とある科学の太陽爆心   作:霧咲桐乃

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約2ヶ月ぶりの投稿……待たせてしまい本当にすみませんでした!!





第六話『木山春生』

 

 

 メールで黒子が指定した病院へと急行した終灼は、そこのエントランスに腰掛ける黒子と──その隣に御坂を見つけた。

 

「お兄様、いらっしゃいましたか」

 

「ああ……」

 

 終灼に気付いた二人が立ち上がり、体を向ける。終灼は、御坂をちらりと一瞥して、

 

「……何で御坂がいるんだ?」

 

「何よ、いちゃ悪い?」

 

 「悪いに決まってんだろうがこのトラブルメーカーめが!」とは言えなかった。というか、既にこの場にいる時点で最早手遅れなので、何を言っても意味はないだろう。

 溜息、

 

「まあいい……それで黒子、メールでは介旅の意識が無くなったとあったが……」

 

「はいですの。詳しいことは分かりませんが、居合わせた警備員の証言によると、取り調べ中に突然眠ったように倒れ、こちらの病院に搬送されたと……」

 

 黒子の話を聞きながら三人は介旅が運ばれた治療室に向かい、そこにいた医師を呼び止める。

 

「風紀委員ですの。介旅初矢の容体は?」

 

「最善は尽くしていますが、依然意識を取り戻す様子はありません……」

 

「あの……俺、以前こいつを殴ったんですけど、まさかその影響が?」

 

 おずおずと手を挙げて白状する終灼。能力を使わなかったとはいえ、本気で殴ったことには変わらないので、正直その所為と言われても仕方がない。

 しかし、医師は首を振った。

 

「頭部に損傷は見受けられません。というか、彼の体にはそもそもどこにも異常がないのです。意識だけが失われていて……」

 

 つまりは原因不明。それどころか、今週に入って介旅のように突然意識を失って搬送された患者が大勢いると医師は続け、そのリストを終灼達に見せた。リストの中には、銀行を襲った発火能力者や“常盤台狩り”の女子生徒の姿もあった。二人とも、“幻想御手”使用の疑いがあった者達である。

 

「……情けない話ですが、当院の施設とスタッフでは手に余る事態でしたので、外部から大脳生理学の専門家を招きました」

 

「専門家?」

 

「──お待たせしました」

 

 医師が頷くと同時、耳に響いたカツカツというリズミカルな足音と女性の声。振り向けば、そこには白衣を身に纏った長髪の女性がいた。

 

「水穂機構病院院長から招聘を受けました──木山(きやま)春生(はるみ)です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 木山春生と病院の医師達が意識不明に陥った患者がまとめて収容されている病室に入ってから、一時間近くが経過しようとしていた。その間、病室近くの待合所で終灼達は、コーヒーを飲んだり、あまりの暑さに手で団扇を扇いでいたり、はたまた待ちくたびれて眠りこけてしまっていたりと、三者三様の形で待機していた。

 すると、病室の扉がガラリと開き、木山達が出てきた。それを確認した黒子は隣で舟を漕ぐ御坂を揺り起こした。

 

「お姉様、お姉様! 起きて下さい!」

 

 ゆさゆさと御坂の体を揺らす黒子。しかし眠りが深いのか、何度揺すっても御坂は起きる気配がない。

 

「……では、ここはこの黒子が目覚めのキスを……」

 

 そして何をトチ狂ったのか、御坂の唇に黒子は自分の唇をゆっくりと近づけた。

 「んー……」とその距離を縮めていき、あと数センチで重なると思ったところで、パチリと御坂の目が開く。

 

「普通に起こしなさいよっ!」

 

「お、起きなかったではありませんの〜……」

 

 一秒後、黒子は頭に大きなたんこぶを作った。お約束。

 

「変な誤解を受けるでしょうが!」

 

「既成事実は周りから築き上げていくものですわよ」

 

 さらにもう一つたんこぶが出来上がった。これもお約束。

 

「顔洗ってくる!」

 

 すっかり顔を赤くした御坂は、そう言ってトイレの方に歩いて行った。

 

「君達が担当の風紀委員かな?」

 

 ちょうどその入れ替わり、頭を押さえて蹲る黒子と、それを見て盛大に溜息をつく終灼の耳に、木山の声が届く。

 

「ええ、そうです」

 

「待たせたね。一通りのデータ収集は完了した」

 

「それで……昏睡状態の学生達は?」

 

 すぐに黒子も立ち上がり、姿勢を正して訊ねる。

 

「私は医者じゃないから治すことはできない。こうなった原因を究明するのが仕事だ」

 

 そう言って木山は息を吐き、ネクタイを緩めながら周囲を見回した。

 

「それにしても……暑いな。ここは真夏日でも冷房を入れない主義なのか?」

 

「そうですわねぇ……」

 

 さっきまで暑い暑いとぼやいていた黒子は真っ先に木山の言葉に賛同した。まあ無理もないだろう。時期は七月も末に差し掛かり、八月に入ろうとしている。今朝のニュースでは「今月最高の暑さ」と言っていたし、終灼でさえも「あ〜、今日はなかなか暑そうだなぁ」と思うくらいには()()()陽気だった。

 木山の問い掛けに、彼女に付き添っていた看護師が頭を下げる。

 

「申し訳ありません。それが、昨晩の落雷で送電線が断線してしまいまして……自家発電による最低限の電力供給はあるのですが、病棟や機器を優先しているものですから」

 

「そうか、災害が原因では仕方ないな」

 

 それが本当に自然災害なら、終灼も黒子も彼女の言葉に大いに賛同していたのだが、落雷の元凶を知っている身としては「そ、そうですねー」と苦笑いでごまかすしかなかった。

 

「お待たせ〜」

 

 元凶、再登場。本当の本当に御坂にはこちらの苦労を1パーセントでもいいから思い知らせてやりたい。

 

「さて、全員揃ったところで改めて自己紹介しておこう」

 

 御坂が戻ってきたことを確認した木山は、そう言って終灼達に向き直った。

 

「私は木山春生。大脳生理学を研究している。専攻はAIM拡散力場──能力者が無自覚に周囲に放出している力のことだが……常盤台や風紀委員の学生さんにはいらぬ質問だな」

 

 フッと小さく笑って木山の自己紹介が終了し、終灼達の番となる。

 

「風紀委員の白井黒子です」

 

「御坂美琴です」

 

 御坂が名乗った瞬間、木山の眉がピクリと持ち上がった。

 

「ミサカ?……ああ、そうか。君が御坂美琴か」

 

「私のこと、ご存知なんですか?」

 

「ああ、超能力者(レベル5)ともなると有名人だからね」

 

「さっすがお姉様!」「う、うっさい」とはしゃぐ少女たちを一瞥し、木山は終灼に体を向ける。

 

「それで……君は?」

 

「火鳥終灼です」

 

「……火鳥だと?」

 

 また。

 また、木山の眉が持ち上がった。しかも今度は、表情まで変わるというおまけ付きで。

 と言っても大した変化ではない。ただでさえクマができて寝不足気味な細目を、驚いたように見開いただけだ。

 

「……あの、木山先生、どうかなさいましたか?」

 

 終灼の名を聞き、終灼を見つめたまま動かなくなった木山を黒子が呼びかける。

 

「……ああ、いや。火鳥……そうか火鳥終灼君か。君のことも知っているよ。ある意味じゃあ御坂美琴よりもね。新たなレベル5の最有力候補なんて、知らないわけがない。会えて光栄だ」

 

「………そりゃあどうも」

 

 咄嗟に差し出された手を握り、握手を交わす。どうにも腑に落ちない態度だったが、今はそんなことよりも別の案件だった。

 

「あの……それで、何か分かったのでしょうか?」

 

 終灼が問い質す前に、医師が彼女に訊ねた。木山は、小さく首を振り、

 

「今の所は何とも言えません。こちらで採取したデータを持ち帰って、研究所で精査するつもりです」

 

「データならこちらから送ることもできましたのに……ご足労かけて申し訳ありません」

 

「いや、データだけでは分からない生の情報というのもありますし。何より、学生達の健康状態が気になりましたので」

 

 そう言って、今後の対応を医師達と話し合う木山。一段落着いた頃、終灼達は別の案件を彼女に訊ねることにした。

 

「──“幻想御手”?」

 

「はい、ネット上で広まっている噂なのですけれど……」

 

「それは、どういったシステムなんだ? 形状は? どうやって使う?」

 

「申し訳ありません、まだ分かりませんの……」

 

「ふむ……それでは何とも言えないな」

 

 呟きながら、木山は緩めていたネクタイを取り去り、シャツのボタンに手をかける──

 

「「「……えっ?」」」

 

 そして次の瞬間、木山はボタンを外して終灼達の目の前でシャツを脱ぎ始めた。

 

「うおっ!?」

 

 ゆっくりと木山のシャツがはだけていき、肩が見え始めた時、終灼の視界が突然真っ暗になる。

 

「あ、あんたは見ちゃダメっ!!」

 

 背中越しに響く御坂の大声。どうやら、御坂によって目隠しをされてしまったらしい。

 

「な、何をいきなりストリップしてますの!?」

 

 黒子の怒鳴り声。彼女がこういった行為に関して注意をするとは果てしなく意外だった。まあ、そのくらいの常識は持っていてもらわないと風紀委員としても人間としても危うい。

 あ、人間的にはアウトか、黒子は。

 

「だって暑いだろ?」

 

 あっけらかんと木山は言い放つ。

 

「殿方の目がありますの!」

 

「下着を着けててもダメなのか?」

 

「ダメですッ!」

 

 そう言って黒子は脱ぎかけていたシャツを戻し、ボタンをつけてやる。第一ボタンまできっちりつけ終えた頃ようやく終灼も解放され、また脱ぎ出されても困るので話の続きは冷房の効いた場所ですることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第七学区、とあるファミレス。

 

「さて……先程の話の続きだが、同程度の露出でもなぜ水着は良くて下着はダメなのか──」

「「「いや、そっちではなく」」」

 

 三人同時のツッコミに、木山は「アレ?」と首を傾げた。本当に大丈夫だろうかこの人。寝不足すぎて寝ボケているのではないだろうか。

 

「あー……つまり話をまとめると、この学園都市には“幻想御手”なる物があり、君達はそれが昏睡した学生達に関係しているのではないか、とそう考えているわけだ」

 

「はい」

 

「ふむ……で、そんな話をなぜ私に?」

 

「能力を向上させるということは、脳に干渉するシステムである可能性が高いと思われます。ですから──」

 

「もし“幻想御手”が見つかったら大脳生理学者の私に調査してほしいと? 構わんよ。むしろこちらから協力をお願いしたいくらいだ」

 

 黒子が頷く前に返答が返ってきた。

 

「……随分と即決ですね。こちらとしてはありがたいですが」

 

「私も大脳生理学者として興味があるからね。もちろん、昏睡状態の学生達のためでもある」

 

 そう言って頼んだコーヒーをストローでカラカラと回しながら、「ところで」と木山は不意に外に目を向けた。

 

「さっきから気になっていたんだが、あの子達は知り合いかね?」

 

 と、木山の言葉に従うまま同じように外に目を向ければ、そこには満面の笑みでガラスに張り付く佐天と、その後ろで控えめにお辞儀をする初春の姿があった。

 入口の方に消えていった二人はすぐに入店し、まっすぐ終灼達の座るテーブルまでやって来たので、スペースを作って座らせる。そして、それぞれが注文したスイーツが届いたところで簡単に木山を紹介した。

 

「へ〜、脳学者さんなんですか〜……はっ、白井さんの脳に何か問題が!?」

 

「“幻想御手”の件で相談してましたの!」

 

 しれっと毒を吐いた初春に青筋を浮かべながら黒子が訂正する。調べるまでもなく黒子の脳は問題があると思うが、話の腰を折らないためにも黙っておくことにした。

 

「今、“幻想御手”って言いました? それならあたし──」

 

 と、スイーツを食べながら話を聞いていた佐天が、“幻想御手”という単語を聞いてその手を止めた。そしてポケットに手を入れ、愛用の音楽プレーヤーを取り出す。しかし、

 

「黒子が言うには、“幻想御手”の所有者を保護するんだって」

 

 ピタリと、御坂の言葉を聞いた瞬間、その手は止まってしまった。

 

「どうしてですか?」

 

「まだ調査中ですのではっきりしたことは言えませんが、使用者に副作用が出る可能性があること、そして急激に力をつけた学生が容易に犯罪に走る傾向がありまして……」

 

「……どうした、佐天?」

 

 音楽プレーヤーを片手に持ったまま固まる佐天に、終灼が怪訝な表情を浮かべながら訊ねる。

 

「あ……いやぁ、別に!」

 

 終灼の問いに慌てて音楽プレーヤーをポケットにしまった佐天だったが、その拍子に木山の飲んでいたグラスに腕が当たってしまい。コーヒーが木山のストッキングに溢れてしまった。

 

「ああっ!? ス、スミマセン!」

 

「いや、気にしなくていい。かかったのはストッキングだけだから、脱いでしまえば……」

 

 と、病院の時と同じように、周囲の目があるにもかかわらず服を脱ぎだした木山。またか、と溜息を吐いて目を瞑った終灼は、しかし次の瞬間、御坂によって顔面をテーブルに叩きつけられた。

 

「グハッ!? み、御坂お前っ、何しやがるッ!!」

 

「う、うるさい! あんたは見ちゃダメなんだから!!」

 

 言われなくとも見るつもりはないわ! と声を大にして言ってやりたかったが、顔を押し付けられているせいでうまく喋れず、ついでになおも御坂の手がギリギリと後頭部を圧迫しているので、とても痛かった。

 

「だーかーらーッ!! 人前で脱いじゃダメだと言ってますでしょーがッ!!」

 

「しかし、起伏に乏しい私の肢体を見て劣情を催す男性がいるとは……」

 

「趣味嗜好は人それぞれですの! それに殿方でなくても、歪んだ情欲を抱く同性もいますのよ!」

 

 黒子(お前)が言うな。

 

「そうですよ! 溢しちゃったの私ですけど、女の人が公の場でパンツが見えるようなことしちゃダメです!」

 

 いや佐天(お前)も言うな。

 

 結局、ファミレス内は大騒ぎになり、ギリギリと頭を押さえられながら終灼は盛大な溜息を溢すのだった。

 

 

 

 

 

 

 ひと騒動あったものの、話し合いはつつがなく終了し、ファミレスから出た時には既に日も傾き始めていた。

 

「本日はお忙しい中、話を聞いてくださりありがとうございます」

 

 代表して黒子が挨拶をし、終灼も頭を下げる。

 木山は、小さく笑みを浮かべながら「いや」と首を振り、

 

「こちらこそ、教鞭を執っていた頃を思い出して楽しかったよ」

 

「教師をなさってたんですか?」

 

「ああ……昔ね」

 

 どこか懐かしむように空を見上げた木山は、そのまま背を向け、背中越しに手をひらひらと振りながら去っていった。

 その背を見送りながら、終灼は視界の隅でわずかに動きを捉える。振り向けば、まるで逃げるようにその場から走り去っていく佐天の後ろ姿が見えた。

 

「……………」

 

 彼女の姿が曲がり角に消えてから、終灼は黒子達に何も告げずに彼女の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら、あの場から逃げ去るように離れていた。

 音楽プレーヤーを片手に持ちながら、佐天は茜色の道を駆け抜ける。

 

 ほんの偶然だった。

 

 いつものように音楽のダウンロードサイトを彷徨っていたら、偶然見つけてしまった隠しページ。

 何だろうと好奇心を抑えきれずクリックして、その一秒後に出てきた文字を見て、佐天は言葉を失った。

 

 『Level Upper』

 

 “幻想御手”──本当にあった。佐天はすぐにダウンロードした。

 これで自分も能力者になれる。そう思って、この嬉しさを誰かに──初春や皆に伝えたくて仕方がなかった。

 

 しかし、できなかった。

 

 『“幻想御手”は危険な代物だから、所有者を保護し“幻想御手”を渡してもらう』と。そう黒子達と木山という女科学者が話したのを聞いて、手が止まってしまった。

 

 渡すこともできた。むしろ彼らの調査に貢献できるのだから、そうした方が良かったはずだった。

 

 しかし、できなかった。

 

 動きを止めたのは、彼女の中の“欲”だった

 

 やっと手に入れたのに。

 

 やっと能力者になれるのに。

 

 そんな欲が、佐天の動きを──思考を支配し、“幻想御手”を差し出すという選択肢を打ち消した。

 

「……それにまだ使ってないんだし、黙ってても良いよね……」

 

 そんなことを自分に言い聞かせるように呟きながら、やがて佐天は人気の無い陸橋の下までやって来ていた。

 橋下の柱にもたれ掛かり、荒くなった息を整える。

 その直後、

 

「──佐天」

 

「───ッ、」

 

 耳に届いた聞き覚えのある少年の声に、一瞬呼吸が止まってしまった。

 

「か、火鳥さん……どうして」

 

「どうしても何も、いきなりいなくなったから、どうしたのかと思ってな」

 

「べ、別に何でもないですよ。ただ居辛かっただけです……だって、あたしだけ事件とか、そういうの関係ないじゃないですか。風紀委員じゃないし……」

 

 眼前に立つ終灼に努めて笑顔を向けながら、佐天は反射的に手に持つ音楽プレーヤーをポケットに隠す。

 その時、ポトリ、と。ポケットから手を出した拍子に、元々そこに入れていた“何か”が零れ落ちた。

 

「あ………」

 

 それは御守りだった。この科学の町(学園都市)ではまず見かけない、赤い御守り。

 地面に落ちたそれを、終灼は拾い上げて佐天に返す。

 

「それ、いつもカバンに付けてるよな」

 

「ええ、そうなんです」

 

 返し際、そう訊ねた終灼に、佐天は柔く笑う。

 

「母から貰ったんです……科学的根拠なんて全然無いのに……」

 

 もう何年も前──まだ『外』の世界で暮らしていた頃。学園都市に入ることになった佐天を心配した彼女の母親が、身の安全を願って贈ったもの。

 

「ホント迷信深いんです、あたしのお母さん。こんなモンで身を守れるわけ無いですよね?」

 

 と、呆れるように言った佐天の顔は、しかし喜んでいるようにも見えた。

 終灼も、思わず頬を緩めて、

 

「優しい母親じゃないか。それだけお前のことを想ってるってことだろう?」

 

「分かってます。でも……その期待が重い時もあるんですよ。いつまで経っても、レベル0のままだし……」

 

 佐天の母親は、最後まで彼女が学園都市に行くことを反対していた。『超能力開発』と言えば聞こえはいいが、その実、科学の発展の名の下に脳を弄くり回される場所に、どうして我が子を喜んで送られようか。

 父親や近所の人達に説得されて最終的には送り出してくれたが、やはり母として心配だったのだろう、この御守りを渡されて。

 表面でこそ、こんな非科学的なもの持っていても意味はないと疎んでいたが、心中では、それほどまでに自分の身の安全を願う母の想いがとても嬉しくて。

 

 だからこそ、佐天は期待に応えたかった。

 どんなに小さな能力でもいい、どんなに地味な能力でもいい。とにかく能力者になって、母の期待に──想いに応えたかった。

 

 しかし蓋を開けてみれば、言い渡された判定はレベル0。「残念ながら、あなたに才能はありません」と、言外にそう告げられ、最初はその言葉を受け入れることができなかった。

 

 だからこそ、佐天は焦っていた。

 

 誰でもいいから、この気持ちに気付いて欲しかった。

 

 だから……

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「──ッ」

 

 優しく微笑みながらの彼のその言葉が、どんなものよりも鋭い針となって佐天の心を刺し貫いた。

 

「──なんて、そんな無責任なこと、俺が言えるわけないよな」

 

「……ぁ………」

 

 思わず、終灼を凝視してしまった。

 

「佐天、悪いが俺はお前の苦悩を分かってやれそうにない」

 

 聞きようによっては、終灼のこの一言はあまりに残酷な言葉に聞こえただろう。現に佐天は、辛そうに俯いた。

しかし、彼のこの言葉の意味することを、佐天もまた理解することができた。

 

 『レベルなんて関係ない』なんて台詞は、能力を持っている者が言ったところで何の説得力もありはしないのだ。

ましてや、レベル4という判定を受け、さらには『レベル5に最も近い』などと推測されている終灼が言おうものなら、たとえ本人にその気がなくとも、それは佐天を──ひいてはレベル0という判定を受けた全ての人間に対する“見下した暴言”と成り果ててしまう。

 

「分かってやれそうにないからこそ、俺から言えることは一つしかない」

 

 言って、背を向け、首だけでこちらを見ながら、

 

「お前は──()()()()()()()()

 

「……ッ!?」

 

 ビクリ、と。佐天の肩は大きく跳ねた。終灼の背は、すでに遠くにあった。頭の中で、彼の最後の言葉が反芻する。

 

『間違えるな』

 

「………そっか」

 

 知っていたのか。“幻想御手”を持っているって。

 でも、だったらどうして、彼は取り上げなかったのだろうか。その答えも、すぐに出てきた。

 

 信頼してくれているのだ、自分のことを。

 

 本当ならすぐにでも取り上げてしまいたい危険物。しかし、能力に対して強い憧れを持つ自分からそれを取り上げることがいかに残酷かということを分かっている彼は、選択を委ねた。

 

 なんて……なんて優しいのだろう。

 

 その優しさに応えたい。彼の信頼に応えたい。

 しかし、ここでもまた、“欲”が邪魔をした。

 

「あたしは………」

 

 ポケットから“幻想御手”を出して、見つめた。これを消去するのは簡単だ。しかし、できなかった。

 

「……………っ、」

 

 結局どうすることもできないまま、再びポケットに“幻想御手“を仕舞い。

 佐天は、終灼が去っていった方向とは別の道を全速力で、逃げるように立ち去った。

 

 

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