ギルドの極秘依頼としてホイス司教の暗殺を依頼されたキルエ。
しかしキルエは嵌められており、依頼人に命を狙われる。
…が、それすらも巨大な陰謀の一部でしかなく、依頼人は葬られ、謎の敵に追跡・襲撃を受ける事となった。
この窮地において更に呪いの副作用が発症、その隙を狩られ左目を失う。
痛みから本能的な怒りに駆られ、ついにあの術を使ってしまう…。
「『第一の死者よ』ッ!!」
髑髏の仮面が顔を覆い、赤黒い呪いが民族的装束に変化する。
「『汝、天上に赦しを求むる事勿れ、地下に安らぎを望む事勿れ』ッ!」
背後の敵を投げ飛ばし、顔面を踏み抜く。
「『ただその罪科を以て慰めとし、ここに刻印を授けよう』ッ!」
ナイフを奪い取り、剣使いの脚を突き刺す。
こっそり粘土爆弾を取り出して剣使いの懐に投げ込み、群れの方へと蹴り飛ばす。
起爆猶予はデフォルトで3秒に設定してある。
「『我が名の下に、あらゆる悪徳は是認される』!!」
凄まじい爆発が生じ、2、3人まとめてバラバラに吹き飛ぶ。
「…『
呪いなんざ知るか…全員殺す!!」
既にキルエは【命を殺す法】の副作用によって肉体を侵されている。
その上で再び発動したなら、その悪影響は計り知れない。
「ごふッ、げぼッ!!
どうしたゴミ共。ほら来い」
血反吐を吐き捨て、ナイフを構える。
鞭使いが巧妙に間合いを取りつつ繰り出した鞭を、驚異的な動体視力で捉え、先端を踏みつけた。
「ほ~れ、こっちゃ来~い」
そのまま鞭を掴んで引き寄せると、敵は鞭を捨て左側に…奪われた左目の死角に回ってくる。
が、それはキルエも予想済みだ。
「左目奪ったから左に行きますって?
単純すぎんだろ、なぁ!?」
脇腹に繰り返しナイフを突き刺し、押し倒して喉を裂く。
噴き出た血を浴びると、全身に力が溢れるようだった。
(これは…森で生きてた時の感じだ。
俺と血だけがある。これだ。これだよ。
色々余計な事を考えすぎた。邪魔なら殺す。それだけで良かったんだ)
彼は10歳になるかならぬかの頃、森へと捨てられた。
それからずっと、ただ1人で生きてきた。
頼る者も、救う者もいない。
(ま、そりゃ前世からそうだったけど。
ったく…人生2回分しくじってようやく気付くか、俺もつくづく無能極まるわ。
人から褒めてもらおうってのが良くなかったな)
キルエは始めから他人などどうでもよかったのに、中途半端に期待してしまっていた。
(とにかく、ムカついたからコイツら殺してスッキリしよう。
気取った仮面なんぞ着けやがって…)
表情の無い白い仮面を外す。
「おおっ…?」
そこにあったのは、老いて皺まみれの顔。
体格は確かに小柄だったが、それにしても老人という感じではなかったので、キルエは混乱する。
それに何より…
(肌も、目も、髪も…俺っぽいな。
つうか…ジェト族っぽい感じ?)
褐色の皮膚、赤い目、灰色の髪。
年老いているため、キルエが看取ったあの老婆を思い起こさせる雰囲気がある。
「……ぐがッ!?」
考えている暇も無く、背後からワイヤー使いが襲い来る。
「今考えてる途中でしょ…邪魔すんなや…!!」
術によって強化された肉体は絞殺攻撃にも抗えるパワーがあったが、無茶をするだけ負荷も蓄積していく。
「離せ、離せッ…………!!?」
何か危険な予感。
全力で押しのけ、その場から這うように逃げる。
一瞬後、天空から光の柱が降り立ち、ワイヤー使いを消滅させた。
そこに残るは仮面、装束、ワイヤーのみ。
「あっぶね!あっぶねぇ!!」
「あら。後ちょっとだったのに惜しい。
しかしアレですね。しょせんは試験段階の産物。
あっという間に全滅してしまいました」
光を降らせたと思しき、シスターめいた法衣の女。
目は細く、常に笑っているかのような印象がある。
両手は祈るように組まれ、頭上には円環が輝いていた。
(はっ、まるで天使気取りかい。
しかしこの光、どっかで見たか…?)
「上手く行かなかった、というのも貴重な試験結果だ。
それでこそ改良の余地もあるだろう」
インテリ風の、金髪眼鏡男。
ラフな白シャツの襟を立て、どこか所作もキザったらしい。
「ジェト族なんだろ?だったらコレで終わりではなかろうが。
…立てよ。あの時のように楽しませてくれ」
巨体全てが筋肉で鎧われた男。
半ば裸体を晒したその姿は、神話の英雄めいている。
「え、と。ごほっ。がはッ、かはッ。
どちら様、ですかね?」
「一応同じ場所にいたんですよ、私。
ほら、シグレの教会で。まぁ顔は合わせてないですが」
「……誰だ、と聞いたんですよ。
頭が悪いのなら無理に返事しなくて結構です」
女は虚ろな笑みを更に深めた。
「【薔薇の猟兵隊】、エンディミカ・シュオン」
「同じく、二ーヴル・ガーガップ」
「我が名はアルキュオード。
見せてみろ、お前の力」
個性も能力も多様なこの3人が、自分1人を殺す為に送り込まれた。
キルエはまるで自分が突然物語に組み込まれた気分になった。
(今更主人公にされても、ねぇ。
どうせなら『寝てたら自動的に大金が入りました、めでたしめでたし』くらいのストーリーが良いんだがね)
「光よ、救いたまえ」
とっさに飛び退くと、さきほどより太い光がそこに降った。
「ちょ、ちょっと待ちましょうよ…!」
眼鏡男が鼻を鳴らし、蔑むように手を振った。
「待たない」
雨粒が一瞬にして凍り、波となって押し寄せる。
当たれば串刺しか氷漬け。いずれも即死に変わりない。
「ですから、こういうのやめましょ…」
氷を突き破り、巨体が迫る。
(速度はまぁまぁ…でも…!)
振り下ろした拳が落雷のような轟音を立て、クレーターを生む。
(どうせ全部即死攻撃だ、気にする必要もねぇ。
戦ったら負ける!)
強化された脚力を逃走に回す。
もはや無駄にできるだけの体力は一切ない。
「っあぁ…は。ぁはっ、ぅえ゛…」
雨が容赦なく、死にかけの身体から体力を奪っていく。
(呼吸が出来ねぇ。喉の辺りで血が詰まってやがる…)
懐には小さな翡翠色の魔法石が3つ。
奪ったナイフとワイヤーが1つずつ。
「…く、ああ!『汝の名は放浪者、翠の風を編み上げ、肉削ぐ刃とせん』!」
石を惜しみなく握り砕き、発生した魔法の風を刃として放つ。
「なんだ、つまらない魔法だな」
眼鏡男のニーヴルが指を鳴らすと、雨が氷結し壁となった。
「逃げながら倒せるとでも思っているのかい?
彼らみたいに足を止めて立ち向かってきなよ」
「…?」
ニーヴルの頭上で無数の雨粒が凍り付き、槍となって射出された。
「う、おォ!」
逃げた先の上空で光の円が輝き、柱となって降り落ちる。
「ク、クソ…はぁっ」
髪の一部が掠り、塵に還る。
そこで不意に思い出す。
(光の柱と…氷の槍?あれ、どっかで…)
焼ける村。上がる悲鳴。年寄りから子供まで、全員武器を取り戦士として死んでいった。
(……あっ!!ジェト族の村襲ったのコイツらか!!)
そう。彼を追い出し森に住まわせた部族は、村ごと彼ら【薔薇の猟兵隊】に滅ぼされたのだ。
「はァッ!!」
ズズン、と地面が揺れる。
前を向くと大木が道を塞いでいた。
大男の仕業らしかった。
「逃走は無意味だ。分かったか?」
「……村」
「なんだ?」
「村を焼いたのは、お前らか」
その言葉で、眼鏡の男が嗤う。
「ああそうか、気付いていないから逃げていたのか!
だったら最初から言うべきだったな。
…ジェト族を滅ぼしたのは、僕たち【薔薇の猟兵隊】だ」
「……!」
「許せないだろう?
だったら逃げずにかかってきなよ。…世界最強の戦闘民族なんだろう!?」
キルエは憤怒していた。
(んなのどうでもいいから人を巻き込まずにやってろや!!)
渦巻く陰謀、一族の因縁、過去の復讐。
キルエにとっては全て無価値なゴミでしかない。
そんなつまらない事で将来設計を崩されたかと思うと、怒りを通り越して吐き気すら催してくる。
(殺す…殺す!!絶対に殺す!!)
眼前の男の眼鏡を叩き割り、眼窩にねじ込んで脳を掻き回す想像をした。
だが力が抜け、息も出来ない。
そして髑髏の仮面が砕けた。
(クソが…ッ!!)
もはや抵抗は出来ない。回避も出来ない。
トドメを刺すまでもなく、呪いの負荷が限界に達し…
「…おい」
巨漢アルキュオードが呟く。
「おっと!時間切れみたいだね。
残念、意欲はあっても体力が足りなかったようだね」
「おい聞け!…なんだこの霧は」
「うん?なんだ、この雨なら別におかしくも…」
言っている間にも、漂う霧はどんどんと濃くなっていく。
「さすがにおかしい…ですね」
「へぇ…いったい何をしたんだい、キミ?」
「聞いている場合は無さそうだ。
霧の範囲から出るぞ。相当ヤバい霧だ、俺には分かる」
アルキュオードは1人でさっさとその場を後にした。
「チッ、お前の勘なら当たるんだろうが、にわかに信じられんな。
…キミ、大したものじゃないか。これほどまで大規模な術を使えるとは。
まぁいい。どうせ逃げる場所など無いんだからね」
ニーヴルも霧の向こうへ消える。
「なるほど、もう少し楽しめるのですね。
では、今の内に出来るだけ遠くへ逃げるがいいでしょう。
でなければすぐに追い付いてしまいますから」
エンディミカも去り、今にも息絶えそうな少年だけが残された。
(…???)
助かったのかどうかすら、彼には分からない。
徐々に意識が失われていき…闇に溶けた。
「う、あ…」
軋む肉体。その痛みで目が覚める。
「お?…おお?」
上体を起こし、周囲を見回す。
岩壁に囲まれた小さな空間。
(洞窟か?いや、なんか生活感あるような…)
床には用途すら分からない道具が散乱しており、キルエを寝かせてあるベッドも簡易的なものではない。
「おお、目が覚めたかや」
「…っ!?」
後ろから覗き込むように、顔が落ちてくる。
慌てて起き上がって振り向くと、そこに立っていたのは少女だった。
12、3歳のキルエよりなお幼い。
「傷は治してやったとはいえ、復帰が早いのぉ。
若いっちゅうんはええのう」
(…誰?)
痛みに加え、酷い気だるさで思考が上手くまとまらない。
「あの…」
「なんじゃい」
異様な少女だった。
極めて深く、なおかつ灰がかった黒い肌。
長い髪も睫毛も眉毛も、ギラギラと黄金のように輝いている。
…それでいて、汚らしい。
痩せこけた肢体も、纏っているぼろ布のような衣服も、薄っすら黄ばんだ歯も、浮浪者めいていた。
「見た目に反してお年を召してるタイプの…アレですか」
「いきなり歳の話かい!乙女じゃぞワシは!」
「す、すいませんつい!
ええと…で、誰ですか」
「そうそう、まずはそこからじゃろ!
…ワシはなぁ、貴様の救い主じゃ!ありがたかろう?」
そう言って少女はニンマリ笑う。
歯は全面的に黄ばんでいるようだった。
〈つづく〉