異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第30話 魔薬

「これは…!」

 

上級司祭シグレがただ1人で受け持つ教会は、その浄化の腕を見込んだ者たちで常にごった返していた。

自らの治療を優先しろと強要する貴族に対しても毅然と立ち向かい、同席した名高き傭兵【獣剣】のボガの手助けも借りて追い出した。

 

そして異民族の少年の治療を再開した。

 

「酷いですね…これは。

身体の奥深く、魂にまで根を張っている。

死者の念がしがみついて、あなたの生命力を奪っているのでしょう」

 

「それは…ヤバいんですか。

一応、自分でも色々対処しようとしたんですけど」

 

「まず経緯を教えてください」

 

「あの、ちょっと詳細を明かせなくて申し訳ないんですけど。

我が部族に伝わる秘術がありまして、その副作用といいますか。

他人の呪いなら解く術もあるんですけど、自分の術の効果はなかなか打ち消せなくて…困ってるんです」

 

シグレは眉を顰めた。

患者が何かを隠している事にでも、邪悪な呪術を心得ている事にでもない。

 

「土着の…しかも一部族の術となると、分析が難しいですね。

解呪できないとなると…対症療法しかありませんが…」

 

目の前の少年を救えきれない、その無力さに苦しんでいるのだ。

 

「ただ、そうなると完全な除去は無理です。

怨念の源泉は貴方の内にあり、これを消さない事には根本的な解決は…」

 

「そ、それで構いません!

とにかく急場を凌げれば、後は…コチラでなんとかします!」

 

「分かりました。では…」

 

「助けてくれぇええええっ!!」

 

入口から飛び込んでくる絶叫。

2人が診察室から目線を向けると、そこにいたのは追い出された例の貴族の従者だった。

 

「ま、またあなた方は…!」

 

「た、た、助けてくれ!今すぐ!」

 

「彼の呪いは微弱でした、聖水を買って少しずつ掛けてあげれば…」

 

「違うんだ!あの、俺、何が何だか…ぐぎゃっ!!」

 

従者は突然叫びながら倒れた。

その背後に、眼球が赤く染まった青年が立っている。

 

「あ、あの人…!?」

 

「ウフ。ウフフ」

 

奇妙な笑い声を上げながら、剣を握ったままフラフラと入ってくる。

患者たちが慌てて避けて道が出来た。

 

「……」

 

だがその道の真ん中に腕を組んで立つ男がいた。

 

「なんだ、そのザマは。それでもキミは貴族なのか?」

 

【獣剣】ボガが、呆れたように呟いた。

 

「フフフアハハハ!見える。見えた」

 

青年は訳の分からない言葉を吐き散らしながら、剣を振りかざす。

 

「いい加減にしろ!!」

 

ボガは叫んで、一気に間合いを詰め、剣の持ち手を抑えた。

 

「…!?」

 

そして、青年の腕力に驚いた。

明らかに鍛えてもいない若者のパワーではなかった。

 

(彼はどう見てもまともな訓練も受けていない。

なのにこの腕力は何だ…?)

 

だがいずれにせよ、ボガにとっては関係の無い話だ。

 

「ぐ、が、が…!?」

 

ボガが腕に力を込めると、青年は無茶な腕力で無理やり脱そうとする。

しかし巧みに勢いを利用され、くるりと宙を舞って地面に叩きつけられた。

 

「がぁッ!」

 

「よし、抑えた!司祭殿、ちょっと来てくれ!」

 

「は、はい!」

 

浄化者は時に医療の知識も求められるため、その見地も持ち合わせている。

 

「どう見る?」

 

「これは…麻薬、でしょうか?」

 

「やはりな。…貴族ともあろう者が、嘆かわしい」

 

ちらりと従者の方を見る。

 

「お、俺は止めたんです!でも坊ちゃんが無理やり!」

 

「しかし、さっき出て行ったばかりで、こんな!

教会の前でなんという冒涜!…そ、それに」

 

「いかがした、司祭」

 

シグレは耐えがたい邪悪に、思わず吐き気を催した。

 

「の、呪い…強い呪いの気配を感じます」

 

「それは、麻薬に含まれていたものか?」

 

「はい。呪いによって薬効が強化されているものと思われます。

【戦士の骨粉】と呼ばれる、近頃この辺り一帯で広がっている麻薬かと…私もこの目で見るのは初めてですが」

 

薄く細い掌から、神聖な光が放たれて青年の身体に吸い込まれていく。

 

「悪しき業よ、この者の血から退きたまえ…!」

 

そのたびに青年は苦しげに悶えるが、ボガがガッチリ抑え込んでいる。

 

「話によると、兵士たちにまで蔓延しているとか」

 

「戦いは恐ろしいものだ。

その恐怖から逃れるため、薬に逃避する者が出てもおかしくはあるまい」

 

「でも、こんな…人類のため、日々命懸けで戦う兵士の皆さんを!

あろう事か同じ人類が毒牙に掛けるとは、許しがたい悪徳です!」

 

「その通りだ。だが呪いにまつわる麻薬だろ、魔族が流してるって事は?」

 

「そんな噂もあります。

魔族が人々の繋がりを絶つために、裏で糸を引いているのだとか」

 

「……」

 

そこからは、もう誰1人喋らなかった。

ただ粛々と青年の体内に巣食う呪いを祓い、ベッドに寝かせた。

 

…否、その間に声を上げた者が1人だけ。

 

「あの、俺は?

浄化の方はしていただけるんですよね…?」

 

「…え?あ、ああ…そ、そうですね」

 

上の空だったシグレは慌てて褐色の肌に触れ、浄化の光を流し込んだ。

 

「…お、おおっ。き、来た来た来た!」

 

何か暖かい幸福感が、全身に満ち満ちていくようだった。

 

「これを心地よく感じるという事は、あなたの肉体は生者の側にあるという事。

苦しく感じるようなら手遅れでした…完全にアンデッドになっているって事ですから」

 

「ひょっとして、ギリギリでした?俺」

 

「どうでしょうね…あ、また明日も来てください。

何日か掛けて浄化していきましょう。もちろん、先ほども言ったように根本的な解決には…」

 

「わ、分かりました」

 

治療を終えたシグレは、がっくりと項垂れた。

疲労ではなく、人の悪意を痛感したが故だ。

 

「…次の方、お呼びして」

 

「お、おう。次、次は…」

 

 

 

その日の夕方。

 

「営業の調子はどうだ?」

 

森の奥に放棄された屋敷には、ある犯罪集団が住み着いていた。

荒々しいスキンヘッドの男が、帰ってきた旅装の男に呼びかける。

 

「軍隊に入れられたっぽい貴族のガキがいましてね。

上手くすると、長いお取り引きができそうですよ」

 

「いいね!本国の連中は、魔族の恐ろしさを知らんからな。

軍に入って南方行きになっても、ちょっとハードな鍛錬とでも思ってんだろ。

そういうそういう考えの甘い貴族からはたっぷり絞れる」

 

彼らは以前まで大きい組織の傘下で薬物を売るだけだったが、最近は【戦士の骨粉】と呼ばれるオリジナル麻薬の密売に精を出していた。

 

「しかし、こんだけ粗いのに効き目は抜群なんでしょ?

いったいどういうクスリなんですかコレ」

 

「ちょっとした呪いでな、低純度なのに最高にキマるんだ。

作り方を教えてくれたあの爺さんには感謝せにゃな」

 

リーダーは、小さい罪で数か月逮捕されていた時、同房の老人からこの麻薬の製造方法を教わったのだった。

純度が高い麻薬は効き目も高く、故に値段も高い。

低所得者をターゲットにするような小さな組織は混ぜ物などをし、コストを削減している訳だが…

 

「純度なんてひでぇもんだ、4割も無ぇんじゃねぇか?

なのによく効くんだから、どいつもこいつも欲しがる。

ククク、おかげでボロい稼ぎになりやがる!」

 

「さすがはリーダーだよなぁ、全く神に愛されたお人だ!

…あれ、ダンジの奴はどこです?」

 

「ああ、お得意様からお代を貰いに行ってるよ」

 

 

 

 

「どぉも~。スミッソン・クラブのダンジでぇ~す」

 

ガラの悪い男が、大きな屋敷の門番に下品な大声で呼びかける。

 

「な、なんだお前?」

 

「料金の方頂きに参りましたァ~」

 

「馬鹿を言うな、町長がお前みたいな奴と関係など持つか!」

 

「…ふぅ~ん?ああそう、そういう態度取っちゃう?」

 

「はぁ?訳の分からん事を言ってないで散れ…」

 

「ま、待て!」

 

門の奥から、家令の老人が慌てて駆け付ける。

 

「いいから通しなさい。さ、早く…」

 

「え?は、はあ…」

 

門番の困惑をよそに、男はズカズカと家令に付いて屋敷へと入っていく。

 

「何を考えている!正門から入ってくるなど…!」

 

「いやなに、町長サンがあんまりお支払いを渋るもんだから。

俺忘れられてんのかな~って寂しくなっちゃってさァ」

 

「く、脅しのつもりか…!」

 

「ちゃんと払ってくれんならそれでいいんだよォ?」

 

「旦那様は今体調を崩しておられるのだ!

…よもや、貴様らの薬のせいではあるまいな!?」

 

チンピラは軽薄に笑い飛ばし、老人の耳元で囁く。

 

「だとしても、知ったこっちゃねぇな。

ヤクに溺れんのも、それで死ぬのも」

 

「クソッ、薄汚い野盗の分際で弱みに付け込みおって!

ここだ。少し待っておれ…旦那様!例の取引先です!」

 

寝室の扉は、静寂を固く守ったままだ。

 

「…御休みですか、旦那様?」

 

老人は迷惑そうにチラリとチンピラの方を見たが、ダンジはどこ吹く風といった様子。

 

「し、失礼いたします!」

 

自ずと急き立てられ、扉を開ける。

…部屋の主は、背を向けてそこに立っていた。

 

「あ?なんだよ起きてんじゃん」

 

「旦那様!こやつが押しかけてきて、料金を払えと!

隠し金庫から出して構いませんね?」

 

呼びかけながら老人が近づいていくと、町長はいきなり振り向いた。

 

「おッ…」

 

老人は驚愕の声と共に停止した。

 

「…おい?金はどしたの?カーネー!」

 

「お。ぼぶ」

 

喉から鮮血を噴き出し、老人が倒れる。

 

「……へ?」

 

「う。うふふ、ははは。真実。か」

 

町長は血塗れの口からうわ言を吐き出しながら、ダンジに飛びかかった。

 

「マジかよ…っ!

オ、オッサン、キメすぎだぜ。水でも飲んで寝とけ…」

 

「はははは!きゃは!うはははっ!!」

 

「ま、待て!来るな!来…」

 

 

 

 

 

「ふぅ…次の方、どうぞ!

あ、タロン。寝かせてる彼の様子見てきて」

 

シグレはほとんど休憩も取らずに浄化を続け、周囲はもう陽が沈みつつあった。

 

「えぇ~?大丈夫だって、ちゃんと浄化したんだろ~?」

 

「したけど、呪いそのものを解けた訳じゃない。

何が起こるか分からないんだから」

 

「はいは~い」

 

「あの、どうも…」

 

その時、入り口の扉を開けたのは褐色の少年だった。

 

「…あれ?キルエくん?

ええと、治療の続きはまた明日と言ったでしょう?」

 

「あ、いや、そうじゃなくて…」

 

少年が身体を逸らすと、謎の男たちがなだれ込んで倒れた。その数5人。

 

「みんな、目が真っ赤になってて…あの麻薬?の効果っぽいんですけど。

暴れてたんでとりあえず大人しくさせました」

 

「ヴぅ…」「ぐぎゃ…」

 

酷く打ち据えられたのか、凶暴に牙を剥きつつも呻く事しかできていない。

 

「ど、どうした事ですか、これは!?」

 

「暴動が起きてるんです!コイツらだけじゃなくて、もっといっぱい!

街中の方じゃえらい騒ぎになってて…!」

 

「失礼、治療してもらったばかりですまないが、彼らが……おっ?」

 

更に、ハンサムな若い男が暴れる者たちを小脇に抱えて入ってくる。

 

「街中で暴れていたのを捕まえてきたんだが…まだいたのか」

 

「こ、これは…いったい何が…?」

 

「ね、姉ちゃん!大変だ!

あの貴族のオッサン、なんか苦しんでる!」

 

そこへ手伝いの少年が駆けてきた。

 

「ええ!?…まさか、あの麻薬…!」

 

慌てて病室に行き、貴族青年の顔を確かめる。

そばには従者が立っていて、慌てふためいていた。

 

「あの、きゅ、急に苦しみだして…!」

 

「これは…やはり!

麻薬の中に、もう1つの呪いが仕込まれていた!

いや、むしろこちらが本命…!?」

 

「分かって来たな」

 

声に振り向くと、褐色の少年とハンサムな男がついてきていた。

 

「ボガさん、キルエくん…!?」

 

「麻薬は魔族が流した物…なんて噂もあったが。

この呪いを広めるためだった訳か」

 

「で、では、これも全て魔族の仕業と!?」

 

「クスリを流している連中に聞いてみれば分かる」

 

ボガは踵を返して教会を飛び出し、一歩進んで立ち尽くした。

 

「…なんだ、これは」

 

彼方から飛来する、巨大な石の悪魔たち。

 

「ガーゴイル…!」

 

脚で掴んでいる鉄の箱を投げ落とすと、中から魔族たちが溢れ出てきた。

 

「このタイミングで敵襲か。

なるほど…見立ては当たりという訳だな」

 

次々に投下される箱。中には建物を破壊しながら落ちてくる物もある。

 

「街外れでこの激しさなら、街中は相当にヤバいな…シグレさん!」

 

「え。…は、はい!!」

 

後を追ってこの光景を目にし、茫然としていた司祭が我に返る。

 

「俺は奴らを殺し、救援を呼んでくる。

その間に暴徒を浄化してくれ。そうすれば暴れなくなるんだろ?」

 

「そ、そうですね…凶暴化は抑えられるかと。

でも根本的な解決にはなりません。こうしてる間にも、あの貴族の人は苦しんでいた…肉体への負荷があるんでしょう」

 

「とりあえずはそれでいい。頼んだよ」

 

それだけ言い残すと、ボガは剣を抜いて…口に咥えた。

 

「AGHHHHHHHHH!!」

 

吼えると同時に両手足に光が凝集して、獣のように変化する。

そのまま四つん這いになって、凄まじい速度で魔族に飛びかかっていった。

 

それを見送る暇もなく、シグレは踵を返して待合室に戻る。

 

「し、司祭様!外はえらい騒ぎだよ!

いったい何が起こってるんだい!?」

 

「すみません、見ての通り非常事態です!

危険なので、治療が終わった方も外に出ないでください!

それと、治療は通常通り続けます!」

 

「い、いいのかよ姉ちゃん。

こんな時に治療なんてしてて…!」

 

「私にできる事はありません。

だったらせめて1人でも多く治療を…あっ」

 

ふと貴族の青年をほったらかしにしていた事を思い出す。

慌てて病室に行くと、褐色の少年が青年を押さえつけていた。

苦しんでいた青年は、脂汗をかきつつも眠っている。

 

「な、何を…?」

 

「あ、すみません。勝手に処置しちゃいました。

これでも呪いはそれなりに知識があるので。

といっても、痛みを軽減した程度ですが」

 

「…助かります」

 

「いえ、お役に立てて何よりです。

それにしても…これからどうなるんでしょう」

 

「暴走してしまった方たちは、ここに運ばれる事になるでしょう。

呪いの治療はここでしかできませんから」

 

「そうなると、今している通常の治療はできなくなると」

 

「それは、申し訳ありませんが…そうなりますね」

 

「そうですか…」

 

少年の目が、一瞬鋭く刃めいて光った。

 

 

 

 

万民に開かれたその教会は、普段とは打って変わって物々しい警備によって守られていた。

中には薬物中毒者がズラリと並び、苦しげに呻いている。

いずれもシグレの夜を徹した浄化のおかげで凶暴化は収まっているが、埋め込まれた呪いは未だ肉体を苛んでいるようだった。

 

ボガはこの事態を収拾するため、救援の兵士を連れてきた後に、またも飛び出していった。

 

「ボガさん…!」

 

シグレは己の疲労も顧みず、戦いに出た者を案じる。

 

「皆さんも、すみません…中毒者の人を浄化するので手一杯で、皆さんの呪いまで対応できず…」

 

予想通りいつもの治療まで手が回らず、患者たちは教会の中で事態の収束を待っていた。

 

「な、何をおっしゃる聖女様!いいんですよワシらの事なんて!」

 

「それより、本当に休んだ方がいいよ。顔色が…!」

 

「そうだぜ姉ちゃん!」

 

静かに首を振り、浄化を続行する。

 

「…ごめんなさいね、キルエくん。

あなたの浄化もほったらかしてしまって」

 

声を掛けようとして、その相手がいない事に気付く。

 

「あれ…」

 

「アイツなら居ないぜ。随分前にぶつくさ言いながらどっか行ったよ。

それこそ、ボガの兄ちゃんが1回帰ってきて、もう1回出てったくらいのタイミングじゃなかったかな?

あ、一応止めたんだぜ、俺!」

 

「そ、それで…彼はなんて言ってた?」

 

「よく聞こえなかったけど…『なんでいつも邪魔が入るんだ』とかなんとか…」

 

シグレは青ざめる。

 

「まさか、浄化してもらえないから痺れを切らして外に…?

だとしたらキルエくんが危ない!」

 

そして周囲を見回すが、救援の兵士たちは申し訳なさそうに目線を逸らす。

 

「あの、助けに行きたいのは山々ですが…正直、兵士の中からも発狂する中毒者が複数出ていて…ここを守るのと、魔族に対応するので手一杯で…」

 

「そう…ですよね。ごめんなさい、ワガママを言って」

(お願い…どうか無事でいて!)

 

無理を言った己を内心で叱り、せめてもの願いとして少年の無事を祈った。

〈つづく〉

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