異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第32話 神の救い

とある街で薬物中毒者による暴動が起き、それと同時に魔族の襲撃が発生。

何者かの作為と悪意を感じ取った傭兵【獣剣】のボガは、その黒幕を見つけ出すべく奔走する。

道中、彼を導く何者かの助けによって、空間の歪みに打ち立てられた虚構の塔を見出す。

 

一方、人を狂乱させる呪いの麻薬によって暴れ始めた者たちは制圧され、教会へと運ばれていた。

そして浄化の術を会得している司祭シグレが、ただ1人で治療していた…

 

「お、おい姉ちゃん。もうホントに休めって!」

 

既に浄化された中毒者が、体内に残る呪いで苦しむ呻きだけが埋め尽くす中、汗だくになって女は治療を続ける。

 

「そうです司祭様!暴徒はしばらく気絶させておけばいい!

まずはあなたが休憩して…」

 

「ダメです。意識が途切れても呪いの影響は続きます。

脳と身体の不整合は大きな負荷になるんです」

 

「しかし、それも一時の事!

処置できるあなたが倒れれば誰も…それこそ通常の患者も救われない!

そう考える事はできませんか?」

 

兵士の熱弁に圧されるが、シグレはそれでも頑なに頷かない。

 

「まだ数があります。休むにしても、もっと浄化してから…」

 

「頑固なのは変わりませんわね」

 

「…!?」

 

全く聞き覚えのない声に、兵士が驚いて振り向く。

目が細い法衣の女がそこに居た。

 

「エンディミカさん…!」

 

「ど、どちら様です?」

 

「神学校の同級生で…同じ上級司祭です」

 

「ええ。この街にはたまたま通りがかったのですが…大変な事になりましたね。

浄化の心得は私にも少々あります。任せなさい」

 

「で、でもまだ半分しか…」

 

「どうせもっと増えるでしょう?

ここで休んでおきなさい、私がもう半分くらいは片付けておきますから」

 

シグレは逡巡している間に押しのけられ、エンディミカが代わって浄化を始める。

 

「…ありがとうございます!すぐ戻ってきますから!」

 

「ゆっくり寝なさい。中途半端に休んで戻ってこられても迷惑ですので」

 

神学校以来変わらないその辛辣な言動に苦笑して、シグレは寝室へ向かった。

 

 

 

 

ボガの侵入によって魔族がそちらに引き付けられた隙を狙って、指揮する魔族【禁忌候】アストラスの首を狙うのはキルエ。

 

副官に化け、あと一歩のところで殺しかけるが…

 

「く…!」

 

蛇頭がカッと目を見開き、魔眼を解放する。

 

「金縛りの魔眼だ。ごく低級なもんだが…ま、使い方次第だな」

 

そして指先を細く鋭く尖らせると、先端から毒液が滴った。

 

「完全に動けねぇって訳でも無かろう。1発ぶん殴ったら解ける程度の金縛りだ。

…だから一撃で殺せる技が要る」

 

アストラスは秘術邪法に精通する呪術師ではあるが、本来は戦士だ。

彼が得意とするのは、魔眼で動きを止めてから猛毒の突きで即死させる、単純極まる戦法。

複雑な策謀や呪術を操る彼だからこそ、戦闘においてはシンプルな決め手が好ましいと考えているのだ。

 

「う…ご、け…!」

 

キルエは必死に、しかし緩慢な動きで、懐から武器を取り出そうとする。

髑髏の付いた杖が、その頭を覗かせた瞬間。

 

「させんよ!シャァーッ!!」

 

毒刺突がキルエの心臓目がけて伸びる!

同時に髑髏の装飾が口を開き、中から眼球が現れた。

 

「何!?それは…!」

 

魔眼の力が相殺され、中空で閃光が弾ける。

 

「杖に魔眼を仕込んでいたのか…悪趣味なことだ。

貴様、なぜ俺が魔眼使いだと知っていた。

でなければそんな杖、用意するはずがない」

 

「たまたまですよ。偶然」

 

それは真実だった。

 

「か、はァーッ…!」

 

キルエのナイフが、アストラスの心臓を貫いていた。

 

(こりゃラッキーだったぜ!

…奪った魔眼の活用法を考えておいてよかった~ッ!)

 

イスフェルとの戦いにおいて、【死眼卿】から抉り取った魔眼。

これを魔眼殺しのアイテムに加工したのは、ジェト族の秘伝書によるものだ。

 

(何か魔眼使いを何人も解体して発明したみたいに書いててちょっとグロかったが…ま、それはいい)

 

「ぐッ!偶然…そんなんで殺されちゃ、たまったもんじゃ…ないな!」

 

アストラスが身じろぎしたので、ナイフを抜かずにそのまま蹴り飛ばす。

 

「ぐがッ!…悪あがきすらさせてくれん、とは…勘の良い、人間だ…」

 

そう言い残すと、胸を引き裂くようにしてナイフを抜く。

毒混じりの鮮血が噴出し、床を焼いていく。

 

「危ない危ない。やっぱ体液が毒だったか~」

 

キルエが殺伐たる場には似合わぬほど呑気な口調で呟くと、地が揺れ始めた。

 

 

 

 

 

「…読めてんだよォ!」

 

狭い廊下、かわす隙間も暇も無い猛烈な鉄球。

歴戦ゆえに分かる。恐れよりも納得として、死の予感が心に染み入る。

 

(これまでか…!)

 

その時。

 

「なんだァ!?」

 

「うおおおッ!」

 

「何ッ、これは…!」

 

足元が崩落し、地面に叩きつけられるような錯覚があった。

それは眼前の2名の敵も同じで、茫然と立ち尽くしていた。

 

真っ先に我に返るのは、獣の野性をもって環境を正確に把握したボガ。

 

(ここは…さっきまでいた塔じゃない!

いや、最初から塔など無く…ここはハルファス修道院の跡地だった!

化かされていたんだ!)

 

そして敷地を異界化させていた術者…【禁忌候】アストラスの死によって、現実世界に引き戻されたのだ。

 

「…AGHHHHH!」

 

ボガはほぼ反射的に、棒立ちのゴライドに襲い掛かった。

 

「あ。し、しまっ…」

 

咥えた剣が、牛頭の魔族を牛と人に分割した。

 

「ッ…!?く、クソ…ボスが死んだってのか!?」

 

遅れて我に返った犀頭のゲブスだが、己が仕える主が死んだ現実に動揺が絶えない。

獣がそれを見逃すハズが無かった。

 

「いや、それよりッ…よくもゴライドを!」

 

槍を繰り出すも後手に回り、背後を取られる。

 

「ぐぎゃああああッ!!」

 

ボガはすっくと立ちあがり、後ろから抱き締めるようにして爪で胸を切り裂いた。

血を振り撒き、魔族は絶命した。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

剣を取り落とすと、手足の獣化が解除された。

呼吸を整えながら周囲を見回すと、そこは初めから修道院の残骸だった。

魔族たちは死体か、あるいは術が解けた衝撃で気絶しているようだった。

 

(運が良かったのか、俺は?

…いや、あるいは獣のように鋭い感覚の持ち主は、混乱も最小限で済むのか。

単に俺とコイツらが図太いだけかもしれんが…)

 

剣を拾い上げて前を向き、更に気付く。

小さな影が歩き回っている。

 

「おい!お前はいったい…」

 

「はい?…おお、よかったご無事で!」

 

それは褐色の少年。シグレの患者の1人であった。

 

「ちょうどいいんで、気絶してる連中を処理してます。

手伝っていただけます?」

 

「ま、待ってくれ!俺をここまで導いたのはキミなのか!?」

 

「ええ、1人より2人の方がいいでしょう?

だから手伝ってもらおうと思って」

 

「キミはいったい…ええと、キルエと言ったか…」

 

その名。聞いた時から、妙な引っかかりを感じていた。

 

「分かりませんか、俺。

一緒に仕事をした事もあるんですが」

 

「一緒に?傭兵か?だが、キミの顔など一度も…いや。そうか!

共に仕事をしたのに一度も顔を合わせないとなると、かなりの大規模な作戦であるはず。

…キミがあの、イスフェルとの戦いで名を上げた【忌み屋】キルエか!」

 

ボガが聞いたのは、想像を絶する残虐な手段と異常な術法で標的を確実に仕留めるという、恐るべき怪人物の噂。

 

「それがまさか、キミのような子供だとは…」

 

「で、それはいいから残党を処理しちゃいましょうよ。

こういう奴らを生かしておくと、後々…ゴホッ!?」

 

少年は突然、吐血した。

 

「…ウッソぉ。ひょっとして、思ったより深刻だったり…ガハッ、ゲホッ!」

 

「大丈夫か!?

安心しろ、すぐに教会まで運んでやる!」

 

「お、お願いします。

あ、司祭さんには、外に倒れていたのを発見した…的な感じで説明してください」

 

「それは構わないが…何故正体を隠す?」

 

「いや、ほら…司祭さんに嫌われちゃうじゃないですか。

俺、評判悪いし」

 

子供離れした行動に目を剥いたばかりのボガは、そのあまりに幼稚で子供らしい理由に思わずクスっと笑った。

 

「そうか、そうだよな。嫌われるのは嫌だもんな」

 

「ええ、まぁ…悪名もそれはそれで傭兵としての箔が付くのでいいんですけど。

やっぱり、美人のお姉さんには好かれたいじゃないですか…ゲフッ」

 

「分かった分かった、キミの正体はシグレ司祭には隠しておこう。

さぁ、帰るぞ」

 

 

 

 

「はい、とりあえず今日の分は完了です」

 

「ありがとうございます」

 

事件が収拾し、中毒者たちが連行された後、すぐに教会は再開された。

今回の事で司祭としてのシグレの名は、素晴らしいものとして広まるだろう。

おそらく患者も更に増えるに違いないが、別に儲けが増える訳でもない。

 

そもそも教会は患者から代金を取らずに本部から送られる予算のみで経営されており、故に1日に取れる患者の数も決まっている。

もちろんこれを破り、大勢の患者を受け入れつつ代金を貰っている所もある。

だがシグレは完全無料でありながら、規定量を超えた患者を診察・治療し続けているのだった。

 

「…キルエくん、後何日ここに居られますか?」

 

「はぁ、特に用事はありませんが、いつまでも居る訳にはいきませんし…」

 

「本当は毎日継続的に浄化を続けたい所なのです。

…が、正直これ以上は牛歩になります」

 

「浄化しても変わらない、と?」

 

「ええ。定期的に飲用できる聖水を摂取していただくとか、その程度しか思いつきません。

しかし、高品質のものでないと効き目が薄そうですし、費用対効果を考えるとほとんど無意味かと」

 

「……わかりました。じゃ、もう行きます」

 

「すみません、最後まで役に立てなくて…」

 

「いえ、そんな!実際、あなたがいなければもっとひどい事になっていたと思います。

お世話になりました」

 

少年は、未開の野蛮さを想起させるような目つきと風貌からは想像できぬほど、丁寧にお辞儀をして出て行った。

 

「お、おい…」

 

「はい?」

 

教会を出たばかりで、いきなり声を掛けてきたのはあの貴族の青年。傍に従者もいる。

 

「あらら。ちゃんと司祭様にお礼言いに来たんですか!」

 

「そ、それはそうだが…お、お前にもだ」

 

「え?なんで俺?」

 

「コイツから聞いた。俺が苦しんでいる時、処置をしてくれたと」

 

呪いの苦痛でもがく彼に、痛みを軽くする処置を施したのを思い出した。

 

「あ、ああ~そう言えば!

なぁんだ、良い心掛けじゃないですか!

お礼にお金くれてもいいんですよ?」

 

「今すぐには無理だが…」

 

紙を渡される。

貴族の紋章と署名が記されていた。

 

「これは【報恩の署名】という。

もし我が領地に来る事があれば、フリス家にそれを見せに来い。

色々と便宜を図ってやる!」

 

「お、おおっ!マジすか!ありがてぇ!」

(ラッキー!めっちゃ恩着せて100万くらい出してもらおっと!)

 

その邪悪な内心をよそに、青年は殊勝な様子でぽつぽつと喋る。

 

「…最初、貴様を押しのけて先に治療してもらおうとしたのに。

貴様は僕を助けてくれたからな」

 

「へへへ、それほどでも?

じゃ、ありがたくもらっておきますよ」

 

キルエはまんざらでもなさそうにフフンと鼻を鳴らして、紙を懐に仕舞う。

 

「……」

 

入口前にて、その様子を細い目の女司祭が見つめていた。

 

「なぁ…なぁ!」

 

「はい?どうしたのです?」

 

「いや…あんたシグレ姉ちゃんの友達だったよな?

中入ればいいじゃん」

 

「別にいいです。私の勝手でしょう?」

 

「でも、手伝ってもらったし…姉ちゃんだってお礼言いたいだろうし」

 

「まずはあなたのお礼が聞きたいですね」

 

「む…!」

 

つっけんどんにそう言われ、憮然としつつも深く頭を下げる。

 

「あ、あんがとよ、姉ちゃん!」

 

そして再び頭を上げた時、その女は消えていた。

 

「…あれ?」

 

 

 

 

何度目かの折衝を終え、傭兵ギルド代表とその部下、企画課のラモンが部屋を出た。

その時同時に、隣の会議室からも企画課の者が出てきた。

顔の片側を覆う火傷の跡が痛々しくも厳めしい男だ。

 

「よう、ドニ。どんなもんだ、軍のお偉方は」

 

「…ああ。別に、どうという事も無い。

元から魔族を倒すのが仕事なんだから、粛々と進めてる。

それよりホイス司教の方が大変だろう」

 

「まぁな。だが今日は向こうから使者を送ってきた。

結構乗り気だよ。ここが踏ん張りどころだ」

 

ホイス司教は複数の黒い疑惑を抱える男だが、意外にも慕われているのか、シュハラ教聖廟派でも屈指の勢力を誇っている。

 

「あそこの兵力は是非とも欲しいからな。

英雄も着実に揃いつつある今、数の暴力も揃えたいところだ」

 

「そりゃいい…結構な事だな」

 

火傷顔の男は大して興味も無さそうに手を振ってその場を後にし、ギルド本部に程近い邸宅へと帰った。

 

「…クソ」

 

部屋の魔法灯を点けて最初に口にしたのがその言葉だった。

彼は苛立っている。

 

「魔皇を滅ぼすだと?夢のような事を口にしやがって…!」

 

今のギルドは、後輩のラモンが作り出した『魔皇討つべし』の機運に偏っていた。

長く続き過ぎた戦争に、やっと見えた光明。彼にもそれは分かる。

だがそれでは困るのだ。

 

つい先日、麻薬によって多くの人間が狂乱するという事件があった。

魔族が仕組んだものらしいというのが分かってから、傭兵ギルドの捜査課も連合軍の治安維持部隊も、血眼になって麻薬組織を掃討し始めた。

 

その中には、彼が便宜を図っていた組織もあった。

今の所はまだ繋がりが暴かれる事は無かったが、これ以上多くの組織が潰されていけば、その内ドニの持つ後ろ暗い部分に辿り着くのもそう遅くない。

 

「何が、人類の勝利だ!ふざけやがって、何も知らない若造が…!」

 

不快げに火傷を撫で、吐き捨てる。

彼は元傭兵だ。多くの敗北を、多くの悲劇を、多くの死を見てきた。

 

(魔族は強い。人間より遥かに優れた上位互換だ。

くだらない希望に縋って、余計な真似をしやがって。

勝てる訳ないんだよ!人間が!魔族に!)

 

彼がかつて味わった痛烈な挫折は、そのまま彼の堕落を正当化させた。

 

(しかし、本当にマズい。このままでは…)

 

そして実際問題、彼は切羽詰まっていた。

現実逃避めいて、ふと今日の会議を思い出す。

 

『いやぁ、キミはとても慎重だね。素晴らしいよ!』

 

魔族を倒そうという風潮に乗り気でなかったドニを気に入ったのか、なんと五王国連合軍の元帥の1人がそう言った。

バロネリア帝国の軍を統制する、ドゥロワ・ネネル元帥。

誰も行きたがらないとはいえ、43にして連合元帥の地位を得て南方戦線の指揮を預かった才ある人物。

ついこの間までは魔術の研究をしていた学者に過ぎなかったというから驚きだ。

 

『悪いね、いきなりこんな事を言って。

だが、うん。今のこのノリ?風潮?僕もどうかと思っているんだ。

いやもちろん魔皇は倒すべきだ!しかしだね、熱くなりすぎてはいないか?』

 

この会議はバロネリア帝国軍との打ち合わせであり、すでに議題はあらかた片付けたため、ドニは適当に煽てながら聞いていた。

しかし。

 

『…ところでキミ、ちょっと顔色悪いよ?

いかんなぁ、健康は大事にしなきゃ!それとも心の問題かね?

何か切羽詰まった悩みがある、とか』

 

ここでドニの意識は一気に晴れ、背筋に冷たい汗を流しさえした。

 

『我が国に伝わるおまじないを教えてあげよう。

どうしても片付かない厄介な悩みを抱えている時の、最後の神頼みさ。

こう言うんだ…イーリスの花に天使の慈悲あれ、とね』

 

バカバカしい、とドニは脱力した。

おまじないとやらでどうにかなるなら、彼はここまで追い詰められていない。

 

…いないのだが。

 

「イーリスの花に天使の慈悲あれ…フッ」

 

言い切ると同時に、笑いが込み上げた。

 

(俺ももうおしまいか。この期に及んで神頼みとは…)

 

部屋の静寂が、圧力めいて心を苛む。

その屈折に耐えかねて、噴きこぼれるように笑いが漏れた。

 

「フ、アハ、ハハハハ!ハハハ!」

 

「何を笑う事があります?」

 

「ハハ…ハ?」

 

耳元で声。とっさに振り向く。

 

「幻、聴…」

 

「ではありません。聞こえますか。

私はあなたを救う者。天啓です」

 

ドニは愕然とした。

 

〈つづく〉

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