異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第39話 いま何年?

精神世界での修行を終えたキルエは、師と共に現実へと帰還していた。

 

 

「で、修行は終わった訳だが」

 

穴倉の寝所にて、黒金の少女ウーシエがそう告げる。

 

「修行完了とはお世辞にも言えぬ。

相当甘めに見積もって、なんとか【見習い】のレベルじゃ」

 

「まぁいいですよ。別に武術の達人か何かになりたい訳じゃないし。

呪いもなんとかなったので」

 

「たわけっ、何のために修行させたか忘れたか?

金を取りに行くためだろう。

貴様を追い詰めた連中が、貴様を待ち伏せているやもしれんのだぞ!」

 

「そこは上手くやりますよ。

これから道具や術の準備もしますし」

 

凶星堂の方を見る。

 

「ああ、材料ですか…ある物でいいなら売りますけど」

 

「お願いしますよ。ま、そういう訳ですから」

 

「フン、言っておくがな。

貴様は別に劇的に強くなった訳ではない。

その辺り、弁えろよ」

 

キルエには、言われるまでもない事だった。

 

「強くなくてもいいです。

勝ちたい訳じゃなく、殺したいだけなので」

 

「そうか。獣たる貴様には要らぬ心配じゃったな」

 

「じゃ、準備しますね。秘伝書は…ああ、ここにあった」

 

それからキルエは、1日かけてじっくりと準備を整えた。

武器・薬物・魔法道具。既に能力を見た敵はもちろん、まだ見ぬ敵への対策も怠らない。

厳選に厳選を重ね、最終的に全てを身につけた彼の姿は今までのそれと大して変わりないものだった。

ただ、左目を覆う眼帯だけは異様だ。

 

「おい、その目…見えなくなったか?

いかんな…上手く移植できたと思ったが」

 

「あ、これは気にしないで。魔力貯めてるだけなんで」

 

「ふぅん……で?

いつになったら出てくんじゃ貴様は。

いつまでも置いておける訳ではないぞ」

 

「そろそろ行こうと思います」

 

「おっ!そうかそうか!…馬鹿弟子、こやつについて行け。

ちゃんと修行代を回収して来いよ」

 

「分かってますよ、300万でしょ?」

 

それを聞いたキルエは肩を竦める。

 

「そんな疑わんでも、ちゃんと戻ってきますよ!」

 

「別に疑っとる訳じゃない。

ただ、ここは簡単に出入りできる場所ではない、という事よ」

 

「え?そうなんですか?

…そう言えばここどこなんです?」

 

「ワシのような仙人は、自分の巣穴を持っとる。

これを【仙境】という。

貴様らの住む次元とわずかにズレた位相にある」

 

突然SFめいた壮大な話になり、興味が失せる。

 

「ああ…そうすか。ようするに異次元って事です?」

 

「うむ、まぁ大体そういう事じゃ。

だから戻ってこなくてよい、代金は馬鹿弟子に払え」

 

「あ、そうですか?じゃあそうしますけど…」

 

キルエは凶星堂をチラリと流し見る。

 

「な、なんですか!中抜きなんてしませんよ失礼な!」

 

「そう願いたいところです」

 

「話を続けるぞ。これから元の世界に帰してやる!

じゃが…その…仙境から戻ってくると、時間と空間がズレる事があってな。

失敗すると100年くらい未来の海の底に繋がったり…」

 

「はいはいわかりまし…」

 

さらりと聞き流そうとして、思わず立ち止まる。

 

「…え?ちょ、ちょっと聞いてないんですが!?

そんなわけわかんないとこに飛ばされたら死ぬじゃん!?」

 

「うん?そりゃ今初めて言ったからのぉ。

…多分大丈夫じゃ!極力合わせるから!」

 

「極力って、そんな!あ、ちょっと…!」

 

「ほれ行け~ッ!」

 

いきなり蹴り飛ばされ、岩場に身を投げ出す。

足元が坂になり、成すすべなく転がり落ちていく。

 

「うわわ、と、止まらない…!」

 

「ぎゃぁあああこのクソ師匠~!!」

 

恐らく同じように蹴り飛ばされたのだろう凶星堂の声が聞こえる。

 

「ううううううゔぉえええええっ」

 

回転が三半規管を乱し、意識をも掻き回す。

無限に転がり続けたかと錯覚し始めたその時。

 

「いでっ」

 

ふと気づくと、紫黒の岩で埋め尽くされた禍々しい土地だった。

だがその禍々しさが、彼の故郷たる森を思い起こさせる。

 

「そう遠くに飛ばされた訳でも無さそう、か?

問題は時間だが…」

 

見回すと、大荷物の女が尻餅をついていた。

 

「あ、凶星堂さん。ご無事で…」

 

女は空中を見つめたまま、茫然として声も上げない。

 

「…っ!?」

 

すわ敵襲かと目線を追い……凶星堂と同じ表情になる。

 

「城が…浮いてるよ……」

 

ここからそう遠くない地点の上空に、ドス黒い巨大城塞が浮遊していた。

土台から下は鋭い四角錘状になっており、その威容を高めている。

 

「あ、あの凶星堂さん?アレはいったい…?」

 

「魔皇城…に、見えますけど。

一度この辺りに来た事がありますし、多分間違いないかと。

浮いてるのは…その…もう分かんないです」

 

「と、とにかく日付を調べましょう」

 

「ええ…と言ってもこの辺りに生きてる人間が居るかどうか…」

 

見渡す限りの黒い大地、その所々に死体や何らかの残骸が点在している。

 

「大きな戦いがあったようですね。

そしてそれは、人間が負ける形で終わったと見られます」

 

「そうです?魔族の死体も結構ありますよ?」

 

「魔族は気にしませんが、人間なら死体は処分して退却するでしょう、普通。

死体を放ったらかせば、ゾンビになる事もよくあるんですから。

それにテントだって放置したまま逃げたように見えますし」

 

「なるほど。つまり処分する暇も無く逃げる必要があったと。

魔皇城の付近で大きな戦争となると…まさか」

 

魔皇との決戦。

いずれ必ず訪れる、人類と魔族の未来を決める戦い。

 

「…で、でも、早すぎますよ!

たしかに最近人類の反撃が加速しつつありますけど…」

 

商人として多くの戦場の情報にも精通している凶星堂には、にわかに信じがたい可能性だった。

 

「あなたのお師匠が言ってた事でしょ。

あの仙境?とかいう場所から出ると時間と空間がズレるって。

何年も過ぎてる場合だってあるでしょ?」

 

「師匠は『時間がズレるかも』とか言ってましたが、経験者の私に言わせればいつも誤差は2、3時間程度でした!

わざと調整を甘くしたのでもなければ、ありえません!」

 

「じゃあ、わざとじゃないですか?

それともあなたから見て、あの人はそういうイタズラしないタイプですか?」

 

「うぅ~ん…」

 

凶星堂は苦悶しながら考える。

分からないから悩むのではない、分かるから悩ましいのだ。

 

「……しますけど!」

 

「じゃあそう考えてみましょう。

あれから数年の月日が過ぎ、人類は魔族との決戦に敗北した、という事でしょうか。

そうなると…」

 

キルエはそこで言葉を止め、目を細める。

 

「あれは…?」

 

上空の城から、光線らしきものが何本か降り注いでいる。

どうやら破壊力は無いらしく、ただ地面を照らしているだけのようだった。

 

「なんか知らんがヤバそうです。ここを離れましょう」

 

「そうしましょうか」

 

城の浮いている場所は遠くない。

下手をすれば何らかのトラブルに巻き込まれる可能性もあった。

 

そしてそれは実際、正しい判断だった。

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ。ふざけるな…ふざけるなよ」

 

赤毛の少年が内なる憤怒を抑えきれない様子で、黒い流線形の剣を握った。

 

「そうだね、私も許せないよ。

だけど今は逃げよう」

 

犬めいた耳の生えた少女が肩を貸し、引きずるように動かす。

 

「ああ。次ここに来る時は、アイツの首を獲る時だ」

 

生真面目そうな長髪の少年が、槍を松葉杖代わりに持たせる。

 

「どこへ行く?勇者殿よ」

 

空から光が降り注ぎ、その中を移動して降りてくる者たち。

面子は魔族や人間が入り乱れている。

 

「…しつこいな。そんなに俺の首が欲しいか」

 

赤毛は先頭の敵を壮絶な目つきで睨み据えた。

 

「悪いなお前ら、逃げる前にもう一戦だ」

 

「…仕方ないですね」

 

「いいさ。キミたち程度、怪我くらいハンデだ」

 

3人は構える。

満身創痍ながら、油断ならぬ殺気が噴き上がる。

 

「ククク…!さすがは魔皇を殺した勇者たち!

私も気合いが入ろうというものだ!」

 

先頭に立つ魔族の男はそう言った。

 

そう、魔皇を殺した。

彼ら3人が、だ。

 

「勇者グレン…だったか。その齢にして凄まじき剣士と聞く。

それから裏切りの人狼フェリス・ロア。

そして処刑官ラスタ・シュヴァイト…」

 

魔族は歯を剥き出しにして笑う。

 

「相手に取って不足は無い!!」

 

「知らねぇよ。速やかに死ね」

 

グレンの魔剣が燃え盛る。

 

「テメェらのやってる事は、冒涜だ。

人間が虐げられない世界のために命を懸けた奴らへの。

何人死んだと思ってる?

何人の民が。何人の兵士が。何人の傭兵が死んだ?」

 

「その傭兵の1人が、ここに居るぜ?」

 

魔族の後ろに立つ人間が、野卑な笑い声を上げた。

彼だけではない。この軍勢に交じるほとんどの敵が、人間だった。

 

「それが裏切りだってんだよ。

魔皇を倒したんだ…やっと倒したんだ!!

それを!!テメェらが!!」

 

魔剣は今や地獄めいた炎柱を形成していた。

 

「随分とお怒りだな。そんなに許せんか?我らが新たなる皇帝陛下が」

 

「アレは人間だろう。キミたち魔族が許容できるのか?」

 

「ハッ、笑止。上が何者でも大した問題は無い。

要するに戦いを与えてくれるかどうかだ」

 

「破綻してるな。キミたち皆そうなのか?」

 

ラスタが軍勢の端から端まで眺めて問いかける。

 

「お前らこそ、随分聖人らしい事を言うじゃねえか。

あの人の言葉は聞いてたろ?

魔皇がいるおかげで魔族は強化されてた。

だがそれだけじゃない、強化されてたのは俺たち人間が使う魔法もだった、と!」

 

「聞いていたとも。

それを聞いて、キミたちを止めなければと決意を新たにしたさ」

 

「力が高まってたのは魔族だけじゃねえ、俺らもだ!

つまり魔皇と城が完全に消滅すれば、俺たちの力も減る!

そして戦いが無くなれば、俺らはどうなる?

ただ無力に老いぼれていくだけの人生が残るだけだ!」

 

ラスタは哀れむ目で見つめた。

 

「…もう、言う事は無いよ」

 

「お前、【忌み屋】キルエの話を知ってるか?」

 

「っ…!?」

 

別の傭兵が、話し始める。

 

「3年前、ギルドのチンピラに頼まれて司教を暗殺し、その後金で揉めて依頼者も殺して逃走したって傭兵だ」

 

「…キミたちより、よほど知っていると思うよ。私たちは」

 

沈痛な面持ちで呟く。

彼ら3人がパーティとなって活動する契機になった戦いにおいて、【忌み屋】キルエと協力する機会があった。

短い交流ではあったが、同年代ながら不気味なまでの周到さと容赦の無さで印象に残っていた。

 

「俺らの中じゃ噂になってんぜ。

アイツはギルドに利用されて消されたってな!

だってそうだろ?3年経っても目撃情報すら出ねぇなんてありえるか?」

 

実際、キルエの姿は事件以来一切発見されていない。

いかにインターネットが存在しないこの世界においても、1人の人間…しかも指名手配されたお尋ね者が忽然と消えるのは難しい。

 

「ギルドは傭兵なんて駒としか思ってねぇ。

だったら自分の身は自分で立てるさ」

 

「その噂には、確かに私たちも思うところはあるが…」

 

「だから哀れめってか?」

 

グレンが吐き捨てた。

 

「御託が長ぇ。来い。全員殺す」

 

グレンが魔剣を振るうと、炎の竜巻が生じた。

先頭の者は回避したが、後方の数名が巻き込まれて炭化する。

 

「おっとと!それが魔皇を屠った剣か。

ならばこちらも…!」

 

魔族が杖を掲げると、黒い球体が複数宙に浮いた。

 

「狩れ!」

 

球体から黒い線が伸びて3人を狙う。

 

「怒っていますよ、私」

 

犬耳の少女の輪郭が膨れ上がる。

 

「グァルルル…ルァアアアアア!!」

 

二足歩行する狼が、咆哮しつつ回避。

そのまま驚異の速度で接近し、首狩りの爪を振るう。

 

「猛っているか!ハハハ、いいぞ!!」

 

魔族は躱す。

 

飛び散った黒い魔力線は地面に触れると、異様な音と共にその部分を消滅させた。

 

「フハハ、気を付けたまえよ!当たれば死ぬ!」

 

「ハァッハァーッ!テメェの相手は俺がしてやるよ、嬢ちゃん!」

 

青白く輝く剣を持った傭兵が飛びかかる。

 

「グルル…何のつもりですか、こんなこと!

あなた方だって、魔族の軍勢を討つためにここに来たんでしょう?」

 

「そうだ。魔族を殺すために来た。

そして次はお前らだ。戦いは終わらない。俺たちが終わらせない」

 

青い剣を振ると、月明かりめいた輝きの斬撃が飛んだ。

 

「俺は【月光刃】。かつてそう呼ばれた者」

 

「ハッ、自分の名前も名乗れねぇのかビビり野郎どもが」

 

彼らは生まれ持った名を語らない。

それは本当の名ではないと定義しているからだ。

戦場で力を示し、それによって得た名こそが真の名であると考えている。

 

魔族や傭兵たちが、口々に名乗る。

 

「…我が名、【連鎖剣影】なり」

 

「【宿痾卿】ルナシークと申す」

 

「【真竜拳】、お前らの命を貰おう」

 

「【鮮血驟雨】…我が異名、貴様らの血で再現しよう」

 

「元よりお前たちは我が敵よ。【蛇炎卿】…参る!」

 

そして先頭の魔族が名乗る。

 

「【無塵伯】ウィーザ…魔皇様の仇を討たせてもらうとしよう」

 

グレンは血混じりの唾を吐き捨てて、軍勢を睥睨する。

 

「仇?そうか、仇か。

魔皇が…アイツが何を考えていたかも知らねぇ連中が、随分とイキがるじゃねえか」

 

その言い方は、勇者にしては奇妙なほど魔皇に寄り添うような物言いだった。

 

「下らねぇ自己紹介ご苦労様。墓碑に刻んでおいてやる」

 

魔剣を地面に突き刺すと、赤い熱風が巻き起こる。

右手の紋章が輝いた。

 

「…ただし死体が残ればの話だがな!!」

 

〈つづく〉

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