異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第18話 プロの失敗

密輸業者の少女メルトは、魔界七王の娘だった。

積み荷に加え、彼女の身柄を狙う強盗たちを護衛者ザラハと共に撃退する。

酷く消耗した2人だったが、気力は充分。御者とともに密輸を再開しようとするが…

 

「あ…あ?」

 

メルトの腹に、御者のナイフが刺さっている。

 

「…ッるぁあああああッ!!」

 

傷ついた身体を無理やり起こし、御者を斬り付けた。

ボロボロの帽子や衣服が切り裂かれて舞う。

 

「……」

 

褐色の肌の少年が、そこにいた。

 

「…ッ。その肌、髪、目…ジェト族か…!」

 

「!」

 

少年はわずかに目を見開く。

 

「ビンゴっぽいね。…メルトちゃん!」

 

少女は痛みに喘ぎながら、のたうち回っている。

強大な魔族の血を引くがゆえに、刺されてもまだ死には至っていない。

否、まだ行動できるだけの体力はあるだろう。

 

「う、ううう…っ!なんで、なんでっ…変装してる訳ないのに、確実なのにっ」

 

「メルトちゃんッ!!」

 

「は、あ、あぇ…?」

 

「箱持って馬に!行け!!」

 

「あ、は、はい!」

 

竜の頭蓋骨が入った箱を抱え上げ、馬に飛び乗る。

 

「し、死ぬなよ!!絶対に!!」

 

「はいはい、死なないからさっさと行く!」

 

「……」

 

走り去るメルトの馬を呼び戻そうと口笛を構えた少年が、殺気に反応してナイフを構えた。

 

「ダ~メ。おじさんの相手してもらうよ」

 

「…邪魔な」

 

「最初から御者と入れ替わってたのかな。

あの子が俺たちを雇って、作戦を立てた時から」

 

「……」

 

少年は答えず、首から下げた眼球のような宝玉を弄った後、ナイフの切っ先を突き付けた。

そして静かに眼を閉じる。

 

「ちょ、ちょっと~世間話にくらい付き合ってよ~!

おじさんが唯一若者と会話できるチャンス…」

 

少年が高く飛び上がり、身を翻しつつ首筋目がけて斬り付ける。

 

「…チャンスなんだからさ」

 

凄まじい速度の剣が、その一撃を防御した。

 

「っ…」

 

「どうだい?話、聞いてくれる気になった?」

 

「断る」

 

少年は低く呟いて、一瞬で距離を詰める。

 

「そうかい」

 

「!!」

 

ザラハの姿が陽炎のように揺らめいたかと思うと、少年の背後に回る。

 

「じゃあ、殺すしかないね」

 

魔剣術理、幻躰(げんたい)。魔力と歩法を組み合わせ、まるで幻のように消えて背後に回る。

刃は既に首筋まで迫っており、予想外の動きに翻弄された少年には躱すことなど出来ないように思えるが…

 

「下らん」

 

しかし現実にはそうはならなかった。

少年はまるで未来が見えているかのように、伏せて斬撃を躱す。

 

(これ回避できちゃうんだ!?すごいね…。

でもさ、備えは万事にしてあるものだよ)

 

靴の爪先から刃を展開させ、伏せた少年を蹴りつける。

足による短刀術。魔剣術理・裏、蠍砕(かっさい)。

 

「…フン」

 

だが少年はそれすら読んでいたように、バック転で回避し距離を取った。

さすがにこれには驚愕した。

 

「マジか…ッ」

 

「【魔人剣】も手負いではこの程度か」

 

侮るでも嘲るでもなく、淡々と言った。

 

「言ってくれるじゃない。さすがはジェト族、って事なのかな」

 

「小細工はいい。お前の目の前にいるのは、世界最強の戦闘民族だ。

最も身に付いている技を使え。死にたくなければな」

 

「大きく出たね、どうも…」

 

しかしそれは、ザラハにとっても冗談ではなかった。

 

(あの奇襲で確実に仕留めたと思ったんだが…まさかかすりもしないとは)

 

ザラハは、こういう手合いに心当たりがあった。

死地を掻い潜る経験と気の遠くなるような修練で生き延びてきた彼だからこそ、それを嘲笑うかのような天才たちを数々見てきたのだ。

 

(ヤダね~、いるんだよ世の中には。殺し合いのために生まれてきたような連中が。

まんまと誘導されてるみたいで嫌だけど…仕方ない。

あえての実力勝負と行こうか…!)

 

魔剣術理、落果。ただ全速力で横薙ぎに斬り付ける、第一の技。

魔界剣術の基礎であり、故に使い手は何万回と繰り返し反復練習した技でもある。

 

「こっちが正面から挑もうってんだ。受けてくれるだろ?」

 

「…本当に小細工抜きでやる度胸があるなら、な」

 

(乗ってきた!)

 

ザラハは著しく体力を消耗し、得意の小技も封じられている。

読み合いの応酬では先程のように回避されてしまうと踏んだ彼は、あえて真っ向勝負に持ち込むことで、互いに一撃必殺の状態にしてみせたのだ。

これならば五分と五分、勝利がぐっと近づく。

 

「…………」

 

「…………」

 

静寂と緊張。互いに互いの隙を付け狙う。

 

「……っ」

 

少年のわずかな身じろぎを、ザラハは見逃さない。

 

「せぇええええいッッ!!」

 

それを『誘い込まれた』と気付けるほどには、注意力が残っていなかったのだが。

 

「ふっ」

 

自ら斬撃に向かって飛び出し、間合いを完全に理解している者の呼吸でその下を滑り込んで抜ける。

次の瞬間には、ナイフがザラハの胸に突き立っていた。

 

「あぁ…クソ。あとちょっとだったのに、なぁ…!

メル、ト…ちゃ…」

 

それが遺言だった。

少年は何の感慨も無い瞳で屍を見下ろし、去っていった。

 

 

 

 

「う、ぐっ……」

 

脳が揺れる。意識が朦朧とする。全身はじんわりと痛みに包み込まれ、身動きできない。

 

「な、なに、が…?」

 

『歪曲』の魔法で傷口を捻じって腹部の傷を止血したメルトは、身体と馬の背に積み荷をがっちり挟んでしがみつき、必死に逃げていた。

だが突然馬が倒れ、振り落とされて全身を強く打ち付けた。

そこまでは把握している。

 

「ここか~…」

 

「う、ううう…っ!!」

 

あの突如現れた褐色の少年が、メルトに歩み寄ってくる。

その瞬間、トラウマめいて恐怖が喚起された。

 

(来た!来たっ!!逃げなきゃ!!)

 

父の宮殿で見たどんな魔族よりも、今日襲ってきた者たちが恐ろしかった。

密輸を始めてそれなりに軌道に乗り、すっかり一端のプロになった気でいたのだ。

大口の仕事を得て、優れた護衛と運び屋を見つけた時は、『つくづく向いた仕事だ』などと思ったものだった。

しかし彼女は今、地べたに這いつくばっている。

 

「あ、や…やめ、ろ…!ぐあっ!?」

 

少年は言葉も無く箱をもぎ取った。抵抗はほとんど意味を為さなかった。

 

(何が【墜崩王】ティルマータの娘だ…私は、ただそれだけでしかない。

一丁前に仕事をこなしたつもりで、力があるなんてその気になって。

こんな無様な失敗をして、何がプロだ!何が仕事だ!!)

 

去っていく少年の脚を掴む。

 

「っ!?」

 

「ま、て…ザラハ、は…」

 

「え?あ、あぁ…あのおじさんかな…?ええっと…倒し…ましたね」

 

倒す。その言い方に縋れるほど、幼くはなかった。

 

(死んだ…死なせたのだ、私が…っ)

 

男の、気の抜けた顔が思い浮かぶ。

優秀な戦士だった。これから関係を築き、復讐の道を共に歩めるとすら思った。

 

(強くなってやるっ…もう誰の力も必要としない、強さを…!

忘れるものかッ…今日という日を…ッ!!)

 

決意は闇の中に溶け、意識もろとも沈んでいった。

 

 

 

 

 

前回までのあらすじ。

付き合いのある商人【凶星堂】から話を持ち掛けられた俺は、密輸業者の積み荷を強奪する事にした。

これは人間側の犯罪まで裁き切れない正規軍が、やむなく傭兵たちに許可した『合法の略奪』である。

合法だからしょうがないのである。

 

話を聞いた俺はさっそく密輸業者の足取りを掴み、運び屋として依頼を受けた男を殺して成り代わった。

変化の呪法と物理的な変装で欺き、懐に潜り込んだまでは良かったが…

 

(いやぁとんでもない事になっちゃったぞ。

まかいしちおう?の娘だっけ…捕まえたら取引できるとか…)

 

それでも動揺を隠して馬車の御者を演じ続けていたが、ついに3人だけになったのを見計らって、まず女の方から片付けた。

片付けたっていうか失敗して逃げられたんだけど。

 

仕方ないので男の方から倒します。今回は人間相手という事もあり、威圧感を与えたいのであんまり喋りません。

達人相手だと奇策や小細工を使いまくらないとキツそうだが、実は今回…奥の手を持ってきている。

凶星堂から買った【魔界賢者の眼球】という宝石で作ったペンダントだ。

これはジェト族の秘伝書に【見通す者の瞳】と記されているマジックアイテムで、簡単に言うと『魔力を込めて目をつぶると未来が見えます』という代物だ。

これさえありゃ楽勝…と思ったんだけどね。

 

俺はすっかり忘れていた。いくら未来が見えても、それに対応できるかは別問題ってことに。

しかも目を閉じると、一瞬で10秒くらい先まで見えちゃうわけよ。

そんなちょっと見えただけの光景じゃ、かろうじて回避に専念するのが精いっぱいっていうか、よくやったと思うよ俺!

 

「マジか…ッ」

 

ホント、『マジか』ですよね。我ながらよく避けられたと思う。うん。

 

「【魔人剣】も手負いではこの程度か」

 

ここで煽っておく。

これは次の手のため、相手に危機感を抱かせる必要があるからだ。

だから決してイキっている訳ではないっ!

 

…で、アイテムのおかげで奇襲をかわせたんだけど、1秒足らずで10秒の映像を見る訳だから、脳に負担が掛かって連続では使えない。

仕方がないので、基本技を使うように煽ってみる。

 

「小細工はいい。お前の目の前にいるのは、世界最強の戦闘民族だ。

最も身に付いている技を使え。死にたくなければな」

 

覚えてるかな、実は『魔剣術理』とかいう剣術は1度相手にした事があって、どうやらそれが基本技だったと後々分かった。

知った時は驚いたよ、だって全然視界に捉えられなかったもん。

 

ただまぁ、一度見た技ならなんとか回避できるかなって賭けに出た。

それに、以前相手にした【斬殺卿】ガルミラと比べれば、まだ遅い方だったし。

上手くいったから結果オーライだわな!ガハハ!

 

……はい?こんなとこで考え事してていいのかって?

そりゃアナタ、ちゃんとあの女の子を追ってますよ。

でもね、あの馬は俺が用意したもんだ。仕込みもしてあるんです。

あっ、ほら見て。あの半魔族の女の子、血まみれで倒れてる!

 

「う、ぐっ……」

 

馬に呪印を刻んで、俺から30メートル以上離れたら1分後に死ぬようにしといた。

馬には申し訳ないが、逃走手段を与える訳にもいかないのでご容赦願いたい。

ここは戦場で、俺たちは戦士なのだ。

 

「…んな、無様な失敗…何がプロだ…何が…」

 

女の子は心の中で反省会してるつもりみたいだが、ちょっと漏れてる。

なるほど、この歳で密輸なんてして生計を立ててるくらいだもんな。

そのプロとしての矜持は、今回の失敗で折れてしまったのか。

…悪い事したかな。

 

「ま、て…ザラハ、は…」

 

気まずいのでしれっと帰ろうとしたら足を掴まれた。

 

「え?あ、あぁ…あのおじさんかな…?ええっと…倒し…ましたね」

 

なんか仲良さげだったからハッキリ『殺した』とは言いづらい。

 

「死なせた…私、が…」

 

でも見抜かれた。当たり前か。

何かフォローでもしとくか…?

 

「いや…まぁ、ね。別にプロだろうが失敗はするもんですし…ね?」

 

リスクから逃げて傭兵やってきた俺も、何度かしくじって殺されかけた事はある。

予定通りに行かない事なんてしょっちゅうだ。

 

「失敗してもしれっとしてれば意外にバレないもんですよ。

そういう時すぐに気持ちを切り替えられるのも、プロなんじゃないすか…って」

 

気絶してる。

…何をやってんだ、俺は。

自分でハメといてフォローするとか…何がしたいんだ。

あーアホくさ、帰ろ帰ろ。

こういう後味の悪さは、寝て忘れるに限る。

 

〈つづく〉

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