異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第99話 聖女決闘

都市のように広い仙境楼閣、【亀甲楼】。

宿泊する条件は、希少(レア)であること。ただそれだけ。

故に稀なる犯罪者をも引き込んでしまい、それは悲惨極まるトラブルを産む。

 

──とはいえ、区画ごとにルールが決められており、無法地帯と定められた区画での自由を保障する代わりに、平和な区画においては一切の危険行為を禁じていた。

この仕組みによって辛くも均衡を保たれていたこの宿だが、『治安スタッフが手薄になる』という情報が流れた事で、犯罪者たちの反乱が起きた。

 

聖女アルヴァの前に現れた新たなる犯罪者は、【死に至る楽園】と呼ばれる老人を始めとした、名だたる悪党外道たち。

少年たちを守り、客を救うため、聖女は事態の解決に挑む。

 

「コレ、分かるか?」

 

巨漢が、ドス黒い腕を突き出す。

剥き身の刃が本能的な恐怖を呼び覚ますように、その腕は見ただけで背筋を寒からしめる存在格があった。

 

「俺は【悪魔の左手】って異名の通り、受肉した悪魔の左腕を移植してる。

知ってるか?お前ら聖職者が悪魔と呼んでる奴らのほとんどが程度の低い悪霊!

本物の悪魔は、神ってのと大差ない上位存在なんだぜ!!」

 

誇るように高らかに吼え、一転して低く呟く。

 

「…だからこそ、アンタを抑えるのに俺が宛がわれたって訳だ」

 

「愚策の極みね…よりによって、この私を悪魔の力で倒そうだなんて!」

 

アルヴァは前方に浮かばせたカードの1枚をめくり、見せつける。

 

「…お前を裁くのは、コレよ。【終末の神判】」

 

カードは塵となり、頭上に光の魔法陣を形成した。

 

「ハ、神聖術か!…こちらも言っておこう。

悪魔の前で、聖なる力を行使するとはなァ!!」

 

黒い左腕で身体を庇う。

 

「この腕は悪魔王のモノ。

専門家なら、悪魔の権能は知ってるだろう?」

 

「…”契約”でしょう、それがどうかしたの?」

 

「この腕に宿る契約は【復讐】!

『虐げられし時、必ずや報復する』という誓いなんだよ!!

俺に痛手を与えれば、それはそのままお前へと返る…!」

 

「だからそうやってベラベラ説明してくれる訳ね。

契約魔術は、事前に詳しく説明すればするほど、強制力が増すから…」

 

「そういう事だ。中途半端な神聖術を行使してみろ。

その破壊力は倍になって貴様に返─」

 

「アホか」

 

光の豪雨が、巨漢の全身を貫いて焼き尽くした。

 

「ぐぁばばばばばばばばばッ!!?」

 

「聖女の使う神聖術が、中途半端な訳ないでしょうが」

 

悪魔の腕は跡形も無く消滅していく。

復讐契約による反撃も、一撃で死ねば無意味だ。

 

「く、この術は…大儀式級!?」

 

他の敵が、慌てて範囲を抜け出す。

対悪魔の術とはいえ、この威力なら人間でも死にうる。

 

「これほどの極大魔法を、詠唱も無く片手間に…!

いやはや、さすがは聖女と言ったところ!」

 

「言ったでしょう。これは神の裁き。

お前たちはただ頭を垂れて、厳かに罰を受け入れなさい」

 

「…驕るな、女」

 

仮面と黒衣の男が、大太刀を抜いて斬り付ける。

アルヴァは気功で強化した腕で受け止めた。

 

「ほう、気を扱うか。それなりに鍛えてはいるようだ。

…だが、所詮は付け焼き刃だな!」

 

腕に刃が少し斬り入って、血が噴き出る。

 

「ッ…痛ぇんだよ消えろ!!」

 

仮面の剣士を蹴り飛ばし、距離を取る。

もう1人の敵である痩せぎすの男は、ニヤニヤと見ているだけだ。

そして老人はゆっくりと、アルヴァの脇を通りぬけようと狙っている。

 

(3対1なんて屁でもないけど、1人1人が無駄に強くて嫌だな。

こんな狭い廊下で、周りを巻き込まずに戦うなんて…)

 

「貴様らの信仰する神とやらに、その大層な術を与えられて舞い上がったか?

だが小賢しい術など俺には通じん。術が無ければ聖女もただの小娘だ」

 

その特殊な剣技には、切断した魔術を即座に機能停止させる力があった。

彼はその神秘殺しの秘剣をもって、10か国以上で名高い魔術師たちを殺害してきたのだ。

 

(舞い上がってる訳ないでしょ…!

私の術の限界は、私が一番分かってんのよ!)

 

しかしアルヴァは怯むどころか怒りを露わにした。

彼女の術【天命占術】は、シュハラ教の主神から夢を通じて授けられたものだ。

強力な術を封じ込めたカード40枚のデッキから、ランダムな5枚を手札とする。

そしてこの術を使うには、特殊な魔力【神聖マナ】を消費する。このマナは5からスタートする…

 

…などと、極めてややこしい制約(ルール)を把握し、リアルタイムで判断する必要がある。

そしてアクションを起こすには、短い詠唱が要る。

 

「…『来たれ(ドロー)』!『我が魂を救い給え(マナを再補充)。そして赦し給え(マナを追加)』」

 

手札1枚を消費し、神聖マナを足す。

 

(え~と、これでマナは7になって…手札が0枚になったら5枚ドローできるから、使い切った方が良くて…)

 

そんな事を考えながら、同時に敵と素手で戦う事を強いられる。

いくら神から授けられた術とはいえ、彼女以外には使いこなせぬだろう。

 

「行け、【紅竜の怒号】!!」

 

凄まじき炎が剣士を呑み込むと同時に、聖女の手の甲に炎を模した紋様が刻まれる。

ここにカードのテキストを明記しておこう。

 

【紅竜の怒号】 コスト5 火

・火炎で広範囲を焼き尽くす。

その後、プレイヤーに火の刻印を3つ置く。

 

このプレイヤーとはアルヴァの事であり、祈り手(prayer)という意味である。

 

「竜の炎の味はどう!?」

 

「…効かんな!!」

 

剣士は炎の渦をカーテンのように切り裂き、迫ってくる。

 

「次の術はどうした?いつまでも避けられると思うなよ!」

 

「くッ…『来たれ』!『我が魂を救い給え。そして赦し給え』!」

 

5枚の手札が展開され、1枚をマナに変える。

 

(クソッ…手札事故った!これも神の試練か…!)

 

内心の焦りをおくびにも出さず、カードをめくる。

 

「【静寂の水瓶】!」

 

2枚のカードから、2つの水の球を生み出す。

 

【静寂の水瓶】 コスト1 水

・水の球体を空中に設置し、その後1枚ドローする。

 

(コレでカード引いて…よ~しよし、良い引きだ…コレならイケる!)

 

続いて発動したのは、【霧中の幻】。水の球体を霧に変えて爆発させる。

 

「目晦ましか。それも無駄だ」

 

人影めがけて大太刀を振るうと、霧諸共に切断された。

…そこにアルヴァの姿はない。

 

「…何?」

 

【霧中の幻】 コスト3 水

・水を使用し、霧に変える。霧の中に幻を投影する。

 

「隙あり。…【氷獄の魔槍】!」

 

冷気が凝集し、水の球を大きな氷の槍に変えた。

槍は剣士目がけて猛然と射出される。

 

「下らん!我が刃はあらゆる術式を切り裂く!

貴様が魔術師である以上、この俺には勝てぬ…」

 

そう言って巨大な氷槍を切断するが、刃が槍に触れた瞬間、爆発して周囲を凍らせた。

大太刀を握る腕もろとも、足まで凍り付いて動かない。

 

「ぐぁあああ…ッ!?」

 

「お前は自分の技を鼻にかけ、魔法攻撃を斬って無効化しようとする。

絶対引っかかってくれると思った」

 

【氷獄の魔槍】 コスト3 水・風

・氷の槍を生み出して射出し、着弾点を凍結させる。

発動時、水を使用して凍結範囲を拡大できる。

 

「馬鹿な…魔術であれば、俺に斬られた時点で無力化されるはず…!?」

 

「ゲームのルールは神が決め給うたモノ。カードの効果は絶対よ。

術そのものは斬れても、無力化までは出来ないの」

 

これが聖女の力の最も強力な点。”ルールの強制”だ。

世界で最も多く信仰されるシュハラ教の主神、その権能を上回らぬ限り、誰であろうとルールを無視できないのだ。

 

「『来たれ』。『我が魂を救い給え。そして赦し給え』。

…さて、もういいでしょう。【宿命の刃】!」

 

「おのれ貴さ…ッ」

 

空中に斬撃が発生し、剣士の首を刎ねた。

 

「はい、おしまい。さぁ、次はどちらが……げッ!?」

 

突然燃え盛る竜巻が目の前に生じる。

 

「あちちちちちッ!?」

 

「では、私の相手をしてもらおう!!」

 

痩せぎすの男が放ったその魔法は、聖女の戦いでも壊れなかったホテルの壁に激しい傷を刻んでいく。

 

「ちょ…っと、嘘でしょ!?ぎょえーっ!!」

 

そして床もろとも崩壊し、アルヴァと男は落下していった。

依然として、炎の嵐は消えずそこにある。

 

「いやはや…あの方は少々やり過ぎる。

とはいえ、この宿を破壊できる術師はあの方くらいでしょうが…」

 

老人が、立ち尽くす2人の少年を見る。

 

「…よろしければ、どいていただけるかな?」

 

 

 

 

聖女と犯罪者たちの戦闘が始まってから、キルエは静観を続けていた。

 

(凄いな…戦いながらも俺たちに被害が及ばないように動いてる)

 

(俺らの立ち入れる戦場じゃねぇなコレ)

 

チンフイは無力なぶん余計にそう感じ、微動だにしない。

そして目線で会話し始める。

 

(お前行けよ)

 

(行きませんよ。死ぬし)

 

(でも、身を守るくらいの戦闘能力はあるんだろ!?)

 

(身を守れるってのと、戦えるってのは大きく違いますよ)

 

((…………))

 

2人は沈黙し、戦いの成り行きを見守る。

聖女と剣士は恐ろしい速度で戦っており、どちらが優勢なのかも分からない。

 

「お前さ」

 

チンフイがはっきりと声に出して問う。

 

「今すぐ部屋に逃げ込みたいって思ってるだろ」

 

「ええ、まぁ。もう目の前にあるし」

 

「お前な~、あの人は俺らのために戦ってんだぞ?」

 

「そりゃ良心は痛みますけど!

…でも貴方もそう思ってるでしょ?」

 

「まぁな。良心は痛いけど」

 

部屋に入れば、とりあえずの安全は確保される。

どうやら宿泊部屋は特別強固に出来ているらしく、敵が部屋そのものを封印しようとしている事が、その証拠とも言えた。

 

「でもよ、部屋に入ったところでその場凌ぎだよなぁ。

お前は戦えるからいいかもしれないけどさ、俺は悲惨だぜ?

戦うどころか、マジで何にも出来ないんだから」

 

「戦えるかどうかは微妙でしょ。武器も今ほとんどないし…。

俺は特別強いって訳でもないんすよ」

 

「でも、戦えるじゃん!

ウチ退魔の家だろ?俺以外みんな戦えんの。

無力感キツいんだよな…鍛えるのもめんどくさいけど」

 

「力なんて…思わぬ事で手に入るもんですよ。努力せずとも。

それに、俺は聖女ってのがどんなのか具体的に知らないけど、超強いんでしょ?

そんな人が負けたとして、俺らに何とかできる訳ないでしょう!」

 

「そりゃそうだけど…あの人を見捨てるのかぁ~…気が引けるな、さすがに。

だって、あの人…良い人だろ?俺らの事守ってくれてるし」

 

地獄のような森や戦場を知っているキルエと違い、チンフイは良心による躊躇いが強かった。

だが同時に、『いざとなったら絶対見捨てて逃げるだろうな』という諦めに近い確信もあった。

 

「どうせ…俺は聖女様を平気で裏切って逃げられる。

良心はめちゃくちゃ痛むけどよ」

 

「俺も…そうですね。ちょっと申し訳ないですが」

 

どれだけ親しい相手でも、良心を無視して平気で見捨てられる…そんな彼らの性質は利点でもあるが、自己嫌悪の種にもなっていた。

誰でも切り捨てられるような人間が、友など作るべきではない…と。

 

「あ~あ、お前の事なら簡単に見捨てられるんだけどよ」

 

「し、失礼ですね!俺だってそうですよ!」

 

2人の心は、奇妙に通じ合っていた。

目の前の少年がもし危機に遭っていたとしても、一切良心の呵責なく見捨てられる。

その安心感だった。

 

「なぁ…コレもう友達って事でいいんじゃないか?」

 

「はい……えっ!?このタイミングで!?

今の友情深めるイベントでしたかね!?」

 

「でも多分、俺たち同じ事考えてるだろ?」

 

「そりゃまあ…じゃ、いいのかな?」

 

友情と呼ぶにはあまりに希薄な関係。

だがそこには、彼らが今まで感じた事のない他者との繋がりがあった。

 

((ま、いざという時はコイツを捨てて逃げるけど…))

 

2人の心が重なったちょうどその時、眼前が劫火の渦に染まった。

 

「…ぅおおおおッ!?」

 

「熱っ…あっちぃ!!」

 

凄まじい熱と同時に眩い光に照らされ、1つの影が浮かび上がる。

小柄な老人の影だ。

聖女の姿は無い。

 

「…よろしければ、どいていただけるかな?」

 

キルエが真っ先に白旗を上げる。

 

「すいません!俺ら部屋戻って大人しくしてます!

なんで勘弁してもらえませんか!」

 

「…構いませんよ。私としては、部屋を封印できればそれでいいのですから」

 

老人は鷹揚な笑みで許可した。

 

「だってさ。さっさと部屋に戻りましょう…」

 

「そ、そうするか!うん!」

 

2人は慌てて、じりじりと後ずさる。

 

(部屋から出られないように封印されても、それを解く術はある。

ここは大人しく引き下がるのが吉…)

 

老人が不意に接近し、チンフイを杖で殴った。

 

「おごッ…!?」

 

「えっ!?」

 

うずくまったところを掴まれ、締め上げられる。

老人はチンフイを拘束したまま、キルエを睨む。

 

「そちらのキミ。なにか隠してますね。

私の封印をどうにかする術を使えるようですが…」

 

「え?お、俺ですか?

…な、何言ってるんですか、俺は別に…!」

 

「ああ、隠さずとも結構。心を見抜く術です」

 

チンフイの喉を、杖で押さえて締める。

 

「がはッ…うう…ッ」

 

「お友達を失いたくなければ、我が封印を解く手段を教えなさい。

沽券に関わるのですよ、生涯を懸けて磨いた封印術を解除する手段があるなどと」

 

「いや…そ、それは…」

 

更に締め上げを強くする。

 

「がぁあああ…ッ」

 

「結界は、私にとって魂の芸術なのです。

それを破るなど、決してあってはならないことなのですよ!

さぁ、早く!」

 

(何だコイツ…イカレてんのか?

本当に心を読めるなら、俺がそいつを見捨てると分かるはずだろ?

って事は、何か仕掛けがあるのか…?)

 

キルエが動きを決めあぐねていると、老人が薄く笑う。

 

「…なるほど、人質は無意味ですか」

 

老人が消え、チンフイが倒れた。

 

「あァ…!?」

 

「ならば、貴方の身体に聞くとしましょう!」

 

背後から振り下ろされた杖を、キルエはとっさに躱す。

 

(コイツ、早ぇ…!?

仕方ない。負荷は掛かるが全速力で一気に殺す!)

 

両足に力を込め、仙人の歩法を構える。

半神の戦士アルキュオードすら見切れなかった高速移動。

もちろん強化されていたあの時とは比べ物にならないが、それでも老人の速度を上回っている─

 

「させませんよ」

 

「……ッ!!?」

 

だがどういう訳か、老人の杖を叩き込まれ、転倒していた。

 

「貴方はどうやら、足の速さがご自慢のようだ。

ならば最高速度を出す前に潰すまで」

 

(…このジジイ、普通に強いんかい!!)

 

走り出そうとしても、初速の段階で杖を繰り出され、防戦を強いられる。

 

「私は無力な方を餌食にするのが好きですが、だからといって私自身が無力という訳でもありません」

 

「クソッ…この、ジジイ、が…!!」

 

老人の繰り出す一撃は比較的軽いが、少年の身体には充分なダメージを蓄積されていく。

 

(ちくしょうッ…休むためにここに来たのに、なんでこんな目に遭ってんだ…ッ)

 

「趣向を変えましょう。こんな封印術はいかがです?」

 

キルエの頭を掴んで壁に押し付け、杖で地面を叩いた。

すると…キルエの身体が影に沈んでいく。

 

「うッ…!?」

 

「影の中に封印してあげましょう。後でゆっくり話を伺うためにもね」

 

「ぐ、ううううう…ッ」

 

必死に抵抗しながら、ふとチンフイと目が合った。

チンフイは、キルエが襲われている隙に逃げようとしていた。

 

(アイツっ…ホントに薄情だなぁ!)

 

だが実際は、見捨てられようがどうでもよかった。

むしろ清々しいとすら感じていた。

 

(それでこそだ。俺もお前も、そういうろくでなしだもんな)

 

思わず微笑んだが、そのせいで一瞬意識が緩み、体勢が崩れた。

半身が影へと潜っていき、踏ん張りが効かなくなる。

 

「うわ、わわわわッ…!」

 

「大人しくしなさい。年寄りの言う事は聞くものですよ」

 

壁に血が滲むほど腕を叩きつけ、必死に逃れようとする。

 

「……ドンドンドンドンうるっせェよ!!」

 

扉が勢いよく開き、大男がのっそりと頭を出す。

 

「…あ」

 

「お前ら!何してるか?」

 

男は鉄仮面からため息を漏らす。

 

「やれやれ、もう1人お出でになるとは…」

 

「ジジイ。邪魔」

 

大木のような足が、前蹴りを老人に叩き込む。

小柄な身体が大きく吹き飛ばされた。

 

「く、はァ…ッ!」

 

「今、そいつらと話してる。どけ」

 

〈つづく〉

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