異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第35話 無様な死

傭兵ギルドの重役から、司教暗殺任務を請け負ったキルエ。

ギリギリの状況で毒ガスを通気口から送り込み、完全防御の部屋に隠れた司教を殺す事に成功した。

 

窓から飛び出して逃走した彼を取り囲む、警備の兵士たち。

 

「おい、正門の方で誰かが叫んでた【黒い子供】ってコイツの事か?」

 

「見た感じ、そうらしいな…」

 

(クソ…あの術で身体強化はできねぇ。

これ以上副作用を負ったらマジで死ぬ……うッ)

 

凄まじい痛みが心臓に食い込み、口から血が溢れ出る。

多様な呪術を連続して併用した事が祟ったか。

 

「げほッ、ご、ごほッ!」

(力が抜けやがる…強引に突破も、無理…ッ)

 

懐を探るが、既にアイテムをいくつも消費している。

爆弾は後1つ残っているが、これは威力が高すぎるので最後の手段だ。

 

「…あ、え、えーと!待って!…ください」

 

「何を…ッ!?」

 

「ば、爆弾、ですよ」

 

こけおどしの煙幕爆弾に火を点け、見せびらかす。

 

「任務は達成しました、守るべき司教はもう死にましたよ。

お互い、無駄な流血は避けるべきかと」

 

「信じられるか、そんな事!!それに爆弾でどうしようと!?

……じ、自爆するとでも!?出来るはずが…」

 

「捕まるよりはマシ……なんて考えもありますよ。

それに、知ってます?司教が夜な夜な子供を寝室に呼んでること」

 

兵士らは目を見開いた。

驚愕に、ではない。子供にその事を指摘された後ろめたさにだ。

 

「そんなボスのために死ぬ事はありませんよ。

権力者が死ねば、溜まっていた膿が一斉にあふれ出す。

近い内、その所業も明るみに出るはず」

 

慎重に言葉を紡ぎつつ、体内の痛みが治まるのを待つ。

 

「となれば、ここで張り切って俺を捕まえても、むしろ司教に加担していたと見られ非難を受けるは必至。

…考えている暇はありませんよ。導火線の長さは見て分かるでしょう?」

 

「クソッ…!」

 

火薬の脅威は当然兵士たちの知るところではあるものの、正しく理解している者は驚くほど少ない。

そして、『分からない』は恐怖を呼び起こす。

 

「はい時間切れ」

 

「うおぉおおっ…!?」

 

「退避!退避!!」

 

爆弾を投げ込み、思考の猶予を絶つ。

案の定兵士らは慌てふためいて包囲を解く。

 

そしてこけおどし爆弾が炸裂する。

その轟音は人を恐れさせ、意識に一瞬の空白を生じさせた。

 

「な、なんだ、クソッ…無事か!?」

 

「お、おい見ろ!」

 

彼らが周囲を見回した時には、少年の姿は消えていた。

 

 

 

 

静寂に満ちた室内。

強固な防護魔法によって全方向を覆った極小の要塞の中で、主は死んでいた。

 

「おい~っす、お邪魔しまうま~」

 

いかにも軽薄な声の覆面男が、まるで壁を水面のようにすり抜けて入室。

 

「ンだよコレ、ガスか…?」

 

まずは充満する毒ガスに、続いてホイス司教の死体に気付く。

 

「え?死んでるやん。…マジでやり遂げたの?」

 

驚きながらも死体を蹴り転がし、服を脱がす。

 

「お、あったあった。…さすが臆病者、常に身に着けてたか」

 

法衣の内側に縫い付けられた布を引き剥がすと、中から赤い宝石のようなものがまろび出た。

ようなもの、と表現したのはその形の異様さ故で、まるで凍ったアメーバのような不気味な形状をしている。

そして内部では澱のようなものが渦巻いていて、見る者に何らかの神話的恐怖と狂気を呼び起こさせる。

 

この宝石こそ、内面の下劣さを隠しきれないほどの俗物であったホイス司教を、教会屈指の大勢力の主にまでのし上げた財宝である。

 

そしてそれを手に入れたこの男は、ネネル元帥の私兵【薔薇の猟兵隊】の一員。

ギルドの汚職者ドニを介してキルエに司教暗殺をさせた理由は、この財宝にあった。

 

男は悠々と壁をすり抜け警備を掻い潜ると、騒然たる大聖堂の外で待機する華やかな詰襟の男と合流した。

 

「今戻った。はいジャジャーン!完璧ゲット!」

 

「当たり前だ、それが仕事だろうが。

…で、司教は?」

 

「死んでた」

 

「……何?やったのか、あの坊や」

 

「だろうね。あの子は敵を引き付けるためのただの囮で、その隙に俺が潜入してサクッと殺してコイツを奪ってくる予定だったのにさ」

 

詰襟の男が、口元を歪めた。

 

「そうか。まぁ、冤罪を生まずに済んでよかった」

 

「そうねェ…後は片付けだが、そこは連中の仕事だ。

もっとも連中の出る幕すら無いかもしれんが」

 

 

 

 

(エライ目に遭った、やれやれ…)

 

森の中を走り抜けながら、渡された紙をよく見る。

 

(大聖堂近くの森にある宿で待ち合わせか。実際ありがたいね)

 

曇天は今にもぐずり始めそうな様相を呈している。

早いところ屋内に入りたかった。

 

(体力の消耗が深刻だ…これ以上は雨にだって濡れたくねぇ!

ホントならもっと楽に済む仕事だったのに、誰だ余計な真似しやがって!

…ただ、これで3000万だ。しばらくは戦わずに済む)

 

任務中の吐血といい、呪いの悪影響は見過ごせないレベルになってきていた。

蓄えがある内に、なんとか解決せねばならないのだ。

 

(やっぱ安全策よ安全策。いくら褒められても死んだら無意味だしな。

何も危ない仕事をせんでも、占い師になるとか…色々手段はあるさ!

そうして食い繋いで…その間に呪いをどうにかせんと…)

 

だが彼に思いつくのは、せいぜい『【命を殺す法】を完遂して肉体の耐性を上げる』事くらいしかない。

だがそれを成し遂げるには、13の殺人舞踊を全て命中させて死の呪いを成功させる以外にないのだ。

 

(となると、それができる程度に弱く、かといって強すぎない敵を探して…)

 

どれだけ考えても、今の彼には机上の空論でしかなかった。

 

(どうしたもんか…お。ここか?)

 

看板もない寂れた建物が孤独に立ち尽くす。

実際、客入りはほとんどないのだろう。

 

「すみませ~ん」

 

建付けの悪い扉をこじ開けて声を掛けると、老婆が受付で新聞を読んでいた。

 

「…客?」

 

「え?ええ、そうです」

 

「チッ…鍵は勝手に持っていきな」

 

「あ、いやあの、予約した【ゼド・キンダー】ですけど」

 

それが符丁(キーワード)だった。

眉間の深い皺がわずかに縮み、ギョロリと不気味な目がキルエを上から下まで凝視する。

 

「…お連れはもう来てるよ。5号室だ」

 

「えっ、もう?あ、ありがとうございます…」

 

5号室でキルエを待ち受けていたのは、彼に司教暗殺を依頼したギルド職員。

キルエにとっては、その火傷跡が印象的だった。

 

「ああ…面倒な手順を取らせて済まなかったね。

しかし極秘の任務なのでね」

 

「いえ、それは全然。でも、どうして既にいるんです…?

合言葉をこっちが言った後あなたに連絡が行って、それからここに来るのかと」

 

「いやぁ、どうにも嫌な予感がしてね。待機していた。

…で、何の用だい?隠さなくていい、怒らないよ。

ひょっとして、任務が上手くいかなかったとか、だったりして?」

 

「あ、いえ。任務は完了しました」

 

「そうか、そうだろうね。何しろ大聖堂の警備は厳じゅえっえっえっ???

か…完了?って、あの完了?」

 

「よく分かりませんけど、ええ。

ホイス司教は殺しました」

 

火傷面の職員…ドニは目をパチパチさせた。

キルエに聞こえないよう、そっと呟く。

 

「ど、どうなってる?必ず失敗するんじゃなかったのか?」

 

女の声が耳元で生じる。

 

「予想外、ですね。…しかし、それならそれで良し。

ともかく彼は疲れ切っている。

予定通り、ここで司教暗殺の真相を抱えさせたまま葬るのです」

 

「そ、そうだな…どの道生かしてはおけん。

部下に合図を送るぞ。いいな」

 

ドニは手に持っていた紅茶入りの器を落とす。

 

「あっ」

 

「おっと、いやいいんだ。自分で拾うから…」

 

次の瞬間、音もなく扉が開く。

 

入ってきた男たちは、ドニが傭兵時代の繋がりで集めた無頼たち。

決して寄せ集めのチンピラではない。

 

「……?あの、ええと、この方たちは…」

 

1人が背後から斧を振り下ろす。

 

「えっ何?ご、強盗?」

 

困惑しながら1秒の躊躇も無く、ナイフで侵入者の膝を突き刺す。

 

「がぁがッ!?」

 

悲鳴を上げて斧の男は転倒する。

 

「ド、ドニさん!敵です、心当たりは…」

 

依頼主の方を見ると、腕を組んでキルエを見守っていた。

それで全て察した。

 

「これはいわゆる…『ハメられた』って事でOK?」

 

剣をかわすと、その先にいた敵に脇腹を思い切り蹴とばされた。

 

「そうだ。だから諦めて死んでくれ」

 

「…っ」

 

キルエは悲鳴も上げずに受け身を取り、次なる槍の攻撃を受け止める。

そしてそのままへし折るが、敵は折れた槍で更に突いてくる。

 

「チッ!」

 

胸の肉をわずかに抉られながら、槍の穂先を投げつけた。

 

「ぐおっ…このガキ!」

 

「あばよとっつぁん!バ~カバ~カ!」

 

怯んだところに隙を見出し、風めいて疾駆。

部屋を脱出した。

 

「おいッ…何を逃げられている!?

疲れ切ったガキ1人殺せんのか!!」

 

怒り狂うドニの耳元で、また女の声。

 

「やってしまいましたね。

…安心なさい、彼らよりよほど優秀な兵士が追跡します」

 

「何だと?いったい誰がそんな…」

 

背後から胸に通り抜ける痛み。見下ろせば、流れ出る血。

 

「ア…?」

 

「姿の見えぬ私に、あなたは何らかの幻想を抱いていたのでしょう。

神や天使ではなかったとしても…魔族や、精霊であるとか…」

 

背後から心臓を貫くその刃は、やはり見えない。

 

「残念ながら、全て幻です。私はただの人間、ただの兵士に過ぎない。

ドゥロワ・ネネル閣下に仕える…」

 

ドニの脳裏に記憶が閃く。

数日前に会った、元帥の言葉。

 

『我が国に伝わるおまじないを教えてあげよう…』

 

それが全ての始まりだった。

 

「全て、あの男の…」

 

「そうだ。お前は閣下の掌で踊る羽虫。

そして今や不要だ」

 

刃とともに、力も抜けていく。

ドニはそのまま倒れ込んだ。

 

「だ、旦那?どうしたんだ!」

 

「おい、これ、死…」

 

天井を突き破り、統一された黒づくめ装束と仮面の一団が現れる。

 

「は?誰だお前ら…!」

 

仮面の者たちは淀み無い動きで無頼漢たちを囲み、ワイヤーやナイフで皆殺しにした。

死に満ちた部屋の中、虚空に姿無き女の声が響く。

 

「諸君らの作戦は我々が引き継ぐ、御苦労だった。

では【無貌兵】よ。あの子供を追跡し、殺せ」

 

仮面たちは返答も無く、頷いて素早く走り去った。

 

「聞こえますか、閣下。やはりドニはダメでした」

 

『聞こえているとも』

 

女の脳にだけ、声が届く。

優しげだがどこか空虚な、ネネル元帥の声。

 

『しかしまぁ、彼らを責めるのは酷というものだ。

ロンミンとツルードの報告を聞いたよ。なんと司教の暗殺に成功したそうじゃないか、キルエくんは』

 

「そのようです。ですがご心配には及びません。

あの【無貌兵】と3人の猟兵が居れば…」

 

『うん。それはそうだろうが、あまり気合を入れ過ぎないように言っておいてくれ。

何しろコレは、【無貌兵】の試験運用も兼ねているのだからね』

 

「はッ。私は予定通り、キルエの隠れ家に先回りしておきます」

 

『さすがに帰ってはこないだろうけど、念のためだからね』

 

その慎重さに、女は改めて静かに衝撃を受けていた。

 

(猟兵は強い。巷で噂になっている傭兵たちと比べても遜色無く。

その猟兵を3人、しかもあの疲れ果てた子供1人を殺すのに使うとは。

しかもそのうち1人は、あの…)

 

同僚ながら、身震いする強者だった。

その強者が駆り出される事の意味を考える。

 

(恐らく閣下は彼を危険視していない。取るに足らないと思ってる。

そんな存在を殺すために、それだけの兵力を注ぎ込むのがこの人なんだ…)

 

それは、彼女がネネルに仕える理由足り得た。

 

 

 

 

 

「ハァ。ハァ。ハァーッ…」

 

息を切らし、とにかく遠くへ。

キルエは走る。走らねば死ぬ。

曇り空は既に暗黒へと転じ、心を折るように執拗な豪雨となっていた。

 

(いやはや全く…恩知らずのオッサンだ。

あんなに必死で頼むから、仕方なく引き受けてやったのに…)

 

ドニの懇願を、脳内でリピートする。

 

(あんなに…俺の事を、煽てて。救世主だって…)

 

憎悪か悲嘆が湧き出るかと思ったが、特に何も感じなかった。

ただ、後悔はあった。

 

(褒められたかっただけなんだがなぁ。

それに金も欲しかった…)

 

背後に気配。

振り向くと同時にナイフが顔を横切る。

鼻が薄っすらと切り込みが入った。

 

「やべやべやべ」

 

襲撃者を蹴って距離を取る。

 

「だ、誰?ホントに誰?」

 

つるりとした、表情のない仮面を着けた黒き者たち。

一言も発さず、ナイフを繰り出してくる。

 

「あ、わ、わわっ」

 

紙一重でかわすが、技量も身体能力も高い。

先程キルエを襲った無頼共とはレベルが違う。

 

「ま、待った!金が…前払いの1500万があるんです!

それを皆で山分けして…」

 

無言の剣。

回避するが、鞭に脚を取られる。

 

「がぁッ…」

 

無防備なキルエに背後から抱き着き、ナイフを喉に突き立てようとする。

 

「待ってってマジで!」

 

刃を逸らそうとした瞬間、胸に激痛が広がる。

 

「いでででッ…ごぼォ!」

 

喉の奥から血がせり上がり、口の端から零れた。

ナイフを防ぎそこなって左目に突き刺さる。

 

「がぁあああああ!!て、めぇッ…ら!!」

 

疲労、呪い、多勢。そして1人1人の強さ。

万全の状態から奇襲し、呪いでハメた魔族たちとの戦いとは違う。

 

短絡的な怒りがキルエを支配する。

 

「ああ、もう…知るかよッ!!」

 

顔に手を当て、叫ぶ。

 

「『第一の死者よ』ッ!!」

 

黄金と宝石で彩られた髑髏が、その顔を覆った。

 

〈つづく〉

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