あの突然の依頼から1日。キルエはゆっくりと考えた。
熟考に熟考を重ね…
(ま、金もらっちゃったし、やるか)
たっぷりと袋に詰まった宝石類を握りしめ、ほくそ笑んだ。
(しゃーないしゃーない。これから金要るし。
それに褒められちったしなぁ)
ギルド重役ドニの、わざとらしい持ち上げ。
『頼む!頼れるのは今やキミしかいないんだ!
世界最高の傭兵、魔族を滅ぼす大英雄たり得るキミしか!』
その不自然さに疑問を覚えぬ彼ではないが、必死さが嬉しかった。
(そこまでして俺を必要としてたのは事実な訳だし?
それに、ギルドの頼みならめったな事にはならんだろ)
言い訳で違和感を飲み込み、作戦を立てる。
(ま、とりあえずは偵察。そっから殺し方を組み立てるか。
戦闘にならないよう、慎重にやらなくっちゃな。
もし標的が殺しづらくなるような聖人だったら…バックレちゃえばいいか)
そもそも彼は、殺す相手を『なんとなく』で選別している。
【いい奴】なら可能な限り生かすし、【悪い奴】なら必要なくても殺す事さえある。
(もうあの術は使わないようにしねぇと、いよいよ死ぬわな)
そう、呪いの副作用も深刻だ。
(行ってみよう、とにもかくにも現場へ)
『標的に動きあり。おそらく大聖堂へ向かうつもりかと』
「うん。下見かな?
じゃ、後を追い掛けたら後は手筈通りに」
『了解』
水盆に顔が映り、声と共に頷くと、すぐに消えた。
「彼は暗殺に失敗し、慌てて逃げ帰る。
そしてドニくんを頼って会いにきた所を、囲んで潰す。
そういう計画だったね?」
「はい、そう吹き込んでおきました」
姿無き虚空から、女の声が響く。
「じゃ、その時一緒にドニくんも消しておいてね。
色々動いてもらってなんだけど、ついでだから。悪いね」
「はッ」
この謎めいた策謀を巡らす男は?
「全く回りくどいったらないよね。仕方ないけど。
ほら、連合軍元帥が関わってるってバレたらマズいからさ。
全部ドニくんに自分からやらせて、終わったらポイが一番楽なのよ」
連合軍、バロネリア元帥。ドゥロワ・ネネルである!
「しかし、随分とお調子者の子供でしたね。
話に聞くジェト族とやらも、幼い子供ではあんなものですか」
「んー、皆が集めてくれた情報ではそうかもね。
だけどほら、僕はあの村と直接関わりがあるからさ」
「傭兵部族…でしたか。
あの歳で傭兵として名を馳せるくらいですから相当のものではあるのでしょうが…その、私にはどうしてもただの子供にしか見えず…」
「アッハッハ!確かに、なんか普通だよねあの子!
でも知ってる?彼はね、村にすら入れてもらえなかったんだよ。
忌み嫌われていたのさ」
ドゥロワはさもおかしそうにくつくつと笑い、ヒゲをしごいてピンと立てた。
「それゆえの
【死神の胃袋】と呼ばれる森でただ1人生き延び、ああして戦場で名を上げた。
それって実際、驚くべき事実だよね」
「なるほど。それゆえに、我ら【薔薇の猟兵隊】を全招集なさった訳ですね」
「ああ…彼はたぶん何も知らないだろうけど、念のためね。
ジェト族は皆殺しにしておかないと、さ」
「お待たせいたしました、ネネル閣下」
「おお、遅いよぉ。で、キミはどうだった?
生で彼を見た感想は!」
新手の女の声。ただしこちらには姿がある。
「かわいらしい子でしたよ。
血の匂いをプンプンさせた、ね」
そう言って微笑むのは、細い目つきの女司祭。
「【薔薇の猟兵隊】エンディミカ・シュオン。
ただいま到着いたしましたわ」
アーバレス大聖堂は、全ての者に門戸を開くとはいえない、塀高き施設であった。
その塀を乗り越え、1羽の小鳥が入り込んだ。
小鳥はすぐさま物陰に隠れると、ボコボコと膨れ上がり、人間の姿となった。
「とりあえずどんな奴か、顔拝みにいきましょうかねっと」
大聖堂は、常に魔法と衛兵に守られた要塞じみた宗教施設。
その厳重さこそ、ホイス司教の権勢と臆病さの表れである。
「ホホホ!よく励みなさい」
恰幅の良い男が上機嫌でそう言うと、周囲の聖職者が一斉に頭を下げる。
「は、ありがたきご訓示!
司教様におかれましては、何やら悪しき魔族どもを討つため、ギルドに力をお貸しになるとか…」
「うむ。大方話はまとまっておる。
ワシとしてもだな、近頃の流れは好ましいと思うておるのだ。
人々を苦しめる悪魔どもを祓えるのなら、身を切る甲斐もあろうというもの!」
「素晴らしきご聖断かと!」
「まさに神に仕えし者の鑑!そのご聖威に誰もがひれ伏す事でございましょう!」
「ホ、ホホホ…!」
司教は更に機嫌を良くし、歩き去っていった。
その様子を柱の陰から見る、1人の男がいた。
司教は護衛やお付きの者を連れ、執務室へと歩いていく。
扉の前で待っているのは、カソックめいた聖衣を来た少年たち。
いずれも見目麗しく、天使のごとき清純さ。
「「「司教さまに祝福あれ!」」」
「はい、祝福あれ。すまないね待たせてしまって。
では、今日の【選別】を済ませてしまおうか…ふむ」
少年たちの顔を、端から端までじっくりと見る。
視線を受ける少年たちの顔は、どこか緊張し強張っている。
「よし、キミだ」
「ぼ、僕…ですか」
茶髪の華奢な少年が、ビクリと肩を震わせた。
「キミは初めてだったかな?
幸運な事だ、司教猊下の教えを直接授かる事ができるなんて!」
「は…はいっ!」
お付きの者の言葉に、絞り出すような大声で答える。
「うむうむ、元気があって大変よろしい…」
司教はにこやかに近づいて、少年にそっと囁く。
「では、この後寝室までおいで」
「は、はい…っ」
少年は笑顔になって青ざめた。奇妙な光景であった。
「では、解散してよろしい!」
「「「はい、お疲れ様でした!」」」
他の少年たちが羨むような哀れむような目つきで、選ばれた少年に目線を送りながらそそくさと去っていく。
選ばれた彼は、小刻みに震えて動かない。
(な~るほど、ペドホモ野郎か…)
窓の外、それを見た者がいる。
キルエだ。
彼の身体能力をもってすれば、壁にしがみついて窓に耳を当て、室内の囁き声を聞き取る事など容易である。
(今帰ってったガキの中に、近しい肌色の奴がいた。
顔さえ変えりゃ化けられるな…うん。こりゃちょうどいい。
一度抱かれてやって、隙を見せたらズブリと殺るか)
ハニートラップ。
本来優れた傭兵ほど…特に男が多いこの業界ではそのような手段は避けたがるものだが、キルエにとっては別段嫌悪の対象でもない。
(よし、そうと決まれば…お?)
後ろから見ていた男が、少年に走り寄る。
「ヒュルツ!」
「あ、先生…!」
この男は大聖堂内の学舎で少年たちを教える、上級司祭であった。
「先生…僕、ぼく…!」
満面の笑顔から、ボロボロと雫が零れ出た。
「なんか、おかしくて…僕、嬉しいはずなのに…???」
「…分かっている。そうだな」
少年を抱き締めながら、沈痛な面持ちで頷く。
「今日はな。寝室に行かなくていい」
「えっ!?で、でも…司教さまが…」
「司教様には、俺から伝えておこう。
だから、いいんだ」
「せ、先生!」
「さ、もう行きなさい」
子供を帰らせた司祭は、意を決した表情で執務室の扉を見る。
「アルベス司祭。勝手な事は困りますな」
「あの子供、あなたが呼び直しなさい。
そして予定通りに司教様の下へ行くように言うのです」
護衛の2名が遮る。
「頼む、通してくれ!司教猊下にお話が…!」
「そうは行きませんな。
我々は…」
『緊急警報!侵入者を確認!第一級警戒態勢!』
「「「!!?」」」
驚愕する司祭と護衛。
だが誰より驚いたのは…
「……は?」
キルエだ。
(馬鹿なっ、バレて……ない?)
壁にしがみついたまま周囲を見回すが、誰も目線を向けてこない。
兵士たちはただ慌てふためいているばかりだ。
(警報は俺に対してじゃないのか?じゃあ、誰が…?)
「ふむ。やはり…もう何人か殺しておくか。
おい、お前ら!」
異国の華やかな詰襟服を来た男が、無造作に警備兵へと近寄る。
「な、何者だ貴様!?」
「誰だ、どこの差し金だ!!」
「そんな事はどうでもいい。
それよりとっとと侵入者を捕まえに行ったらどうだ?」
炭化した門番を蹴飛ばしながら、右手をかざす。
「な、何を言ってる?お前が侵入者だろうが!」
「そういうのいいから、はやく伝えに行けよ」
瞬間、掌から炎が噴出する。
炎は宙を舞い、龍の姿に変わると、空中をのたうち回りながら兵を焼いていく。
「ぎゃぁああああッ!?」
「ぐげぇああああーッ!!」
「あ、ああ…あ…」
「ちなみに肌の黒い子供な。目は赤、髪は灰色。覚えた?」
悲鳴の坩堝と化した正門前。
唯一生かされた兵士は、恐怖に突き動かされるがまま、走りながら叫ぶ。
「司教様が危険だァ!司教様が狙われてるぅーッ!!
子供!!黒い子供を見つけろーッ!!」
「ま、こんなものか。
さて…こっから上手く脱出できたら大したもんだ。
魅せてくれよ、坊や」
その時キルエは逃走ルートを計算していたか?
否!
(またアクシデントかよッ!!クソッ!!
ホント、毎回毎回予定に無い事やらせやがって…
たまには『計画通り上手く行きました』で終わらせてくれよ!!)
怒りながら、窓の向こうを凝視。
さすがに正義感ある司祭も、抗議どころではなく逃走。
執務室の真ん前で、2人の警備兵が鋭く目を光らせる。
(ここで逃げてもなぁ…次はハードモードだろうしなぁ)
そうなれば、ハニートラップも通用しなくなるかもしれない。
(今殺すか。…うん、それ以外無いよな)
1秒の逡巡も無く、窓ガラスを破砕!
「「ッ!?」」
懐に隠し持っていた粘土爆弾を、扉目がけて投げ込む。
起爆猶予は3秒。
「何だッ…」
警備が気付いた時には爆炎と衝撃に包まれ、足元の所々に穴が開く。
「おじゃましま~す!」
窓から侵入、煙を手で払う。
そして目を瞠る。
「わお…マジかよ」
執務室の扉は、焦げ跡こそ付いているものの、無事。
当然ロックが掛かっている。
(素材は…ただの木か。となると防護魔法か?
時間は無い。解除が間に合うか?)
いつ警備兵が集まってきてもおかしくない状況。悠長にはしていられない。
(待てよ…強化は扉と周りの壁だけか?
とてもじゃねえが、こんなデカい建物全ての扉と壁に強化が施されているとは思えない。
精々この部屋を囲んでいる四方だけのはず。
…いや、上下も合わせて六方ってとこか?)
粘土爆弾ほどの爆発をもってしても破れない壁で全方向を塞いでいるとすれば、まさしく脅威。
(…となると、完全閉鎖された檻みたいな部屋って事になるが…じゃあ空気はどこから?)
危険になったら完全にロックして閉じこもるための部屋に、通気口すら無いとは考えづらい。
青白く輝くナイフを取り出す。
「…『我が目の代行者よ。汝神殿を開き、空の
【神臣の刃】による召喚術だ。
空間に穴を開け、カナブンめいた甲虫が現れる。
(こいつは視界を共有できる神獣。
多少画質は粗いが…通気口から中を覗いてみっか…)
続いて粉を取り出し、空気中に撒く。
「『汝の名は放浪者、風の行方を告げよ』!」
すると粉は一条の紐のようになり、どこかへと流れていく。
これは旅の神ハルメネクの術。風向きや空気の流れる方向を教えてくれる。
(こっちか…行け!)
神獣蟲に風を追わせ、視界を共有する。
この間本来の視界は完全に失われる…敵地のど真ん中で、だ。
(ヤベ~!マジ怖すぎんだろ~…お、ここか)
いくつかの複雑なダミー順路を経て、外気を取り込むルートを導き出す。
そして遂に執務室内を視界に収める。
部屋の片隅でガタガタ震える、肥えた男の姿を。
(貴重なアイテムをじゃぶじゃぶ使わせやがって…やっと見つけたぜ!)
「『汝の名は放浪者、翠の風を編み上げ、我が指先にて導かん』!」
宝石のように煌めく緑色の石をいくつか握り砕き、魔法の風を発生させる。
続いて毒ガス弾を起爆すると、あふれ出た黒いガスを魔法の風によって集め、そのまま通気口へと運ぶ。
神獣蟲との視界共有あっての精密操作である。
(とはいえ…く、この狭い通気口内を…順路通りに…動かすのはキツいな…!
ああ、クソ…意識が…!)
脳に強烈な負荷。
風の操作と蟲の視界で凄まじい疲労が脳を襲う。
(目、が…ッ!)
更に毒ガスと共に移動する神獣蟲が毒に侵され、視界を共有しているキルエの目にフィードバックが発生する。
(痛っ…!)
「おい、あそこ。誰かいるぞ…?」
(マズい、もう来たのか!)
廊下の奥から、兵士の声。
「子供か?生きているのか?」
「いや、あんな格好の子供、聖堂にいたか…?」
(頼む頼む早く…ッ)
不審がって近づいてくる兵士たちが、やがて気付く。
「…誰だ、お前ッ!?」
「そ、そこを動くな!!」
大量の兵士が両方向から駆け寄ってくる中、キルエは血涙を流した。
(…見えた!)
異なる視界の中で、肥えた男が怯えているのが見える。
絶対安全なハズの部屋に、黒い毒ガスの塊が入り込んできた光景を想像すれば、怯えるのも無理はない。
「な、なんだ!?く、来るな!
あ、
執務室の中から、くぐもった叫び声が聞こえた。
(あと、少し…ッ!!)
「おい、お前!何をしている!?」
先に到達した右の兵士は、司教の叫び声を聞いて唖然。
当然だ。端から見ればキルエが座っているだけで、突如として部屋の中の司教が恐怖し始めたようにしか見えない。
「おい、小僧!ここで何をしてると聞いているんだ!!」
「邪魔」
「……え?」
兵士は、それが自分の喉から溢れ出る血だと気づくのに数秒掛かった。
「お、まえ…ごぼッ」
キルエは視界で毒ガスの風を操作しつつ、気配だけを頼りに兵士の喉を切り裂いたのだ。
「貴様ァアアア!」
「刃物を持ってるぞ!取り押さえろ!!」
凶行に気付き兵士たちは更に足を早めるが、時すでに遅し。
毒ガスを司教の顔面に叩きつける。
ぶよぶよの肌が瞬く間に青黒く染まっていく。
「が…あ、ああ…!!」
「し、司教様!?どうなさったのです!?」
その凄まじい断末魔に、兵士たちも思わず気を取られた。
(視界共有解除!)
霞みながらも、本来の景色が戻ってくる。
左右を挟み込んだ兵士たちは皆あっけに取られ、一手遅れた。
(今だ!!)
既に割られている窓から、全力で飛び出す。
「待て!クソ、下だ!」
下の植え込みに転がりながら着地。
しかし爆発音によって既に兵士たちが集まっていた。
「こ、この小僧が侵入者…か…?」
「とにかく捕まえろ!」
「大人しくしろ…!」
地獄の逃走が始まった。
〈つづく〉