ある富豪へと届けるため、竜の頭蓋骨を密輸する半魔族の少女。
その情報を聞きつけた手練れたちが大挙して押し寄せるが、護衛の男はそれ以上の使い手だった。
敵を斬りながら進み続けて2日、休みなしの警戒と戦闘にも疲労を見せている暇は無い。
なぜなら敵が手強くなるのはここからだからだ。
「前方から高速で接近…3人だ」
そして現れた次なる襲撃者を始末するべく、走行中の馬車の屋根に乗って剣を構える男。
「ヒィーヤハハハハァーッ!!
さっさと荷物出しなァァ!!」
光の翼を生やした男たちが、凄まじい速度で飛翔してくる。
「おっと、あの飛行魔法は…」
「どうした、知り合いか!」
「【空の死神】スケアフィ3兄弟だ。
それなりに名高い傭兵どもだよ」
「チッ、傭兵だけしていればいいものを!
…自分から『馬車を止めるな』と言ったのだ、手助けは要らんな?」
「まぁね…」
男が剣を抜き、水平に構える。
「見せちゃいますか、おじさんのとっておき」
刀身が不規則に震え、まるで鞭のように波打って見えた瞬間。
「魔剣術理。
「ヒャハァ!当たるかよォ!!」
先頭を飛ぶ長兄が急停止し、『飛ぶ斬撃』をギリギリで躱す。
「あ、あららっ!?」
「テメェが護衛に付いてるのは調べがついてんだ!
【魔人剣】ザラハの剣術は対策済みよォ!」
「じゃ、
長剣の陰から飛び出した短剣が、長兄の眉間に突き刺さる。
「がッ…!?」
「魔剣術理・裏。
魔族の剣術にも、裏…すなわち暗器術が存在する。
裏まで習得している剣士は、魔族の中でさえ稀だろう。
「あ、兄者ぁああああッ!!
おのれ、よくも兄者を……えいッ!!」
後ろの次兄が、長兄の死体をキャッチし投げつける。
「うおっ!?『よくも』って、アンタ自分で投げて…クソッ、これ邪魔!」
さらに死体で視界を塞ぎ、一気に近づいてくる。
相手の攻撃が見えないというハンデは、この高速下の戦闘において致命的だ。
「でもねぇ、浅知恵なんだなぁ!…魔剣術理、
男が振るう横薙ぎの一刀は、死体の胴を丸ごと両断し次兄の胸板をも切り裂いた。
「ぐぅううおおおおッ!?」
「ハイ2人目~」
「テメェ、よくもダブル兄貴を!!」
末弟は怒り狂いながらも、男の周囲を高速で旋回し始めた。
全速力で走る馬車の上に乗る男の周りを、追い掛けながら旋回する困難さは想像に難くない。
「スピードではこっちが上!テメェに反応できるかぁああああッ!?」
「人間の速さじゃないね、全く……だからこそ、人外の技が活きるんだが」
男は己を取り囲む旋風を見極め…
「もらったァ!!」
「魔剣術理、
末弟が突っ込んでくるまさにその瞬間、予測していたかのような神速の斬撃が迎え撃った。
「か…はッ」
「速度には速度で対抗すべし。俺の技で一番速いカウンター技だ。
こんな技まで使わせないでくれよ、あんま練習してないんだからさ」
光の翼が消えて、末弟は血を噴き出しながら落下していった。
「しっかし、こりゃマズいね」
「何がだ。もう倒したのだろう?」
「でもたぶん、他の奴らも監視してると思うぜ?
あんまり手の内を見せたくないんだけどね」
「…心配いらん。いざとなれば私が……ッ!?」
「ん?どしたの嬢ちゃん」
「伏せろ!!」
「えッ!?」
男が咄嗟に伏せると、頭上を物凄い音が通り抜けた。
「どわッ!そ、狙撃かァ!嬢ちゃんの探査魔法で分かんなかったのかよ!?」
「反応は無い!おそらく範囲外、相当遠くから撃ってきている!
移動する標的を、これほど遠くから狙ってくるとは…!
敵の位置は特定できるか!?」
「この辺にある高所はそう多くねぇ!
たぶん西の森のデカい木から撃ってきてる!」
「バカな、そんな不安定な足場でこれほどの射撃を!?」
「それより警戒しなよ。
狙撃で馬車じゃなく俺を狙ってくるって事は…」
ザザザ、と風が吹き抜けるような音に振り向いた男は、予想通りの光景を見た。
獣のように四足で疾駆する者の姿。
「おい、後方から1人接近している!」
「やっぱりね。護衛を潰してから仕留めにかかるつもりだったか」
「ガルルァッ!!」
敵は一気に飛び上がって、馬車の上に着地した。
よく見れば、それは手足が獣のように変化した男。
「【魔狼】ベイレインか。ユグナ戦役の英雄にお目に掛かれるとは光栄だ。
狙撃手はアンタのお仲間かい?」
「そうだ。気を付けろよ、まだ狙ってっから」
言った直後、男の背後を矢が通り過ぎていく。
「おおっと…腕が良いねぇ。こりゃちょっと面倒か…?」
「心配は要らん!矢は私がなんとかする!!」
馬車の中から、きっぱりとした少女の声が響く。
「ほう?任してい~んだね?
…だ、そうです。心置きなく戦えるね」
「上等だよ、行くぞオラァ!!」
直撃すれば切り傷では済まない強烈な爪の攻撃を、剣で器用に逸らす。
「よっ、ほっ、はっ!」
「うっとうしい…ならもっとペース上げてくぞ!」
刺客の顔が変形し、狼に変わっていく。
「グガァアアアア!!」
(重ッ…どんな筋力だ!こりゃいい加減のらりくらりやってらんねぇか…!)
爪の連撃をいなして距離を取ろうとした時、狼男はいきなり飛び上がった。
「はッ…」
そのまま獣の牙を突き立てるべく迫り、男は剣で防ぐが押し切られて転倒する。
そこへ矢が飛来した。
「死ね!!」
(ダメだッ…信じるぜ嬢ちゃん!)
矢は男の眼前で曲がり、狼の左肩に突き刺さった。
「ッがああああァ!?」
「やるじゃん!」
生じた隙は、剣士として達人の域にある男が付け込むには充分すぎた。
懐の短剣を脇腹に突き立てる。
「ぐうげッ…クソ、アイツが狙いを外すハズがねぇ…テメェ何しやがった!?」
よろめき退きながら、狼男が問う。
「知りたいか?……俺も知りたいんだけど、どう~?」
「敵が居るのに教える訳あるかッ!
…話すならソイツを殺してからだ!」
「だってさ。悪いけど死んでくれよッ!」
「ほざけやァアアア!!」
爪と刃、野性と技術が交差する。
「―魔剣術理、
「…く、そ。しくじった、か」
魔狼は脳天から鮮血の雨を降らせつつ、馬車上から落ちていった。
「ふー…で、聞かせてくれる?」
「何をだ」
「とぼけちゃいかんよ、キミの力さ」
「…歪曲の力。
空気中に魔力を放出し、一定範囲の物体やエネルギーを捻じ曲げる」
「そういう仕組みね。そんな便利な力があるなら楽勝だったじゃん」
「反応速度には自信がある方だが…それでもあの狙撃は想定外でな。
あのレベルの不意討ちには対応できん。アテにされても困る…」
「なるほど。それでなるべく反応できるように、探査魔法を覚えたのかい」
「ああ…そういう事だ。
生まれつき使える力ではないから…消耗も激しくはなるがな…」
少女の声は疲れ切っていた。
「ちょっと休んだ方がいいんじゃない?」
「馬鹿を…言うな。一刻も早くこの地獄を抜け出て内地に入らねば…。
それに敵は消耗した所を狙ってくる…前方4人、後方1人」
「いやはや全く…休ませてくれないねぇ!」
「安心しろ」
少女は車両の屋根に手を掛け、一息で上がった。
「ここからは私も力を貸してやる」
「そりゃありがたいね。
でも能力のこと、僕に言っちゃってよかったのかい?
どうせこの仕事限りの付き合いだろう?」
「フン、それはお前が生き残れたらの話だ!」
その時、馬車の右車輪が砕けた。
「おっとぉ!?」
「クソッ、地中からの攻撃だと!?もう1人いたか…ッ」
「大人しく死ねやァアアア!!」
土の中から這い出てきたのは、全ての武器を失ってなお素手で魔族の軍勢を殺戮した戦闘狂。
【真紅の虎】カルネル・ヴィーゲ。
「半魔のガキなんぞが密輸なんぞしおってェ!
貴様らなんぞこの俺なんぞでも充分嬲り殺せるわァ!」
卑劣にして狡猾なる策士でありながら、その身には都市をも焼く黒炎を宿しているという。
【卑炎の将】ナンゾ・ワイズマー。
「積み荷を放棄して逃げるなら追わないと誓おう!
すまんが我々も金がいるのだ」
小国ザフラムの姫を攫った大魔族を討ち滅ぼした英雄。
【ザフラムの勇士】ボルフ。
「どいつもこいつも逮捕じゃぁ~ッ!!」
何の公権力とも関係ないのに、勝手に悪党を逮捕して回る異常者。
【狂気の憲兵】ドーラム。
「魔族、1人。魔族に与する者、2人。…処刑」
人も魔族も区別なく断罪する、慈悲なき暴力。
【断罪装置】ヘル。
「おーおー、どっかの戦場で見たようなスーパースターが勢揃いかい。
って事は、背後の1人は…」
男が首を傾げると、そこを手裏剣が高速で通過していった。
「…お命頂戴」
遥か遠国から来た謎多き暗殺者。【朧鬼】ディーザエモン。
「これだけのメンツを揃えて、やる事が強盗っすか。
いやはやなんとも情けねぇ…」
「ザラハ、もうそういう事態じゃねぇんだよ。
積み荷も確かに大物だが…重要なのはソイツだ」
カルネル・ヴィーゲが指さしたのは、半魔の少女。
「ククク、何が『積み荷を差し出せば追わない』だよ。
逃がす訳ねぇだろ、あの魔界七王の1人【墜崩王】ティルマータの娘をよ…!」
「っ!」
少女は、忌々しげに顔を歪めた。
「ソイツを捕まえりゃ、七王とも取引できる。
ティルマータは家族思いって話だからなァ~、今も血眼んなって探してるとか」
「家族思いだとっ…あの男が!」
「いやそっちの家庭の事情は知らねぇけどよ。
積み荷を売って大金をせしめ、娘を捕らえて栄光の足掛かりにする。
ヒャヒャヒャ、こんなウマい獲物はねぇぜ!!」
「ザラハよ。貴様なんぞに用は無い。
そんな小娘なんぞ見捨てて、今日あった事なんぞ忘れてしまえ」
「……」
護衛の男は、無言で少女に目を遣る。
少女は一瞬逡巡したが、すぐに言うべき事を決めた。
「わ、私は…私の名はメルトだ!
【墜崩王】ティルマータ・バストラの娘、メルト・バストラだ!」
「ご丁寧にどうも。
おじさんは【魔人剣】とか言われてる傭兵のザラハ・イスフールです」
そして向き直る。
「…と、ちょうど自己紹介が終わった所でね。
仕事はこれから始めるとこなんだわ」
「こ~の傭兵の鑑がァ。
依頼は全てに優先されるってか?」
「そっちこそ。魔族と取引なんてしてどうすんの」
「そりゃ上手いこと無防備にさせて、殺すんだよ。
俺たちゃ魔族を殺すのが商売だろ」
「…アンタらこそ、傭兵の鑑みたいな事言うじゃないの。
どうせ取引するなら魔族の側に寝返っちゃえばいいのにさ」
「ま、お互い仕事のためだ。容赦は要らねェ…!」
互いに構える。
「あ゛ァ~…よってたかってか弱いおじさんをイジメやがって…」
「隣にはもっとか弱い少女もいるが、な…」
息も絶え絶えな、血塗れの男女。男は剣を、少女は箱を抱えていた。
辺りには人間の手足や首といった部位が散乱している。
乗っていた馬車は戦いの余波でとうに崩壊し、今は2人並んで地面に倒れていた。
「さすがに全員倒すのは無理だったが…退却に追い込めた。
正直メルトちゃんの魔法のおかげかな」
「…お前の剣術は、魔族のものだな。
だが人間用にチューンアップされている…だからあのような奥義が使えたのだな」
「奥義?アレはただの技の1つだよ。
っつっても俺魔法使いじゃないから、ああいう系の技は使うのしんどいんだけどね」
「私は、見くびっていた。
魔界の王の娘として生まれ、逃げ出してこの地獄で生き続けて…もう怖いものなどないと思っていた。
だがあの傭兵どもは怖かった。人間の中に、まだあんな強者たちが…しかも、たかが強盗と誘拐のために動くような連中なのに…」
「そうだね、アイツらは頂点じゃない。
スゲー強いけど、それでも最上位層とは程遠い…だから勝負になったんだけどね」
戦闘の中で確実に仕留められたのは、【真紅の虎】カルネル・ヴィーゲ、【ザフラムの勇士】ボルフ、【断罪装置】ヘル。
これだけの戦士を討ち取ったなら、本来魔族側であれば勲章ものだ。
「まあヘルは不死身って噂だから、そのうち蘇ってくるかもね」
「なっ!?に、人間ではないのか…?」
「だから、油断は禁物って事さ。このくらいで喜んでる場合じゃない。
むしろこういう、安心した時が一番危ないんだから」
「し、心配いらん…戦いながらも探査魔法は張り巡らせている。
ここにいるのは3人だけだ…生きているのだろう、御者!」
「へ、へ~い…終わりやしたかぁ~…?」」
馬車の瓦礫の中から、ヘロヘロの声が返ってくる。
「終わった終わった」
「へい、馬は呼び戻してよさそうですね!」
御者がピューイっと口笛を鳴らすと、彼方から2頭の馬が帰ってくる。
「襲われた時に逃がしておきやした!
で、どうです?馬の状態は…」
「抜け目が無くて助かるよ。2頭とも無事だ。
俺の方は1人で大丈夫だから、メルトちゃんを乗せてあげて。
ほら早く!また狙撃されたらマズいんだから!」
「た、ただいま参りやす!痛っ、ててて…!
ちくしょうッ、邪魔だなこのっ…!」
瓦礫の下から這いずり出た男は、ナイフを振り回して瓦礫に引っかかった服を切り裂いた。
そしてヒィヒィ息を切らしながらメルトを助け起こす。
「肩など貸さんでいい…それより……?」
メルトには、自身の見ている光景が理解できなかった。
御者の持っているナイフが、自分の腹部に突き刺さっているのだ。
「が、はッ…何を…して…???」
「…ッるぁあああああッ!!」
ザラハは瞬時に起き上がり、力を振り絞って御者を斬り付ける。
元から
「……」
そこに立っていたのは、褐色の肌と赤い目を持つ少年だった。
〈つづく〉