吸血鬼を狩るダンピール、【赩の公子】が躍動する。
「貴様はここで殺す」
永遠を生きる残虐な武人、【不死公】が嘲笑う。
「殺す算段はあるのか?ええ?
無謀にも余へと挑むより、必死に余の不死身を解き明かせばよかったのだ」
不死公は死なずの肉体を持つ。その謎の正体はまだギルド側も把握していない。
ゆえに城の周囲を呪術師で囲み、様々な儀式を用いて解除を試みるも、未だ結果は芳しくない。
実は雇われている傭兵の中には封印術師もいるが、まだこの場には来ていない。
怖気づいたか、死んだか。あるいは今も、その隙を狙っているのか。
…どちらにせよ、彼はあのタイミングで攻めざるをえなかった。
慎重に事を運ぶべく様子を見に行った彼は、傭兵たちにトドメを刺さんとするイスフェルを目撃し、思わず飛び出した。
確実に倒せる方法を思いついていないにも関わらず、だ。
それでも一度挑んだからには、誇り高くこう言うのだ。
「当然だ。お前を殺せる」
真紅の刀身が舞い、触手のように自在に動く頭髪が切り刻まれた。
「ほう、整えてくれたのか。御苦労だったな、駄賃をやろう」
腕を振るっただけで壮絶な風圧が生まれる。
吸血鬼ハンターはその勢いに逆らわず、飛び上がって衝撃を逃がした。
「よくぞかわした。この程度で死なれてはつまらん…むぅ?」
己の髪を撫で、何かを理解したように含み笑う。
「髪の長さが治らん。通常ならすぐ一定の長さになるのだがな。
…その剣か」
「不死を斬る。そういう類のものだ」
言いながら、ハンターの姿が消える。
「また霧になったか。
たわけ、もうそれは見切ったわ!はァ!!」
イスフェルが体内の魔力を周囲に放出すると、そこから少し遠い位置にハンターが再出現した。
霧の状態だとあまりに軽いので、撥ね退けられてしまったのだ。
「近づけんか…!」
「どの道すぐに効果は切れるだろう。半端者の貴様ではな!」
「そこまで頼みにしているつもりもない。
対策されたのならば攻め方を変えるまで!」
強靭な脚力で瞬時に踏み込み、突きを繰り出す。
…が、あっさりとイスフェルに白羽取りされる。
「これが貴様の工夫とやらか?
やはり決め手に欠けているのだろう、焦りが見えるぞ」
「…ほざけ!」
刀身から突然棘が生え、イスフェルの手を貫いた。
「む、これは…」
「この剣は我が肉体の一部。多少は形の融通が利く。
…そして、肉体の一部という事は」
ジュルジュルという音が鳴り、剣が血を啜り始めた。
イスフェルは剣から手を放す。
「剣で血を吸うか…いよいよ化け物じみてきたな。
だがいいぞ、それでこそだ。ただの人間では余を殺せん」
「余裕を見せているつもりか?
だがそれは余裕ではない、危機感が足らんという事だ!」
ハンターは一気に切り込んでいく。
下手に刀身を掴めないため、イスフェルは少し面倒そうに対応し始めた。
「分かっているのだろう。棘に貫かれた手の傷は治っていない。
この剣はお前にとっての天敵だ。
それでもしぶといお前の事だ、完全に殺すには心臓を貫く必要があるだろうが…」
「…ククク。心臓、なぁ?出来るといいな?」
イスフェルは心底意地の悪い笑みを浮かべて言った。
ハンターはこの笑みをどう捉えたのか、闘志を昂らせたようだった。
「その驕りが魔族の急所と知れ。……行くぞ!!」
ハンターの姿がブレる。
「また霧か。芸の無い……何ッ!?」
ハンターの身体は無数の蝙蝠の群れとなってイスフェルを襲った。
「下らぬ、意表を突くだけの手品がァ!ヴォアアアアッ!!」
とっさにイスフェルは咆哮し、その衝撃で放たれた魔力の波によって群れを薙ぎ払った。
しかし、核の蝙蝠もろともにやられて元の姿に戻るはずのハンターの姿は無い。
死骸たちが溶け、闇になってイスフェルの背後に集まっていく。
「後ろだと?…まさかッ!」
ハンターは剣を構え、既に真後ろ。心臓の位置を狙い澄ましていた。
(核となるコウモリだけ霧になり、余の背後へと回ったか!
ダンピールごときが高位の能力を複合して使うなど、並大抵の集中力ではないぞ!?)
…だが、この期に及んでイスフェルは、ただ驚いただけだった。
なぜなら鍛え上げられた肉体は、既に回避の準備を整えていたからだ。
そして、ここであえてイスフェルは『避けない』事を選んだ。
(余の身体に心臓などないと知って絶望する人間の顔…さぞや見ものであろうなァ)
ただその愉悦のためだけに、決死の一撃を受け入れてみせたのだ。
それこそが、イスフェルがただの武人でない、残虐にして非道の魔族である所以だった。
「よっ、ほっ、はっ」
気の抜けるような声だが、光景はまるでそぐわぬ鬼気迫る有様だった。
煌めく髑髏の仮面を着けた少年が、ムカデの頭の上で華麗な足運びを取りつつ、剣を振るい踊る。
その速度ゆえに姿は捉えられず、赤黒い残光と火花を漂わせるのみ。
壱の舞【
参の舞【
伍の舞【
13の殺人舞踊は、既に6つまで直撃していた。
「はいこっからムズくなってくるよ!行ける?」
ムカデはこれに応え、キルエの身体を空中に跳ね上げた。
そして落下地点でイスフェルの影に巻き付いて動きを止める。
不定形の影は一瞬にして拘束から抜け出すが、回避する暇はもう無い。
漆の舞【
「着地!」
ムカデがすかさずキルエの身体を受け止め、キルエはそのまましがみつく。
捌の舞【
流れるような動きで連携する1人と1匹。
「キミめっちゃ良いねぇ!じゃあ次やる事分かるね?」
「シュアアアア…」
ムカデは影を空中に跳ね上げ、キルエは落ちてくる影の心臓に斬り付ける。
対空斬撃、玖の舞【
切り返しながら斬り、高速で後退する拾の舞【
続いて強烈な突進突きで敵を壁まで飛ばす、拾壱の舞【
明らかに自分の体格に見合わぬパワータイプの技を連発したため、肉体が悲鳴を上げている。
(ギリだったな…あとちょっと決断が遅れてたら、身体が限界を迎えてたかも)
飛び退きながら、心臓目がけて鉈を投げつけた。
当てずっぽうで構わない。拾弐の舞【
影の脆い防御を貫き、吸い寄せられるように心臓に命中した。
「はい、おしまい」
既に接近していたキルエは左手で心臓を掴み、右手を振り上げた。
「『呪われよ』」
左手の上から右拳を打ち付ける。
これまでに打ち込んだ12の呪いを励起させ、死の呪いを完成させる拾参の舞【
心臓はわずかにビクンと震え、ドロドロと溶けていく。
防護魔法による強化も再生能力も無視して、死が確定したのだ。
「フゥーッ……」
深く息を吐き、仮面を外す。
「バカな…これは!」
背後から剣を突き刺したハンターは驚愕した。
心臓が、無い。
「ク。ククク…言ったはずだ。余は死なぬ。
謎も解かずに余に挑んだ己の無謀を呪え!」
(やはり挑む前に、地下を調べておくべきだったか…!)
そう後悔こそすれ、実行には移さないだろう事が自身で分かっていた。
あの時傭兵たちの危機を目にしてしまった以上、助ける以外の選択肢は無かった。
(悔いるなら、吸血鬼を倒した時点で退かなかった己の愚かさをこそ悔いるべきだな。
感情に流された挙句が、目的も果たせぬままの野垂れ死にか。
…私のような業念の亡霊にはふさわしい末路だ)
思わず膝をつく。
「どうした。もう限界か」
ダンピールである彼が、魔力も足りない状態で吸血鬼として高位の能力である蝙蝠化と霧化を同時に併用したのだ。
精神的にも肉体的にも消耗が激しすぎた。
「…驕るな、と言ったぞ」
それでもハンターは立つ。
他者を踏みにじって顧みぬ、その在り方だけは許せなかった。
「おお…貴様こそまさしく勇者よなァ!
許せぬだろう、この余が!
だが…ク、ククク!正義の刃を振るう余力すら、貴様は持ち得ぬのだ!」
イスフェルは剣を引き抜き、ドンと胸を叩いた。
「…?」
そして突然不思議そうに首を傾げて…
「……!!!」
愕然とした。
「どうした…先程の長広舌は?私はまだ戦え…」
「ぐ、がぁああああっ!!?」
胸を掻きむしりながら、不死なる公爵は倒れ伏した。
「何事だ…?やせ我慢、だったのか?」
「…!……!!」
そんな訳がなかろう。と、言いたかった。
だがイスフェルは声も出せず、ただ苦悶に顔を歪ませた。
「見かけ以上に、追い詰められていたという事か…?」
(違う!余はまだ本気の半分も出してはおらぬ!!
こんな事で…こんな所で死ぬハズが無いのだ!!)
不死の術が解けて、現世の法則が適用されたイスフェルの肉体は死に瀕していた。
心臓の無い部分に血が溢れ出し、血流が止まっていく。
(余は不死なる貴族!永遠の中で力を増し続ける!
その余が…なぜ、こんな…馬鹿、な…!
だって、そんなはずがない…あの術が…封印が…解けるはずは…)
薄れる意識の中で無様にもがきながらも、現実にはその場から1歩も動けぬまま、最期にピクピクと小さく痙攣し、絶命した。
「…こうなった以上、もはや戦いの趨勢は決したか。
後は掃討戦となるだろう」
ハンターはイスフェルの首を落とし、城の上階へと上がる。
首を掲げ、その死を知らしめるために。
「死んだか?…まぁどうでもいいや。フフフ」
初めて死の呪いを完遂したキルエは、まるで脳の回路が開いたような清々しい快感を覚えていた。
蓄積していたはずの疲労や負荷も、まるで感じない。
まるで別物に生まれ変わったようだった。
「フ、フフフ…アハハハハあーーっ!!しまったぁ!!」
突然慌てだし、溶けていく心臓を両手で必死に掬おうとする。
が、もはや原型も無いソレは血溜まりでしかなく、指の間から零れ落ちるばかりだった。
「あっあっあっ!あーっ…」
心臓は消えて無くなった。キルエがイスフェルにトドメを刺したという証拠も消えて無くなったという訳だ。
(お、怒られる…ギルド追放される!どうしよう!)
ギルドが提示してきた条件は、『イスフェルの討伐、あるいは指定祓魔対象2体の討伐』であった。
(…1人はもう殺ってんだよな)
腰紐に吊り下げた【暴悪候】ネゼルの首を撫で、しばし考える。
(もう1人殺っちまうかァ~…?)
万能感と猛る血が、普段しないであろうその判断をさせた。
城内は破壊と殺戮の嵐が通り抜けた後、といった光景。
散乱する血と肉、壮絶なる破壊の爪痕。
「現実か、こりゃ…」
傭兵ギルドの人間も、巨人や魔獣を見た事があるのは現場経験の長い者だけだ。
「先輩はあるでしょ、こういうヤバい光景」
「あるにはある。が、これを人間がやったと思うと感じ方は変わってくるな」
戦いは全て終わった。
魔族の死体を踏み越え、傭兵たちが帰っていく。
「お疲れさんでした。迎えの大馬車あるんで、よかったら!」
「おう、お疲れェ!いやー殺した殺した!」
「楽しかったねー!あっ、また呼んでねこういう仕事!」
傭兵たちは酷い怪我を負っている者もいたが、一様に笑っていた。
いまだかつてない規模の殺戮に高揚しているのだ。
「勝ったんすね。マジで…」
「ああ。これはデカいぞ。
何しろイスフェルは魔族の中でも一目置かれているらしいからな。
人間の力でも対抗できると分かったのは大きな進歩だ」
「偉い人、無駄に死人を出すだけだとか言ってましたもんね。
ホント上手くいったからいいようなものの、無茶な提案でしたよマジで」
ギルドの上層部がそう言うのも無理はない。
魔族は国家として連携している訳ではなく、誰を殺したところで魔族全体にはほとんど影響を及ぼさない。
モチベーションもそれぞれでかなり違うため、七王ほどの名のある魔族を討てば、人間を恐れて襲わなくなる可能性もありえるとされてきた。
しかし何より、魔族全体の力を底上げしていると言われる魔皇を討つべきだ、というのが主流の見解だった。
「魔族内部の勢力図は、俺たちからしたらまだまだ分からん部分が大きいからな。
しかしイスフェルには前から目を付けてた。
コイツにゃ七王クラスの格があり、しかも手勢はごく少数。
こっちから正面切って挑めば、罠を仕掛けるような真似もしないだろうし、俺たちにとっちゃ良いエサだった」
「しかし、少数っつってもどいつもずば抜けて強いって評判でしょう」
「強いと言っても、所詮は軍団を作れずにあぶれた連中だ。
自分のためだけにしか生きられない奴らの集まりなんだよ…見ろ」
先輩職員が指さしたのは、舞踏場の入り口。
「ここにイスフェルが居たらしい。だが魔族の死体は他に無い。
誰も城の主を守ろうとすらしてないって事だ。入るぞ」
首の無い魔族の死体が転がり、ギルドの職員が担架で傭兵たちを運んでいる。
「う~わ、ざっくりイッちゃってますねコレ」
「不死の肉体が解けたって事かね。
呪術師たちが言うには、『どうして不死身なのかすら分からなかった』らしいが。
詳しい調査は後から入るだろうが、とりあえず調べてみんぞ」
「はい!…イスフェルを殺したあの人が言うには、地下が怪しいとか…」
「よし、行くか…」
「あ、あの」
背後から幼い声。
「はい何か…うわっ!?」
「あ?どうした……っ」
職員2人は絶句した。
「あ、お仕事お疲れ様です~…今ちょっとよろしいでしょうか~…」
12・3歳ほどの少年が立っている。
血を浴び、髪はわずかに立ち上がり、両目はみなぎる獣性に爛々と輝いていた。
「あの。ご注文いただいた『祓魔対象2人分の首』なんですが」
腰紐を解き、吊り下がった2つの物体を見せつける。
血が噴き出た跡がべったりと残る【暴悪候】の首と、両目をくり抜かれた【死眼卿】の新鮮な首であった。
「ご確認いただいてもよろしいですか?」
〈つづく〉