異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第29話 挑む者、その足を引く者

「知ってるか?

キャメロットのランスロット卿とトリスタン卿がこっちに来たってよ」

 

「知ってるに決まっとるわ!

公爵魔族を単身でぶっ殺したってもっぱらの話題だろうが!」

 

男たちは多くの老若男女と共に、ある施設の一室に押し込まれていた。

施設全体がみすぼらしく、時を経て傷んだままロクに補修されていないのが、壁を見ただけでも分かった。

 

「じゃあ誰殺したか分かるか?

なんとあの、【瞋獣(しんじゅう)公】トゥラトーラだぜ!?」

 

「それも当たり前だ。第3師団がここぞとばかりに宣伝してたからな!

…じゃあお前こそコレ知ってっか?【蟲龍(とうりゅう)公】ザバダカを殺したの、ただの傭兵だってよ」

 

「あぁ、イスフェルを倒した時みたいな…」

 

「じゃなくて!数人の傭兵…しかもその内の何人かはガキだってよ!」

 

「は?マジかよ!?すげえな、やっぱあいつら人間やめてるわ」

 

連合軍に属する一兵士である彼らは、傭兵たちに過剰な幻想を抱いていた。

もっとも、この頃の目覚ましい活躍を聞けばそれも無理は無い話なのだが。

 

「まさか俺らの生きてるうちに、連中が死んだって話が聞けるとは思わなかったよなぁ。

こりゃ、マジで流れ変わってきてんな」

 

「おうよ。こんなとこで、ケチな呪いにやられてくたばってる場合じゃねぇぜ!」

 

呪い。そう、彼らは呪いに侵されていた。

彼らだけではない、この場にいる全ての人間が何らかの呪いを受けている。

 

「…にしてもまだかよ。

このまま待ちぼうけで死ぬなんて御免だぜ」

 

「馬鹿言え。ここの教会は司祭様がお1人で浄化をしてらっしゃるんだ。

自分じゃどうにもできねぇジジババやガキどもだってこんなに詰めかけて…」

 

「分かってるって、悪かったよ!

にしても1人でよくやるよ。毎日こんな人数来るんだろ?」

 

「そこはそれ、教会本部に認められた上級司祭様だからな。

腕は確かだ。その評判でこれだけ来てる訳だし…」

 

奥の扉が開く。

布と紙を持った少年が、声を張った。

 

「次!き…るえ?キルエ?って奴、入ってこい!」

 

「あ、お、俺ですか、ね…?」

 

おずおずと手を挙げたのは、褐色の肌の少年。

明らかに五王国民とは違う民族だが、この辺りでは珍しくも無い。

気が弱いのか、常に周りの様子をキョロキョロと伺っている。

 

「ハッキリしろよ、お前なんだろ!?

まぁいい、早く中に入…」

 

「待てッ!!」

 

入口を荒々しく開けて、2人の青年が飛び込んできた。

純朴そうな青年が、いかにも高慢な身なりの良い青年を背負っている。

 

「あ?なんだよオッサンたち」

 

「え、ええとですね…」

 

「無礼者ッ!貧民の小僧が僕に向かって…不敬だぞッ!」

 

背負われている青年が、色の悪い顔を振って必死に叫ぶ。

 

「訳わかんねぇよ。そこに名前書いて、立って待っとけ」

 

「きっ…貴様ぁ!僕を侮ってるな!?

見て分かるだろ、呪いを解け!」

 

「…だから、そこに名前書け。で、待て。

今はコイツの番だ」

 

少年が、異民族の方の少年を指差す。

 

「っ…そんな蛮地の土人など捨て置け!

何を置いてもまず僕の治療が先だろ、普通!」

 

「は?お前いい加減にしろよ?オッサン順番って分かるか?」

 

「貴様ァ!重ね重ね許しがたい無礼…!」

 

「もう止めましょうよ、坊ちゃん!」

 

にわかに騒がしくなった待合室で、兵士たちは様子を見ていた。

 

「なんだいありゃ」

 

「どこぞの田舎貴族の三男辺りだろ。

出世の目もねぇ家は、ダメ元で死んでも惜しくない奴を南方戦線に送り込んでくる。

場合によっちゃ、単に『精神修養のため』って場合もあるがな」

 

「ハ、精神修養ってか!?

戦場を武術道場か何かと勘違いしてんじゃねぇの?」

 

だがこの驚くべき推察は当たっていた。

彼はフリス家という小さな貴族の三男であり、わがままぶりに耐えかねた両親によって軍に入れられ、腫物扱いで閑職に回されていたのだ。

 

「あの、いったい何の騒ぎですか?」

 

奥の扉から女が出てきた。法衣を纏った清らかな美女。

 

「あっ、ダメだよシグレ姉ちゃん!

変な奴来てるから、隠れてて!」

 

少年の無礼な台詞を、貴族青年は咎めなかった。

どころか、見惚れていた。

 

「…あ、き、貴様がこの教会の司祭か!

この小僧に言い聞かせてやれ、身の程というものを!」

 

「え…?」

 

「姉ちゃん、こいつら自分を先に治せってしつこいんだ!」

 

当然とばかりにしたり顔で頷く青年に対し、司祭の表情は頑なになった。

 

「…それは、お引き受けしかねます」

 

「な、なんだと!?

貴様まで…分かっているのか?僕は貴族で…」

 

「順番、です。ここでのルールは私の決めた順番です。

見て分かります。重度の呪いではないし、後から来ている貴方をわざわざ優先する理由が全くありません!」

 

「な…よ、よくも…ッ!!」

 

青年が腰のものに手を掛ける。

彼を背負う従者らしき青年が慌てふためく。

 

「ちょ、それはダメ…」

 

その時診察待ちの客が1人立ち上がり、青年の髪を掴んで引きずり下ろした。

 

「うわっ、坊ちゃん!?」

 

「キミ。彼を連れて出ていきなさい。今すぐに」

 

「な、なんだ貴様ァー…僕は貴族の」

 

「あーッ!!」

 

不意に、兵士が叫んだ。

 

「ど、どうしたよ」

 

「アンタ、【獣剣】ボガか!?

名門ルプレ家の四男に生まれながら、自らの力で身を立てるために単身でここに来て、実際に不死戦役でも活躍したという…」

 

「活躍、ね。生憎噂されているほど立派なものじゃないよ、俺は」

 

男は苦笑し、青年らに目線で示す。

 

「で。帰ってくれるかな。キミたちがいると迷惑なんだが」

 

「し、失礼しました!ほら帰りますよ坊ちゃん!」

 

「う、う…クソッ!!」

 

従者に支えられ、貴族の青年はすごすごと帰っていった。

 

「帰してしまってよかったんだよね?」

 

「え?え、ええ。大した呪いでは無さそうですし、軍で配布されている聖水でも充分かと。

それより、ありがとうございました!」

 

「構わないさ、貴族として市井の人々を守るのは義務だからね。

それより見事だったよ。賄賂や差別意識で意図的に貴族を優遇する上級司祭も多い中、立派な対応だ」

 

「そ、そんな!こちらも当然の事をしたまでですから!」

 

「そうだぞ、姉ちゃんは偉いんだ。

俺みたいな家も金もないやつも助けてくれたんだ!」

 

一瞬の緊張から解放され、患者たちの雰囲気も穏やかだ。

呪いに侵されている焦燥と恐怖が、この物語めいた勧善懲悪に癒されたような感覚なのだ。

 

「あ、あの…俺の治療…」

 

褐色の少年は何か言いかけたが、雰囲気に負けて押し黙った。

 

 

 

 

「ランスロット卿にも困ったものだよ。

戦とみると脇目も振らずに突っ込んでいくんだから。

まぁ、公爵の首を持ってこられたら苦言を呈する事もできないけど」

 

「代表もお疲れ様です。しかし、これからですからね」

 

傭兵ギルド代表オストリンと、企画課で対魔族の作戦を推し進めるラモン。

2人は代表の執務室で極秘の打ち合わせを行っていた。

 

「当然だ。で、ホイス司教の方は…」

 

「なんとか交渉のテーブルにはついてくれそうです。

後はまぁ…どれだけ金ばら撒けるかに懸かってくるでしょうな」

 

「がめついからねぇ、聖職者は。

でも教会の兵を借りられれば、戦況はより有利になる」

 

「魔皇討伐に貢献すれば威光が広まる…とかなんとか言って、その気にさせますよ。

ドニの奴も各師団長との交渉をやってます」

 

「ドニは協力的ですか?大規模な作戦には否定的姿勢だったでしょう?」

 

「こうなっちまったら、あの人もさすがにイモ引いてらんないでしょ。

とにかく、なんとか各所まとめましょう!」

 

「この人類の危機に、今までまとまってすらいなかったとは…嘆かわしい。

よほど強い負け癖がついていたのでしょうね、我々人類は」

 

オストリンは皮肉に口角を上げ、笑おうとして笑い損なう。

ラモンは無感情な声で応える。

 

「…今は人間どうしで脚引っ張ってる場合じゃないっすから。

治安課と捜査課にも踏ん張ってもらわねぇと…」

 

「ええ。兵士たちの苦労に付け込み、麻薬を売り捌くような連中もいます。

一刻も早く人類の団結を実現しなければ、今後の戦いは厳しくなってくるでしょう」

 

 

 

 

 

「クソ、クソッ…バカにしやがって…!」

 

従者に担がれ、青年は屈辱を怒りの言葉に変えて口走る。

 

「坊ちゃん、アレは仕方ないですよ。

ちょっと強引すぎましたって」

 

「うるさいッ、恩知らずのバカが!

あの場は貴様が粘るべきなんだ!それをヘラヘラと…」

 

「だって…あの人貴族でしょ?名門だって」

 

「うるさいうるさい黙れぇッ!」

 

「しかもなんか四男?とか言って、坊ちゃんと同じような境遇…」

 

「口を閉じろぉおおおっ!!」

 

「うわわ」

 

腕をブンブン振り回して暴れるので、従者はやむなく飛び退いた。

支えを失った体勢を制御できるほど、彼は鍛えられていない。

 

「うげっ!き、貴様…よくもこんな…!」

 

「だって坊ちゃんが暴れるから…」

 

「うるさいっ!触るな!クソ、クソ、クソぉ…」

 

助け起こそうとする従者の手を払いのけ、青年はその場にうずくまってしまう。

 

「どいつもこいつも…僕をバカにしやがってぇ…」

 

思い返すのは、宥めすかすような両親の顔。

 

『ちょっとわがままが過ぎるんじゃない?

私たちだって辛いのよ…』

 

『これも己を鍛え直す良い機会と思いなさい!

軍で甘えた根性を鍛え直してもらうんだな』

 

(だって、今まで何も言ってくれなかったじゃないか!

なのに、兄さんが家を継いだら急に…!)

 

次に、兵士たちの迷惑そうな目つき。

 

『坊ちゃんね。あなたには我が大隊の名誉諮問官をお任せいたしますよ。

戦う必要はないんでね、砦でジッとしててくれればそれでいいんで』

 

(なんだよその目…僕だって来たくて来た訳じゃないんだよ!)

 

そして最後にあの男…【獣剣】ボガの経歴。

 

『名門ルプレ家の四男に生まれながら、自らの力で身を立てるために単身でここに来て、実際に不死戦役でも活躍したという…』

 

(なんだよそれ…あれだけの家なら四男でも遊んでいられるのに。

自分からこんな所へ来たってのか?自立のために?)

 

それが一番彼の癇に障った。

悪意どころか意識を向けられた訳でもない。

だが、その在り方がただただ不快なのだ。

 

「諦めましょうって、あんだけ騒いだらもう診てもらえませんよぉ」

 

「じゃあどうすんだよ…」

 

「は、はい?」

 

「僕の呪いはどうすんだって言ってんの!

ぼ、僕に死ねっていうのかぁ!?」

 

「だ、大丈夫ですって…戻って聖水貰いましょ、軍の人に」

 

「戻る!?戻るって、どこに!!」

 

青年がいた拠点は、つい最近魔族に襲撃されて壊滅した。

彼自身は早い段階で逃がされたが、報せによれば既に占拠されたという。

実のところ、大きな戦いでは人類側が立て続けに勝利しているが、各地の小さな拠点がその割を食っている状況にあった。

 

「そ、それはそうですけど…」

 

同行していた軍人らも別の魔族に襲撃され、青年たちは呪いを掛けられながらなんとかここまで逃げてきたのだ。

 

「こ、このままじゃ死ぬんだぞ!?」

 

「だ、大丈夫ですって!

別に今すぐ死ぬって訳でもないでしょ、聖水売ってる所探しましょう!」

 

「う、ううう…!!」

 

「坊ちゃん…!」

 

青年の怒りは、つまるところ『死にたくない』に集約されている。

普段の彼なら己の境遇を思い詰める事もないし、傲慢でもそれなりに面倒見のいい人間である事も従者は知っている。

 

「ま、周りの人見てますよ!

どっか路地裏でも行きましょ、目立っちゃいますよ…」

 

「うう…クソぉ…」

 

従者は主を助け起こし、そのまま近くの建物の隙間に入る。

 

「こんな薄汚い所で身を潜めて…屈辱だ!」

 

「だって坊ちゃんが暴れるから…あっ」

 

路地には、怪しげな旅装の先客が座り込んでいた。

 

「ど、どうも…」

 

「病気かい」

 

「へっ?」

 

「そっちの兄ちゃん、顔色悪いね」

 

旅装の男は、クツクツと低く笑った。

 

「え、ええ…まぁ」

 

「な、なんだっ!貴様のような貧民めが、よくも僕に…」

 

「良い薬、あるよ」

 

ぴたり、と悪罵が止まる。

彼は不安から抜け出したいだけで、本質的には相手の身分などどうでもいいからだ。

 

「気分が悪い時はね、これが一番よ。

スーッと効いてね、心も身体も軽くなる」

 

男は黒ずんだ指先で薬包を取り出し、青年に握らせた。

 

「お金はいいよ。初回は無料だから。

次もまた欲しくなったら、ここにおいで」

 

「いや、ちょっと…受け取れませんよこんなの!

こんな怪しげな…」

 

卑しい目がギラリと欲望に輝く。

 

「怪しくないって。最前線の兵隊さんにも好評よ?

今時の強い男は、コイツで痛みや苦しみを堪えてまた戦うの。

要は戦士の必需品ね」

 

「強い…男…」

 

元から、助かる手段があればそれに即座に飛びつこうとしていた彼にとって、その言葉は最後の一押しだった。

 

(そ、そうだ、僕は軍人!ならそれらしくするべきだな!)

「よ、よこせ!」

 

青年は従者を押しのけて、薬包を男の手からもぎ取った。

 

「フフフー…まいどあり。次もよろしく」

 

「あ、ま、待って!返品します!ちょっと!

駄目ですよ坊ちゃん、そんなの飲んだら…あっ!」

 

既に飲んでいた。

 

「あ、ああ…!」

 

「フゥ―ッ、フゥ―ッ…」

 

震えと心拍が激しくなり、空気を荒々しく吐呑するたび全身の血管が浮き立つ。

 

「は、吐き出してください!やっぱり危険な薬で…」

 

「あはァーッ…!!」

 

青年は突然のけぞり、奇声と共に肺の空気を全て吐き出す。

そして硬直したまま前のめりに倒れた。

 

「ぼ、坊ちゃん!」

 

従者が慌てて揺さぶるが、全く反応はない。

 

「そんな!起きてください!ねえ!嘘でしょ!?」

 

銅像めいて固まった姿勢で微動だにしない青年に、必死で呼びかける。

耳元で叫んでも、寝返らせても、頬を叩いても意識が戻る気配はない。

 

(まさか…死…)

 

その事象が脳裏をよぎった瞬間。

青年は突然目を見開き、全身で弓のような孤を描いた。

 

「ぐがァ!!」

 

「ウワッ!?」

 

続いて水揚げ直後のマグロめいて飛び跳ねる。

 

「おっあっあっ」

 

「ウワッ!?ウワー!?」

 

そして突然静止。そこからまるで逆再生のような動作で直立した。

 

「あわばばばばばっ」

 

「ウワッ!?ウワウワァーッ!!?」

 

従者は驚愕とともに飛び退き、数秒遅れて主の顔を覗き込む。

 

「い、生きてます…よね?よ、よかった…!

びっくりさせないでくださいよ、もう…!」

 

「……」

 

「さ、病院行きましょう!手遅れになる前に……坊ちゃん?」

 

「……」

 

青年の目には、失神する前にはなかった、まるで真鍮のごとく輝く乾いたギラつきがあった。

 

〈つづく〉

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