異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第37話 短期集中コース

「…ワシはなぁ、貴様の救い主じゃ!ありがたかろう?」

 

キルエを苦境から救った少女は、そう言って笑った。

真っ黒な肌に煌めく黄金の髪が、人ならざる気配を滲ませていた。

 

「師匠、恩に着せないでもらっていいです?

助けたのは私なんですよ」

 

その空間に、新たな女が入ってくる。

よく見覚えのある顔だった。

 

「ど、道具屋さん!?」

 

「よ。ご無事で何よりですね」

 

キルエが贔屓にしている道具屋、【凶星堂】だった。

 

「いつもは静かな森がエライ騒がしかったもんでね。

そしたら、最近連絡が取れてない常連さんが、3人組からリンチを受けているじゃありませんか!

そこで貴重なアイテムを使ってまでお救いした訳です」

 

「ま、そういうこっちゃ。

出奔した不肖の弟子が会いに来たと思ったら、いきなりガキ連れて『助けてあげてください』と来たもんじゃ。

ま、勢いで押し切られたってところよな」

 

正直キルエには分からない事が多すぎたが、とりあえず礼を言う事にした。

 

「あ、ありがとうございます。

道具屋さんも…そのお師匠さんも」

 

そして一番ハッキリさせたい事を真っ先に聞く。

 

「それで…俺はいったい何をお支払いすればいいですか。

お礼なんですけど」

 

「ん?礼?いやいやそんなん要らん。

もう貰ったわ」

 

「……と、おっしゃいますと?」

 

キルエの股間をポンポンと叩く。

 

「なかなかご立派なもんをお持ちじゃの」

 

よく見れば少女の黒い肌は、妙に艶やかに照っていた。

 

「…マジすか」

 

「すみません、師匠は淫乱なんです」

 

「何を他人の事ばっかり…貴様も参加したろうが!」

 

「あれは味見なんで。

まぁそういう事ですから、お礼なんて考えなくてもいいですよ」

 

新たに考えねばならない事がいくつか増えた気がしたが、置いておく事にした。

 

「じゃあ…えっと、次は…あ?

あれ、俺の、左目…!」

 

抉り取られたハズの左目が見える。

 

「ああ、目な。欠けた所は治せんので別のを埋めておいた。

貴様が持っておったのを使わせてもらったぞ」

 

「え?持ってたって…」

 

突然空中に水塊が出現し、板状になり、質感が変化して鏡となった。

 

「見てみ。向かって右側の目じゃぞ」

 

確かに、傷跡もなく瞼や肌の傷は癒え、眼球は不吉な青色に輝いていた。

 

「こ、これって…」

 

【死眼卿】ヴァシリスから抉り取った魔眼だ。

 

「言っとくが、魔眼の効果は使えんぞ。

元々そこまで威力のあるものではない、ましてや本来の使い手ではないのだ。

もっとも貴様らジェト族なら、色々と扱う術もあろうがな」

 

「あ、ご存じなんですね。ジェト族のこと」

 

「そらワシ大概の事は知っとるよ。

知らんのは貴様が怪我しとった理由くらいのもんじゃい」

 

「…それは」

 

どう説明したものか迷ったが、最終的には率直に全て伝えた。

 

「そうか、ジェト族は滅んでおったか。

で、その下手人によって貴様も消されかけた訳じゃな」

 

「はい…」

 

「なんとも物語じみておる事よ。さしずめ貴様はその復讐譚の主役じゃな」

 

「いいえ」

 

少女は目を円くした。

 

「何に対しての『いいえ』じゃ」

 

「主役は、いいです。面倒くさいんで。

もちろん彼らは不快なので殺しますが」

 

そこはキルエにとって重要な部分だった。

下らないストーリーに巻き込まれ、宿命をなぞるなど不愉快極まる。

 

「変な所にこだわるやっちゃの~、まぁええわい。

来い、鍛えちゃる」

 

「はい……はい?」

 

「いや、だから。特訓しちゃるって」

 

「あ…いや…意味分かんないん…ですけど。話、繋がってないし…」

 

少女が弟子に目線で合図を送る。

 

「あ、こちらキルエさんの救出に掛かったアイテムの費用です」

 

「えっ……500万?は?は???」

 

「あれは相当手に入れるのが厄介な品でして。

材料や製造期間も含めて、これくらいになるかと」

 

「い、いやいや!お礼はいいって今言ったばっかじゃ…」

 

「お礼の方はいいです。こっちは経費なんで」

 

「……」

 

嵌められたのか。キルエは頭を掻く事しかできない。

 

「金の当ては?あるんか?」

 

「か、隠れ家に1500万バルケー分の宝石が…」

 

「取りに行けるんかい。とっくに貴様の素性なんぞバレとるじゃろ。

待ち伏せされとるのが関の山じゃ」

 

つまり、修行しろという訳だ。

 

「ちょ…あんま痛いのは困るんですけど。

あと面倒くさいのも…時間かかるのも嫌ですよ…?」

 

「この状況でそういう事言えるのは、肝が据わっとるな。

じゃが…それなら短期集中コースはいかがでしょうかお客様?」

 

「お、おきゃく?」

 

「うん。そりゃ訓練の方もきっちり料金発生するしのぉ。

短期集中コースは今だけ破格の300万!

いや~ワシほどのプロフェッショナルの教えを受けるのにこれは安い!!」

 

「さんびゃく…」

 

眩暈がして、キルエはふらつく。

 

「しっかりせんか馬鹿者。これから修行しようと言うのに!

で?短期集中コースでよろしいですか?」

 

「あの、もう…それで」

 

「よろしい!なァにあっという間に終わるわい!

…むふふ、良いカモを連れてきたな馬鹿弟子。

ワシの下を黙って去ったのは許してやる」

 

「ありがとうございます!…では、あの罰は」

 

「ん。免除じゃ」

 

項垂れる少年の肩に馴れ馴れしく抱き着き、案内する。

 

「さ、貴様はこちらに来い。

…ワシの名はウーシエ。なんちゅうか…ええと…仙人?じゃな」

 

「せ、仙人ですか…」

 

「なんじゃ胡散臭そうな目で見てからに。

まぁ確かに、仙界から逃げた不良仙人であるのは認めるが。

……さて。ここじゃ」

 

「え。ここ、って…」

 

岩造りの部屋を通り抜けた先に現れたのは、断崖絶壁。

深く深く、どこまでも落ちて行けそうな暗黒が、足元に広がっている。

まるで意識ごと引き込まれるような…

 

(おっと、ヤバい。落ちそうに…)

 

「ふんじゃあ、特訓開始といきますか」

 

ウーシエは無造作にキルエを蹴り飛ばした。

 

「え?」

 

キルエは谷底に落下した。

 

(…………????

なんで?俺、死ぬ?落ちて?)

 

顔に吹き付ける風が涼しい。そんな事を思った。

 

(いや。殺すつもりなら、こんなややこしい事する必要がねぇ。

それになんかこの穴…深すぎる…)

 

闇はあまりに深すぎて、どれだけ落ちても届かない。

周囲の岩肌が奇妙に捻じれているので、まるで落ちながら浮き上がるような錯覚を覚えた。

錯覚はやがてトランス状態を誘発し、意識が引き延ばされていく―

 

「……っ!!?」

 

転んだ。

つまり、彼の足は地面に着いていた。

 

「え?あれ?俺、落ちて…?」

 

「そうだ。落ちた。真っ逆さまにな」

 

仙人はそこに立っている。

見回せば、まるで夢の中のように曖昧で無限に広がった空間だった。

 

「アレは【幻影の谷】というものだ。

不思議な幻覚作用がある」

 

「こ、ここは…?」

 

「ここはお前の意識の中。精神世界だ。

現実の1秒が引き延ばされ、何時間にも長くなっている。

言わば走馬灯の世界じゃな」

 

「へえ……ちょ、ちょっと待った!

じゃあ俺の身体は今も落下し続けていると!?」

 

ウーシエは鼻をほじっている。

 

「そだよ。意識が加速してるから、ゆっくりとだけどね」

 

「ど、どうするんですか!?」

 

「この精神世界で、修行を完了する。

そして現実世界で修行の成果を発揮し、受け身を取る。

そうじゃなきゃ死ぬよ」

 

キルエはあの谷底の暗さを思い出し、小さく首を振った。

 

「い、いや…あの高さから墜ちたら受け身じゃどうにも…」

 

「無理じゃない!修行すれば出来るようになる!

タイムリミットは…体感で1日。

それまでに修行を完了できなきゃ、貴様は落下死するだけだ。

どうじゃ?やる気出てきたじゃろ?」

 

「む、無茶苦茶ですよこんなの!!」

 

「何でぇ?ここは催眠によって見ている幻の世界じゃぞ?

つまり!どれだけ怪我しても現実の肉体に影響はない!

なんて安心安全なトレーニングじゃろう!」

 

「でもどうせ死ぬんでしょ、1日後には!」

 

「だからそりゃ修行の成果次第じゃて…これでも気を使ってこの方法にしたんじゃぞ!

今貴様の身体は呪いに侵され、修行どころではない!

だがこの修行を終える頃にはある程度克服できるようになっているはずじゃ」

 

ピクリ、と肩が震える。

 

「…呪いを、消せるんですか」

 

「耐性を付けるだけよ。少なくとも、今すぐ呪いで死ぬという事は無くなる」

 

「分かりました…やります」

 

「ん。なら構えよ。

第一の修行…ワシに一撃当てればとりあえず合格じゃ」

 

仙人は痩せ細って見るからに不健康な肉体を晒すように両手を広げた。

キルエは身構え「ぐぇあッ!!」

 

真横からの衝撃。水切りの石めいて地面に叩きつけられながらすっ飛ぶ。

 

(は、速ッ…???)

 

慌ててウーシエの姿を目で追「ごぉああああッ!!」

 

腹に凄まじい痛み。壁に叩きつけられ、深くめり込む。

 

「待…ぁ…」

 

「待つか?もっとゆっくりやるか?

別に構わんぞ。どうせ1日経てば死ぬ」

 

声だけが聞こえる。

次の攻撃に備えようと腕を「ぎゃッ…」

 

頭を掴まれた。そう感じた時にはもう殴り飛ばされていた。

 

(マジかよ。こんなん一生かかっても無理だろ…!)

 

何も分からない。

ただただ痛みだけがある。

 

地を裂くような蹴りに吹き飛ばされ、その先で投げ飛ばされ、空中で叩き落とされ。

既に50回は死んでもおかしくない衝撃を受けていた。

精神世界ゆえの肉体強度に、キルエは感謝すべきか恨むべきか迷った。

 

そして一度も反撃ところか回避も防御もできぬまま、精神時間で半日が経過した。

 

 

 

 

(ヤバい。ヤバい。ヤバい)

 

時間を無為に浪費しているのを自覚しつつ、その実何もできぬまま、今や頭を抱えてうずくまる事しかできない。

 

「どうした?もう死んでもいいのか?

それならいっそ、貴様の精神を微塵に砕いてしまおうか?

怪我はしないと言ったが、殺す気で首を落とせば死ぬぞ?ハハハハハ!」

 

邪悪な哄笑が響く。

 

「キャキャキャキャキャキャキャキャァアアアアッ!!」

 

そして放たれるは、防御を上からこじ開けるような拳の雨、雨、雨!

 

「う、うう…う…」

 

だがキルエは呻くばかりで、動こうともしない。

 

「…う~む、いきなり厳しすぎたかのう。

では、死ね」

 

ギロチンを思わせる断頭キックが、キルエの首を絶つ。

そのはずだった。

 

「お、おおっ?」

 

だがその蹴りは両手で受け止められている。

現実なら受け止めた手が砕け散っていただろうが、ここは精神世界。

砕ける痛みはあっても、掴む事さえ出来れば。

 

「貴様ぁ、誘っておったな?」

 

仙人は嬉しそうに黄色の歯をむき出して笑う。

 

「ええ…一撃当てれば、でしたよね」

 

キルエは相手を逃がさぬよう全力に掴みながら、握った拳を…

 

「じゃが」

 

黒い姿が風になって視界から消える。

 

「へ?」

 

「策でワシを驚かすには1000年早いわ」

 

必死の拘束をいとも容易く抜け、背後に回る。

 

(やばッ……お?)

 

少年は気づく。

辛うじてだが、間に合う事に。

 

振り向きつつ身を沈め、回避する。

そこから身体が勝手に動き、見えなかったはずのウーシエの動作をなぞっていく。

 

(あ。出来る)

 

半ば握られた拳で、胸の中央を突いた。

手応え以上の衝撃をもって、少女の身体は弾き飛ばされた。

 

「ぐえーっ」

 

気の抜けた声を上げながら、ウーシエは空中でピタッと止まって着地した。

 

「やるじゃないか…思ったより早かったね」

 

「あ、は、はい。何か急に見えるようになって…」

 

「そりゃそうじゃ。ここは貴様の心の中。

一撃受けるたびに、その動きは脳に焼きつけられていく。

時間さえかければ誰でもいつかは習得できる、極めて優しい訓練法…よッ」

 

言いつつ、拳を放ってくる。

先程より遥かに緩やかな動きだ。

キルエは間合いを図り必死に対応し、拳を受け流す。

 

「なるほど、そりゃ確かに優しいですね…痛っ!」

 

「衝撃までも流しきれるようになればお前も一端の達人だ」

 

「さすがにそこまで鍛錬する気は…。

ええと、それで、次の訓練は何ですか?

その…かなり時間を使っちゃってますよね」

 

「ん。と言っても次が最後じゃ。

まぁ時間的には…何とかなるじゃろ」

 

何発か拳のやり取りをした後、突如速度を速めてキルエを弾き飛ばす。

 

「でッ!?」

 

「ハハハ、引っかかりおった!

油断したらいかんなァ…」

 

「いたた…何するんですかぁ!」

 

「ホラ、アレじゃ。緩急にも対応せんと。な?

それより、次の稽古相手が来てくれたぞ」

 

指差す方向を促されるままに向く。

 

「ぇ…」

 

か細い声が漏れる。

 

赤黒い屍肉の塊。そうとしか見えなかった。

キルエをすっぽりと包み込んでも余りある巨大な質量は、煮えたぎって噴き上がり、泡が苦悶の表情となって浮かび上がっていくる。

 

「それが貴様の身体に巣食う呪いよ。

ワシには悪霊にしか見えんが、貴様には心当たりがあろう?」

 

(心当たり…【命を殺す法】…やはり、これは…!)

 

先祖代々の霊が混然一体となって出来た怨念の塊。

それを降霊する事で、先祖の戦闘能力と技術を獲得するのが【命を殺す法】の原型である。

 

「そうですね。ご先祖様…ってところでしょうか」

 

「貴様の先祖キモいのぉ!

ま、なんでもええ。修行というのは、コレを屈服させる事じゃ」

 

「く、屈服?」

 

粘性の呪いが、這うように足元へ侵食してくる。

怨みの顔が無数にひしめいているのが見えた。

数千年積み重ねられた殺意の凝集が、そこにあった。

 

「……コレを?」

 

〈つづく〉

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