主人公になりたい訳ではなかった。
ただ、
そのための力が欲しかった。
いや、今考えると楽に生きたかっただけかもしれない。
だって目立ちたいのに、冒険はしたくなかったから。
努力が大嫌いでリスクを冒すのも嫌い、しかもいわゆる無能である俺にとってはそれだけが望みだった。
いっそ全く知らない場所で生まれ変わって…とも考えたが、妄想の中でさえ自分が上手い事やってるイメージが湧かなかった。
そもそも成功体験なんて何もない俺に、そんな想像力は無い。
そして俺は無力で無能なまま、何一つ得る事も為す事も無く死んだ。
…普通ならばここで話は終わりだが、俺の場合はむしろここからだ。
何かの病気でぽっくり逝った俺が次に目を覚ますと、そこは謎の外国人たちが住む村で、俺はそこに生まれた赤ちゃんだった。
日本人としての感覚で『外国人』と言ったが、人種は俺も同じらしい。
鏡に映る褐色の肌でそれが分かった。
まぁ、人種なんかどうでもよくて、問題は文明レベルだ。
まるで縄文時代…というのは言い過ぎにしても、ユニセフの広告で見るアフリカかどっかの村みたいな感じだ。
しかも翼の生えた獅子だの、鎧のような皮膚を持つ大蛇だの、見た事のない化物が山ほど居て、それを狩猟する事で生活しているようだった。
たびたび外部の人間らしき者が訪れていたので、傭兵のような仕事もしているんだろう。
ここまで聞いて分かるだろうが、ここは俺の居た世界ではない。
『異世界』と言えば聞こえはいいし、実際俺も期待した。
この世界なら、何もかもやり直して自由に生きられるかもしれない、と。
まぁ、無理だったんですけど!
クズはどこまで行ってもクズ、土壇場になっても努力できなかった人間が、生まれ変わった程度で変われる訳がない。
しかしここで言い訳タイムを挟ませてほしい。
この村は、いわゆる戦闘民族の集落だったのだ。
しかも親子という概念が無いらしく、10歳以下は一律で見習いという扱いになり、血も涙もない激しい訓練をさせられる。
『足に巨岩を載せて逆立ちの状態で腕立て伏せ』だの、『熱した油の中を泳ぎながら飛んでくる矢をかわす』だの…男塾さながらの超ハードなトレーニングだ。
赤子の俺は『うわ~将来アレやらされんの?』とビクビクしていた訳だが、そこは運が良かった。
俺が赤ちゃんのくせに泣きも笑いもしないせいで『悪魔の子』的なレッテルを張られ、10歳からは村から少し離れた小屋で暮らす事を命じられた。
不吉だから仲間外れにされた訳だ。
一応『訓練には来い』なんて言われていたが、無視してもお咎めは別に無かった。
忌み子とは関わりを持ちたくないらしい。
代わりに、食料その他生活必需品も与えられない完全なシカト状態である。
まぁ、学校では無視され社会には黙殺された俺にとって、慣れていて気安さすら感じる境遇だ。
問題はどうやって暮らしていくかだが、これは狩猟でなんとかなった。
さすがに戦闘民族の身体は優秀で、野生動物を狩るくらいなら鍛えずとも可能だった。
というか、運動音痴だった前と違って軽やかに動き回れるので、身体を動かすのが楽しくなったのもある。
最悪の場合は生肉を食べても生きていけるくらい寄生虫や細菌への耐性も高く、その辺を細かく気にしなくてよかったのも気楽だった。
メシの味が単調なのはちょっとしんどいが、村から調味料をくすねれば問題なし。
バレてもぶん殴られる程度だしな。
……ここまで思い返して、殴られる事を『程度』で済ませられるくらいには俺も逞しくなったんだなぁ、と1人で悦に入る。
(しかし、とはいえ虚しいなぁ…。
テレビもネットも無い世界がここまで退屈だとは…)
生活はなんとか遅れるようになったが、娯楽の少なさは如何ともしがたい。
毎日毎日、小屋の周りを歩き回って獣を狩って食うだけの人生。
原始人じゃあるまいし、いい加減飽き飽きだ。
かといって、冒険の旅に出る!とかはしない。怖いから。
俺はこの小屋の周囲の世界しか知らない。
しかもその狭い世界の中ですら、たまにヤバい怪物と出会う事がある。
首無しの巨人とか猛毒をまき散らす怪鳥が、自分んちの周りをウロウロしてた経験ある?
そんな化物にばったり出くわして、『ほひょっ』って変な声上げながら腰抜かした時に気付いた。
『俺は永遠に主人公にはなれない』と。
まぁそれを自覚しても大してショックじゃなかったのが、一番のショックだが。
結局俺は『主人公になりたい』んじゃなく『楽して名誉が欲しい』だけだったわけだ。
いや、正直言うと別に名誉自体だってそこまで欲しくもない。
他人に褒められたところで一銭にもならないから。
だいたい、冒険なんて『必要に迫られて出発するもの』だ。
したいと思った事は一度も無い。
ていうか嫌いだ。
…あれ?じゃあ、俺は何がしたいんだ?
これから何のために生きていけばいいんだ?
……まぁ…うん、いいや。
難しい事や深刻な事を考えると頭がボーっとしてしまうので、考えない事にしている。
前世ではそのせいで就職できないし詐欺にも騙されたが、今更直すつもりもない。
『こんな環境じゃ生きる理由なんていちいち考えている暇ないんだよ』
というのが、俺が得意としている言い訳だった。
将来への漠然とした不安が湧き上がってきた時、俺はこの言い訳で乗り切ってきた。
前世からそうだ。何ひとつ成長してないし、したいとも思わない。
せいぜいこの言い訳を便利に使って、その日暮らしを続ければいいさ。
…まさかこの後すぐに言い訳が使えなくなるとは、思っていなかったが。
(あいつらまたアホみたいな修行してんだろうな~。
見に行ってやるか!)
村を覗き、過酷な修行をしている連中をこっそり嘲笑うのは、数少ない娯楽の一つだ。
野生動物を狩れば十分生きていけるのに、わざわざ巨大な怪物に挑んだり、雇われて他人の利益のために命を懸けるなんて、元々文明人の俺には理解できない。
どうせ村じゃ俺を落ちこぼれのコソ泥扱いしてんだからおあいこってもんだ。
(お互い、好きなだけ見下し合えばいいさ。
そういう関係が一番長続きするからな。
あ、傷薬も減ってきたし、覗き見ついでに盗んでおくか……ん?)
「は?」
村が燃えていた。
「え?えっ、あ?」
見慣れた景色が激しい赤に呑み込まれている。
その衝撃的な光景を見た俺の胸中に生じたのは…
(熱っ、めっちゃ熱っつ!!
炎ってこんな遠くからでも熱いんだ…)
炎の感想だった。
もちろん、その次に村人の心配もしたけど。
(あっ、ていうか皆は?死んだ!?)
目を凝らすと、全身に甲冑を身に纏った騎士たちが、半裸の男たちと戦っている。
1対1で戦っている所は圧倒しているようだが、それでも数に押されている。
そこに光の柱や氷の槍が降り注ぎ、無慈悲に薙ぎ払う。
地獄の訓練を乗り越えた戦士たちが、その成果を発揮する事もなく散っていく。
(こ、これは…いくらなんでも酷いな…。
マジか~…こういう事ってあるんだ…)
というものの、頭が真っ白になっている事もあり、特にそれ以上の感想は湧かない。
薄情と言われるかもしれないが、ほぼほぼ面識もない人たちが死んだところで『可哀そう』としか言えない。
(あれって、ひょっとして魔法か?
すごいな…あんなん喰らったらひとたまりもないぞ)
前世と全く違う世界に生まれ変わったのは分かっていたが、実際目の当たりにするとかなり衝撃的なものがある。
(え?これ、普通に逃げた方がよくね?)
浮足立ちながら、むしろワクワクし始めている自分に気付いた。
現実感の無さがそうさせているんだろう。
俺は今も殺されているであろう村人たちに背を向け、来た道を戻る。
ちなみに助けるつもりは毛頭ない。
戦ったらあっさり死ぬだろうし、怪我人を回収して逃げるほどの勇気はないからだ。
まぁ、目の前に怪我してる人がいれば、それを見捨てていくのはさすがに良心が咎めるけど、それはありえない。
あの様子じゃ、1人もここまで逃げてこられなかっただろうし…
「ん?」
草むらが鳴り、何かが落ちてくる。
掻き分けるとそこには足から大量に流血する老婆が倒れていた。
何か…血塗れの老人って見るに堪えないな。
めちゃくちゃ引いてしまう。
「あ、占いの人だ…」
顔をよく見ると、村で『ゼレ婆』と呼ばれている人物だと分かった。
族長に占いを頼まれているのを見た事がある。
「お主…
あっそうだ。俺、村ではキルエって呼ばれてて、実質的な名前になってるんだった。
なんか部族の古い言葉で悪魔って意味があるらしい。
普通に失礼だと思うが、ちょっとカッコいいから気に入っている面もある。
「ワシの事は…知っておるようだな…。
呪術や占術を取り仕切っておる、ゼレという者じゃ」
「ちょ、怪我怪我…右足切れてますけど。
あのめちゃくちゃ効く傷薬は…」
「倉庫が焼かれた、もう無理だ」
「あー…っと、じゃあ俺の背中に…」
老婆は疲れ果てたように脱力し、首を横に振った。
「うんにゃ。この出血じゃ、もう助からん。
それよりちょうどええ、こいつを持っていけ」
「な、なんスかこれ。巻物?」
「ここで開くな。
我らジェト族が脈々と受け継いできた技術や秘法を全て記している。
お前に託す」
俺はその手の責任を被せられる事に対して敏感なので、爆速で反応した。
「いや~、やめときます。ちょっと…そこまで責任負えないんで」
「別にどうしろとも言うておらん!ただ持っていけばよい。
ここで末代となっては、先人に対していくらなんでも申し訳が立たぬ…」
「そ、それだけすか。じゃあ、まぁ…」
一応受け取るが、手触りから既に伝わってくる妄執のようなものに思わずたじろいだ。
なんか良くない呪いが掛かってそうだ。
「うへー、こりゃ…」
「ワシらの本分は戦闘ではない」
えっ急に何?
老人はいきなり話が飛ぶからなぁ。
「真面目に聞け。
ワシらは本来、暗殺の秘技を磨いて来た民族なのじゃ。
…お主はふだん村におらぬから知らんかもしれんが、近頃過剰な訓練が増えておった」
「あっ、やっぱアレ過剰なんだ!
そうですよね、危ないもんね普通に!」
「いやあの訓練自体が良くないという訳ではない。やり過ぎではあるが。
問題は、訓練の内容が偏っている事じゃよ」
老婆は同意を求めるようにこちらをチラリと見てくるが、コメントに困る。
あんな地獄みたいな訓練を『やり過ぎ』で済まされてもなぁ。
「筋力と耐久力の鍛錬にかまけ、本来継承されるべき多くの術が無視されている現状。
その末路がコレだ。物量と魔術で蹂躙されて全滅とはな…。
世界最強の民族の名が泣くわい!」
荒い息で一気に語って、再び俺を見る。
「それと比べれば、自然の中で獣を狩って生きてきたお主の方が、よほどバランスのいい鍛え方をしているとも言える。
その歳で頭も回る、警戒心も十分。
もしかしたら、次の当主にふさわしいのはお主だったのやもしれぬ…」
「は、ははは。いやぁそんな……ちょっと待って。
何かしれっと俺に部族の命運託そうとしてません?嫌ですからね?」
「チッ、バレたか」
危ない危ない。油断も隙もねーなこの婆さん…。
「…まぁええわい、とにかく、そいつを持って逃げろ。
そこに記されている全ての技はお主のものじゃ。
使っても使わんでもいい…」
「じゃあ、ありがたく。
えっと…心苦しいですけど、ここに置いて行っていいんですね?」
「うむ…じき追手がここまで来る。
死ぬなよ」
萎びて体温の失せた細い指が、俺の手を掴む。
「ゼレ婆さん?」
「頼むぞ…ジェト族の命運…誇り…お主に託し…た」
手から、さっきまで確かにあった力が抜けていく。
「ゼレ婆さん…!」
「未来は…お主の…手に…」
老婆の身体がただの物体になって、地面に横たわる。
「…っ!」
俺は思わず叫ぶ。
「…いや託されませんよ!マジで絶対嫌ですからね!!
ババアぁああ!!」
老婆は死んだ。
「はぁ、はぁ…エライ事になっちまった…!」
俺は逃げた。
「なんでこんな酷い事に…クソッ!」
正直、村の虐殺も老婆の死もどうでもよかった。
安住できる住処を失い、明日からどこで狩りをすればいいのかも分からないのが一番の心配事だった。
というか、こんな化物ばかりの森に住める場所なんてある訳ないだろ!
とにかく安全な場所を見つけない事には、眠る事さえ出来ない。
『冒険は必要に迫られて出発するもの』…だから冒険は嫌いなんだ。
〈つづく〉