とある科学の太陽爆心   作:霧咲桐乃

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こちら側を長らく更新できなくてすみません。
最新話更新しました。




第四話『幻想御手』

 

「あっついわねー、今日も」

 

 7月19日。連続虚空爆破事件が解決し、翌日に夏休みを控えたこの日。

 本格的にうだるような暑さが学園都市を襲い、その厳しい日差しに頬を伝う汗を拭いながら、御坂美琴は憎々しげに空を見上げて呟いた。

 

「う〜〜〜〜む………」

 

 そんな彼女の隣には、自称“御坂美琴の露払い”である白井黒子が例のごとく並んでいる。しかし今日に限って彼女は浮かない顔で顎に手を当て、今のような呻き声を2分間隔で発していた。

 

「……一体どうしたってのよ、さっきから難しい顔して変な声上げちゃって?」

 

 とうとう耐え切れなくなった御坂が堪らず訊ねると、黒子は難しい顔を崩さないままに顔を上げ、御坂のその問いに答えた。

 

「……どうしても信じられませんの。介旅初矢がレベル2の能力者だということが……」

 

「介旅?……ああ、あの虚空爆破事件の犯人の。確か終灼(あいつ)が捕まえたのよね……って、え? 介旅がレベル2!? でも、あの破壊力は明らかにレベル4クラスはあったと思うけど」

 

 周囲数メートルに存在していたものをその爆炎によって蒸発させ、演算が間に合わなかったとはいえ、発火能力(パイロキネス)のスペシャリストといえる終灼を押し返すほどの威力を持っていた爆弾である。レベル2程度の能力者がそんな物を作れるとは、到底思えない。

 

「ええ、ですからこれはつまり……つまり……」

 

 黒子は「う〜〜〜ん……」とたっぷり間を取ってから、再び御坂の顔を見て、

 

「……どういうことなんでしょうね?」

 

 いや知らんがな。というか今それをこっちが聞いてたんだけど、とは口に出さなかった。

 

「ま…まあ、煮詰まってるなら一度休んで頭を切り替えましょ」

 

 と、御坂はむむむむーと考え込んでいる黒子に苦笑しながら、前方に停車している車を指差す。

 『氷』と書かれた風鈴付きの旗を見て、黒子の表情がぱあっと明るくなった。

 

 

 

 

 

 

「黒子は何にする?」

 

「お姉様と同じものを」

 

 かき氷の屋台に立ち寄った御坂と黒子は、そこでイチゴ味のかき氷を買った。かき氷が出来るまで待っていると、不意に風が一吹き、ワゴンに吊り下げられていた風鈴をチリンと鳴らした。

 

「不思議なものですわねぇ。気温自体は変わらないのに、風鈴の音を聴くと少し涼しく感じますの」

 

「あー、“共感覚性”ってヤツね」

 

「共感覚性?」

 

「──簡単に言うと、“一度の刺激で複数の感覚を得ること”だな」

 

「そうそう、そういうこと……って、んなっ!!?」

 

 いつから居たのか。いつの間にか背後に立っていた終灼を見て、御坂は驚きの声を上げた。

 

「お兄様!? いつからそこに……」

 

「今さっき。俺もかき氷が食いたくなってなあ」

 

「……あんた、能力のおかげで暑さを感じないんじゃないの?」

 

「暑さとか関係なしに、かき氷とかアイスとかはたまに無性に食べたくなる時があるだろ? それと、“感じない”っていうのは正解じゃないな。正確には暑さはちゃんと感じてるんだよ。ただ、俺にとっては涼しいくらいなだけで」

 

 『太陽爆心』で耐えられる温度は、試したことはないが太陽の表面温度と同じ──つまり、およそ6000度とされている。だから終灼にとって、夏の暑さ()()は到底『暑い』とは感じないのである。

 

「お待たせしましたー」

 

 御坂と黒子が頼んでいたかき氷が完成し、販売員が差し出す。それを終灼が経由して受け取り二人に手渡し、そのついでに終灼もかき氷を注文した。

 

「すみません、ついでにもう一つかき氷を」

 

「味はいかがなさいますか?」

 

「レモンで」

 

 「かしこまりました!」と販売員の元気な声が響き、三人はもうしばらく待機する。

 

「話を戻そう。例えば普通、色を見たら人間の脳は五感の内、視覚のみが反応する。だが赤色を見たら暖かく感じたり、青色を見たら冷たく感じたり、実は視覚以外にも影響が出るんだ」

 

「『暖色』『寒色』というものですわね」

 

「そういうこと」

 

 「お待たせいたしました〜」と販売員がレモン味のかき氷を手渡した。終灼はそれを受け取り、三人で近くのベンチに腰掛ける。

 

「これらも同じだな。イチゴの赤、レモンの黄色」

 

「なるほど。シロップの味に果物のイメージをプラスしているんですのね」

 

「ぐぬぬ……見せ場をことごとく持っていかれたのは癪なんだけど……まあ、そういうことよ」

 

 そう言ってキンキンのかき氷を掬って口に含んだ御坂が次の瞬間には「ん〜〜っ!」と頭を押さえた。それを見て笑った黒子だったが、彼女もかき氷を食べると、御坂と同じように頭を押さえる。

 終灼はそんな二人を見て笑いながら、

 

「ちなみにその現象、医学的に『アイスクリーム頭痛』って名前で呼ばれてるぞ」

 

「えっ」

 

「名前あったんですのね、これ……」

 

「──御坂さーん、白井さーん、火鳥さーん!」

 

 談笑しながら三人でかき氷を食べていると、聞き覚えのある声が耳に届き、右手にスクールバッグ、左手に小さな紙袋を持った佐天がやって来た。

 佐天もかき氷の屋台を見つけた途端にレモン味のかき氷を購入し、御坂の隣のベンチに腰掛けて口に含んだ。そして例のごとく頭を押さえる。

 御坂がくすりと笑いながら、

 

「それ、もはや夏の風物詩よね」

 

「分かってても食べたくなっちゃうんですよ。あ、御坂さんのかき氷、イチゴ味ですか?」

 

「ええ、良かったらどう?」

 

「いいんですか? いただきまーす!」

 

 パクッと御坂の差し出したイチゴ味のかき氷を食べる佐天。「お返しにレモン味食べます?」「ありがと」という問答の後、佐天のレモン味のかき氷を食べた御坂。その一部始終をバッチリ目撃した黒子が、あーーっ!! と悲鳴を上げて立ち上がった。

 

「な、ななな何をしているんですの!!?」

 

「え、食べ比べですけど?」

 

「た、食べ…くら……くら……」

 

 ピクピクと眉を動かし、うわ言のようにぼそぼそ呟いていた黒子は、しかし次の瞬間、何かに気付いたように「ハッ、そうか!」と声を上げた。

 その『何か』は間違いなく良からぬことだろうが。

 

「で、ではお姉様……私とも間接キ──もとい食べ比べを……」

 

 と、自分のかき氷を御坂の前に差し出す黒子。

 

「いやアンタ、私と同じイチゴ味じゃない」

 

 御坂、これを一蹴。黒子は数分前の浅慮な自分に深く後悔して何度も地面に頭を打ち付けた。が、すぐにピタリと止め、ぎょろりと怪しい光を目に灯して終灼を見る。

 

「な、ならばお兄様……私と食べ比べを……」

 

「悪い。もう食い終わった」

 

 とさりと、静かに崩れ落ちた黒子に救いの手を差し伸べる者は誰もいなかった。

 

「そういやあ、佐天さん。初春さんは一緒じゃないの?」

 

 崩れ落ちた黒子を慣れた感じで完全スルーした御坂が、いつも一緒にいるはずの初春の姿が見えないことに疑問に思い佐天に訊ねた。

 

「初春……今日、夏風邪で学校休んだんですよ。それで私は、これから薬を届けに」

 

 そう言って佐天は先ほどから持っていた紙袋を見せた。どうやら中身は風邪薬だったらしい。

 

「かなり悪いの?」

 

「大したことはないらしいんですけど、やっぱり心配ですしね……」

 

 心配そうな表情で紙袋を見つめる佐天。しばらくそうしていた彼女は、不意に何かを思い付いたかのように顔を上げ、終灼たちに向き直った。

 

「あの……もし良かったら──」

 

 

 

 

 

 

「──てことで、お見舞いに来ったよーん!」

 

『お邪魔しまーす』

 

 柵川中学学生寮。佐天の元気な声と終灼たちの控えめな声が、病床に伏す初春の部屋に響いた。

 

「すいません、わざわざ……」

 

「気にすんなって!」

 

 赤い顔で小さく謝った初春にそう告げ、佐天は二段ベッドを上って彼女の耳に体温計を当てた。その瞬間ピピッと音が鳴り、初春の現在の体温が表示される。

 

「37.3℃……まあ、微熱だけど今日は大人しく寝てること。もうおなか出して寝ちゃダメだよ?」

 

「……佐天さんが私のスカートをめくってばっかいるから冷えたんですよぉ……」

 

 病気になっても健在な初春のツッコミに、佐天はびくりと苦笑い。

 

「いやあ、それは親友として初春がちゃんと毎日パンツ履いてるか気になるじゃないですか、ねえ?」

 

「ちゃ、ちゃんと履いてます! 毎日!!」

 

「分かったから病人はちゃんと寝てろ。佐天も、今はあまり初春をいじめてやるな?」

 

 興奮して勢いよく起き上がった初春を柔らかく宥め、悪ふざけをする佐天を注意する終灼。佐天は特に悪びれた様子なく「すみませーん」と冷たいタオルを作りに台所へと向かった。

 

「……まったく、佐天さんってば終灼先輩のいる前で何てことを……」

 

「ん? 何か言ったか、初春?」

 

「い、いえ何でも! そ、それより、虚空爆破事件の方は何か進展ありました?」

 

 初春の問いに終灼と黒子は眉を寄せた。

 

「……あると言えばある、無いと言えば無いですの」

 

「え?」

 

「その後の調査で分かったのは、犯人の能力がレベル2だったということだけなんだ。……だが、あの威力は間違いなくレベル4クラスだ」

 

 終灼の『太陽爆心』でさえ圧倒したあの威力は、むしろそれ位でなければおかしいのだ。

 

「……つまり、“さらに分からないことが増えた”という進展ですか?」

 

「ま、そういうことになりますわね……」

 

 黒子が面倒そうに息を吐いて頷けば、頬杖をついていた御坂が何かを思い出したように台所に顔を向けた。

 

「そう言えば佐天さん、前に“幻想御手(レベルアッパー)”っていう都市伝説がどうとか言ってなかったっけ?」

 

「……はい?」

 

 濡らしたタオルを絞っていた佐天は御坂の質問に作業の手を止め、終灼達にその“幻想御手”という都市伝説を話した。

 

「……使うだけで能力のレベルが上がる道具、ねぇ……」

 

「いや、だから噂ですって! 実体もよく分からない代物ですし!」

 

()()が分からない?」

 

「そうなんです。どこかの学者が遺した論文だとか、料理のレシピだとか、噂の中身もバラバラで……」

 

「そっかぁ……ま、そんなに都合の良い話はないか」

 

 いい線行ってたと思うんだけどな〜、と残念そうに息を吐く御坂。しかし、終灼と黒子は佐天の話を聞いて表情を険しくしていた。

 

「お兄様、これは……」

 

「ああ……」

 

「? 二人ともどうしたの?」

 

「……実は、『書庫』に登録された能力のレベルと被害状況に食い違いがあるケース……今回が初めてではありませんの」

 

「「えっ!?」」

 

「“常盤台狩り”の眉毛女、銀行を襲った発火能力者……お姉様がご存知の事件だけでも既に二件。それ以外にもレベルと被害に差がある事件が発生していますの……」

 

 数日前、『学舎の園』の中で発生した“常盤台狩り”の事件。終灼は直接関わっていなかったから報告書に書いてあったことまでしか知らないが、犯人は『視覚阻害(ダミーチェック)』という能力を持つ女子生徒だった。

 “対象物を『見ている』という認識そのものを阻害することで誰からも見えなくなることができる”という能力だが、『書庫』のデータによると、その女子生徒のレベルでは“存在感が薄くなり、気づかれにくくなる”程度の効果しか発揮できないらしい。

 しかし、被害者の事情聴取では()()()()()()()()そうなのである。

 

「当初は『書庫』のデータミスかと思っていたんだが、もし“幻想御手”が本当に存在するのなら辻褄が合う……」

 

「佐天さん! 他に何か知ってることはない?」

 

 

御坂が身を乗り出して佐天に問う。佐天は「うーん……」目を瞑って記憶を辿っていき、やがて思う出したように、あっ、と目を開いた。

 

「えっと……ホントかウソかは分からないんですけど、“幻想御手”を使った人達がネットの掲示板に書き込みをしているとか……」

 

「それってどこの掲示板?」

 

「え、えっと〜……」

 

 なんとか思い出そうと記憶の糸を必死で辿っていくが思い出せず、そんな佐天の頭上から初春の声が降り注いだ。

 

「これじゃないですか?」

 

「あ、そこそこ! その掲示板!」

 

 初春が見せたPCの画面に、佐天は大きく頷く。

 

「お手柄ですわ初春! 後はその連中の溜まり場が調べられれば……」

 

「素性は分かりませんが、溜まり場ならよく利用しているファミレスの店名を書き込んでいるので、そこにいるかも」

 

 そう言ってその店名が書かれた書き込みを指差す初春。「でかしたわ初春さん!」と、御坂が勢い良く立ち上がって一目散に玄関に向かった。

 

「私ちょっと行ってみる! ああ、お大事に!」

 

「お姉様! それは私達の仕事ですのよ!」

 

 口早に告げて走って行ってしまった御坂とそれを追いかけて行った黒子に「まったく……」と溜息を吐いて、終灼もゆっくりと立ち上がる。

 

「俺も行くよ。また御坂が何かしでかしたら面倒だし……ああ、それと初春」

 

「はい──ッ!!?」

 

 思い出したように初春の元に移動した終灼。すると次の瞬間、初春の頭に手を置き、ゆっくりと撫で始めた。

 

「体調が悪い中で捜査に付き合わせてしまってすまなかった。だけど、お前のおかげで状況が大きく進展するかもしれない。ありがとう」

 

「い、いいいえ、そんな! わ、私はただっ、風紀委員として皆さんの役に──終灼先輩の役に立ちたかっただけですっ」

 

 体調を崩して熱を出してしまったせいか、無意識にそんなことを初春は言ってしまった。それに気付き、ただでさえ赤い顔が更に真っ赤に染まる。

 終灼は、ふっと微笑んで、

 

「……ありがとうな」

 

 そう言ってもう一度優しく初春の頭を撫でて、部屋を出て行ってしまった。遠くなっていく彼の足音を聞き届けながら、初春と佐天は固まっていた。

 

「…………え、えーっと……」

 

 ハッと慌てて我に返った佐天は、苦笑をこぼしながらベッドの上の初春を見た。初春は終灼が出て行った玄関をぼーっと見つめたまま動かない。佐天はテーブルの上に置いていた体温計を手に取り、それをそっと彼女の耳に当てた。程なくしてピピッと無機質な機械音が鳴って画面に体温が表示され、それを見た佐天は「いやいやいや……」と呟かずにはいられなかった。

 

「38,5℃……上がり過ぎだって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここね……」

 

 ネット掲示板の書き込みにあったファミレスに終灼達が到着した頃には既に日も暮れ、学園都市を夜が包み込もうとしていた。

 

「じゃあ行きますか!」

 

 店の入り口の前で鼻息荒く立っていた御坂が、意気高々に後ろに控える終灼と黒子に告げる。

 しかし、そんな彼女とは対照的に、二人から返ってきたのは呆れを含んだ溜息だった。

 

「またお姉様は……こういうのは風紀委員(わたくしたち)の仕事だと何度も申しておりますのに」

 

「アンタ達は面が割れてるかもしれないでしょ?」

 

「……それはお前も一緒だと思うがな」

 

 そんな終灼のツッコミを御坂は有意義にシャットダウンして、納得のいかない表情を浮かべる黒子に「私に任せときなさい!」と自分のバッグを押し付ける。

 

「それじゃあ二人は離れた席で待機しててね!」

 

 そう言ってこれ以上文句は受け付けないと言わんばかりにさっさと店内に入っていってしまった御坂に、終灼達は同時に溜息を吐いた。

 

「……何なんでしょう、黒子はとっても不安ですの」

 

「……俺は胃が痛くなってきたよ」

 

 もう一度揃って溜息を吐き、二人も御坂に続いて店内に入った。

 中に入ってすぐ、柄の悪い男達のグループが座るテーブルにいる御坂を捉え、終灼と黒子はやや離れた席に座って彼女達の会話に聞き耳を立てる。

 

「……“幻想御手”について知りてえだあ?」

 

「うん! ネットで偶然お兄さん達の書き込みを見つけて、できたら私にも教えてほしいなーって!」

 

 普段みたいな高飛車な態度だと面倒なことになるので、甘ったるい猫なで声でグループに近付く御坂。「お願い!」と手を合わせて可愛らしく懇願するが、グループの一人は素っ気なく首を振る。

 

「ンなもん知らねえよ。とっとと帰んな」

 

「そんなこと言わないでー」

 

「しつけえな! ガキはもうおねむの時間だろ」

 

 そう言ってシッシと手を払った男に御坂がピクリと反応し、固まった。

 

「まずいですの、早くも頓挫の予感が……」

 

 そんな彼女を見た黒子は、冷や汗を流しながら注文したメロンソーダを口に含み、

 

「え〜〜、わたしぃ、そんな子供じゃないよぉ〜」

 

「──ぶはっ!!?」

 

 直後、盛大に噴き出した。

 

「確かにアンタ子供じゃねえよなあ? オレは結構好みだぜ?」

 

 メロンソーダを噴き出して震える黒子の介抱をしながら引き続き会話を聞いていると、演技の効果があったか、そのグループの別の男が御坂に食いついた。御坂はそれを逃さず、ターゲットをその男に変える。

 

「ホントに〜? じゃあ教えてくれる?」

 

「んー……でもやっぱりタダってわけには行かねえよなあ?」

 

「……えっとぉ〜、お金なら少しは出せますぅ」

 

「金も良いけど、こういう時はやっぱりこっちの方が良いよなあ?」

 

 と、男はそう言って立ち上がり、御坂を引き寄せようと彼女の肩に手を回す。しかし、御坂はするりとその手を躱した。

 

「えー、でもそういうのはやっぱり怖いっていうかぁ……わたしまだよく知らないしぃ、お金じゃダメ?」

 

「ダメダメ、それじゃあ教えらんねえなあ。お前も子供じゃねえんだろ?」

 

 御坂の体をしつこく狙って卑しく笑う男。御坂は内心で舌を打ちつつ、このままでは埒が明かないので戦法を変えた。

 突然、御坂はスンスンと涙を流し始めた。

 

「わたし……家に嘘ついてるの」

 

「ハ、ハア?」

 

「わたし、もう“幻想御手”しか頼れるものが無いの……だから」

 

 そこで言葉を切り、顎に両手を持っていき、頰を桜色に染め、涙を潤ませた上目遣いで男を見上げ、

 

「──ダメ?」

 

 泣き落とし+上目遣い。非常にじゃじゃ馬な性格の御坂だが、容姿だけを見てみれば結構な美少女である。この反則とも言えるコンボで男が落ちない訳がなく、一瞬で顔を真っ赤にした。

 

「…………………」

 

 そんな一連の光景を見た黒子はただひたすらに、悪い夢から目を醒まそうとするかのようにガンガンとテーブルに頭を打ち付けていた。

 

「黒子、バレるぞ?」

 

 そんな彼女を注意しつつも、否定まではできない終灼だった。終灼の知っている御坂美琴は、お淑やかの『お』の字も持ち合わせていないじゃじゃ馬ビリビリ中学生だから、今あそこに立っているのが御坂なはずがない。きっと御坂の姿をした別の何かである。と、現実逃避してしまうほどにはグロッキーではあった。

 

 しかし、効果は限りなくあったようで話は順調に進んでいく。話を聞く限りでは男達も払う金額次第で“幻想御手”について教えてくれるらしく、御坂は内心でガッツポーズを取った。

 と、

 

「──これこれ、童子ども」

 

 そんな聞き覚えのある少年の声が御坂達の耳に届いたのは、御坂が財布を取り出した時だった。

 この声は……、御坂の肩がピクリと跳ねる。

 

「寄ってたかって女の子の財布を狙うんじゃありません」

 

 終灼と同じ高校の制服を着た、ツンツン頭の少年──上条当麻。

 

((お前かよォォッ!!))

 

 終灼と御坂の心のツッコミがマッチした。

 

「アァ? イキナリ出てきて何言ってんだテメー?」

 

「お前らこそ、ここがどういう場所か分かってんのか? レストランだぜ、食事するトコじゃねーか」

 

 ガンを飛ばして睨む男に引かず食ってかかる当麻に、御坂は内心でかなり焦っていた。すぐに笑顔を作り、無関係を装う。

 

「えー、こんな人わたし知らなーい」

 

「サカるなら一人でビデオ相手に頑張ってろ」

 

「何だとッ!?」

 

 しかしスルー。両者とも完全に頭に血が上り、もはや御坂の言葉は届いていなかった。

 「だいたいな」と、当麻はプルプルと拳を握る御坂を指差す。

 

「あいつはあんなキャラじゃないぞ。お前らの手に負えるキャラじゃない、やめとけ」

 

「ハア?……はっはーん、さてはテメーらグルだな? そうやってタダで情報を手に入れようってハラか。きたねえ手を使いやがって……オイ、ボコボコにしちまおうぜ!」

 

 そう言って男は座っていた二人に呼び掛け、二人も指を鳴らしながら立ち上がる。

 説得が失敗した当麻は「お前らのために言ってやってんのに!」と悪態を吐きながらも臨戦態勢に入った。

 

「な、なんかよく分からんがしょうがねえ。三人ぐらいまとめて相手してやる!」

 

 と、勇ましく啖呵を切った当麻だったが、その直後、男子トイレの扉が開き、中からぞろぞろと三人の仲間と思しき男達が出てきた。そこで当麻は──というか終灼と御坂も気付いた。よく見たら男達が座ってたテーブル、パーティテーブルにセッティングされてる。

 

「………………」

 

 合わせて九人の無能力集団(スキルアウト)達に囲まれ、登場してわずか一分で絶体絶命のピンチに陥った当麻。固まる彼に、男はフンとほくそ笑む。

 

「この人数を相手にしようっていう度胸は褒めてやるよ。今なら有り金全部出して謝れば許してやっても──」

「さよならッ!!」

 

 自分に勝ち目が無いことを悟った当麻がとった行動は早かった。くるりと男達に背を向け、ダッシュでその場から逃げ去った。

 

「逃げたッ!? 自分から出てきたのに!?」

 

「ヤロウ……追えッ! ふん捕まえてギタギタにしてやる!」

 

 いきなり店を出て行った当麻の後ろ姿を呆然と眺めていた男達はすぐに我に返って彼の後を猛然と追いかけていき、必然、その場に御坂一人が残される。

 

「あ、あの……お客様、大丈夫でしたか?」

 

 事の一部始終を見ていた店員が一人、ポツンと佇む御坂に近づいていった。

 

「………………あ、お気遣いなく。お会計はあそこのテーブルに座ってる奴が()()払ってくれるそうなんで」

 

 長い間の後、終灼の座るテーブルを指差す御坂。一度もこちらを振り返らない彼女の髪が何やらバチバチ逆立ち始めているのを見て、終灼は文句の一つも言えなくなった。

 

(……めっちゃ怒ってらっしゃる)

 

 ゆっくりとした足取りで店を出て行き、出た瞬間「あのクソツンツン頭ーーーッッ!!!」と絶叫と放電しながら猛ダッシュしていった御坂を見送りながら、終灼は盛大に溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 スキルアウト達と、何故か当麻の分の食事代まで支払った終灼はすぐに店を出て彼らが走り去っていった方角に向けて駆け出した。ちなみに黒子はまだ故障中だったので置いてきた。まあ、誰もいなくなれば自然に復帰するだろうから特に心配もないだろう。

 すると、駆ける終灼の眼前に当麻を追いかけていったはずのスキルアウト達が現れた。何故か彼らは黒コゲだったので、たぶん怒り狂った電撃娘の巻き添えを喰らったなと予想する。

 

「お前達!」

 

 まあしかしながら、あの少女に関わってしまったのが運の尽きだとあっさり考え、そもそも彼らは“幻想御手”の情報を持っているかもしれないので、終灼は男達の前に立ち塞がった。

 

「アン? 何だテメーは?」

 

「風紀委員だ。お前達に少し聞きたいことがある。素直に協力してくれれば手荒な真似はしない」

 

 腕章を見せて通告すると男達は一瞬身構えたが、すぐにその顔に笑みを浮かべた。

 

「風紀委員だァ? ちょうどいい、さっきあの電気女にやられてイライラしてたとこだ。テメーで鬱憤を晴らさせてもらうぜ!」

 

 そう言って各々能力を解放して戦闘態勢に入る。無能力集団は能力が使えないはずだが、“幻想御手”で使えるようになったのだろうか。

 終灼は面倒だと舌打ちをし、

 

「“幻想御手”でレベル2にパワーアップしたオレ達の力、見せてやるよ!」

 

「……………」

 

 二分後、男達は再び地面に転がる羽目となった。先程よりも良い塩梅に黒コゲになっているが、手加減はしたので死んではいないだろう。ただ、人数が人数なだけに少々暴れすぎたらしく、意識の残っている者はいなかった。

 

「……ちょっとやり過ぎたな」

 

「──お兄様!」

 

 あちゃーと頭を掻く終灼の耳に届く声。ようやく復活した黒子が空間移動で現れた。

 

「すまん黒子。どうやら情報を聞き出せそうにない」

 

「あ、いえ……それはまあ仕方ないので良いのですが、お姉様はどこへ?」

 

「ああ、御坂なら──ッ!!?」

 

 死屍累々と横たわる男達を苦笑いで見下ろしながら訊ねる黒子。その問いに答えようとした瞬間、突如雷鳴が轟き、夜の第七学区を一瞬の閃光が照らした。

 

「この雷は……」

 

「まさか……お姉様!?」

 

 雷の落ちた方角に顔を向ける二人。その直後、第七学区の全ての電子機器がショートし、一切の光が無くなってしまうのだった。

 

 

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