異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第27話 テレポート徘徊老人

魔族の実力者イスフェルが斃された事で、人類側の様々な作戦が動き出した。

その一環として、主要五王国の一国【キャメロット王国】における最高戦力、【円卓の12人】が出撃する事になった。

 

選抜されたのは絶技の弓手トリスタンと、円卓最強の男ランスロットであった。

 

…だがランスロットは王妃との不貞を咎められ、逃亡犯になっていた。

囚われ、処刑の日を待つ王妃の下に現れたランスロットは、警備していたガレス・ガヘリスを一蹴し王妃を奪う。

 

そこへ現れたのは、唯一ランスロットに拮抗しうる太陽の騎士、ガウェインであった。

 

大柄な騎士が、全身甲冑姿の男の首を掴んで白い王宮に飛び込んでくる。

 

「陛下、ただいま戻りました。ほらさっさと頭下げろ!」

 

「…チッ。逃げたんは謝りますわ。すんませんした」

 

少年の姿をした王が、苦々しい表情で吐き捨てるように答えた。

 

「もういいから…怒らないから出てこい」

 

ランスロットの背後から、女が気まずそうに顔を出す。

 

「は、はぁ~い、あなた…」

 

「お前らの罪はいったい保留だ。

ランスロット。テメェはトリスタンと一緒に南方に行け」

 

兜を被ったランスロットの表情は伺い知れない。

 

「…魔族か。喧嘩の相手としちゃ悪かないが」

 

「悪くはないがーじゃねぇの!!やるの!!王命です!!」

 

「そがいにギャアギャア言わんでよろしいがな、やりますわい!」

 

「じゃあとっとと行けよ!ほらトリスタンも!!」

 

「あーっす。行ってきゃーす」

 

騎士2人を追い立てた後、王は妻を睨んだ。

 

「お前はマーリン爺さんの介護でもしろ。

しばらくあの塔で暮らせ」

 

「えーっ…」

 

「生きてられるだけありがたいと思え!

それに、そもそもテメェの師匠だろうが!」

 

建国の父マーリンは、この島に【アルビオン】と名付けキャメロット王国を創立して以来、500年間生きている。

国政に関わりもせず、王宮の塔でひたすら魔道の探究に明け暮れているというが、円卓の者さえ立ち入って確かめた者は少ない。

塔の中を知るのは、数少ない彼の弟子くらいのものだ。

 

「わ、分かったわよ…でも、あの、ちょっとトイレに行ってから…」

 

「では、御同道いたします」

 

「えっ」

 

ガウェインに抱え上げられ、そのまま運ばれていく。

 

「ちょーっとぉ!離しなさいよぉ!トイレ行くのぉ!」

 

「逃げ出すおつもりでしょうが、そうはいきません。

きっちりマーリン様の面倒を見ていただきます」

 

太陽の騎士、無敵のガウェインがそう言うのならば、必ずそうなる。

 

「わ、分かりました…もういいわ、降ろして。

老いぼれの介護は、昔からやってきた事だもの。

王妃になってやっと惨めな生活から抜け出せたというのに、結局私はこうなる運命なのね…!」

 

大げさに悲嘆する王妃を、(じゃあ浮気すんなよ)と冷めた視線で見つつズンズン王宮を進んでいくガウェイン。

それから数分もしないうちに、マーリンの住む塔へ着いた。

 

塔は一見、物見台めいて簡素な石造りである。

王妃は『勝手知ったる他人の家』とばかりに魔法で鍵を開け中に入っていく。

 

「懐かしい…二度と来ないもんだと思ってたわ。

師匠~!私よ!またシモの世話をしに来てやったわよ!

……あら」

 

「…どうされました?」

 

王妃に目線で促されて入ったガウェインが驚く。

明らかに見かけと違う巨大な研究室が広がっていた。

 

だが驚いたのはそこではなく、気配の無さだった。

集中すれば森の中でも獣の種類と数を把握できるガウェインにも、人間の存在が感じられなかったのだ。

 

「誰も、いない…!?

まさか、マーリン様の身に何らかの危険が…!!」

 

「あぁ、よくある事だから心配しないで。

あの爺さん、よくボケてどっか転移しちゃうの。魔法で」

 

「だ、大丈夫なんですか!?」

 

「だ~いじょぶだいじょぶ!あの爺さんが死ぬようなら私らにはどうもできんて」

 

王妃のその言葉には、尊敬や悪意を超えた絶対の信頼があった。

 

「し、しかし…奇行が目立つとは聞き及んでいましたが…」

 

「ン百年生きてると思ってんの?そらボケますよ。

あの人いっつも私の事を『ギネヴィア』って呼ぶし」

 

王妃の名は、レイラだ。

 

「ギネヴィア…?聞いた事の無い名ですね。

どなたかと勘違いされているのでしょうか?」

 

「知らんわ。私、部屋の掃除するから…手伝わないなら出てってくれる?」

 

「あ、失礼いたしました。では、これで」

 

去り行くガウェインを、王妃は不機嫌に見送った。

 

「……本当に出てくのかよ。少しは手伝ってくれてもいいじゃないっ」

 

 

 

 

「フゥ~ム…実に爽快なものだな」

 

甲冑姿で首から奇妙な髑髏の飾りを下げた魔族が、馬に乗って悠然と闊歩する。

部下である魔族騎士たちも、折り重なった死体の絨毯を踏みしめて後を追う。

 

「完膚無きまでの勝利ですね」

 

「あのイスフェル公を殺したというので、最初は驚きましたが…」

 

「ああ。警戒させおって」

 

先頭の魔族は頷いて、槍を人間の死体に突き立てる。

 

「…この!ちっぽけな!猿どもが!」

 

繰り返し、何度も突き立てる。

 

「貴様らごときは!ただ我々に!搾取されておればよいのだ!!

それをッ…何を勘違いしたか、飼い主に歯向かいおって!!」

 

魔族たちの瞳は、怒りと嗜虐に燃えていた。

 

「…まぁ、いい。で?捕虜は?」

 

「はい、200匹ほど。兵士たちが、既に城へと送っている所です」

 

「ン~!これだけ殺してもまだまだ居るのが、人間の良い所だ!

おかげで毎日退屈する事が無い!そうだろう諸君?」

 

その問いかけに、悪夢じみた笑顔で応える部下たち。

 

「ええ、まさに!

偉大なる閣下の手にかかって死ねるのです。彼らも光栄でひょうっ」

 

長の魔族が思わず噴き出す。

 

「ハハハ、未熟者め!肝心な所で噛みおって!

馬上で長広舌を振るうにはまだ早かったようだな!」

 

答えは無い。

 

「…おい」

 

振り向き叱りつけようとして、絶句した。

 

部下の顔が、『捻じれて』いた。

 

「お…ご、ご…」

 

後をついてくる7人全員の頭部が異様に捻じれ、伸長していく。

 

「な…な???これは、いったい…」

 

そして、彼らの足元の死体に突き刺さった楔を見つけ出した。

楔には苦悶する顔が刻まれており、異様に発光している。

 

「これは…魔術か!?

おい、足元を見よ!楔の刺さった死体には近寄るな!」

 

咄嗟にそれを発見した眼力は見事だったが、遅すぎた。

 

「がばっ」「ぶぺっ」「ぶぎゅ」「がびゃ」「ぐげっ」「ぼごぶ」「びげっ」

 

部下たちの頭部は一斉に圧壊し、血と脳漿を炸裂させた。

 

「お…おのれ、人間の刺客か!?術者はどこだ!出てまいれ!!」

 

当然、答えは無い。

 

「く…舐めおって…!隠れているつもりか!?

この【棘死公】ジズベルドを侮ったな!」

 

ジズベルドは両手を広げ、叫ぶ。

 

「『抉れ』!!」

 

瞬間、死体で埋め尽くされた大地のあちこちから、黒い棘がせり出してくる。

それこそ、足の踏み場も無いほどに。

 

「死骸に紛れてコソコソと!逃げ切れると思うたか、戯け!!」

 

ジズベルドの背後から、死体を掻き分けて何かが跳び出す。

 

「後ろか!」

 

馬を見事に操ってその場で反転し、敵の姿を視界に収める。

その正体は、みすぼらしいローブで顔を隠した小柄な人間だった。

 

「その貧相な格好…呪術師か?

フン、珍妙な術を使いおって、よくも部下を殺してくれたな!

報いは受けてもらうぞ…死だけが生涯の望みとなるほどの苦痛をな!!」

 

槍の穂先を人間に突きつける。

 

「命乞いするか?それとも殺してくれと泣き叫ぶか?」

 

「……」

 

「答えぬか。ならばよい、まずは肩だ」

 

宣言通りに肩めがけ、槍が繰り出され…

 

「何ッ!」

 

呪術師はその槍を両手で掴み、へし折った。

行き場を失ったエネルギーを持て余し、バランスを崩したジズベルドは手綱を捌いて制動しようとするが、馬は嘶きながら転倒する。

ジズベルトは勢いよく馬の背から放り出された。

 

「馬鹿な!私が、落馬だとッ…」

 

落下するジズベルドが目にしたのは、切断された馬の右前脚。

 

(馬の脚を斬った!?あの一瞬で…ありえん!呪術師ごときが!)

 

受け身を取って衝撃を逃がし、槍を構える。

 

「今のは何の術だ?いちいち小細工ばかり…」

 

既に眼前。それでもジズベルドなら反応できたハズだった。

だがこの期に及んで、ジズベルドは相手を侮っていた。

たかが呪術師の護身術に、魔界武人である自分が遅れを取るはずはないと。

 

「速…ごぼッ!?」

 

予想外の速度に驚いた時にはもう、喉が裂かれていた。

続いて思い切り顔面を蹴とばされ、後方に吹き飛ぶ。

その時ローブの闇の中で輝く、煌びやかな頭蓋の仮面を見た。

 

(なんだ…アレは!いや、もはやどうでもよい。

もう油断はせん。トドメを刺しに間合いを詰めてくればその時殺す)

 

ジズベルドの脳が完全に戦闘モードへと切り替わる。

棘による広範囲攻撃という選択肢を捨て、確実な手段…死んだふりで待ち受ける作戦を取る。

魔族の頑強な肉体は、喉を裂かれた程度で息絶える事はないのだ。

 

(人間共もそれは知っている。だからこそトドメを確実に刺したいはずだ…!)

 

満身創痍に見えるその姿でも、人間が一歩でも不用意に近づけば、即座に死が訪れるだろう。

 

(…なぜ近づいてこない?)

 

霞む視界で敵の姿を捉え、唖然とする。

仮面の者は、何か呪文を唱えていた。

ふと我に返って周囲を見回すと、真横に倒れている死体に楔が刺してあった。

 

「この楔はッ…マズ…ぐ、が…!」

 

ジズベルドの顔が捻じれ始める。

 

(いかん、呪いが…!せめて増援を、増援を呼ばねば…!)

 

胸の首飾りに手を掛ける。

この魔笛は魔族にしか聞こえぬ周波数で、千里遠くの味方まで届く。

 

…が、声が出ない。

魔笛に息を吹き込もうとするたび、裂けた喉からひゅうひゅうと音が鳴る。

 

(ありえん…私が、人間なんぞに、こんな、無様な…!!)

「ぼひゅえ」

 

間抜けな断末魔と共に、【棘死公】の頭部は砕け散った。

 

「……おごッ」

 

それを見下ろす呪術師は、仮面を外して血の塊を吐いた。

素顔の少年は、萎える脚を無理やり立たせ、倒れた馬に近寄る。

 

「……ヴぅッ、ハァッ、ガぁうッ」

 

そして魔族の喉を斬ったそのナイフで馬を殺し、腹を裂いて臓物を取り出していく。

逸る手つきで肉を削ぎ落し、血の滴るソレを己の口に詰め込んだ。

 

 

 

「こ、これは…間違いなく【棘死公】ジズベルドだ。

本当に殺ったんだな」

 

「はい。まぁ…そうです。行けそうだったので勝手な事をしました、すみません」

 

「いやいや!予想外ではあったが、依頼した以上の成果だ!

流石は【不死戦役】で鬼神の活躍を見せた【忌み屋】キルエだな!」

…あ、報酬だったな。これだ」

 

「あ~助かります。

どうも、ありがとうございました!」

 

最後の台詞は愛想良く言ったつもりだったが、ギルド職員の顔が引きつったのを見て、失敗したと気づいた。

 

(顔洗うの忘れてた…っ)

 

キルエが普段卑屈な表情を浮かべるのは、それが彼自身の性情だというのもあるが、何より自分の顔が周囲に恐怖を覚える事を知っているからだ。

端正な顔に浮かび上がる獣性は、文明の中で生きる人々にとって野生の獣と遭遇したような緊張感をもたらすのだ。

 

加えて、生肉を喰ったばかりの血塗れの口元が、それを助長させる。

 

…が、今はそれを取り繕う余裕も無かった。

 

(無茶ぶりをなんとか乗り切ったら、次はそれが基準になる。

こんなファンタジーな世界でもブラック企業の法則が当てはまるとはね。

ま、俺は就職した事ないんだけど)

 

イスフェルとの戦いは大きな評判となって、この南方の大地【ゼスト・フォロボヤ】を瞬く間に席巻した。

そこに参加し大きな功績を挙げたキルエの名もまた大きく売れた。

…生粋の武闘派として。

 

(どいつもこいつも評判だけで依頼してきやがって。

おかげで戦う任務ばかり押し付けられて、いい迷惑だ)

 

血と悲鳴の中に身を投じるたび、彼は己の幸運を実感し震える。

 

(今日の任務はあの偉そうな魔族たちを本隊から引き離す事だった。

なのに無茶してまでアイツを殺しにいっちまった。

今日勝てたのは、本当にただ運が良かっただけだ!)

 

敵の油断、術による無茶な強化、地の利。

それらが上手く噛み合って、かなりの負担を負いながら辛うじて勝てたのだ。

それこそ、戦闘後に慌てて生の馬肉で栄養補給せねばならないほどに。

 

(今までより、無茶の回数が増えた。

そんで毎回なんとか生き延びて、そのたび後悔するんだもんな。

今も全身ボロボロで、身じろぎも苦しいってのに)

 

【命を殺す法】によってイスフェルの心臓を呪殺してからというもの、肉体の調子が格段に上がった。それもある。

だが何より、堅実な戦果では褒めてもらえない事に気付いてしまったのだ。

 

「あの子供が、例の…?」

 

「そうさ。俺、遠くからだけど見てたぜ。

アイツ馬を襲って、そのまま内臓貪り食ってたぜ!」

 

(内臓は食べてねーよ。くせーし汚ねぇもん)

 

「生首集めてるの見たぜ。ジェト族の風習じゃねえかな」

 

(術使うためのコストだっつーの。風習は知らん)

 

「うひぃ~怖え~!住む世界が違うわ!」

 

恐れ慄く風評を聞くたびに内心で反論しつつ、まんざらでもない。

何者でもなかった前世の自分から比べれば、恐れられるのはむしろ気分がいいのだ。

 

(あーヤバいヤバい。こんなんじゃまた無茶しちゃうよ。

いかんなぁ…運だけで生き残るのにも限界があるってのに)

「……ん?」

 

ギルド支部、エントランスのベンチに座る老人が目についた。

 

老いた傭兵は珍しい。

持久力に欠ける老人では、肉体的に有利な魔族が相手では危険だからだ。

達人であればあるほど、老獪であればあるほど、無茶せず早々に引退する。

 

「ちょっと。あの、ちょっと」

 

キルエの視線に気づいたか、老人が声を掛けてきた。

 

「あ、お、俺ですか」

 

「うん。あのね、ここ、どこだか分かる?」

 

「…どこって」

 

老いた目は異様に澄んでいて、一目で『ボケている』と分かった。

 

「おじいちゃんねぇ、ここは傭兵ギルドですよ!

バステ支部…バステって地名分かる?」

 

「傭兵ギルド……おん。南の方かぁ」

 

妙な言い回しだな、とキルエは思った。

バステはここ南方戦線では東に位置する場所だ。

この地を『南』や『南方』と表現するのは、内地…魔族との戦争から遠く離れた中央に住む人々だけだ。

 

「いやどうも、親切にありがとね。ワシはね、ワシは…」

 

若い手を皺枯れた手で包み、ぶんぶんと強く振った。

 

「ワシは…誰だっけ。ま、いいか。よろしくね」

 

高価そうなローブを纏った魔術師風の老人は、人が好さそうに笑った。

 

〈つづく〉

 

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