ロクな人生を送ってこなかった俺は、やっぱりロクな死に方をせず、誰にも看取られる事なくこの世を去ったが、生まれ変わった俺には『俺』としての記憶が残っていた。
かつてとはまるで違う世界・違う人生に戸惑うが、己のダメっぷりをよく知っている俺は、早々に自分に見切りを付けて自堕落に生きる事を決めた。
しかし謎の騎士たちに住んでいた村(実際には村八分にされていたが…)が焼かれ、部族は皆殺しにされてしまう。
瀕死の老婆から秘伝書を渡された俺は、『何の責任も負わない』という条件の下でそれを受け取り、逃げる。
そして冒険の旅に出る事を余儀なくされ、現在。
血めいて赤い不吉な草原を、休む事なく小走りで歩き続ける。
決して足は止めない。何故なら―
「ヴォオ……ン」
「やべやべやべ」
廃城の陰から巨人が姿を現したので、慌てて遺跡かなにかの残骸に隠れた。
こういうバケモノが普通に闊歩してる場所では、おちおち休憩もできない。
「ふぅ…行ったか」
つくづく、とんでもない世界に生まれてしまったものだ。
(しかしまぁ、悪い事ばっかじゃねえ。
良いもん手に入れたぜ)
背負った荷物袋から巻物を取り出し、思わずほくそ笑む。
(俺がどうにか出来るのは、普通の野生動物が精一杯ってところだ。
このままじゃ、いつバケモノ共に殺されてもおかしくねぇ。
だがこの秘伝書にはすごい術が書き記されているに違いない…!)
努力は嫌だ。絶対に嫌だ。
しかし魔法だの呪いだのといった不思議な術なら、身体を鍛えずとも使える。
正直魔法の存在を知ったのはつい最近、村が焼かれているのを見た時なので、いったいどういう仕組みなのかは分からないが、読めば分かるっしょ!
大いなる期待と都合のいい想像で胸を躍らせながら、巻物を開いた。
「…へ?」
一面に奇妙不可思議な紋様がびっしり描き込まれていた。
(よ、よめない?
村に置いてある本とは全然違う文字だ…いや文字かコレ?)
紋様は巻物全体でひとつの形を描いているように見えた。
文字なら多少は文章らしく見えるはずだが、これはどう見ても落書き…
「い、いや!そ、そんなハズはない!
こ、ここに何か仕掛けがあるはず…」
嫌な汗が滲み出てくるのを感じながら、一心不乱に巻物を弄り回す。
おいおい冗談じゃねぇぞ、これが最後の頼みの綱…おっ?
巻物の軸が、何かカチッと音を立てて展開する。
来た来た来たぁ!そうこなくっちゃ!
「…痛っ!?」
出てきたのは針だった。
(な、なんだよこれぇ…ひょっとして、巻物の形した暗器じゃねぇのか?
まさかあのババア…間違えやがったんじゃ…)
俺はもう嘆く言葉すら思いつかず、押し黙って俯くしかなかった。
(あーちくしょう、いっつもこうだ。
運が向いてきたかと思ったら、毎度毎度肝心なところでハズレを掴まされる…)
舌打ちして、手の傷を見る。
無意味な傷は余計に痛む。
(うわっ…血が出てるよ~マジで最悪~…)
血が軸に刻まれた装飾に沿って這い、行き渡る。
と同時に、奇妙な光を放ち始めた。
「…えっ?何これ何これ何これ!
ちょっ…怖い怖い!!」
光が視界を埋め尽くし、俺は巻物を投げ捨てて目を閉じる。
(……っ!?)
…まだ、閉じたままだ。
なぜなら、目の前に明らかな存在感が生じていたからだ。
しかも、相当デカい。
目を開けるのが怖い。
『おい』
声がした。人語を話している事でちょっと安心したが、声の禍々しさで心臓が縮み上がったのでプラマイゼロです。
『おい』
ダメだ。怖すぎる。
しかし、開けなきゃもっとヤバい気がする。
よし、開けるぞ。
怖いのは声だけって事もありうる。
…そうだ!そうだよ!
たぶん秘伝書から出てきた存在なんだから、部族の守護霊とかそんなんに決まってる!
『ようやっと目を開けたか』
そこには、無数の眼球と牙のような棘で形成された、巨大な肉塊が聳え立っていた。
突端から、どす黒い粘液が滴っている。
「きゅぅ…」
意識があるのはそこまでだった。
『起きよ』
空白の果てから、地鳴りの如く低い声が響く。
『起きぬか、ジェトの民』
声が近づいてくる…否、俺の意識が浮上しているのか。
「ん…」
目を覚ますと、眼前には無数の眼球と牙のような棘で形成された、巨大な肉塊が聳え立っていた。
突端から、どす黒い粘液が滴っている。
「きゅぅ…」
意識があるのはそこまでだった…
『待たんか愚か者!お前は一生ここで気絶し続けるつもりか!』
「はいごめんなさい!!
…え、ええと、貴方様は…」
蠢く目玉が、一斉に俺を見る。
ここは間違えられない所だ。
「か、神様…でしょうか…?」
『神。それも間違いではない、ヤツらの言い分ではな。
だが精霊と呼ばれる事もある。悪魔、ともな。
要はお前たち次第だ、好きに呼べ』
「あ、はい。
…それでですね、あの~どういったご用で…?」
『お前が呼び出したのだろう。
その『秘奥の書』に血を吸わせ、継承の儀式を行うために』
「え」
目玉たちが、そよ風に吹かれたようにざわめく。
『ク、ククク…お前たちの様子は見ていた。
あの老婆に騙されたようだな。
お前はこれから一生ジェト族の王として生きねばならぬ』
や、やられた…!
『そう青ざめるな。王だ族長だと言っても、導くべき民はもうおらぬ。
別段なにか変わる訳でもないのだぞ』
「で、でも…」
『どちらにせよ、王でなければ秘伝書は読めぬぞ?』
えっ。
………。
「…じゃあ、継ぎます」
『ふ、同胞を皆殺しにされてなお、己の利でしか動かぬか。
それもまた面白い!』
すごく嫌な理由で気に入られた。やっぱり悪魔寄りの存在だろコイツ。
「で、どうすれば?」
『別にどうもせんでよいぞ』
眼球が群がる隙間から黒い触手がせり出し、俺の額に触れた。
「ひっ!?」
思わず尻餅をつきながら後ずさる。
『動くな、別に怪我はさせん。
…よし、これで終わりだ。
さて、ジェト族とも長く付き合ってきたが、今回が最後か』
「は、はい?」
『お前は次代に継ぐ気がないのであろう?』
そっか。俺が末代なのか。
これも前世と同じ。つくづく成長のない男だな、俺も。
「ええ、まぁ…そうですね。
で、これからどうすれば?」
『知らぬ。好きにせよ』
「あ、そうすか…」
ちょっとがっかり。
これでいよいよ、生きるためのモチベーションが見当たらなくなってしまった。
う~ん、これからどうしよう。
『なんだ?お前は責任を負いたくなかったのではないのか?』
「責任は負いたくないです。
でも、自分で考えて行動するのも面倒じゃないですか」
『じゃないですか、と言われてもな』
先程から思っていたが、見るもおぞましい異形の割に気さくな奴だ。
『別に目的がある訳でもないのでな。
ただ、お前たちの先祖から契約を持ち掛けられたので、乗ってやっただけのこと』
「契約って、何のために?」
『世界で最も多く人を殺す血族を作りたい、とか言っていたな。奴は』
「変な人すね」
『呆れた誇大妄想だろう?
実に興味を惹かれてな。
そこで手を貸してやる事にした訳だ』
話が興味のない方向へと傾き始めた。
本来なら部族のルーツを知る重要イベントかもしれないが、俺にとっては無駄話。
聞きたい事だけ聞いて帰ってもらうとしよう。
「それはいいんですけど。
この巻物、読めるようになったんですか?」
『おお、その話があったな。
お前は村から外されて1人で暮らしてきたのだ、知らぬ事も多かろう?
諸々説明してやる』
「へへへ、助かりますぅ」
『…まず、秘伝書に記された紋様には、ありとあらゆる秘技秘術が刻まれている。
お前が望みさえすれば、自ずと浮かび上がってくるだろう』
「えっ!?つまり、【皆殺しビーム】を出したいって思ったら、出し方が分かるって事ですか!?
無敵じゃないっすか!!」
『いやお前の能力次第だ。
今のお前に使える技しか検索できないからな』
そりゃそうだ。さすがにそう上手い話は無いか。
『そう肩を落とすな。お前が手にしたのはジェト族4000年の叡智の精髄だぞ?
その気になれば巨万の富も権力も思いのままだ!』
…実際やるかどうかはともかく、そう言われると淡い期待が湧いてくるというもの。
前世では見下され搾取されるだけの底辺だったし、今も怪物から逃げ回るだけの日々。
もし、それだけの力があれば…!
『それから、精霊や神などと呼んでいるモノの力を借りる時は気を付けろ。
1柱の神に力を借りられるのは1日1回だけだ。
1日というのは日出から次に日が昇る前までだからな』
…ん?
『あと同じ神の力を2日連続で使うと怒る奴もいる。
それから、神どうしの仲が悪い場合もある。術を重ね掛け・連続発動する時は注意しておけ』
なんか、妙に細かいな?
『ああそうだ、術を使い終わったら感謝の供物を忘れるな。
それぞれに好みの供物があるから、ちゃんと使い分けろ。
まず炎と天空の神ウシルパウは…』
「ちょ、ちょっと待って!
そ、そんな面倒くさい事しなきゃいけないんすか!?」
『当たり前だろう。
お前は他人の力を借りるのに、相手の性格や人間関係を考慮しないのか?
人間どうしでもそうなのだから、神と呼んで崇めている相手には疎かにするな』
くっ…社会人経験に乏しい俺には、実に耳が痛い話だ。
でもしょうがないじゃん、どこも雇ってくんなかったんだもん…。
『あと大抵の術は、発動するために儀式が必要になる。
全部覚えろよ。間違えたら最悪殺される場合もあるからな』
「あ、あ、あう…」
『聞いているのか?忘れたらおしまいだぞ?』
「ダ、ダメです。俺2つ以上の事は覚えられないんです。
パニックになっちゃって…」
『ええい仕方ない奴だ、紙かなにか持ってるだろう?
書いてやる!』
「すんません…ホントすんません…」
そういや昔よく物覚え悪くてバイト先で怒られたな…。
怒鳴ったりネチネチ嫌味言ってこないこの神は良い上司だ。
『ほら、注意事項と神々の特徴、書いておいてやったからよく読んでおけ!』
紙には黒い粘液で例の紋様が書かれており、目を凝らすと文字が浮かび上がってくる。
各神の名前、好む供物、仲が悪い神など事細かに記されていた。
「な、何から何までありがとうございます」
『せっかくの秘伝書を、使う事さえ出来ずに死んでしまってはつまらんからな…』
呆れたように呟く異形の姿が、ボロボロと崩れ始める。
「あっ、身体が…!」
『ち、もう時間か。
結局自己紹介が最後になってしまったではないか!』
異形が高らかに声を響かせる。
『我が名はジェトゥ=ファマ!智慧と文字の神と、人の呼ぶ!
始祖ドルグから二百と八代。最後の
汝が道行き、暗黒の底より見届けるぞ…』
その姿と声は、塵となって虚空に消えた。
(…う~む、とんでもない事になってしまった。
でもまぁ、秘伝書が読めるようになったのは収穫だな。
これからこの世界で生きるのに、何の力も無しじゃ…)
「ォオオアァ!」
早速だ。
例の巨人が、音を聞きつけたか戻ってきた。
「来た来た来た…!
秘伝書さん、どうかこのバケモンを殺せる術を教えてくださいよっと!」
巻物を広げると、大量の情報が脳に飛び込んでくる。
【風を刃と成す法】 たぶん威力が足りない。
【怒りを
…………
―【天より雷を降らせる法】、これだ!
「ええと、まず両手を天に掲げる…」
そうしている間にも、遠くから巨人は迫ってくる。
「続いて大地に膝を付き、両手で大地を叩く。
これを繰り返すこと6回…」
なるほど、手順が多い。
だが間違えてはいけない、最悪死ぬとか言ってたし。
「ヴォオオオ!!」
巨人の咆哮が近づいてくる。
大丈夫だ。慌てず、儀式を完遂するのだ。
「…そして、
巨人は目の前。
「…………」
俺は走った。
〈つづく〉