──」
固法が声を上げた。終灼は更に過去の資料を引っ張り出し、それを大テーブルに広げた。
「これもこれもこれも……全部そうだ。当時重力子が観測された地点のすぐ近くには風紀委員がいた……!」
点と点が結ばれるように、パズルのピースが嵌まっていくように、今まで分からなかったものが、見落としていたものが明らかになっていく。そうして辿り着いたのは、犯人の狙い。
つまり、 ターゲットは──
「──風紀委員か!」
直後、オフィス内に警報が鳴り響いた。音の出元は固法の使用していたPCから。第七学区全体の地図が映し出されたそれに『ALERT』の文字とグラフが浮かび上がり、ある地点を示しながら同時に表示されていた数値が猛スピードで跳ね上がっていく。
「衛星が重力子の加速を確認! 場所は……セブンスミスト!」
「セブンスミストですって!?」
「くっ、まずい! あそこには初春がいる!」
犯人の狙いが本当に風紀委員なら、間違いなく今回の標的は初春だ。
終灼は、既に動き出していた。
「黒子! すぐに初春に電話して犯人の狙いと次のターゲットを知らせろ! 固法先輩は警備員に連絡した後、バックアップを頼みます!」
「お兄様は!?」
「俺はセブンスミストに向かう!」
「セブンスミストに!? 無理よ! ここからセブンスミストまで何キロもあるのよ!? 走っていっても間に合わない!」
「確かに、普通に走ったんじゃ間に合わない。けど、俺の能力なら間に合うはず」
「! それは……いえ、そうね……終灼君、お願い!」
「頼みますわ、お兄様! 私も連絡が済み次第そちらに向かいますの!」
連絡、及びバックアップを二人に任せて終灼は支部を飛び出した。時刻はちょうど学校終わりの放課後。帰宅途中の学生や遊びに行こうとしている女子学生のグループ等が歩道を歩いている。この人混みをいちいち抜けて行くのは、いささか面倒だ。
「こういう時はやっぱ──“上”だよな」
呟いて、終灼は空を見上げた。両脚に力を込めると途端に脚がオレンジ色に変色し、高熱を放ち始める。
「時間がない……能力全開!」
言葉と同時、耳をつんざく爆音が周囲に轟いた。終灼の立っていた場所のアスファルトが剥がれて土を露出し、その一部が爆炎によって溶けている。そして何より、そこに終灼の姿はない。
終灼は、空を飛んでいた。
正確には飛んでいるわけではない。上昇気流などを利用すれば本当に飛ぶことは可能だが、『太陽爆心』の爆発によって発生したエネルギーで身体能力を飛躍的に上昇させ、跳躍の飛距離を上げているのだ。
そうしてビルからビルへと飛び移りながら、やがて終灼は眼前にセブンスミストを捉えた。既に黒子から連絡を受けた初春が避難誘導を開始したのだろう。大勢の人が店内から外に避難していた。店の周りには人だかりができており、そこから少し離れた位置に着地した終灼は人混みを掻き分けながら出入り口に向かい、そこで見知った顔を発見した。
「──御坂!」
「あ、あんた! どうしてここに!?」
「説明は後だ! そんな事より初春はどこだ!」
「えっ、う、初春さん? 初春さんなら中でまだ避難誘導してるはずだけど……」
「そうか、分かった!」
「終灼!」
御坂の言葉が終わると同時に店内に入ろうと走り出した終灼だったが、聞き覚えのある少年の声にその動作を止めた。
「当麻? なんでお前までここにいるんだ?」
「ちょっと色々あってな。そんなことよりビリビリ! あの女の子見なかったか?」
「えっ!? 見つかんないの!?」
「はぐれちまったみたいなんだ。もしかしてまだ中に……」
「何やってんのよもう!」
「あ、待てよ御坂!」
「おい、二人とも行くんじゃない!」
当麻の言葉を聞くなり店内に駆け込んで行った御坂とそれを追いかけて行ってしまった当麻。制止も聞かず店内に消えていった二人に舌打ちをして、終灼もまたセブンスミストに突入した。
◇
もぬけの殻となった店内で初春を見つけるのに、そう時間はかからなかった。
避難が完了したかどうかを確認するために残っていたらしく、そんな彼女の傍らには一人の少女の姿があった。
「よかった、無事だった……」
隣を走る当麻と御坂が安堵の息を吐く。その反応を見るに、彼女が件の少女なのだろう。終灼も彼らと同じように安堵した。爆弾が観測されているので油断は許されないが、初春も無事なようだし、今回は一般人にも風紀委員にも被害を出さずに済むと。
そう、思っていた。
──ぐにゃり、と。
少女が初春に手渡したカエルのぬいぐるみが、歪にひしゃげるのを見るまでは。
「──初春、逃げろっ!!」
歪に変形するぬいぐるみ。報告にあった爆発の前兆だ。無意識の内に終灼は叫んでいた。初春も目の前で起きた現象が何であるかを察し、咄嗟にぬいぐるみを投げ飛ばして少女を庇うように覆い被さった。
「初春っ!!」
終灼が彼女たちと爆弾の間に割って入るのと、爆弾が大爆発を起こしたのは同時だった。
強烈な爆風と爆炎が周囲数十メートルに渡って撒き散らされ、形あるものを次々に蒸発させていく。
「チィッ──!!」
終灼は初春たちの盾となり、襲い来る爆炎を受け止めた。“
(このままじゃあ……!!)
一向に弱まる気配のない爆炎に表情を歪め、打開の一手を考えていたその時、
「──任せろ終灼!」
声。けたたましい爆音が響く中で、その声だけははっきりと聞き取ることができた。そしてその言葉を聞くと同時、終灼は能力を打ち切った。途端に“炎の壁”は呑み込まれ、堰き止められていた爆炎が襲い掛かる。
しかし、その爆炎に向かっていく影が一つ。それは、終灼でもなく、御坂でもない。
終灼と同じ高校の制服を着た、終灼の親友。
──上条当麻。
「うおおおおっ!!」
終灼の前に躍り出た当麻は、迫り来る炎に対し右手を突き出した。
◇
大爆発を起こして騒然となったセブンスミスト。その一部始終を見ていた避難客と野次馬たちが一様に爆発を起こした階を見上げる中で、介旅初矢は一人、歪んだ笑みを隠しながら人混みを外れた。
(いいぞ、今度こそ逝っただろう……!)
しかし、人目のない路地裏に入ったところでその笑みを隠すことが出来なくなり、介旅はククッ、と声を溢した。
(スゴイ! 素晴らしいぞ! 徐々に強い力を使いこなせるようになってきているっ!!)
最初は、自分をイジメてくる奴らや何もやってくれない風紀委員に対するストレス発散のイタズラのつもりだった。
もともと小さいアルミ片を癇癪玉程度の小爆弾に変えるという大したことのない能力だが、しかしその程度の爆弾によって突然起こされる爆発に驚き戸惑う“馬鹿な人間共”を見るのは、最高に楽しかった。
そんな彼の生活が変わったのは、ひょんなことから“アレ”を手に入れてからだった。“アレ”を手に入れてからというもの、彼の能力は格段に強くなった。癇癪玉程度の威力しかなかった爆弾が、一週間もしないうちにコンビニを半壊させる程に変わった。
彼は、“力”を得たのだ。この科学が全ての街で言うのもどうかと思うが、介旅は神に感謝した。
これは神が与えてくれた力なのだ。この力で、自分を虐げてきた者たちに復讐せよと言っているのだ。
手に入れたこの“力”を使いこなすのに時間はかかったが、それも今日まで。今日作った爆弾は、持てる全ての力を統合した最高傑作だ。周囲数十メートルに渡って強烈な爆炎と爆風が襲い、全てを灰塵と化す。その真っ只中で人間が生き残ることなど不可能。今回標的にした風紀委員の小娘も例外ではない。今頃は、最早誰なのかも分からないくらい無残な焼死体となって発見されていることだろう。
そんな光景を想像するだけで、介旅の口元は大きく歪んだ。込み上げてくる嗤いが止まらなかった。
「もう少しだ! あと少し数をこなせば、無能な風紀委員もアイツらも皆まとめて吹っ飛ば──」
「──されんのはお前だよ」
ドガッ、と。介旅の言葉に聞き覚えのない声が割り込んできたと思ったら、次の瞬間には強い衝撃が彼の背中に叩き付けられ、数メートル前方にあるポリバケツに頭から突っ込んだ。
「な、何だ……!!?」
ゴミを被りながら介旅が顔を上げると、彼の視界に冷え切った目をこちらに向ける一人の少年の姿が映り込んだ。
「お、お前は……!」
介旅はこの少年を知っている。火鳥終灼。風紀委員・第一七七支部に所属し、“エース”と呼ばれてこの第七学区で確かな実績と実力を示してきた能力者。発火能力系の能力者だと聞いているが、詳しいことは介旅もよく知らない。ただ分かるのは、彼が“レベル5に最も近いレベル4”と噂されていること。
「……何で俺がお前の前に現れたのか、わざわざ説明しなくてもいいな──爆弾魔?」
そして、これまでの爆破事件の犯人が自分だということを既に分かっているということだった。
「な、何のことだか僕にはさっぱり……」
「……まあ、確かに大したもんだったよ。威力だけで考えれば、確実にレベル4は行っていただろうな」
終灼は本当に感心したようにうんうんと頷いた。
やっぱり僕の力は本物だ! 介旅は内心でほくそ笑む。
「けど、残念だったな」
しかし、笑んだのは向こうも同じだった。
「今回の爆発での死傷者は──ゼロだ」
「なっ!? そ、そんな馬鹿な!! あれは僕の最大出力だぞ!?」
叫んでから、介旅はしまったと口を塞いだ。終灼の口元がしたりとつり上がる。
「い、いや……凄い爆発だったんで、中の人はとても助からないんじゃないかと思って……」
必死に笑顔を繕って弁明する隙に、介旅は後ろにあった自分のバッグからアルミ製のスプーンを取り出した。
ここは能力で切り抜けよう。おそらく自分も無事では済まないが、今はとりあえず目の前の男の口を塞ぐ方が先決だ。そう考えてスプーンを構え、演算を開始した次の瞬間、オレンジ色の閃光が彼の持つスプーンに直撃した。
「ぐあっ!?」
閃光は一瞬にしてスプーンを溶かした。あまりの高温に堪えきれず、介旅は慌ててスプーンを投げ捨てる。
「な、何だ……!?」
溶解し、マグマのような粘性のある溶液に成り果てたスプーンを驚愕の目で見やり、介旅は閃光の残像を辿った。閃光の起点は終灼が銃のように構えた指の先から。
彼が放ったのは、限界まで凝縮した爆発エネルギーをレーザーのように放射する、『
「どれだけのアルミをそのバッグに隠し持ってるかは知らないが、抵抗するだけ無駄だ」
同時、介旅の後ろに置いてあった彼のバッグから突然火柱が上がった。火柱はバッグを無残に包み込み、中にあったアルミごと灰にする。
「ハ、ハハ……凄いな……流石は風紀委員の“エース”様だ……僕なんかとは格が違うわけだ……」
ハハハハハハ。介旅は壊れた玩具のように乾いた笑い声を上げ、次の瞬間には怨嗟の込もった表情で終灼を睨み付けた。
「いつもそうだ! 何度やってもそうやって力で地面にねじ伏せられる!」
固く拳を握り締め、言葉に積年の怨みと怒りを乗せて介旅は怒鳴り散らす。
「殺してやる……! お前みたいなのが悪いんだよ! あいつらもお前ら風紀委員も、力のある奴は皆そうだろうが!!」
「………………」
介旅の悲鳴にも似た叫びに、しかし終灼はピクリとも表情を動かさず。
絶対零度のごとく冷たい瞳で、介旅を射抜いていた。
「…………ひっ……」
そのまま一歩、また一歩と近寄ってくる終灼に底知れぬ恐怖を感じた介旅は短い悲鳴をあげた。
逃げようにも完全に萎縮した体はまるで別物のように言うことを聞かず、とうとう目と鼻の先まで接近を許してしまうと、介旅は胸倉を掴まれ、終灼の目線まで引き起こされた。
「……お前の言う通りだ」
「え──」
「学園都市は力が全て……お前の言う通り、それがこの街の覆しようのない現状だ」
「そ、そうだろう! 僕は何一つ間違ったことは言っちゃいない!」
そう。介旅は何も間違ったことは言ってはいなかった。
全ての学生がレベルで分けられる学園都市。レベルの低い者や素質のない者は“無能力者”などと見下され、しばしばいじめやストレス発散の標的として扱われている。
風紀委員はそれらの行為を抑止する為に結成された治安維持組織だが、その活動範囲は基本的に学内のみ。となれば自然、風紀委員の目の届かない場所で能力を悪用する輩は出てくる。
介旅初矢は、その被害者だった。
能力が低い故に同級生のいじめの的にされ、しかし風紀委員は助けてくれず。
積み上げられた無力感と絶望感はやがて恨みや憎しみに変化し、彼をこのような愚行に走らせた。その原因の一端となったのが、学園都市が抱える大きすぎる“弊害”と、その“弊害”を払う力のない風紀委員。
だから、介旅は何も間違ったことは言っていないし、仮に間違っていたとしても、自身がレベル4という判定を受けている終灼にそれを指摘する資格はない。
だが、
「──だが、それでも俺はお前の前に立ち塞がらなくちゃならない」
風紀委員として、彼の犯した過ちを正す為に。
「お前が今やっているのは、お前が恨み、復讐しようとした者達と同じことだ」
「ッ──!!?」
そこで初めて介旅は、憎しみ以外の表情を見せた。
「結局お前は、自分の欲望を満たす為に何の罪もない人々を──何の罪もない小さな女の子を恐怖に陥れた」
終灼の目に焼き付いているのは、爆発に巻き込まれた少女の恐怖に怯えた表情だった。
外傷こそなかったものの、心に負った
だから終灼は、介旅を許すことができなかった。
確かに彼の言うことは間違っていない。しかし、だからと言ってそれが幼気な少女を傷つけていい理由にはならない──なっていいわけがない。
終灼は、固く拳を握り締める。
恐怖に慄く眼前の愚か者に、この激情を伝える為に。
「──歯ァ、食い縛れ!」
全力の拳が、介旅の頬に叩き込まれた。能力を使わない、普通の拳。だからこそこの一撃は、介旅の心を打ち、骨の髄まで通った。
「お前は、誰よりも弱者の気持ちを分かっている。……きっと、やり直せる」
力無く倒れる介旅にただそれだけを告げて、終灼はその場を後にした。残されたのは、動けぬ体で空を見つめる介旅のみ。
「──どうでしたか?」
と、そんな彼の視界に、一人の少女が映り込んだ。黒子だ。
「お兄様の拳は、さぞ痛かったことでしょう」
「………ああ」
黒子は倒れ込む介旅に手を貸すことはせず、腕を組みながら彼を見下ろしていた。介旅は殴られた頬を押さえながら起き上がる。
「凄く……痛かった」
「では、また復讐しますか? 貴方が今まで他の者達にしていたように」
「……いや」
介旅は首を振る。あんなにも思い切り殴られたというのに、不思議なことに終灼に対する恨みは全く湧いてこなかった。それどころか、今まで介旅を支配していた憎悪までも綺麗さっぱり消えていた。
困惑する介旅に、黒子は冷静に告げる。
「どうやらお兄様は、貴方の企みだけでなく、貴方の心の内に溜まっていた恨みや憎しみさえも灼き消してしまったようですわね。折角お兄様が与えてくださったチャンス、不意になどしたら私が許しませんわよ?」
そう言って黒子は静かに介旅に手錠をかけた。抵抗はない。その代わり、項垂れる介旅の目から、ポタリと、一粒の涙が溢れ落ちた。
◇
──ガコン。
夕方。一連の騒動が収束し、現場の後処理が風紀委員から警備員に変わってから帰路についていた終灼は、いつも通学路として使用している公園の一角にある自動販売機で飲み物を購入した。取り出し口から飲み物を取り出すと、それには『ウィンナーソーセージ珈琲』と書かれていた。プルタブを開け、そのウィンナーソーセージ珈琲なる飲み物を一口飲んでから、一言。
「……まず」
なんと表現したらいいのだろう。『珈琲』と銘打っているだけあって、一口飲んだ瞬間口に広がる独特の苦味は間違いなくコーヒーなのだが、後味がなんとも不思議だった。
「何だろうこれ………肉汁?」
どこの大学、または研究所が開発したかは知らないが、これはコーヒーに対してもウィンナーに対しても失礼な気がする。これを飲むくらいだったら『ヤシの実サイダー』を飲んだ方が100倍マシだ。
「お〜い、終灼〜……」
と、渋面する終灼の後ろから声が聞こえた。振り向くとそこには、何故か埃まみれの親友の姿があって、しかしそんな彼の姿に終灼は特に驚くこともなく尋ねた。
「今回はどんな不幸な目にあったんだ?」
「……ビリビリに遭遇した」
「…………」
本当、御坂は元気の塊みたいな奴である。
「……それで、埃まみれってことは、結局追いつかれて一戦交えたんだな?」
新しくヤシの実サイダーを買い、それを当麻に投げ渡しながら聞く。当麻は「サンキュー」と言って蓋を開け、喉を鳴らして飲み干した。
「ぷはー! あ〜生き返る〜!……まあ、一戦交えたっていうか、あいつの放った電撃を
当麻の返答に「そうか」と返し、終灼は彼の右手に目を向けた。
一見すれば、何の変哲もない右手だが、彼の右手には特別な
その能力の名は『
セブンスミストで起きた大爆発を防いだのも、この力だった。
「セブンスミストの件……ありがとな。風紀委員としては、一般人のお前に余計な介入はして欲しくなかったが、おかげで負傷者も出なかったし、犯人も捕らえることができた」
礼を言うと、当麻は照れ臭そうにこめかみを掻いた。
「……でも、良いのか?」
「良いって、何が?」
「俺たちを救ったのは間違いなくお前だ。今名乗り出れば、確実にヒーローになれるんだぞ?」
「なんだ、そんなことか。別にヒーローとかには興味ねえよ」
当麻はあっけらかんと言い放つ。
「みんな無事だったんならそれで問題ないだろ。誰が助けたなんかどうでもいい」
「……………」
当麻は平気な顔でそう言った。終灼は驚き半分呆れ半分の顔で口を半開きにして当麻を見た。しかしすぐに、彼の発言に納得してフッと口元を緩めた。
そういう奴なのだ、上条当麻という人間は。
「何ていうか……損な奴だな」
「今更かよ。俺の不幸は終灼もよく知ってんだろ?」
そういう意味ではないのだが。
フフンと胸を張っている当麻に「自慢できることではないだろうに」と苦笑する。
そして、
「なあ当麻、腹減らないか? 今日は世話になったから、飯奢ってやるよ」
「マジでかっ!? うおおおおっ!! 神様仏様火鳥様!!」
いつも不幸な親友を、たまには笑顔で一日を終わらせてやるかと考えて、終灼は当麻と肩を並べて茜色に染まった道を歩き出した。
二人で寄ったファミレスにて、当麻の分の料理だけが一時間経っても来ず、来たと思ったらその料理の中にデカイ虫がダイブするという事態が発生した。
やっぱり、当麻の不幸は半端ない。