廃城ジェントを拠点とするのは、五王国連合軍第3師団・アルディ中隊。
付近を支配する魔族との戦闘で敗走し、この城まで退却してきた。
同じ第3師団からの増援が到着するまで、あと1週間。
城内全体に、いつ追撃が来るか分からない緊張感が漂っていた。
だが、その緊張を引き裂いて声が響く。
「ひぃいいいっ!!助けてぇえええ!!」
「……!」
城門の警備が角笛を鳴らす。
城全体がざわめきだした。
現れたのは巨人と、追い回される少年。
「た、た、助けてくださぁあああい!!」
物見台の兵が単眼鏡を覗いて溜息をつく。
「あのバカ、巨人連れて来やがった…!」
「【巨獣槍】、照準完了!」
「よし、引き付けるぞ。
……撃てぇえええッ!」
巨獣槍と呼ばれた兵器の砲身が火を噴き、装填されていた巨大な槍が放たれる。
「アガァアアアア!!」
槍は巨人の目を貫き、強烈な電撃を放出した。
致命的に脳を破壊された巨人は、撃たれた勢いのまま仰向けに倒れた。
「ひぃ、ひぃ、ひぃいいい…」
振動と轟音で少年が転倒する。
「転んでる場合か、早く来い!!
死んでるかどうか分からないんだぞ!!」
「は、はひぃ!」
少年は泣きながら城門に飛び込む。
警備の片方が少年を抱き留め、肩に背負っていった。
「…それで、キミは?」
城内の一室に通された少年は、中隊長アルディ・アレアによって尋問されていた。
兵士たちにとっては見慣れぬ、褐色の肌。
灰色の髪は目元が隠れるほど酷く荒れ伸びており、隙間から血のように赤い瞳が覗いている。
服装は原始的な腰蓑だけであった。
「あの、森の方でですね、暮らしていたんですけども。
ちょっと色々ありましてですね、その…森を出ざるを得なかったと言いますか。
あっまず名前ですよね!キルエといいます!」
その神秘性すら感じる容姿に似合わず、統一アルダー語でベラベラと身の上を語る。
「全く、余計な事をしてくれたもんだぜ」
近くに立っていた兵士がぼそりと嘆く。
「おい、そういう言い方は…!」
「事実でしょうが。火薬も魔石もギリギリだってのに…!
「それ以上は命令違反と見なすぞ」
「違反したらどうだってんです、軍法会議で斬首刑にでもなりますか?
魔族に殺されるよかマシかもな」
アルディが無言で眉間を揉み、沈痛な面持ちで遠くを見つめた。
「…あー、困らせて悪かった、中隊長殿。
ただ、そのガキは信用できねぇんだよ」
「そっすよ、この辺の原住民族なんて聞いた事がねぇ。
だいたいここは魔族の支配領域でしょうが」
「身なりだって胡散くせぇ。
肌の色も目の色も見た事ねぇよ」
度重なる敗走、蓄積する一方の疲労。
兵たちの間に鬱屈とした雰囲気が蔓延していた。
その流れが、この少年を呼び水として疑念を広げ始めている。
(兵の雰囲気が良くないな…。無理もない。
いつ始まるとも知れない戦闘、その度に仲間を失い傷を負う。
何より、
このままでは、援軍が来る前に…)
「…半魔じゃねぇのか」
誰ともなく呟く声。
魔族の血を引く者は肉体にその特徴が現れる。
特徴に関しては個体差が大きいため、普通の人間と見分けるのは難しい。
そして彼らはその生い立ちゆえに魔族に加担する者も多い。
「あ、あの…?」
困惑する少年。
(こうして見つめ合ったところで、敵か味方か見抜ける訳でもない。
…やむを得んな)
アルディは意を決した。
「キルエくん。今のところ、キミを全面的に信用できる証拠がない。
この城から出す訳にはいかないし、かといって城内を自由に歩かせる訳にもいかん。
悪く思わないでほしい」
「え?えっえっ?」
「彼を下の部屋へ連れて行ってくれ。
…乱暴にするなよ!」
「了解」
兵士たちはとりあえず納得した様子で、少年を両脇から抱え上げた。
「あ、あの?ちょっと?下ってどこです?
ちょっと~!?」
という訳で、俺は屋根のある住処を手に入れたのだった。
(うん…うんうん。悪くないんじゃないの、これ?)
確かに石造りの部屋で寒いが、一応毛布は大量に貰った。
周囲の明かりが壁の蝋燭しかなくて暗いが、ランプもある。
部屋から出られないので窮屈…というか完全に地下牢だが、それは我慢しよう。
(何しろ、ここならバケモノに寝込みを襲われる事が無いからな!)
最初に住んでた村外れの小屋ですら、ごくたまに怪物が近づいて来る事があった。
そんな時は音で察知し、バレないように小屋から離れて怪物が去るのを待つしかない。
その生活に比べれば、ここは落ち着いて寝られるだけ気楽なものだ。
…ただ。
「ううう…うがぁああああ!!」
「ぐぎっ、ぐぎいいいいっ」
隣や向かいの牢で、奇声を上げながら鉄格子を叩いたり壁に身体を擦りつけている男たち。
(戦場こわ~…やっぱ精神ヤっちゃう人多いんかな。
治してやったら静かになるかな…)
持ち物を取り上げる事まではされなかったため、鞄から秘伝書を取り出す。
(まず、目の前の男の病気を治せる術を教えてくれ…!)
念じながら紋様を見つめるが、何も浮かび上がってこない。
(…?4000年の叡智のくせに、精神病も治せないのか?
コイツの心を治せる方法あんだろ、出せよ!)
苛立ちながら念じると、朧気ながら何かが見えそうになる。
(ハッキリ見えねーよ!
…もしかして、俺の検索方法が悪いのか?)
例えば、病気ではないから【病気を治せる術】ではヒットしない。
しかし、【心を治す術】は存在するのでうっすら浮かび上がる。
つまり…状況に対しての正しい理解がないと、検索しても見つけられないのか?
(でも、病気以外っつーと…怪我?
反応無しか、じゃあ違うな…)
病気でもない、怪我でもない。そんなもんありえるのか?
現実的に考えて、そんなの……いや。
(俺、まだ前の人生の常識で考えてたな。
こっちの世界にならあるじゃねえか、
文字がギリギリ読み取れるかどうかくらいに明確になった。
(魔法じゃなきゃ、呪いか!?)
そして叡智は俺に応えた。
【軽い乱心の呪いを解く法】、その使い方が流れ込んでくる。
(これくらいなら、鞄の中の道具で何とかなるかも。
ちょっと発動してみるか…?)
「巨人はどうなった?」
中隊長が城内を回って兵士たちの様子を視つつ、副官に問う。
「は。死んでいましたので、槍を回収しました」
「それでいい。敵は?」
「今の所はまだ。しかし、今襲撃されれば…」
「厳しいか。動けん怪我を負った兵士も多い。
何より、例の奇病…」
副官は頷きつつ、書類を渡す。
「先生によると、呪いの可能性が高いそうです。
ただ呪詛の行使者も術の仕組みも分からないようでは…」
「そこが呪いの厄介な所だな。
あの戦いから帰ってきてから確認された病気だ、恐らく魔族の呪術だろうがな。
とにかく、今は魔法薬で病状の進行を抑えるしかないか…」
「意思の疎通もままならないほどの重症者は地下牢に隔離していますが、感染するタイプの呪いであれば時間稼ぎにしかなりません」
「とりあえず、重症者の様子を見に行こう。
あの少年の動きも気になるところだしな。
俺は先に地下牢へ行ってるから、先生を呼んできてくれ」
「了解」
アルディ中隊長の悩みは尽きず、こうしている間にも増えつつある。
彼としては直視すればするほど気持ちが落ちる状況だが、目を離せばもっと面倒な事になるのは分かりきっているので、こうして定期的に自分の目で現状を再確認する。
(とはいえ、階段をひとつ降りるたびに下がるこの気分は如何ともしがたいな…。
また起臥を共にしてきた部下たちの狂った叫びを聞かねばならんとは…)
しかし、地下へと降りた彼を迎えたのは、全く違う声だった。
「誰か来てくれ!」
「っ!…先に降りた兵士がいるのか?
どうした、今行くぞ!」
声の主は、地下に降りた訳ではなく、最初からそこに閉じ込められていた。
「…なっ!?」
牢の中で、興奮気味に叫んでいる。
「あっ、アルディ中隊長!
この子供が、俺を治してくれたんすよ!!」
正体不明の奇病に侵され理性を失っていたはずの兵士が、しっかりと立って話している。
「子供って…」
「あ、ども。へへへ…」
褐色の少年が、尋問時と変わらず軽薄に笑った。
「これはキミが!?」
「ええと、我が部族に伝わる秘術です。
そう、俺以外には出来ない術ですよっ!」
平静に言おうとしているが、自慢げな感じが漏れ出ていた。
口がニヤケている。
「いや、それはいいが…」
「さぁさぁ総回診の時間だぞっと…あん?
なんだなんだ、どうなっとる!?」
副官と共に、軍医が現れる。
「隊長、これは…?」
「この少年が、彼を治してくれたと」
「なんだ、呪いの正体も分からんのに治る訳なかろう!
それともまさか…」
軍医のその言葉で、場に緊張感が広がった。
「あれ?えっ?ど、どうしました皆さん?」
術の正体を知っている。
それはつまり、魔族の呪いに精通しているということ。
兵士に掛けられた呪いが魔族の術である、というのは推測に過ぎないが、状況から見て信憑性は極めて高い。
兵士を呪いから救った事が、皮肉にも半魔の疑惑を強めていた。
人間の軍に呪いを蔓延させ、そこに解呪者を送り込んで信頼を得させる。
悪辣で名高い敵将の策とすれば、中隊長にとっても納得が行く。
少なくとも、巨人に追われて偶然ここに来た少年が、たまたま兵士たちの呪いを解ける術師だった…という話よりは。
「な、な、なんですかその目はぁ!
いや俺、治したじゃないっすか!」
「まぁ待て。お前さん、呪いの正体を知っとるのか?」
「へ?い、いやそんなん言われても…普通に解除しただけで。
正体とか仕組みとか、考えた事もないっていうか…」
怪しい。が、怪しすぎた。
おおよそ敵軍に紛れ込んで信頼を得ようとするスパイには見えない。
「他の者も治せるか?」
「えっと、同じ系統の解呪法が使えるのは1日1回までなんすよね。
違う症状の呪いなら出来るかも…?」
「ふむ…そうだ、アレを持ってこい!
一度手にしたら死んでも離れない呪いの魔剣!
たしかどっかの魔族を倒した時に拾った奴!」
「あーありましたね、そんなん!
まだあるかな、気味悪いっつって捨てたような気も…」
果たして、その魔剣はあった。
柄を握ったままの腕とともに。
「ひっ…ななななんですかそれ!?
お、俺を殺しても意味ないですよぉ!!」
「そうじゃない。この魔剣の呪いを解けるか?」
「え?…ちょ、ちょっとお待ちを!
えーと、この剣の呪いを解く術ね…」
そう言うと少年は、妙に凝った装飾の巻物を取り出した。
「あ、あったあった。ええと術の系統は…よっしゃ違うやつだ!
ええっと、結構大変なんでいったんここから出してもろていいっすか?」
「……」
「逃げねぇっての!!アンタらがやれってったんでしょうが!!」
「出してやれ。必要な道具などは?」
「あー…両手で持てるサイズの木の枝、あとここの地面に文字描けるもの!」
「それだけか?」
コクリと頷き、魔剣を地面に置かせた。
持ってきた石灰石で、魔剣を囲むように円を描く。
「あぁ~フリーハンドで円描くのがいっちゃんムズい~」
ブツブツと言いながら、準備を進めていく。
「先生、どう思う」
「土着の呪術だろ?効果は未知数だが…それにしても、無条件で解呪は無理じゃろ。
理屈に合わんよ」
「ああ…それに、思っていたような神秘的な感じが全くない」
部族の秘術と呼ぶには、あまりに忙しない。
「えっとこっち向けて…剣の周りを回りながら、枝を左右に振る。
で、3周したら…【見えざる王、その臣たる我が請う。願わくばこの剣に再びの清浄を】~っと」
詠唱も雑だ。
「ヴンガラモンガラ…ポポイホイ!」
「おい適当に言ってないか!?」
その時。
「!!?」
空が見えないはずのこの地下牢に、確かに天から光が差した。
光は魔剣を照らすと、黒い瘴気を浮き立たせ…それを消し去った。
ミイラ化した手が、魔剣の柄から離れる。
「はい、終わりました」
「と、解けとる…呪いが解けておる!」
「ほ、本当か…?」
「疑り深いなぁ、ほらこの通り!」
少年は軽率に魔剣を持ち、ブンブンと振り回した。
「バッカ振り回すな危ねぇ!!」
「ひゅいっ!?ご、ごめんなしゃい!」
「…しかし、確かにこれはすごいぞ。
まさに万能の術だ!」
「そ、そうでしょ!?俺しか使えませんよ!」
アルディには、少年がスパイかどうか分からない。
だがどの道このままでは追い詰められていくばかり。
「せいぜいキミを利用させてもらう。悪く思わないでくれ」
「ふふ。構いませんよ、一向に。
俺の術はありとあらゆる呪いを打ち砕く、万能の……あああーっ!!」
「!?」
「神様にお礼の捧げ物するの忘れてたぁ!呪われるぅ!
あっあっあの、果実と生肉ありませんか!?」
「ああ…兵站の中にはあるが」
「すいません誰かついてきてください!
余計な事絶対にしないんで、ちょっとだけ食料いただきたいんですが!」
「…ついて行ってやれ」
少し落ち着いたかと思えばまた慌て始めた少年を見て、軍医が呟く。
「万能と呼ぶのは早計だったかのう…」
「だが、使える。この良くない空気を変えられるかもしれん」
中隊長はわずかに差し始めた希望に、半ば祈るような呟きを漏らした。
〈つづく〉