異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第28話 呪いの代償

今やその名は恐怖と共に呼ばれるようになったキルエ。

望まぬ戦闘任務ばかり押し付けられ、功名心と承認欲求に駆られて無茶を押し通すようになった彼は、今まで以上の負担を己に強いた。

 

死をわずか鼻先数センチに感じるほどの死線を超え続けて得られたのは、術や道具に費やされて消えるだけの金と、周囲からの恐怖の目。

彼自身、己の生き方の不毛さを感じていたところに、謎の老人が現れた。

 

「なんかね…ボーっとしちゃうんだよね。

そんでさ、あちこちトんじゃうの」

 

「と、とんじゃう?」

 

老人は明らかに常軌を逸していた。

 

「ま、それはいいや。ね、キミすごいね」

 

「俺ですか?す、すごいって何が…」

 

「呪いがさ、べったり付いちゃって取れないよソレ」

 

「え…」

 

細く筋張った指を、キルエの身体に這わせる。

 

「こりゃ死ぬね。マジで」

 

「えっえっえっ、死ぬんですか俺!?」

 

「あんま見たこと無いね。どんな呪い使ってるの?

このままだと身体ボロボロんなって、ミイラみたいになっちゃうよ」

 

「そ、そうなんですか?むしろ最近は調子いいと思ってたんですが…」

 

「慣れてきてるからね、呪いに。

でもペースが早すぎて追いついてないね」

 

キルエは一瞬にして理解した。

 

(死の呪いだ…【命を殺す法】の即死する効果を発動した時、何か身体が軽くなるような感覚があった。

あれは【呪いへの適合】だったのか!)

 

だが結局、即死効果が成功したのはあの1回だけだった。

キルエはもっぱら、【命を殺す法】を肉体強化の術としてのみ使用していたのだ。

 

(なるほど…死者を肉体に降ろして自分を強化するけど、その代償に呪いを受けてしまう。

でも即死効果を使う事で、身体が呪いに適合していくので代償を回避できる。

…それが【命を殺す法】の仕組みだった訳か)

 

正しい使い方をしなかったせいで、呪いだけが肉体に蓄積されていったという事だ。

 

(無茶のツケが来たかなぁ…自分で直せたらいいんだけど)

「…あの、えっと、なんとかなりませんかね?」

 

「んとね。問題が2つあんのね?

1つがさっきの、身体に残っちゃった呪い。

2つ目が、常に元気いっぱいになっちゃった身体」

 

「はぁ。つ、つまりどういう?」

 

「どんな術か知らないけどさ、それを使うと身体がよく動くようになるんだね?

これがさ、もう術を解いてるのに効果が残っちゃってるんだろうね。

だからずっと無理してて、身体がつらいよ~ってなっちゃってんの」

 

肉体強化の効果が抜け切れておらず、常時負荷が掛かっている状態にある、という事だ。

 

「最近調子いい割にすぐ疲れるなぁと思ったら、なるほどそういう…。

で?で?なんとかなりますか?」

 

「うぅん…見た事ない呪いだからね、ちょっと難しいよ」

 

老人の澄んだ目に、少しずつ活力が浮かび上がってくる。

 

「そうだな…質のいい聖水でも飲めば、多少は抑えられるけど。

ちゃんと治すには、そうだな…死霊系の呪いっぽいから、浄化がいいのかな」

 

「はぁ…あの、どうすれば…」

 

「神父さんとか頼ったらいいよ。

教会行くとか、軍に頼るのもいいね」

 

魔族の邪悪な罠に対応するため、聖職者が従軍している事がある。

邪悪と言っても『どの宗教がどの存在を悪とするか』によって対応できる術式に違いがあるのだが…

 

「ま、死霊はどの宗教でも『弔ってあげるべきもの』って扱いだから。

誰でも、優秀そうな僧侶さんとかでもいいから相談してみたら?」

 

「さ、参考になりました!すみません、わざわざ色々教えてもらっちゃって!」

 

「いいよ。似たような境遇だもんね。助け合いだよ」

 

「え、どういう…」

 

老人の姿は、初めから何も無かったかのようにかき消えた。

 

「…???」

 

 

 

 

 

「ったく、1人だとすぐ部屋散らかすんだから…」

 

薄暗く狭い一室、乱れたベッドや倒れた水差しを直して整える女は、他ならぬキャメロット王国の王妃レイラその人である。

 

王命から数週間経ち、ようやく広大な研究室を掃除し終えた彼女は、次に2階の生活空間を掃除する事にした。

塔の内部は空間が歪められており、研究室が城並みの広さを持つのに対し、2階の居室は中にいる人数に応じて増える性質を持つ。

 

「どんな部屋にもカスタムできるのに、なんでわざわざこんなクソ狭い部屋になってんのよマジで…!」

 

贅沢を覚えたレイラの部屋は修行をしていた頃より広くなっていたが、マーリンの部屋は変わらず質素なものだった。

 

「なんで私がこんな事…」

 

ぶつくさと文句を垂れながらも、慣れた手つきで部屋を綺麗にしていく。

元々孤児だった彼女は、彼女を拾ったマーリンの下で修行していた。

故に、慣れている。

 

「ああ~、掃除ありがとうねえ」

 

突然目の前に出現する師匠の姿にも。

 

「…今日は正気なんだ、珍しい」

 

「そうだね。

ごめんねぇ、長く空けちゃって。ちょっと引っ張られちゃってさ」

 

「は?なんて?」

 

「そうだ!久々に、似た境遇の人と出会ったよ。

彼は前世の記憶、僕は地続きの記憶、という差はあるけれど。

ともあれ、同じ世界から来た仲間と言える」

 

「……やっぱ正気じゃなかったわ。

もう、邪魔だから下降りてくれる?」

 

「うん、うん。ありがとうねギネヴィア」

 

「だから私の名前は…もういいわ」

 

「さーお勉強だお勉強!」

 

老人は何やら大声で歌いながら、ズカズカと下階に降りて行った。

 

「…だるっ」

 

己の師匠がいかに対応しづらい老人であったか思い出し、表情を萎えさせる。

 

「それよりダーリン…いつ帰ってくるのかしら。

向こうは人智の及ばぬ魔物の巣窟だと聞くけれど」

 

彼女が【ダーリン】と呼ぶのは夫である王ではなく、ランスロットだ。

 

(…ま、ここに居るよりマシか。

四六時中殺し合ってるこのイカレた王宮よりは)

 

王宮は【円卓の12人】による戦場だ。

何か理由さえあればすぐに殺し合いを始め、どちらが強いかを決したがる。

忠実なるガウェインとその弟ら、抑え役のペリノアがいなければ、今頃跡形も無く崩壊していた事だろう。

 

(ガウェインの弟といえば、アグラヴェインのスケベ野郎…!)

 

アグラヴェインはガウェインの弟で、謀略と拷問に長けた騎士だった。

彼は他人の不貞を盗み見るのが趣味で、ランスロットと王妃の不貞を知ったために殺された。

実力こそランスロットには遠く及ばぬものの、その恐るべき指揮能力にて円卓級に満たぬ騎士を操り、ランスロットに手傷すら負わせたのだ。

 

(傷のせいで遅れを取ったらどうしてくれるのよ!

あの顔に怪我でもしたらと想像するだけで…ああ、腹が立つ!)

 

この期に及んで死ぬ心配はされていない…王宮で唯一ランスロットを愛する彼女がしていないのだから、他の誰もその心配はしていない。

 

理由は単純、あまりに強いからだ。

 

 

 

 

「よくぞおいでくださった!私は傭兵ギルド代表、オストリンと申します!」

 

眼の細い初老の男が、甲冑の騎士2人に頭を下げる。

騎士の片方は長髪の美丈夫、もう片方は素顔の見えない兜を着けている。

 

「騎士は誓いを裏切りません。

既に現地の兵らとは合流していますので、いつでも出られます」

 

「それは頼もしいばかりです、トリスタン様」

 

「……」

 

顔の見えぬ騎士は、愛想も無くむっつりと黙りこくっている。

 

「ランスロット卿…ずいぶん機嫌が悪いようで」

 

「そ、そうなのですか?

いや、当然の事でしたね。護国に身命を賭す偉大な騎士に、国を離れさせてしまったのですから…」

 

「いやぁ、この人は多分…」

 

その沈黙も長くは続かなかった。

 

「挨拶も前置きも要らんわッボケェ!

どいつをブチ殺したらええんか早う言えや!!」

 

「すいませんね。押さえの利かないキチガイなもんで」

 

「あァトリスタンコラ?

わりゃいつの間にワシにそがいな口利けるようなったんじゃ?」

 

「こういう人なので、早く任務をあげてください。

どうせ指揮なんてできないんで、一兵士として使っていいですよ」

 

ギルド代表は眉を八の字にして苦笑いをし、頷いた。

 

「ではトリスタン様はまた後でお話しを。・

ランスロット様…会議室にどうぞ。早速お任せしたい仕事がございます」

 

「ここでええわ、早よ言わんかい!

しょうもない仕事じゃったらしごうちゃる(ぶん殴る)けの!」

 

「それは怖い。…では、説明させていただきます。

ギルドの計画では、イスフェルを討って魔族に動揺が走っている間に、立て続けに有力魔族を打倒するという事になっています。

ここで、思わぬ僥倖が舞い込みましてね」

 

「うだうだダラダラ喋りよってッ…」

 

ランスロットの両肩が持ち上がる。

 

「まぁ、お聞きください!すぐに説明しますので。

それでですね、次期魔王候補と呼ばれている魔族が2人居ましてね。

瞋獣(しんじゅう)公】トゥラトーラ、【蟲龍(とうりゅう)公】ザバダカというのですが、ザバダカが突然討たれたのですよ。

おかげでトゥラトーラ討伐に兵力を注げるようになったのです。

そこへ、あなたが居てくだされば勝ちは必至…」

 

円卓の騎士の腕力で胸倉を掴まれ、言葉が止まる。

 

「長いわボケェ!ソイツ殺せばええんじゃな!?

何じゃった、【瞋獣公】トゥラトーラか!首ィ持ってきたるわ待っとれ!」

 

「い、いえ、首は要らないんですが…それより地図と、ギルドの許可証を持っていってください!

後は向こうで…」

 

「っしゃ行くぞオラァアアアア!!」

 

ランスロットは獣のように咆哮し、剣を掲げて走り去った。

 

「…ま、あの方ならなんとかなるか」

 

 

 

 

「グググ…人間め…イスフェルを殺して付け上がっておるな。

まぐれで拾った勝ちがよほど嬉しかったらしい」

 

城塞の前に陣取った万軍を眺め回して、巨大な獅子が唸りながら嗤う。

 

「しかし…公爵級の魔族が次々と殺されているのもまた事実」

 

獅子の肩あたりから生えた山羊の頭が高らかに嘲る。

 

「くだらねぇ、くだらねぇなァ!

殺されたっつってもジズベルトだのザバダカだのだろ?

魔界の内乱でザコ狩って出世したような連中じゃねえか!」

 

尾代わりに生えた毒蛇がケタケタ笑った。

 

【瞋獣公】トゥラトーラはキメラ族の支配者だった。

混血が進み、源流も知れぬ魔族が多い中、キメラは神々の時代から純血を保ち続ける高位魔族である。

 

「…フン。俺に比肩する者はイスフェルを置いて他には居ない」

 

「そのイスフェルもやられているのが事実」

 

「どうせ人間らしく小細工を弄したのだろうよ!

その小細工に敗れたのだから、それまでと言われればそれまでだがなァ」

 

獅子が答えるでもなく低く吼えると、応じて獣の群れが跳び出す。

 

「蹂躙せよ、我が軍勢」

 

吼える獣が兵士たちの中へと飛び込み、暴れ回る。

 

「炎を打ち込め!炎で怯ませるんだ!!」

 

「恐れず1体ずつ潰していけ!

この戦の趨勢は人類の命運と知れッ!!」

 

数は人間側が圧倒的だが、それでも獣系の魔物たちが持つ膂力やスピード、巨体の前に少しずつ押され始めていた。

獅子は無情に戦況を見下ろし、瞳に蔑む光を浮かべた。

 

「ただの獣を仕留める事さえ手間取る人間ごときが、我が精鋭たるキメラ部隊に勝てるとでも思うたか」

 

少ないと言っても、トゥラトーラの部下はキメラ族の全て。

常識外れの猛獣が1万5000頭…たとえ5万の兵と戦ったとしても、その中に英雄たる資質を持つ者がいなければ容易に覆される程度の戦力差だ。

 

「距離を取り、複数で1体を潰す…基本は心得ているようだが、それだけだ。

少々勝ちを重ねて勘違いをしているようだが、熱が冷めれば残るのは恐怖のみ」

 

「左様。どれだけ粋がろうと、人間は魔族に勝てないのが絶対の事実」

 

「例の巨獣狩り部隊ならまだ楽しめたかもな。

だがこんな雑兵が何百匹集まろうが、地を這う蛆虫にも劣るってなァ」

 

…だが。

その戦力差は逆説的に、1人の英雄で覆り得るという事でもあった。

 

「…?」

 

並み居て押し寄せる兵士らの頭上を駆け抜け、最前線に斬り込む影。

頭頂部から脚の先まで余す所なく甲冑で覆われた騎士が、その見かけに似合わぬ軽やかな動きで同時に魔獣を2匹殺した。

ただの一太刀で、だ。

 

「…ほう。少しはやれるのが居るらしい」

 

トゥラトーラはわずかに口角を上げて牙を剥き、屋根から飛び降りた。

 

〈つづく〉

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