傭兵ギルドに属しながらも、密かに犯罪組織と繋がる堕落者ドニ。
しかしあるきっかけから次々と組織が潰されていく。
このまま連日の逮捕が続けば、いつか自分まで手が及ぶだろう。
そう恐れていた彼は、連合軍元帥との世間話で聞いた【悩みを解決するおまじない】を戯れに唱える。
そして…驚くべき事に、そのまじないを唱えた途端、虚空から声がしたのだ。
「聞こえますか。私はあなたを救う者。天啓です」
女の声。その源を必死に探すが、誰もいない。
「信じずともよい。ですが、あなたには助けが要るはず」
都市伝説的に語られる言葉や行為は、時に本物の効力を持っている事は稀にある。
これもその類だったか…しかしドニに考察する時間は無い。
「…あ、ああ。そうだ!
助けてくれ!」
「私は何もしない。ただ必ず上手く行く方法を教える。
それをあなたがするのです」
「お、俺の悩みは…」
何らかの魔術を用いた囮捜査の可能性を恐れ、口にするのをためらう。
彼の邸宅にはある程度の魔術防壁が張ってはあるが、それをすり抜ける術などいくらでもある。
所詮、魔術に対する根本的な対抗策などありはしないのだ。
「いいです。知ってます。
…あなたは、明かされたくない黒い繋がりを持っている。
それを消し去りたいのでは?」
「む…!」
その事実は自分以外知らないはず…などとは思い上がっている訳ではない。
ドニを怪しいと決めてかかって調べ続ければ、バレる事もありうる。
だがそれはそれで【詰み】だ。
神であろうと人間であろうと、魔族であろうとも関係ない。
ドニの黒い繋がりを知る以上は、その者に従うしかないのだ。
「…どうしろと、言うんだ」
「やり方を教えます。
どんなものであろうと、忠実にやり遂げる覚悟はありますか?」
「あ、ああ…どの道、このままじゃ終わりだからな。
それに、絶対上手く行く方法なんだろう?」
「そうです。かなり危ない橋を渡る事にもなりますが…堂々としていなさい。
絶対に捕まる事はないのですから。
さぁ、これから私の言う通りに…」
果たしてドニは、その声の言う通りにした。
猛火によって燃え上がる捜査課を、火傷顔の男が後にする。
「ハ、ハハハ…ハハハハハ」
乾いて震える笑い声は常軌を逸しており、明らかにこの怪事件への関連が疑われるが…それを見咎める者は誰もいない。
それどころではないからだ。
「だ、大丈夫ですかドニさん!?」
「ん?…あ、ああ。すまんね、茫然としてしまって…」
「下手人は?部屋に残ってた他の捜査官は!?」
「敵は窓から飛び込んできて自爆したよ。
みんな完全にバラバラだ…私も彼らのようになっていたかもしれん」
「そ、そうですか…」
職員の1人はガックリと俯き、ドニの手を引く。
「ともかく、こちらへ。
まさかこのギルド本部を強襲してくるなんて…魔族め!」
傭兵街アスム・セルナは幾度となく魔族の襲撃を受けていたが、今回は様子が違っていた。
街の警備が最も手薄で、警戒が甘いタイミングを狙い澄ました空からの奇襲。
しかも街には一切手を出さず、ギルド本部だけを集中的に襲っている。
「しかし、窓からだと?
…あの、ドニさん。敵襲が鳴ると同時にシャッターが閉まるはずでは?」
「いや。私もよく把握はしていない。
捜査課のオフィスを訪ねたばかりだったのでな。
ただ…シャッターが閉まり切っていないように見えた」
「誤作動、か…?
ともあれ消火が先か!でないと資料が全部…うわッ!?」
捜査課を覆う炎を裂いて、魔族たちが強襲してくる。
「皆さん逃げて!我々が対応します!!」
警備の兵たちがすかさず駆け付け、応戦する。
ドニら非戦闘員は、速やかに奥へと逃げていく…
「見たか?いや実際、見事な炎だったな!ハハハ!!」
ドニは邸宅の自室で、さも愉快そうに語り掛ける。
誰の姿も見えない虚空に向かって。
「そうでしょう。ただ人の少ない時間に爆弾を置き、その場を離れるだけ。
目撃者がいても全員死に、下手人は分からない」
だが確かに、女の声が返ってくる。
「そして手駒の組織を通して魔族に情報を流し、本部を襲撃させる。
これが同時に発生すれば、まぁ犯人は魔族という事になるでしょうね」
「しかし、そう上手く行くだろうか」
「行くでしょう、間違いなく。
何か大きな事実を誤魔化す時は、シンプルで過激なくらいのやり方で丁度良い。
…で、あなたが繋がっている連中は?」
「身を隠せ、と言っておいた。
しばらくは捜査どころではないだろうな!」
「それは重畳。では、次の作戦ですが…」
「ちょ、ちょっと待て!」
ドニは火傷で質感均一になった肌を引き攣らせ、笑う。
「目的は完了した。もうする事は無いぞ」
「いいえ。あなたは今マイナスからゼロに持ち直しただけ。
ここからが本当の願いでしょう?」
「な、何を…」
「戦争の終結は、あなたにとっても不利益となる。
決着を付けさせる訳にはいかない」
彼は企画課の職員として、多くの作戦を立案してきた。
その中には、ある一部の人間にとって都合の良いものがいくつもあった。
そういうやり方で便宜を図る事で、彼は不正な利益を上げてきたのだ。
「そうですね、例えば…ホイス司教との協定。
教会勢力が味方に付かなかったら、彼らは困るでしょうね」
「…あぁ、そういう事か。ハ、ハハハ…」
「ご理解いただけましたか」
「ああ分かったよ!アンタ、魔族か!
どうやってるかは知らんがこうして俺に接触し、スパイ役をやらせたいんだな!?
俺の弱みを握り、飴もくれてやって、信用してきたらいよいよ内通させるって訳だ!」
顔が見えていなくても『呆れている』とハッキリ分かる、大きなため息が返ってきた。
「違います。
違いますし、そうだったとして何か問題が?」
「なっ…はぁ?あるだろう問題は!
俺は傭兵ギルドの幹部で…」
「その幹部がした事は?
犯罪組織に加担し、魔族を呼び、施設を爆破する。
これ、立派なスパイ行為でしょう」
「しかし、それは……そうだが……」
「安心しなさい、あなたの利益と安全は保証しましょう。
まずは、ホイス司教を始末してしまいましょうか」
「し、始末!?殺すのか!?」
「そうですよ。それが終わったら実行犯に全て被ってもらいます。
そして死体にします」
「な、何人殺す気だ!?
そんな事を続けていたらいずれ…」
「ここは坂道。上り続けなければ落ちるだけですよ。
今まで楽をしすぎていたとお考えなさい」
「だ、だが…だが…」
必死に反論を紡ごうと頭を働かせる。
今や『無視する』という選択肢は消えていた。
「そ、そうだ!
あのホイス司教だぞ、警備厳重なアーバレス大聖堂だぞ!!
そこを突破できるような殺し屋が…」
そこまで言って、最近集まり始めている各地の名高い傭兵を思い出す。
ドニが傭兵をしていた頃には聞いた事も無かった、今までどこに居たのかと思いたくなる強者たち。
「…い、居たとして。
そんな奴を嵌められる訳がないだろう!?」
「なるほど、それはもっともな疑問です」
「だ、だろう?だから一旦待って…」
「ですが既にちょうどいい刺客を選定済みです。
…では、やり方を教えましょう」
キルエはギルド支部の待合室で1人掌を見つめ、吐き出した血を思い起こす。
(呪い…か。まさかこんな産廃だとは思ってなかったな)
彼の肉体は、【命を殺す法】を正しく使わなかった事により副作用を受けていた。
限界を超えて稼働し続ける肉体と、体内に蓄積する呪い。
(ともかく、これ以上はあの術を使えない。
戦う系の任務は全部受けないようにして、それから…)
しかしままならないのは、金。
(戦わない任務となると、当然大がかりな呪いや道具を使う場面が多くなる。
…これがまた金掛かるんだわ、いやホント。
どんな秘術だって、どんな道具の作り方だって、俺の秘伝書には書いてある。
だけどそれを使うには、多くの貴重な材料や手間暇が掛かる訳だ)
時には他人を雇い入れ、あれこれ道具やモニュメントを作らせる必要があるのだ。
そうして達成した任務で得られる額は、消費した金に釣り合わない時の方が多い。
(やっぱ戦う任務が一番金入ってくるしな。
今はまだ蓄えがあるが、ずっと戦わずに赤字を吐き出し続ければ…)
気が重くなる。
前世の彼に、『生まれ変わったらファンタジーの世界で傭兵になる』と伝えたらどうなるだろう。
こんな世知辛い苦境を想像できたとは思えない。
(結局どこでも金、金、金か…俺みたいなボンクラにゃ厳しすぎる世の中だ。
一発ドカンと稼いどかねぇと、腰落ち着けて考える事もできやしねぇ…)
「ちょっと、あの…いいですか?」
「え?…あ」
以前何度か世話になったギルドの受付嬢だった。
「あれ?ここの支部じゃなかったような…」
「奇遇ですね!転属があるんですよ、支部の職員は。
それより、大事なお話です!ちょっと…」
手招きされ、近づいていく。
「な、なんです?」
「大きな声では言えませんが、何やら重要な任務のオファーです。
ギルドの重役があなたを…【忌み屋】キルエをお呼びです。
カウンターに入っていいですから、奥の部屋までお越しください」
「…ほう?」
「いやぁ、悪いねわざわざ!」
重役の男は、厳めしい火傷面の割ににこやかだった。
「ええと、キミが【忌み屋】キルエかな?
あのジェト族の戦士と聞くが…」
「ええ、それ俺ですね」
「そうかそうか、間違いはないようだ。
私は企画部のドニだ。よろしく」
差し出された手を、キルエは何も分からぬまま握る。
「…忙しなくて申し訳ないが、さっそく本題に入らせてもらおう。
急を要する任務で、なおかつ誰にも知られる訳にはいかないのだよ」
「はぁ…それはいったい…?」
ドニは水を飲み、息を整えた。
何かを覚悟したかのように。
「ホイス司教の暗殺、だ」
「暗殺。司教の…うん?人間の、ですか?」
「そうだ、そうなのだよ!
しかも公的には犯罪者として扱われている訳でもない!」
「え…ギルドが、それをやるんですか?
いいんですかそういうの?」
「良くはない。だがやむを得ぬ事なのだ。
全ては人類の勝利のため、あの悪徳司教を排さねばならない!」
「えっと、犯罪者扱いじゃないって事は、証拠はないんですよね?
だって証拠あったら捕まえればいいだけだし」
ドニは苦々しく頷いた。
「握りつぶされるのだ。ことごとくな。
しかも魔族と本格的にコトを構え始めた今、教会勢力との敵対は避けたい」
「うぅ~ん…どうにもよく分かりませんねぇ」
「無論、報酬は出す。相当の額をな」
「いやいや、報酬の問題じゃ…」
「3000万バルケーだ。満額を、小切手でも現金でも望みの形で出そう!」
「えっ???」
キルエの脳内に、金貨が飛び跳ねる甲高い音が響いた。
「さ、さんぜんまん…?」
「そうだ。危険かつ重大な任務だ。
我々に出来るのは、誠意を見せる事だけ…!」
「い、いやいや。いくらギルドの頼みとはいえ、こんな不確かな任務…」
「これが先払いの1500万だ」
ドニの合図とともに、うずたかく積まれた金貨が運ばれてくる。
「あ、あわわわわ…」
「どうする。箱がいるなら用意させるが。小切手の方がいいかね?
ああそれとも、宝飾品の形で贈与しようか」
「あ、だったら宝石とかで……じゃなくて!
まだ信用できないと言っ…」
少年の小さな手を包み込むように握る。
「頼む!頼れるのは今やキミしかいないんだ!
世界最高の傭兵、魔族を滅ぼす大英雄たり得るキミしか!」
歯の浮くような煽てっぷりは、この案件の後ろ暗さをそこはかとなく感じさせる。
…させる、が。
「え…いや、それほどでも、ないですけど」
彼はその煽てに弱すぎた。
前世でも、生まれ変わってからも、誰1人として彼の存在を望んだ者は居なかった。
ちゃんとした大人に頼りにされるという状況に慣れていないのだ。
「偉大なる戦士にして呪術師よ。
キミの…いえ、あなたの力をお借りしたい!!」
「へぇ。…まぁ、いいですけど?」
「おお…おお!あなたこそが救世主だ!
ありがとう…本当にありがとう…!!」
「じゃ、前料金は宝飾品にして用意してください。
それ持って帰りますから」
「ああ、すぐ準備させよう!
それから、成功した場合や緊急事態の時は、ここに書かれた場所へ」
「ここじゃないんですね。分かりました」
「帰りましたね」
「ああ、しかし驚いたぞ。
いくら子供とはいえ、あんな口車に乗るとはなァ」
「ええ、それでいて戦力としては充分。まさにうってつけのカモ。
もっとも、彼には任務を『程よく失敗』してもらいますが」
「…フン、お前の話を聞いて始めは正直ビビったが。
なんのことは無い、ホイス司教に脅しを掛けるってだけだ」
「そうです。彼の戦闘スタイルはかなり残虐なようですし。
ホイス司教は恐れおののくでしょうね、自分の命が狙われたら。
そこで『魔族と戦おうとしたから狙われた』なんて噂を流せば…」
「臆病者の司教は協定など結ぶ訳がない。
…そうなれば完璧だが」
「なります。これは運命ですから」
「あの小僧の失敗も、か?
本当に妨害しなくていいのか?」
「ええ。…自ずとそうなるでしょう。
あなたはただ待っていればいい」
女の声は、確信めいてそう告げた。
〈つづく〉