魔族の砦に忍び込んだのは、魔族を憎む魔剣士の少年グレン・一族の復興を目指す少年ラスタ・行方不明の姉を追う獣耳少女フェリス。
3人は騒ぎに紛れ、ついに敵将の下へと辿り着いた。
その大きな扉を蹴り開けて、いざ決戦へと臨む。
「おい、居るか?殺しに来たぞ、死ね」
グレンは無感情に言い捨てた。
眼前の魔族…老いた獅子のような頭部の怪人物は破顔する。
「ほほう…これはこれは。
外の騒ぎを聞いて、人間にも骨のある奴が居るようだと感心していたが。
まさかこのような赤子とは思わなんだぞ」
「赤子、なぁ?
ククク…魔族の老いぼれからすりゃそれ以上の歳の差があるだろうな。
しかしまぁ…どんな気分なんだ?」
「ふむ?何じゃろか」
「そんなちっぽけな赤子に殺される気分ってのは」
「!!」
既に間合い。そして魔剣の速度が勝った。
「がッ…」
だが地に倒れ伏しているのは、グレンだった。
魔剣を振るう腕を掴まれ、投げ飛ばされたのだ。
「気分か…戦う気も起きんのでなぁ。
儂がいくらかつて凶暴だ何だと言われた戦狂いとはいえ…赤子を虐めるほど落ちぶれてはおらんよ。
故に、な……部下を呼ぶ事にしよう!儂は忍びなくてとても戦えん!」
「あァ?テメェ…!」
「ご老人。悪いがそうはいかない。
【
ラスタの全身から、服越しに紋様が浮かび上がって流れ出る。
その紋様は部屋の壁・床・天井を覆っていく。
「これでもう逃げられない。
貴方を殺さぬ事には、あの邪魔な迎撃魔法が解除できないのでね」
「む…クカカッ、そうかそうか。コレが目的かね」
老魔族は懐を探ると、小さな水晶玉のようなものを取り出した。
「では、話を分かりやすくしておこう。
これを破壊できればお主らの勝ち。その前に死ねば負け。どうじゃ?」
「そりゃ単純明快で結構!どっちにせよテメェは殺すがな」
「カカカ、楽しむとしよう…しかし、奇妙な魔法もあるものだ。
儂は昔大怪我をして前線を退いてからというもの、魔術に凝っていてな。
そちらの赤子よ、殺した後で良ければお主の死体を調べさせてくれんか」
「…丁重にお断り申し上げる。
この魔法はシュヴァイト家の誇り。もう誰にも奪わせはしない…ッ!!」
「それはそれは、槍を持つ手にも力が入るというものだな?
…で、最後にそこの赤子。何か言いたい事はあるか?」
「わ、私ですか!?えっと、特に言うことは…あ、そうだ。
フェルダ・ロアという女性を知りませんか?私の姉なんですけど」
「ふむ…知らぬな。それが?」
「いえ、ご存じないならもういいです。
出来れば殺し合いは嫌ですが…あなたには死んでいただきます!」
「よし、来い。お主らの幼い刃がどこまで届くか…確かめてやろう」
(あ~…暇しゅぎ~…)
一方3人と同時に砦に潜入した異邦の少年キルエは、爆発によって砦内を混乱させた後、役目は終えたとばかりに倉庫の屋根上で息を潜めていた。
(まだか?早よ片付けろや…生きてはいるみたいだが…)
彼は自身と3人の体内に蟲を入れ、生命の状態をモニタリングできる。
3人が死んだ場合、自分がさっさと逃げを打つためだ。
(正直、隠れるだけならいつまでもやれるしな。
よし、一眠りすっか)
「死ね」
吐き捨てるような呟きと共に、炎の魔剣が一面を焼く。
老魔族は薄っすらと笑みを浮かべたまま飛び上がり、炎を躱す。
「ホホホ…人間の赤子が、まさかこれほどまで魔剣を使いこなすとはの。
しかも、よりにもよってその剣…」
(やっぱ知ってんのか、この剣の事を。
コイツ、この剣の捌き方を心得てやがる…!)
手の甲で刃の腹を弾き、切っ先を逸らす。刃に3秒以上触れないようにしているのだ。
それは、刀身に凄まじい焦熱を蓄えたこの魔剣には触れるだけでも大火傷の危険性があると理解している証拠。
「…無駄口が多いジジイだな。遺言か?」
「さて、な。老いたりとはいえまだ死ぬ気はせんのだ。
どうにも死というのが遠い感覚でな、平穏な生活を送っているとそうなる」
「平穏か。危機感が足らねぇな!」
臆せず更に踏み込んで斬りかかるが、そこはかつて戦場の主役だった老兵、さすがに軽くいなしてみせる。
「…舐めるなッ!!」
「む…!」
刀身が不意に火を噴き、その推進力で斬撃の軌道が変わる。
首狙いから脇腹へ、大胆なフェイントを―
「せいッ!!」
老兵は見逃さず、肘と膝で挟んで受け止める。
「これにも反応できんのかよ、クソジジイ…ッ」
「面白い、前の使い手と同じ事をするのだな。
これがお主の底かな?ならばもう…」
「危機感が足らねえってよ…言ったよな?」
頭上に影。キオフにもそれは分かっていた。
「【
虹色の輝きを纏った槍を、降下しながら突き立てようとするラスタ。
無論、わずかな動きで回避される。
「これがお主らのしたかった事か?
注意を引き、動きを止め、トドメを刺す…ありきたり過ぎて、どうにもつまらんな」
「がッ!!」
「ぐうッ!!」
あまつさえ、反撃を当てる余裕すらキオフにはあった。
2人の少年は吹き飛ばされる。
「な、治します!」
少女は慌てて駆け寄り、魔法で治療する。
黒ずんで腫れた患部がみるみると色を取り戻していく。
「ふむ、肉体機能の活性化か。術式は凡庸だが効果は高いな。
…悪くないぞ、お主らは。だがそこ止まりだ」
「ハァ…ハァ…知った、ような口を…!」
「気概はある。才能もな。だが小さくまとまって、平凡だ」
「だ、黙れ…!俺はッ…!」
グレンは激昂していた。キオフにはそう見えた。
だがその表情は突然真顔に変わり、何かを投げつけた。
「隙あり、だ」
(むうッ…なんだ?導火線?…爆弾か!今!?
いや、違う!こんな距離で使うハズがない。ブラフだな)
3秒でそう結論付けたキオフだが、逆に言えば3秒も奪われたという事でもある。
「もらった!!」
「ぬぐうッ…!」
その燃える斬撃は、魔族の肩を確かに抉った。
だが辛うじて判断の速さが勝り、致命傷は避けた。
「お、驚いた、な。儂にいきなり手傷を…負わせるとは!カカカッ!」
「クソが…!」
(あいつから奪った偽爆弾、使っちまった。
不意打ちの仕方も参考にしちまったし、またあの野郎に助けられたな…)
グレンの脳裏に、あの褐色の少年が浮かべる卑屈な笑みがよぎった。
「いいだろう、面白くなってきたではないか!」
(だがこっからは俺の自力でカタを付ける。
今もあの野郎は命懸けで囮をやってんだ、これ以上借りを作ってたまるか!)
(あ~、まだやってんのかな。遅ぇな~)
マントを布団のように被り、だらけながら屋根の上でくつろぐ。
もちろん、気配を殺すのも忘れない。
(さっさと殺せっつってんだよ…無駄に時間取りやがって、俺より強いくせによぉ~)
鼻をほじりながら、下の音に耳を澄ませる。
「あのガキどこ行きやがった!」
「いや、それより!監視塔は大丈夫なのか、崩れたりしないだろうな!?」
「1棟崩れたくらいで迎撃魔法は消えねぇって!いいからガキ追えよ!」
混乱がハッキリと伝わってくる。
(まだ見つかりそうにないな…しばらくジッとしてよっと)
キルエにとって潜む事、隠れる事は得意中の得意。
森の怪物から身を隠して生き、村に忍び込んでは物資を盗んできた彼の本領である。
(大抵の事は息を殺して待ってれば過ぎ去るってのに。
なんでアイツらは立ち向かうんだ…しかも無駄に)
彼は前世からそうして生きてきた。だからグレンたちの気持ちが分からない。
しかしその代わり、知っている。
『戦いたくなくても戦わなければならない状況』がある事を。
「あっ―」
崩壊音が響き、周囲の兵が集まってくる。
「なんだなんだァ!?」
「音はこっちからだ!…あぁ!倉庫の屋根が抜けたのか?
クソ、下からじゃ確認出来ねぇよ!誰か登れねぇのか屋根まで!」
「中に誰かいんのか!?」
「問題ない」
その声は、倉庫の扉の中から聞こえた。
低いがよく届く声質は、兵士たちには耳慣れたものだった。
「あ、なんだゾルト様すか?」
「おう。倉庫で調べものしてたんだが、天井が抜けちまってな」
「お怪我は!?ていうか、侵入者っすか!?」
「この程度で怪我なんかするかよ。たぶん屋根の老朽化だ。
こっち片付けとくから、お前らは侵入者探してろ」
「へ、へい!」
倉庫の中はわずかな蝋燭だけで照らされた薄暗い空間だったが、今は屋根の穴から差す外光がスポットライトになって『ある物』を照らしていた。
黒いマントだ。中央が盛り上がっている。
「屋根の上の気配はテメェだな?下から突いたくらいでくたばったのか?」
そう。屋根が抜けたのは、この男が槍で貫いたからだ。
倉庫の中に居ながらにして、屋根上の気配を察知したのだ。
「もうあいつらはいねぇぞ、出てこいよ」
魔族ゾルトは、手に持った槍でマントを持ち上げる。
マントの下に隠れていたのは瓦礫。
「…こらこら、逃げるなよ」
ゾルトは動揺もせず、槍を背後の扉に投擲する。
「ひゃっ!?」
抜き足差し足で逃走しようとしていたキルエが驚いて転倒する。
「あ、あはは…どうも!
あの、た、助けてくださるんですよね?だって仲間を呼ばなかったし…」
「そう、思うか?」
「い、いやあの、それはその…だって普通はアレでしょ。
敵を見つけたら報告するハズというか」
「俺ら魔族はよ、お前ら人間の集まりと違って強ぇ奴が自由にやれるんだわ。
わざわざ報告なんてするより…俺1人で楽しむのが一番良い」
「た、楽しむって…俺そんな価値ないっすよ!?
いやホント、俺はただの雑魚っす!」
「ただの雑魚なら、俺に下から突き刺された時点で躱せずに死んでる。
力を隠すなよ、人間の悪い癖だ。俺と一緒に遊ぼうぜ」
(クソッ、まさかバレるなんて…だから嫌だったんだ!
もっと早く見捨てて逃げていれば…!)
「ふむ…少しは驚かせてもらったわい」
キオフは満足げながらも、どこか物足りなさを湛えた表情で溜息をついた。
「あァ…?まだ、だっつってんだよ…!」
「う、動かないで!回復を…!」
対して満身創痍なのはグレンたち3人。
フェリスがまだ余力を残した状態である事が、むしろ回復の魔法でも追いつかないほどの暴力に曝された事を示していた。
「少し本気を出してしまったが、大人げなかったのう」
「なめんなっつってんだボケが…!!」
「か、回復しきってません!まだ落ち着いて…」
「もういい。これ以上は回復しないでいい。
後は俺が全部片づける…それより後ろに下がってアイツを治しておけ」
グレンが指さした先のラスタも大きな傷を負い、膝を屈していた。
「なにを言ってるんだ、一番攻撃力の高いキミが優先だ!」
「そうです、治し終わっていないんですから大人しく…!」
「勘違いすんな。お前らのためじゃねぇ!
俺がこれ以上他人に借り作りたくねぇだけだ…!」
グレンは魔剣に縋りつくようにして立ち上がる。
「グレンさん!」
「下がってろっつ…」
平手打ちがグレンの頬に炸裂した。重い。
「ぐべっ!?」
「勘違いしているのはあなたです。
私たちの目的は?あの魔族を倒し、迎撃魔法を解除する事でしょう?」
「…お、おう」
「借りとか言ってる場合じゃありません。
そもそもこの戦いに挑めるのは誰のおかげですか?」
「……」
「ひとつ、隠していた事があります。
今から教えるので耳を貸してください」
「…ここでか?敵の目の前で…」
聞いていたラスタが立ち上がり、槍を構えた。
「【
キオフの脚に光の輪が嵌る。
「むっ…これは。足が動かしづらいな」
「早く準備してしまえ!長く止めてはいられんぞ!!」
「長く?数秒の間違いだろう?よっ…と」
光の輪にヒビが入り始める。
「ぐ、ぐぐ…は、早く…ッ!」
「おお、顔を赤らめて必死に耐えるか。健気な!
ではこちらも全力で応えねばな!」
キオフがわずかに身じろぎすると、拘束は砕け散った。
その勢いのまま、ラスタは蹴り飛ばされる。
「うわぁっ!!」
「時間切れだ。作戦は立てられたかね?」
「…ああ、充分すぎるほど万全にな!」
グレンが魔剣を地面に突き刺す。
「【絶焔】!!」
「おおッ…?」
炎の渦がキオフを囲み、高い壁となる。
(…蒸し焼きにでもする気か?だがこれだけの火力、あの小僧とて無事で済むまい。
それにおそらく作戦の要はあの獣人の娘……っ!?)
背後から殺気。だが視界を炎に遮られ、反応が遅れた。
魔剣の切っ先が脇腹を抉る。
「ぐッ、まさか人間の脆い身体で、この炎を突っ切ってくるとはなァ!」
だがキオフは手が焼けるのもかまわず、刀身を掴む。
「本来なら大火傷を負う所を、その後ろにいる小娘に回復させ続ける事でゴリ押したのか。
なるほど不意を突いた見事な作戦よ…なァ!」
「がッ!!」
魔剣ごと引き寄せて殴り飛ばすと、炎の渦は消えた。
「だが魔族なら、回復無しでも火傷ごとき耐えられる。これが生物としての差よ。
…さて小娘。お主も脅威と認めて、全力で葬ってや―」
そこまで言ってキオフは悔いる。
(しまった、いくら戦闘能力が無いとはいえ不用意に近づきすぎたか…?)
その過剰とも言える慎重さは、この場合正しかった。
「うがァアアアッ!!」
「なにッ!?」
突然少女の肌を獣毛が覆い、体格・頭部の形状含めて大きく変化した。
鋭い爪が、キオフの胸元を切り裂く。
「お主、獣人ではないな…人狼かッ!」
その姿はまさに狼女。
人狼は曲りなりにも人間扱いされる獣人とは違う。れっきとした魔族だ。
「だが…獣の戦なら儂の方が年期を重ねておるわッ!!」
しかしキオフは、それでもなお軽々とフェリスを蹴り飛ばす。
「ギャウン!!」
「さあ楽しくなってきたな!!…げぼッ!」
意気揚々と叫ぶ獅子面の魔族は、歓喜の声の代わりに血を吐いた。
脇腹に槍が突き刺さっている。
「私が居るぞ…ッ」
「おう、こ、小僧か…まだ意識があったか!良い、良いぞ!
次はお主が相手をしてくれ…」
進もうとして、前のめりに転倒する。足にはフェリスが噛みついていた。
「お、おおッ?なんだなんだ、お主もまだ元気そうではないか!」
「俺も、なァアアアッ!!」
その背後からグレンがトドメを決めにかかる。
全てを投げうった、捨て身の刺突。
「…読めておるわ、若造がァ!!」
なんとキオフはこれにも反応し、超速度で振り向いて刀身を掴む。
「ク、ソがぁあああっ…!」
「若いモン3人がかりでこの程度かえ!?
これじゃあいつまで経っても合格はやれんなァ!!」
「……要らねぇんだよ、ンなもん…!」
「ぬぅッ…!?」
魔剣の火力が上がる。
「馬鹿な、これほどまでの力…どうやって…ッ」
そして気付く。グレンの右手に、光を放つ紋章がある事に。
「その、紋章は…!」
「行けぇえええええッ!クソッたれがァアアアア!!」
受け止めた手が、燃えて砕ける。
「なん、と……ッ!!」
腹部を黒い刀身が貫く。傷口から全身に炎が回っていく。
「この歳で…こんなものを見せられるとはな…!」
ようやく老魔族は脱力し、倒れた。
「ぜぇ、はァ…人間を、舐めんじゃねえってんだ…」
「カカカ!ゲホッ、ゲホ!ほうら、目的を果たすのじゃろう?」
差し出したのは、迎撃魔法を制御する結晶。
グレンは即座に奪い、踏みつぶした。
「手間、かけさせやがって…」
「ハァ、ハァ…これで任務は完了か?そうだ、信号を送らないとな…!」
「あ、あの…」
人間の姿に戻りつつあるフェリスが、おずおずと手を挙げた。
先程までの勢いはすっかり失せている。
「なんか、解除された感じが無いんですけど…。
私も専門家って訳じゃないですけど、魔法って解除されたらハッキリ分かるくらい派手な反応があるハズなんです」
「ああ…それはそうじゃろ。なにせ、まだ解除はされておらんからな…」
キオフは平然と言った。
「…おい。どういう事だジジイ。言え」
「カカカ…そう殺気立つな。勝負はお主らの勝ちじゃ」
「そんな馬鹿な…僕の魔法で尋問したんだぞ!?
術者が持っているアイテムを破壊すれば解除できるって…」
「うん。それだ。術者は儂1人ではない。
つまり儂の持つ結晶を砕いただけでは足りぬ…もう1つあるからな」
「……ッ、どこにあるか吐いてもらう!!僕の魔法で…」
「やめとけ」
グレンはゾっとするほど冷たい声で止めた。
「もうすぐソイツは死体になる。痛みじゃ口を割らん。
それに趣味の悪いテメェの事だ。わざわざどこにあるのか教えておいて、もう身動きできない俺らを見て楽しむつもりだろうが?」
「カカカ…戦いの中で心が通じ合ったかの?
そうじゃな、もう一方の結晶は我が弟子ゾルトが持っておる。
儂が育てた弟子の中でも随一の戦士じゃ…当然、一線を退いた儂より強い。
今のお主らに太刀打ちできるかのう?カーッカッカッカ!!」
悪意に満ちた哄笑が、部屋中に響き渡る。
この理不尽に激しい怒りを感じながらも、彼らはもう一歩も動く事ができなかった。
〈つづく〉