異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第41話 3年間の騒乱

魔皇は死んだ。

が、魔皇城は浮遊し、いまだ空中にある。

 

そこから降りてきたのは、魔皇を討ちし勇者一行と追手。

傷に塗れた彼らは、追手から逃れる事ができるのか。

 

…などという事は、キルエには一切関係のない話だった。

 

「3、年…」

 

「まァそれくらいになるかな。

何しろホイス司教はこの辺じゃ一番有名な坊さんだろ?」

 

酒場の主人はそう言った。

 

「それが殺されたとなると…いや~あの時は騒ぎになったもんだよ。

知らないなんて珍しいねぇ。商人なら噂には詳しいんじゃねえのかい?」

 

女が大荷物を背負い直しながら、へへへと笑う。

 

「ええ、ちょっと遠くに行ってまして。

それで、司教とギルドの職員を殺したっていう…【忌み屋】については?」

 

「ハハッ、知る訳ないじゃないか。

俺みたいな酒場の店主が、あんなおとぎ話の怪物なんかに」

 

「か、怪物って…へへ」

 

「元から恐ろしい傭兵って評判にはなってたがね?

あの事件が起きて姿を消してからは、完全にお化け扱いさ。

夜に出歩くと【忌み屋】に首を奪われるってね」

 

「エライ事になってますねぇ」

 

女商人は愉快そうに言って、くず肉を寄せ集めたように貧相なステーキを口に運んだ。

 

「そっちの坊ちゃんも気を付けなよ?

夜に歩き回ってたら襲われちまうかもなぁ~?」

 

隣に座る、フードを目深に被った少年に向けて怖がらせるように言った。

が、少年は意にも介さずふかした芋や骨付きの肉を貪り喰らっている。

 

「…よく食うなぁ。お前さんの弟かい?」

 

「ええ。コラっ、喉を詰まらせますよ」

 

「いや実際、出歩く時は気を付けた方がいいぜ?

何だか妙な事になってるし…魔皇も倒したんだか、倒してないんだか…」

 

「あの城ですね?急に浮いたっていう」

 

魔皇城は、2日前突然浮遊し始めたという。

軍でも大混乱が起きていて、いつも恐ろしい速度で情報を掴み報道する【神眼新聞】も、正確な状況を把握できずにいた。

 

ただ、それより下世話で不確定な情報を臆面も無く報ずる【ゼスト・マガジン】には、このような見出しが載った。

『連合軍元帥、裏切る!』

 

「連合軍バロネリアの元帥ドゥロワ・ネネルが城を占拠した…と」

 

「まぁゼスト・マガジンの言う事だからなぁ。

にしたってちょっと適当すぎる記事だとは思うけど」

 

「ですね。まぁ話半分程度に…」

 

フードの少年が雑誌を奪う。

 

「ちょっ…!?」

 

「欲しいのか?ならやるよ」

 

「…ありがとうございます」

 

少年は囁くような小声で礼を言うが、両目は食い入るように紙面を見つめていた。

 

「…もう食べ終わりました?じゃあ行きますよ。

雑誌は外でも読めるでしょう」

 

「ちょっと失礼、いいかな?」

 

その時ちょうど、店に新たな客が訪れた。

 

「はいいらっしゃ…」

 

魔族だ。長い杖を手にした、魔術師然とした人型の姿。

 

「すまないね、人を探しているんだが。

赤い髪の少年と、狼の耳が生えた少女、金の長髪の少年だ。どうかな?」

 

紳士的な口調とは裏腹に、仲間らしき者たちを連れてズケズケと入り込む。

奇妙なのは、その仲間の中に人間も居るというところだ。

 

「あ…い、いや、知らねぇよ」

 

「知らない?本当に?

じゃあ隠れられそうな樽を調べるよ」

 

「ちょ、ちょっと!そこには酒が…」

 

止める声も聞かず、次々と叩き割っていく。

床に液体が撒き散らされ、広がる。

 

「オイッ!オイッ…冗談じゃねぇ!止めてくれよ!」

 

店主は駆け寄ろうとして、杖を喉元に突きつけられる。

 

「不用意に近寄らない事だ。

つい迎え撃ってしまうのでな」

 

「う…!」

 

「それと」

 

店主に突きつけていた杖を、今度は入り口に向けた。

 

「調査が終わるまで退店は御遠慮願いたいね」

 

「えっ」

 

大荷物の女商人と、その弟がこっそり逃げようとしていた。

 

「…ん?キミ。年恰好が彼らに似てるね。

フードを取ってもらえるかな?」

 

「え、あ…」

 

2人がおたおたしている間に、魔族がフードを無理やり脱がせた。

 

「…ふむ」

 

褐色の肌と赤い目が印象的な少年だった。

 

「あの、もういいでしょうか?」

 

「失礼した。全くの別人だ。

よく見れば年齢も彼らより幼いようだ」

 

魔族らは2人を押しのけて出ていく。

 

「邪魔したな。いい店だ、これから見つかるまで定期的に見回らせてもらおう。

もし、先ほど言った特徴の子供たちがここを訪れたら、引き留めておいてくれ。

…いいね?」

 

それは極めて穏やかかつ静かな脅迫であった。

 

「あ、は、はい…」

 

最後まで場を荒らした事だけは謝罪せず、彼らは去っていった。

 

「なんだよ…どうなってやがるんだ?

あいつら何者だ?」

 

店主も、恐怖より困惑が勝っている様子だ。

 

「あの…私たちもう帰りますね」

 

「えっ?あ、どうも!」

 

商人と少年は2人揃って頭を下げ、出て行った。

 

「…???なんだったんだマジで?

ていうかあの子供、どっかで見たような…」

 

しばらく考えていた店主は、不意に青ざめてバックヤードを漁り始めた。

そして皺くちゃになった手配書を掘り起こす。

そこには掠れ切った少年の姿が刻まれていた。

 

「やっぱりそうだ!似てると思ったんだよな、【忌み屋】が子供だったの知って驚いたから覚えてる。

……でも人違いか?クソッ、掠れてて見づらい…!」

 

店主は一瞬熱狂したが、すぐ我に返った。

 

「あ、いや、でもあり得ないか。

だってあれから3年経ってるのに、姿が同じな訳ないよな。

普通もっと成長するだろうし…」

 

 

 

 

「いやぁ面倒事に巻き込まれてしまいましたね」

 

「…あの。どうして【ゼスト・マガジン】を貰ったんです?

気になる記事でもあったとか?」

 

「まぁ、そっすね。コレ」

 

キルエが指し示したのは例のドゥロワ・ネネル元帥の記事。

 

「それ、信憑性あるんです?」

 

「さあ、それは分かんないですが…」

 

指で強調したのは、記事のこの一節。

『ネネル元帥は以前から、【薔薇の猟兵隊】という私兵部隊を持っていると一部では噂になっており…』

 

「【薔薇の猟兵隊】…村を焼き、俺を襲ってきた連中です」

 

「…えっ?つまり、連合軍元帥が敵なんですか?

しかも、その記事が正しいとすれば…」

 

あの浮遊する魔皇城を支配する王。

それが敵に回ったという事だ。

 

「これは、大変な事になりましたねキルエさん…」

 

「面倒くさくなってきたなぁ、やめちゃおっかなぁ」

 

「えっ」

 

キルエは力なく項垂れている。

 

「だってあんな城浮かす奴に勝てる訳ないし。

多勢に無勢だし。つーか怒りも修行したらスッキリしちゃったし」

 

「えぇ…そ、それでいいんです…?」

 

「いいっしょ。凶星堂さんも、金さえ回収できればいいんでしょ?」

 

「まぁ、そうですが…」

 

「じゃあ早く俺の隠れ家だった場所に行きましょう。

さすがに3年も経ってたら待ち伏せなんてされてないだろうし」

 

2人はキルエが隠れ住んでいた廃屋へと向かった。

 

 

 

 

「ッく、う、ううっ…」

 

苦しげに喘ぐ3人の少年少女。

彼らは勇者一行。

魔皇を討ち取りし栄光ある彼らが何故このような苦境に追い込まれているのか?

皆さんは御存じのはずだ。

 

「なんとか、無事に、逃げきれた…な」

 

「は、はひ、なんとか…」

 

「だがマズいな。いつまでも逃げている訳には…!」

 

魔皇城を占拠した謎の集団により襲撃を受け、転送装置を用いてなんとか地上まで降りてきた彼らは、追手の数名を倒してここまで逃げ込んだ。

 

「あのクソ野郎が……ッ!!」

 

グレンは憎悪と共に思い出す。あの瞬間を。

 

 

 

『…どうして殺さないの!?』

 

蛇の鱗を纏った女の上半身と、ラクダのような下半身を持つ巨大な怪物…それが邪神にして魔皇であるティアマトの本性だった。

だがその威容も今やズタズタに切り裂かれ、地に伏していた。

 

『言ったはずよ!私を殺さない限り、この世界は…』

 

『お前の言葉は、全部本当のことなんだろう。それは分かる』

 

『だったら、なぜ!?』

 

『でも、その後ろに何かを隠してる。

そういう喋り方を見抜けないほど短い付き合いじゃなかったはずだぜ、俺らは』

 

『っ…!』

 

怪物は、秘密を抱えた乙女めいた苦しい表情になった。

 

『隠してる、ってのは…壮大な真実とかそういうんじゃなくて。

お前自身の気持ちだ』

 

『き、もち…?馬鹿な事を…私は太古の邪神!人間風情が私を推し量ろうなどと…』

 

『ごまかし方が変わってませんよ、ナンムちゃん』

 

フェリスが混ぜっ返す。

 

『不利になったらすぐスケールの大きい話で逸らそうとして。

ふふっ、そんな大っきくなっても変わらないんですね』

 

『い、意味分かんない事言わないでよ!

ナンム(あれ)はあくまであなた達を騙すための姿…!』

 

ラスタがゆっくりと首を横に振る。

 

『だとしたら、キミが騙していたのは私たちじゃない。自分自身の心だよ。

だってどう見ても楽しんでたじゃないか、キミ』

 

『はあ!?楽しい訳ないでしょ、あんなの!

グレンは私の翅引っ張るし!フェリスは狼になると見境なくなるし!ラスタは…えっと、魔法を使う時の顔が怖いし!

なんも楽しい事なんか……』

 

眼前の凄絶なる怪物が発するのは、勇者たちへの恨み言。

だがそれは、少女が母親に友達の愚痴を語るのにも似ていた。

 

『ダメなのよ…私は死ななきゃいけないの。

私が居るだけで、魔族の力を強めてしまう…!

それに何より、魔族だって、我が子の末裔たちなのだから…』

 

『だから悪ぶって、殺してもらおうとしたのか?

馬鹿じゃねえの?』

 

『馬鹿って何よ!私がこんなに苦労してっ…ああもう!』

 

実際、この世界に流れ着いた時点でティアマトは死にかけていた。

その上で魂と肉体を分けられて、それでもなお強大だった。

自死すら出来ず、魂が滅びれば肉体が残り、肉体が死ねば魂が消えなくなる。

そして魂か肉体のどちらかがある限り、魔族たちは際限なく生まれ、強化されていく。

 

『…かわいそうなキングウ。私を生かすために何もかも捨てて…愚かだわ。

あの子が何もしなくたって、私は死ねなかったのに…』

 

『アイツ、お前の子供なのか?』

 

『…そうよ。前にいた世界で、私は多くの子供を産んだ。

でもいざこざがあって、その子供たちと敵対しなくてはいけなくなったの。

だから私は十一の子供と、それを統制するキングウを産んで戦わせた。

でもね、あの子本当は臆病だから…戦えなくて、捕まって処刑されたわ』

 

その経緯を、画面の前の皆さんはよく知っているはずだ。

なぜなら、バビロニアの創世神話に全く同じ逸話があるのだから。

 

『処刑?でもアイツ…』

 

『神は簡単には死ねないものよ。

それで、多分…今度こそは、と張り切りすぎちゃったのね』

 

『そうか。それでアイツ、あんな必死に…』

 

城に入り込んできたグレンたちに対する、異常な激昂。

いささか幼稚ですらあったあの反応に合点がいった。

 

『だからね、分かる?私は、悪よ。

子供に殺し合わせて、苦しませて。

あげく私1人生き残って…最低の母親。

だから、殺して』

 

『死ねって言われたのか?』

 

『…え?』

 

『お前のために戦った子供たちが。お前を守るために手段を選ばなかったアイツが。

それを望んでいると思うのか?』

 

『それはっ…』

 

望んでいた、とは言えない。

ティアマトには、己の愛し子の想いを捏造する事だけはできない。

 

『俺はお前を殺してやらない。

子供たちの事も、魔族に苦しめられた奴らの事も、生きて償え。

そのための方法を探す』

 

『そんなのっ…ある訳ないでしょ!?無理よ!』

 

『無理?おいおい、俺らがどれだけそう言われてきたか、忘れたのか?

お前を…魔皇を倒すと言って何回笑われたと?

だが今や、俺らは魔皇を生かすも殺すも自由だ』

 

『自由だから、あなたを生かす』

 

『ああ。生かした上で、問題も片付ける』

 

『…っ馬鹿じゃないの。アンタら、いつもそうやって…!

分かったわよ!生きてやるっ!』

 

闇のように黒い眼から、クリスタルめいて透き通った涙がこぼれる。

 

『生きて…この呪われた大地を解放する。

その方法を探しましょう』

 

『最初からそうしろ、無駄に悩みすぎだ、お前は。

…じゃ、とりあえず』

 

グレンが右手を差し出す。

 

『アンタ、そんな律儀なタイプだった?

フフ、まぁいいけど…』

 

ティアマトが巨大な左手で応えた。

その時。

 

シャァアアアアアン!!

と鳴り響いた音は、激しすぎてむしろ静かに感じてしまうほどだった。

故に、それがガラスの破砕音であると気づくのに、グレンは数秒を要した。

 

そしてその時には既に、音などどうでもよくなっていた。

 

『は…?』

 

ティアマトの脳天に、長大なバスタードソードが深く突き刺さっていたからだ。

そしてその剣を持つのは――

 

『いやぁ、悪いね小さな勇者殿!いいところを貰ってしまったようだ!

しかしおかげでこうして魔皇を討伐できた!ハハハ!』

 

連合軍元帥の1人、ドゥロワ・ネネル。

 

『バロネリアの偉いオッサン…なんでここに…!?

つか、何して…』

 

『そして、もう1つ悪いね。

この城は僕が貰うよ』

 

『……あ?』

 

〈つづく〉

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