異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第15話 陥落

魔族の砦に潜入する作戦。

囮を請け負ったジェト族のキルエは、爆弾によって大きな混乱を起こして兵士を引き付ける事に成功したが、その後サボり散らかして屋根の上で寝ていた。

 

だが気配を察知されて攻撃を受け、倉庫の中で敵と2人きりになった。

 

「お前は俺が相手してやるよ。1対1だ」

 

「う、ううう…」

 

立ちふさがるは【裂牙候】キオフの弟子ゾルト。オークの巨漢である。

 

「あの、俺ホントしょうもない奴っすよ…?」

 

「ならすぐに死ぬだろうな」

 

「え」

 

眼前に拳。ブリッジ姿勢で辛うじて躱す。

拳から見えないなにかが飛び出し、背後の棚を薙ぎ倒した。

 

「ひえっ」

 

「ほら躱した。やっぱただの雑魚じゃねぇな」

 

ブリッジの状態からいきなり飛び上がり、突き出されたゾルトの腕に抱き着く。

そのまま関節と逆方向に力を込めた。

 

「折れろっ!」

 

「おおッ…意外と力があるようだ…なッ!!」

 

ゾルトは組み付かれた腕ごとキルエを地面に叩きつけようとする。

キルエもそれを素早く察知し、離脱した。

 

「痛ててて…いきなり関節極めてくるとはなァ?」

 

「マジでやめましょうって。本意じゃない戦いは身が入らなくて嫌なんだよ」

 

「んだよ贅沢者だなァ…じゃ、たぶんお前がやる気になってくれる景品を用意すっか」

 

ゾルトは懐から結晶を取り出した。

 

「コレ。この砦を守る迎撃魔法を維持するためのアイテムだ。

術者であるオヤジと俺が持ってる。どっちも壊さにゃ解除できんぞ?」

 

「…は?」

 

一瞬無言になり、深呼吸をひとつ。顔を上げると、その表情は怒りに燃えていた。

 

「おいおいおい…いい加減にしとけよコラ。

俺は責任を負いたくないんだっつってんだよ…」

 

「ん?」

 

キルエが危険な囮を引き受けた理由には、その事もある。

囮ならば騒ぎさえ起こせればそれでいいが、実行部隊は敵将を討って魔法を解除するという明確な目標があるのだ。

必ず達成しなければならない責任を負う。

 

(だから嫌だったんだッ…失敗したら全部俺のせいじゃねえか!

頼む…今すぐアイツら死んでくれ!そうしたら逃げられるから!)

 

だがグレンたちの生命反応は未だ健在だった。加えて、彼にとっては最悪な事に―

 

「…クソ。マジか。オヤジ逝ったか~」

 

「は、はい?」

 

「俺ら弟子は、あの爺さんに弟子入りする時契約させられてる。

呪印が刻まれてな、芽が出なきゃ呪い殺されるんだ。

その呪印から伝わってくる…オヤジは死んだらしい」

 

つまり、3人は既に目標を達成したという事になる。

後はキルエに懸かっている。

 

「あーはいはい、そうですか!…だったら死ねよ」

 

「やっとやる気になったか。

殺し合うのにいちいち理由が要るなんて、人間は面倒だなァ!」

 

ゾルトはその場から動かず、正拳突きを繰り出した。

するとまたもや見えない力が飛び出し、キルエの耳元をかすった。

 

「…さァ、強い奴を決めようか!!それが生き物ってもんだろ!?」

 

「ウゼぇな。誰が殺し合いなんぞに付き合うか、間抜けが!

勝手に死んでろ!!」

 

キルエは何かを取り出して投げつけるが、ゾルトとは全く別の方向に飛んだ。

 

「おいどこ狙っ…」

 

投げた物から黒い煙が噴き出し始める。

 

「毒ガスです。解毒剤はコレ1粒だけです…んっ。今飲んじゃいましたけど。

屋根に穴が開いちゃってるんで充満はしないでしょうが、呼吸にはくれぐれも気を付けた方がいいですよ」

 

「あァなるほど?確かに息できないのは辛いなァ~…はッ!!」

 

ゾルトが地面を踏み鳴らすと、全身から例の見えない力が発散されて、付近の毒ガスを弾き飛ばした。

 

「魔力を放出する技だ。こういう事にも使える…ついでに!」

 

パパっと軽く拳を振ると、キルエの横にあった棚が崩壊する。

 

「うわ、わわわっ…」

 

見えざる破壊に追い立てられ、悲鳴を上げて逃げ回る。

 

(倉庫が広くて助かった。外には敵が大勢いるから、倉庫からは出られないし。

でも逃げてるばっかじゃなんともなぁ…使うか、あの術?)

 

あの術…ジェト族歴代の戦士たちの力を借りる【命を殺す法】。

 

(いや、ダメだ…俺には使いこなせない。

他にも肉体を強化する術はいくつかあるが、準備に時間が掛かり過ぎる。

だったらアレだ…!)

 

親指を噛んで血を出し、額に模様を描く。

 

「ん?なんだそりゃ?」

 

「強くなる術…といったところです。お望み通り戦ってやるよ」

 

キルエはナイフを手に、一気に攻めへと転じた。

 

「死!ね!よッ!」

 

「いいねぇ!ノってきたじゃねえか!!」

 

ナイフの連撃を躱したところへ、蹴りで体勢を崩させようとする。

ゾルトはこれを軽く受け止め、魔力を放って反撃した。

とっさに防ぐが、キルエの腕はミシミシと音を立てる。

 

「…ッお返しだクソが!!」

 

あえて退かず、さらに踏み込んでナイフを足に突き刺す。

 

「があぁ痛え!根性あるじゃねえかガキィ!」

 

互いに距離を取る。

一進一退の攻防に見えるが、正面対決となるとやはりフィジカルの差が目立つ。

その証拠に、ゾルトは腿に刺さったナイフを引き抜いて足をブラブラ動かしてみせた。

 

「腕、黒ずんでるぜ。折れてんじゃねえか?」

 

「ナイフ刺されたくせに、何ケロっとしてんだよテメェは…!」

 

「当たり前だろ、俺は魔族だ。

ほら、正々堂々としろなんて言わねぇよ!コスい手でも何でも使ってかかってこいよ!」

 

キルエはナイフを構え、痛みで乱れた呼吸を整えた。

 

「…うるせぇな。一度正面から殺るって決めたら絶対正面からなんですよ」

 

嘘である。今この瞬間も、彼の頭の中は卑劣な作戦でいっぱいだ。

 

「うらァああああッ!!」

 

「おうおうどうした、こんなもんかァ!?」

 

キルエのナイフ捌きには目を瞠るものがあるが、拮抗すれば有利なのはゾルトの方だ。

少しずつ力で押し込まれていく。

 

「悪くねぇよ、お前の攻撃…でもな」

 

「うッげぇほっ!?」

 

極近接距離からの魔力放出。身を翻すが躱しきれず、キルエの軽い身体は派手に吹き飛んだ。

倉庫の奥の暗闇に消えていく。

 

「やっぱオヤジ以上の奴はそうそう居ねぇってか。

まぁいい、侵入者はまだいる。そっちと遊ぶ事にしよう」

 

溜息をついて向けた背に、ナイフが飛ぶ。

 

「…っとォ!」

 

しかしその不意打ちは完全に読まれていた。

闇から這いずって戻ってきたキルエの表情も暗い。

キルエはこの手の『シンプルな達人』に弱い。奇策もフィジカルと技術で突破されれば、打つ手はないからだ。

 

「…っらあああ!!」

 

近付いてくるゾルトに苦し紛れのナイフを繰り出すがいなされる。

 

「ヤケクソにしちゃいいスジいってるぜ。だが―」

 

二撃目は躱すまでもなく掴み取られる。もう力が残っていないのか、ナイフはあっさり少年の手から奪い取られた。

 

「う…っ!」

 

慌て後退し、懐からナイフを取り出し連続で投げる。

一発目。防がれる。

二発目。当たらない。

三発目。……の代わりに懐から出てきたのは筒。キルエはふっと吹く。

 

(っ?…吹き矢か!)

 

あまりに突然過ぎて反応が遅れた。既に回避は不能な位置。

 

「死ね!」

 

―だから、つまみ取った。

 

「……えっ?」

 

「危ねッ!…なぁ~にが正面からだ、やっぱ小細工じゃねぇか!

なんだ?この針には毒でも塗ってあるのかァ?」

 

まじまじ見つめると、それは画鋲のように円柱状の胴に針がついているタイプのものだった。

胴の部分には、何か紋様が描かれている。

 

(さっきあのガキが自分の額に描いてたのと同じ模様か?

…なにかマズいッ!)

 

本能的に何かを感じ取ったゾルトが、その針を捨てようとした瞬間。

 

「爆ぜろ!!」

 

針は凄まじい勢いで爆発し、ゾルトの手を五指もろとも吹き飛ばした。

 

「が、あ゛ぁああああ~ッッ!!?

何だクソッ、何しやがった!!」

 

「……」

 

『理解不能なモノへの恐怖』が最も効く毒である事を知るキルエは、何も言わない。

だが読者諸氏に対してはそうもいかないので、説明しよう。

 

あの針は爆発する粘土で作られている。

そこに刻まれていた模様は【思念を火に変える法】の呪印だ。

額に呪印を描き、発火させたい物に同じ呪印を描いて10m以内で念じると、高温で発火して爆弾を起爆させるようになっている。

つまり、最初の段階でキルエは既に用意していたのだ。

この爆弾吹き矢の起爆準備と、もうひとつ―

 

「ぷっ」

 

「がぁあああッ目が!?」

 

毒ガスを撒いた時、解毒剤を飲むついでに含み針を口内に仕込んでいた。

ただの針だが、混乱のピークで食らえばパニックを引き起こせる。

 

「ふざけんなよッなんだこれ!

クソ、舐めやがっ…」

 

そして目をやられれば、誰でも咄嗟に目を守るものだ。

キルエはがら空きの胸にナイフを突き立て、心臓へ…

 

「させるかァア!!」

 

「なっ!?」

 

ゾルトはナイフの刃を掴み、心臓に達するギリギリの所で止めていた。

魔族有数の武人、キオフ・ホルトに『最も優れた弟子』と言わしめる男。

この程度の危機など、何度乗り越えたか知れぬ。

 

「いいぞ、小細工もここまで極まれば技巧だなァ!!

ならば!それを正面から叩き潰してこその魔界武人!!」

 

「あ、もういいっす」

 

「……あ゛ァ?」

 

「結晶壊したんで。目標達成めでたいなァ~!ばいば~い!!」

 

そう、本来の目的は魔法を維持するための結晶を破壊すること。

それさえ達成できれば、戦う必要などない。

だからこそ充分に警戒していたゾルトは、予想外の言葉に慌てた。

 

「そんなハズはッ…」

 

懐を探ると、結晶は形を保った状態で未だそこに有った。

 

「しまった、ブラフか…!」

 

キルエの姿は倉庫の奥の暗闇へと消えていく。

 

「時間を稼いだつもりか!!待ちやがれクソ猿がァ!!」

 

怒りと殺意を滾らせたゾルトは、棚を破壊しながら奥へと進んでいく。

 

「見えねぇ…どこに隠れたァ!どこだコラァ!!」

 

己の内に渦巻く憤怒の激しさに気付いたゾルトは、深く息を吸う。

 

(オヤジの教えだ…常に殺意を漲らせろ。ただし怒りは燃やすな)

 

呼吸とともに五体に魔力を循環させ、感覚を研ぎ澄ます。

たったひと吸いで傷から滴る血が止まり、痛みは薄れていく。

本来、高位の魔族にとっては、ほとんど大した事のないダメージなのだ。

 

(危ねぇ危ねぇ。こうやって俺を挑発し、冷静さを奪うのが向こうのやり方だ。

だってアイツは人間。しかも俺より圧倒的に弱い。涙ぐましい努力じゃねえか!)

「……おい!逃げてもいいぜ!倉庫から出られたらの話だが。

倉庫から出りゃウジャウジャ部下がいる。その怪我で逃げ切れるか?あァ?」

 

問いかけるが、返事は無い。

 

「隠れても無駄だ。もう大体の方向は分かってる。こっちだろ…ほら」

 

少し歩くと、そこにキルエが胡坐をかいて座っていた。

 

「腹括ったか…な~んて、そう潔い性格してねぇよな。

お前の座ってる場所。血かなんかで魔法陣が描いてあんな?

近づいたらやべぇんだろ?」

 

キルエを囲む大きな円と、その前方には赤黒い何かが置かれた小さな円。

迎撃魔法の術者の1人として神秘にも通じているゾルトは、その危険性がなんとなく分かった。

 

「近づいたら?ああ、いや。そういう術じゃないです。

あと、もう遅いです。よっと」

 

キルエが座ったままナイフを投げる。

 

「あぁん!?」

 

ゾルトは瞬時に身構えるが、ナイフは彼の方まで飛ばず、前方の小さい魔法陣に刺さった。

 

「血肉の縁を辿りて…我が恨み、お返し致す」

 

「が、っあ?」

 

ゾルトの厚く傷だらけの胸板を裂き、黒い棘が突き出た。

刺されたのではない。体内から生えてきたのだ。

 

「相手の肉体の一部を使う、典型的な呪術ですよ」

 

自身は術を制御する大魔法陣の上に座り、小さな魔法陣には対象の皮膚や髪の毛などを置く。

そして刃物などでそれを傷つけることで、対象を呪う事ができる。

 

皆さんの世界においては、『藁人形の呪い』に近いモノと言えば伝わりやすかろう。

 

「あなたの胸を刺した時、刃に『心臓付近の肉』が付着してました。

今回はそれを媒介にさせてもらった訳です」

 

「な、ん…っ」

 

「ホントは髪の毛とかを盗んで傷づける事で、体調不良にしたりするんですけどね。

今回は希少部位を使ったおかげで、抜群に効くでしょう?」

 

ゾルトは答えず崩れ落ちた。

 

「…ふぅ。めっちゃ怪我しちゃったよクソが。

俺にアドリブなんか要求すんなっつーの…」

 

 

 

 

「ゾルトの居場所はッ!?言え、今すぐッ!」

 

「う、うぐえ…っ!そ、外だァ、倉庫で見かけた!」

 

ラスタは殺気立った勢いで魔物を尋問し、答えを引きずり出させる。

 

「よし、行くぞ!」

 

3人は重い身体を引きずって、裏口から本棟の外へと這い出る。

 

「早く…早く解除しねぇと、囮やってるアイツもそろそろ限界のはずだ!」

 

「ああ…ゲホッ!彼も命懸けで耐えてくれているんだ!絶対に使命を果たす!」

 

「ううッ…すみません。完全に治しきる事さえできれば…!」

 

申し訳なさそうに言うのは、半分人狼化したフェリス。

 

「別にいい。回復魔法の応用だったか?

それで肉体を活性化させてんだろ…だったらその姿を維持するために使え。

お前の力は、この状況じゃ貴重な攻撃要員になる!」

 

その言葉を証明するように、出くわす敵を真っ先に倒すのはフェリスだった。

 

「は、はい。…あの、す、すみませんでした」

 

「あ?何だ、この忙しい時にしょぼくれやがって!」

 

「だって、私魔族なのに。隠してたから…」

 

「知るか!魔族だろうが使えるなら使うだけだ!」

 

グレンの目に迷いは無い。

 

「…っは、はい!私、頑張りま」

 

「いいですねぇ、皆さん楽しそうで」

 

その慇懃無礼を体現するかのような口調には、3人もよく覚えがあった。

 

「キ、キルエさん!?…あっ、その手にあるのは」

 

右手に結晶、左手には豚の頭のような何か。

 

「これ、壊していいんですよね?」

 

「はい!そうすれば術は解除されます!」

 

結晶はあっさりと握り潰され、砦の上空に稲光が走った。

 

「…と、解けたのか?そうだ、信号を発信しないと!」

 

ラスタが真上に投げた物体はそのまま高く昇っていき、天に模様を描いた。

 

「これにて任務完了。すぐに軍が突入してくるでしょう。

いや~皆さんお疲れ様でした。さっさと帰りましょ…」

 

「待て!お前、1人で倒したのか。ソイツ」

 

キルエが手に持っているのは、ゾルトの首だった。

 

「はい?そうっすね。

…ホラ、もういいでしょ、せっかく任務達成したのにこんなつまんない所で死んだらダサいよ?

早く逃げないとホラ!」

 

キルエはそう言い捨てて走り去った。

 

「……とんでもねぇ奴が居るな。世の中には」

 

「うん。自分はまだまだ狭い世界しか見てなかったんだって思わされます」

 

「いやお前も大概とんでもねぇがな」

 

「ふぇ!?」

 

騒ぐ2人を置いて、ラスタは何か考えこんでいた。

 

「…あの、どうかしました?」

 

「うんっ?…ああ、いや。そうだな。

2人とも、ここから脱出したら話がある」

 

「あ?」

 

 

 

自動迎撃魔法解除から数時間後。

キオフ・ホルトの治めるバサド砦はムット大隊によって陥落した。

 

〈つづく〉

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