文明の利器に囲まれた生活というものが、どれほど快適で、またどれほど人を堕落させるのかがよく分かる。
コンビニ袋を片手に
「まさか……階段がこれほどまでに面倒に感じてしまうとは……」
我ながら情けない。これからは多少面倒でもエレベーターではなく階段を使うよう心がけた方がいいのかもしれない。などと考えながら、終灼は自室のある階へと上り着いた。
土御門の部屋を通り過ぎ、当麻の部屋を通り過ぎた時、「んぎゃーーーっ!!」と家主の悲鳴が聞こえてきたが、いつものことなのでスルー。鍵を開け、自室に入る。
部屋はいつも以上にシンと静まり返っていた。エアコンの音も、冷蔵庫の駆動音も聞こえない。
「……
原因というか元凶というか、言わずもがな御坂美琴である。昨夜彼女が落とした雷が第七学区の送電網を一手に取り仕切る送電所を直撃。それによって第七学区の電気系統が全てストップしたのだ。無論、一夜明けたところで回復などするはずがなく、交通やその他諸々に影響が出たために、警備員と風紀委員が総出で出動する羽目になってしまったのだった。
「まったく……なんであの電撃姫の尻拭いを俺達がしないといけないんだか」
愚痴を溢したところでどうなるわけではないと分かってはいるけども、しかし今回ばかりは愚痴を溢さずにはいられなかった。
こっちはあの雷のせいで朝早くから召集をかけられて混乱する第七学区を駆け回っていたというのに、その犯人たる少女は素知らぬ顔でいつも通りに過ごしていると思うと、無性に腹が立つ。
溜息。
「……疲れてんだな。らしくない」
風紀委員に志願した時からこういうことは覚悟していたし、何より後輩である黒子や初春達が文句の一つも言わずやっているのに、自分がこう文句を垂れていては先輩として示しがつかない。終灼は苛立った頭を冷やすために、先ほどコンビニで買った缶コーヒーを袋から取り出した。
味はブラック。終灼の好物である。この前黒子達に飲ませたら、渋い顔して「苦いっ!」と悶えていたが、その苦さが良いというのにそれが分からないとはまだまだあいつらも子供だな。とちょっとした優越感に駆られた。
閑話休題。
「ふう……さて、朝食でも作るか」
プルタブを開けて一口飲み、コーヒーの苦さが口いっぱいに広がったところで終灼はキッチンに向かった。停電の影響で中の食料は全てお釈迦になっているだろうから冷蔵庫は開けない。コンビニ袋から、卵とベーコンを1パックずつ取り出した。
さて、ここで問題が一つ。卵とベーコン、取り出したものからこれから何を作るか察せるだろう。そう、ベーコンエッグである。しかし、どうやって調理するというのか。何度も言っているが、昨夜の御坂の雷によって第七学区全域は現在絶賛停電中である。よって必然的に終灼の部屋の家電は全滅。無論、
ならばどうするか。答えは簡単。
「よっと」
終灼は卵一個、ベーコン二枚をフライパンの上に置き、さらにそのフライパンを
何てことはない。ただ単に『太陽爆心』の能力を使って焼いているだけである。こういった簡単な料理くらいならこの能力を使うだけでどうにでもなるのだ。
「……これがホントの“手料理”ってね」
くだらない冗談を言ったところでベーコンエッグが焼き上がり、終灼はそれを皿に移した。ちなみに、醤油派である。
「いただきます」
テーブルに運び、手を合わせて食べる。我ながらよく出来たと感心。米が欲しくなったが、あいにく炊飯器の中は空だったので我慢するしかない。
「──きゃああああああッ!!?」
「……またか」
また当麻の部屋から悲鳴が聞こえてきた。少女の声だった。終灼は溜息を吐きつつも、やっぱりいつものことなのでスルー──
「………………え?」
しようとして、違和感を覚えて箸を止めた。
悲鳴が、聞こえてきた。
誰の?──少女の。
どこから?──当麻の部屋から。
「………………」
次の瞬間には、終灼は箸を投げ捨てて部屋を飛び出していた。そのまま全速力で当麻の部屋に突入する。
「当麻! 今の悲鳴は一体何──」
「あ゛……」
大股で部屋の奥へと向かい、そこで終灼は見た。見てしまった。
瞳に涙を滲ませる
「…………………」
「……………あの」
親友を見て固まる終灼と、終灼を見て固まる親友。当麻の頭を齧っていた少女は、終灼の姿を見て一目散に布団に身を隠した。
「………あの、終灼さん。とりあえずまずは、俺の話を聞いてくれませんでしょうか?」
顔面蒼白で冷や汗をだらだら流す当麻。対して終灼は手で目元を覆い、大きな、本当に大きな溜息を溢した。
「まさか……こんな時が来ようとは」
そう嘆きながら当麻に近付き、彼の目の前に立つ。「あ、あの……」と呟く彼に、終灼はもう一度大きな大きな溜息を吐いてその手を取って──
ガシャ。
手錠が掛けられた。
「婦女暴行の現行犯で拘束する」
「いやだから俺の話を聞いてくれーーッ!!」
絶叫が、朝の学園都市に高々と響き渡った。
◇
「……
オウム返しに聞き返した終灼に、銀髪翠眼の少女は「うん!」と大きく頷いた。
必死に弁解を始めた
どうしてインデックスが裸で、当麻に噛みついていたのかについても説明された。
「魔術、か……」
魔術。漫画やアニメ、ゲームなどでよく見かける『魔法』とも呼ぶ超常的、超自然的な技術。
インデックスは、その魔術を扱う組織の人間だと語った。そしてそれを信じなかった当麻と言い合いになった末、魔術の力で作られたという彼女の修道服──通称“歩く教会”を当麻の『幻想殺し』で破壊するという話になったらしく、試してみたら“ああなった”と。
「……魔術、ねぇ……」
再度呟き、うーん、と腕を組んだまま唸る終灼を、インデックスは頬を膨らませて睨み付けた。
「その反応……あなたも魔術を信じないんだね? 魔術は本当にあるんだから!」
「ああいや、別に信じないわけじゃないさ。現に当麻の『幻想殺し』は発動したわけなんだし、何かしらの異能の力がその修道服に宿っていたってことなんだろう」
ただ、それを魔術と呼ぶには、この
「とりあえず、魔術があるとか無いとかはこの際置いておこう。それよりもインデックス。お前、さっき『追われている』って言ったよな?」
「うん、私の一〇万三〇〇〇冊の魔道書を狙ってる
「だぁから、さっきも言ったけど、そんな量の本を一体どこに持ってるってんだよ?」
ガジガジと頭を掻きながら当麻が訊ねる。インデックスはその言葉にムッと目尻を吊り上げ、布団にくるまったまま暴れ出した。
「だから、魔道書はちゃんと持ってきてるって言ってるんだよ! どーして分かんないかな!?」
今にも噛みつかんとする勢いのインデックスをまあまあと落ち着かせる。正直一〇万三〇〇〇冊の魔道書の行方も、魔術があるか無いかの討論と同じように今はどうでもいい話題だった。
「追われている、か……だとしたら割と深刻な事態だな。良ければ風紀委員や警備員で保護することもできるが……」
追っている者達が何であれ、危機に瀕した人間を助けない理由はない。しかし、そんな終灼の申し出を、インデックスは柔らかい笑顔を見せながら小さく首を振った。
「大丈夫。迷惑かけちゃうといけないし」
「遠慮しなくても良いと思うが……」
それに、世の中にはもっと傍迷惑な者もいる。主に御坂とか御坂とか御坂とか時々黒子とか。
「そうだぜ、遠慮する必要なんかねーよ。何せここにおわします終灼さんはなあ、この学園都市でも屈指の実力を持つ能力者だからな!」
そこまで自惚れているつもりはない。というか、何故そこで当麻が胸を張るのかが分からない。
「それ……あなたが胸を張って言うことではないと思うけど」
ツッコミがシンクロした。それはともかくとして、今まで毛布にくるまりながらその中でもぞもぞと何やら作業をしていたインデックスは、当麻に対して冷ややかにツッコんだ後、「できた!」と叫んで毛布から飛び出した。
「………何だそのアイアンメイデンは?」
「日本語では『針のムシロ』という!」
ふふんっと得意げに鼻を鳴らすインデックス。当麻によって破壊された純白の修道服はすっかり元の姿を取り戻していた。まあ、取り戻したと言えば聞こえは良いが、要は安全ピンで裂け目をつなぎ合わせただけなので、応急処置という言葉を逃れ得ない。
「ま、遜色なく着れる分、問題はないんじゃないか?……それより当麻、お前今日、補習があるんじゃないのか? 時間大丈夫か?」
「え?……ぬあっ、しまった! もう出ないと遅刻しちまう!」
終灼の言葉を受けて携帯の時計を確認した当麻が悲鳴を上げて用意を整える。
「俺、これから学校行かなきゃなんねえんだが、お前はどうする? ここに残るんなら鍵渡すけど」
準備しながら訊ねる当麻。しかしそれもインデックスは首を振って断った。
「いい、出てく。いつまでもここにいると、連中ここまで来そうだし。君だってこの部屋ごと爆破されたくないよね?」
そんな物騒極まりないことを言いながら、インデックスはトテトテと玄関に駆けていく。
「おい、待てよ!」
それを追いかけようとした当麻だったが、リビングと玄関に続く通路の微妙な段差に足を取られ、体勢を崩した。持っていた携帯を放り投げ、バランスを取ろうと踏み込んだ先にその携帯が。
バキリッ。
携帯はガラクタと化した。
「……君のその右手、幸運とか神のご加護とか、そういうものをまとめて消してしまっているんだと思うよ?」
「……ハア?」
「その右手が空気に触れてるだけで、バンバン不幸になっていくってわけだね」
「………………」
綺麗な笑顔で放たれた言葉は、当麻の心にクリティカルヒットした。頭を抱え、その場で膝をつき項垂れる。
「……不幸だ」
「何が不幸って、そんな力を持って生まれて来ちゃったことがもう不幸だよね」
「いやインデックス、もうやめてやってくれ……」
『生』そのものを否定されてしまった当麻のライフはもうゼロである。
「………お前、ここを出てどっか行くアテはあるのかよ?」
しかし、そこはそんな不幸に日常茶飯事的に遭遇している当麻である。あっという間に立ち直り、脱線した話を元に戻した。
「……ここにいると、敵が来ちゃうから」
「敵……?」
「この服は魔力で動いてるからね。それをもとにサーチかけてるみたいなんだよ。でも大丈夫、教会まで逃げ切れば匿ってもらえるから」
「ちょっと待てよ! それが分かってて放り出せるかよ!」
当麻は、終灼以上にお人好しな人間である。それが大人だろうと子供だろうと、善人だろうと悪人だろうと、困っていたら手を差し伸べるのだ。それが彼の最大の美点であり、欠点でもある。
当麻の言葉に、インデックス笑う。
「じゃあ……私と一緒に、地獄の底まで付いて来てくれる?」
その笑顔は、あまりにも美しく、そして触れれば壊れてしまいそうなくらい儚げだったので、当麻も終灼も、次の言葉を継ぐことができなかった。
インデックスは、暗にこう伝えていたのだ。
付いて来るな、と。
「それじゃ」
儚い笑顔のまま、インデックスはそれだけ告げて出て行った。当麻はその背を慌てて追いかけ、語り掛ける。
「困ったことがあったらまた来ていいからな!」
「うん、お腹へったらまた来る!」
一転、ひまわりみたいな笑顔で手を振ったインデックスは、現れた清掃ロボに驚き、追い掛けられる形で曲がり角に消えていった。それを見届けてから、当麻は大きな溜息を吐いた。
「っとやべえっ! 補習に遅れちまう!」
思い出したように叫び、鞄を取りに部屋の中に戻る当麻。すぐに出てきて、鍵を掛ける。
「じゃあ俺はもう学校行くけど、終灼は風紀委員の仕事か?」
「ん? ああ、いや……」
停電による混乱の沈静化のために朝早くから駆り出されたが、本当なら今日は非番なので、それが終わった今となっては特に予定があるわけではない。
と、そう言おうとして、
「ん?」
終灼の携帯が震えた。ポケットから出してみると、ディスプレイにはメールマークと共に『黒子』という文字が表示されていた。フォルダを開き、メールの内容を確認した終灼は、わずかに目を細めた後で再び当麻に視線を戻す。
「……どうやら用事ができたみたいだから、俺ももう行くよ」
「そっか。じゃあ、また後でな」
「ああ」
短い挨拶を交わして、当麻が駆け足で学校へと向かった。インデックスと同じように曲がり角に消えた彼を見届けてから、終灼は表情を真剣なものに変え、再びメールに目を落とす。黒子からのメールには、こう書かれていた。
『介旅初矢が意識を失った』と。
その文の後に続いて、彼が収容された病院の名前が記述されている。
「まったく、次から次へと……」
終灼は息を吐き、足に能力を発動させて、静けさに包まれる寮を飛び立った。