「いねぇ…どこ行ったんだマジで」
キルエは女商人【凶星堂】を伴い、かつての隠れ家を訪れた。
隠してある金を回収し、修行とアイテムの費用を支払うためだ。
だが凶星堂は妖精を追ってどこかに行き、キルエも後を追っているところだった。
「もう帰ろうかな…金も踏み倒せるし」
ブツブツと愚痴を吐きながら歩き回るキルエは、不意に気配を感知して構えた。
(いっぱい居る…?)
木陰に隠れ、様子を伺う。
「あいててて!ちょ、ちょっと!
私はただの商人ですよぉ!」
凶星堂は捕らえられていた。
(あちゃ~…あれ?この人たち酒場に来た…?)
捕えているのは、キルエたちがいた酒場に来た謎の一団だった。
それと、これまた異質な傷だらけの者たち。
(あらら痛そうな…お?おお?)
キルエは、傷ついた彼らの顔も見知っていた。
(どっかで会ったな。ええと、何とかいう名前のガキどもだ。
…そうか!連中の追ってた子供たちってのはコイツらか!!)
酒場の聞き込みで口にしていた特徴と、完全に一致していた。
彼らはかつて、キルエが共に任務を成し遂げた幼き傭兵たちである。
当時は同い年だったが、3年のズレによって身長も顔立ちも向こうは大人びていた。
「こちらにおられるのは、かの魔皇を討ちし勇者ご一行だ」
ちょうど山羊頭が3人に言及する。
(魔皇死んだんか…ていうか、アイツらがやったのかよ。
結局、本物の主人公だったんだなぁ)
一度だけとはいえ共に仕事をした者の大躍進は、キルエからしても嫌な気はしない。
(でもな…魔皇の部下って感じせんよなぁ、アイツら。
中には人間もいるし…)
状況を把握するべく、気配を消してもう少しだけ近づく。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってマジで!知らないってば!」
「事情を聞く必要がありそうだな」
そうしている間にも、凶星堂の立場はどんどん危うくなっていく。
この期に及んで、キルエの脳内には『助けない』選択肢があった。
(俺は弱い。戦いに慣れているが、それだけだ。
戦いにおいて勝敗を決めるのは一に人数、二に武器。そして三番目が技術。
素人でも槍か何かを持って5人集まれば、相当怖い。
少なくとも俺にとってはヤバい)
彼は今まで、無茶な強化と不意打ちや騙し討ちで勝ちを拾ってきた。
でなければ勝てないと自認しているからだ。
(鍛えようが、経験を重ねようが、その原則を破れる強さは手に入らない。
そのレベルの強者ってのは、生まれた時から強いんだからな。
つまり…この状況はめっちゃヤバい)
手練れらしき戦士たちが7人。その能力は不明。
しかもその内の数名は魔族だ。
(ま、これも自業自得と諦めてもらうのも、ひとつの選択肢――)
「ひぃっ!?ちょ、ちょっとぉ!
何見てるんですか!助けてくださいよキルエさぁん!!」
「ッ!!」
キルエの全身に血が巡り、瞬間的に思考する。
(わざと名前出しやがったな、あのアマ…ッ)
そして1秒の躊躇も無く飛び出す。
確実に仕留めるべき敵は…
(まずあの山羊野郎だな)
肩の上に着地しナイフで一撃殺。
「ふぅ…」
「お、お前は…!」
グレンが叫ぶのも無視して、0.5秒で敵を選別。
(次はアイツ)
爆弾を投げる。こけおどしの爆弾を。
「…!」
それを見たグレンは即座に察し、仲間に目線で『逃げるぞ』と合図した。
「小細工か、下らん!」
傭兵の1人が石を投げ、爆弾の落下地点を茂みへと逸らす。
なんと精密な投擲能力か!
(でもおかげで隙だらけ)
這うような低みから、走るような速度で接近。両脛を深く斬り付ける。
やられた敵は転倒しながら胸と喉を防御するが、キルエは既に背後。
「がッ…」
後頭部にナイフを突き刺されて死ぬ。
(残るは4人。さて、こっからだ。
これだけ時間が経過すれば、向こうも備えが出来上がる。
しかも俺は既に2人殺してる。向こうからすれば油断ならない敵だ…甘く見てはくれまい)
だが彼には、敵を正面切って迎え撃つ力など無い。
【あの仮面】を着ければ可能性はあるが…
(まだ使いたくねぇなぁ…仕方ない、眼帯外すか?)
彼の右目は、死の魔眼に置換されている。
もちろんそのままでは使用できないが、そこは色々と小細工がある。
(…いや。まだ早いな。自力で何とかしてみるとしよう)
「アイツらはもう逃がした。任務完了だ」
「何ッ…」
傭兵たちが一瞬だけ目を向けて、一瞬だけ驚く。
そこにはもうグレンたちはいない。
「チッ、面倒な…!」
意識がそちらに向いた隙をついて、猛毒の吹き矢を放つ。
「ぬ、ぐぅ…!?」
「こやつ…小癪な!!」
激昂した魔族が斧を振り上げて迫る。
(3人。そして…)
後退して距離を保ちつつ、2つ目の爆弾を投げた。
こけおどし爆弾を見ていた敵は、警戒しつつも意識をキルエから外さない。
が、その妥当な判断が今回は命取りだった。
「ぐああああッ!!」
キルエが投げたのは粘土爆弾。通常の火薬を用いた爆弾より遥かに威力が大きい。
爆発範囲を見誤った魔族は、爆熱と衝撃にやられて吹き飛んだ。
キルエも余波を辛うじて凌ぐ。
(これで2人、でも…!)
「おいおい、新魔皇直属の部隊ったってこんなもんか。
ま、俺ら裏切り者の寄せ集めだしな」
生き残っているのは人間の傭兵2名。
魔族よりは多少対応しやすいから、後回しにした。
だがキルエにとっては大差ない強敵だ。
「あっという間に2人ってか。
いいさ、そうやって殺し殺される。テメェで決めた生き方だ。
だが坊主。お前はここで殺す」
「あはは…こ、降参」
「降参はナシ。最後まで続行だ」
1人が拳を振るうと、冷気の波動が放出される。
「ちょ、危なッ!?」
波動は凍てつく軌跡を残し、かわしたキルエの背後の木を凍結させた。
木はシャーベット状になって崩れた。
「ハ、ハハハ…」
「楽しいか?俺もだ」
もう1人が手から黒い煙のようなものを吐き出す。
否、煙より黒い…闇。
「逃げ回れ。なるべく長くな」
闇は凝り固まり、猟犬となって襲いかかる。
飼い主との連携攻撃だ。
「あ、待て、待てって!俺は…そこの女さえ回収できればそれでいい!
殺しても何の旨味も…!」
傭兵と闇の猟犬を凌ぎつつ、後方で構える冷気の波動にも意識を向ける。
今にも喉笛を食い千切られそうになりながら。
「利益じゃねえ、生き方の問題でね。
正直俺は魔皇がどうだの勇者がなんだの、どうでもいい。
まだ戦えるし、まだ戦いたいんだ」
「ヒエッ!…じゃあ死ねよ」
キルエは爆弾を投げる。実際に爆ぜる本物か、音しか鳴らない偽物か。
外見はどちらも直方体で、見分けがつかない。
(こんな近距離で爆弾を?ありえない!
…いや、この坊主はさっきそれをやった。
だとすれば…?)
「そこをどけッ!」
逡巡を吹き飛ばす声。反射的に身を逸らすと、そこを冷波動が通過した。
そして爆弾を凍結させる。
所詮凍らせた程度では、起爆を遅れさせる事しかできないが…
「助かるッ!」
猟犬使いが爆弾を蹴り飛ばし、猛然と襲い掛かる。
その後ろでもう1人が控え、敵の策に備える。
…そこまでは、キルエの誘導した通り。
「よっと」
突然猟犬使いの股下を潜り抜け、冷気使いに接近。
「ほう、俺を先に相手してくれるか。
では期待に応えると…しよう!」
冷気纏いし右拳が迎え撃つ。
掠りでもすればその部位はたちまちに凍り付き、使い物にならなくなる一撃を…キルエは素手で受け止めた。
「あぁッ?」
正確には、キルエの手のひらと相手の右拳の間に、奇妙な玉が挟まっている。
玉は光り輝きながら、冷気を吸い込んでいく。
「く…そッ、なんだこれは!力が吸われ…るッ!?」
「冷気吸収のアミュレット。
その手の攻撃を全て吸い取り、貯蔵できる」
本来、【薔薇の猟兵隊】の1人である氷魔法使いニーヴルを殺すための道具だった。
「なんで、そんな都合の良いモン持ってやがる…!」
「俺は何でもお見通しでね。
それより手を離した方がいい。吸い尽くされて死にますよ」
冷気使いは慌てて飛び退くが、既に多くの魔力を吸われており、思わず膝を着く。
その隙は大きい。
「おっと、忠告が遅かったですか」
首筋目がけてナイフを振り下ろし――
「GHARRRRR!!」
「そうだ!やらせるな!」
闇の猟犬とその主が背後から飛びかかる。
片方のピンチを片方が補い救う、実際即席にしては見事な連携であった。
だがそれも、キルエの想定内だ。
アミュレットをノールックで後方に投げ捨てる。
「あなたはそこでジッとしててください」
「なんッ…!!?」
アミュレットは爆散し、溜め込んだ冷気を放出する。
猟犬使いは一瞬にして凍り付き、闇の猟犬は消滅した。
同時にキルエのナイフは冷気使いの首筋を切り裂き、命を絶った。
これにて7人、全員殺戮完了。
「ハァーッ、ハァーッ…!」
過呼吸気味の息を整え、噴き出る汗と血を振り捨てる。
(コイツら、なんちゃら元帥の部下だよな?
しかも多分幹部クラスじゃねえ。使いっ走り程度だ。
そんな連中が、このレベルで強いのか?マジで?)
彼らは1人1人がかなりの手練れだった。
戦闘技術、判断力、そして異能。どれをとっても一級。
公爵などと呼ばれる魔族が、その強大さゆえの驕りを抱えている事を思えば、こちらの方がよほど厄介な敵であった。
「おおっ、さすがです!修行の成果が出ま…ぐえっ」
凶星堂の襟を掴む。
「アイテムの代金、タダにしなさい。それだけの事はしてやったでしょう」
「え、ええ~?でもキルエさん、私を見捨てようとしたでしょ」
「そもそもあなたが単独行動をしなければ…!」
「お、おい」
横から新たな声が割って入る。
赤髪の少年、犬耳の少女、長髪の少年の3人が立っていた。
「お前…キルエ、だよな。バサド砦の戦いで会った」
「あれ、何でいるんすか…まさか、助けに戻ってきたんですか?
なんとまぁ律儀な人たちだこと」
「全員、倒したのか」
「驚く事でもないでしょ。万全のあなた達ならきっと1分使わずに片付いた」
「だろうな。だが実際にはこのザマだ。本当に助かった」
グレンたちは真っすぐに眼を見て礼を言った。
2人はともかくグレンが素直に感謝する様は、他人に興味を持たないキルエから見ても隔世の感を覚えた。
「いやぁ、本当に3年経ったんですねぇ。
今じゃ勇者様…みたいですね?」
「ああ…そうだな。
でもお前の方はほとんど変わらないな…右目は怪我をしてるみたいだが」
グレンはキルエの眼帯に目を付けた。
「ああ、これ…ちょっと戦いでね」
「聞いたぞ、ギルドの職員を殺して逃げたって噂。
正直それを否定できるほどの関係じゃねぇけど…どうも妙だと思ってな」
「いや、ほぼ事実ですよ。
ウマい話に乗せられまして…ギルドを信用しすぎましたね」
キルエは、あの不良仙人の助言に歯車がピタリと合うような感覚を受けた。
(獣になれ、か…そうだよなぁ。
俺はあの森の中で、生きるのに必死だった。あの時の俺が一番強かった。
それを、一丁前に仕事なんて貰って、将来設計までしちまって…)
森で必死に生きていた頃の彼は、何一つ不要な思考を抱かなかった。
だが文明に触れる事で前世の感覚を思い出し、すっかり慣れきっていたのだ。
「森じゃ自分自身も信用せずに生きてきたのに。
フフフ、ちょっとギルドに頼りすぎていましたね」
「お前…」
グレンたちの心情は複雑だ。
魔皇城を占拠したネネル元帥に味方する兵士たちも、ギルドへの不信感を募らせた果てにそうなった。
キルエの言葉を、否定も肯定もできない。
「まぁ俺の話なんてどうでもいいでしょ!
勇者様の話を聞かせてください!魔皇倒したんでしょ?」
「…あ、ああ。確かに俺らは魔皇を倒した。…でも、殺さなかった」
「おやおや、それはそれは。
で?雑誌によると魔皇城は乗っ取られたとか?」
「もうそこまで情報が出回ってるのか?
…ああ、軍の元帥の1人であるドゥロワ・ネネルがやった事だ」
キルエは手元の雑誌と見比べ、情報の差異を確かめる。
「ふむ。で、その元帥様は何やら【薔薇の猟兵隊】とかいう部隊を持ってると」
「それ自体は前々から言われてた噂だ。
ただ、その姿を見たのはあの時が初めてだった」
「ああ、事実なんですね…」
(となると、魔皇城を乗っ取るような奴を敵に回す事になるのかぁ。
…やっぱ仕返しはやめとこうっと)
キルエは徹頭徹尾、己の感情だけで動く愚鈍な獣だ。
どんな巨悪であろうと不快なら殺すが、飽きれば即座に辞める。
彼はもう飽きていた。
(村を焼いたっつっても、元々ロクな連中じゃなかったしな。
勝手に巻き込まれて襲われたのはムカつくが、ぶっちゃけもう怒り薄れてきたし…ここらが潮時だな)
そしてそのまま世間話へと移行する事を決めた。
「…あの時というのは?」
「奴は魔皇を殺した。
…言って信じてもらえるか分からねぇけど、魔皇は悪い奴じゃなかった。
確かに魔族が暴れる一因だったのは事実だけど、アイツはそれを気に病んでた」
「なるほど、よくある話だ」
「…信じてくれるのか」
キルエからしてみれば、『悪の親玉が実は良い奴』というある種物語においてのテンプレート的な展開でしかない。
「嘘をつく理由が無いので」
「驚くほど変わらねぇな、お前」
「だけど、それは悪い事なんですか?
軍の元帥としては、魔皇には死んでもらわないと困るのでは?
だって、魔族の力を高めてるとかいうのは、事実なんでしょ?」
「そうだ…アイツが軍の責任者として判断したのなら、それは分かる。
殺したのは許せねぇが、それもまた正しい判断だ。
…でもアイツは!!」
グレンの目は、血走っていた。
「アイツはガキみてぇに嬉しそうな顔で、言いやがったんだ」
『欲しかったんだよ、このお城!
いやぁ、家主が邪魔で困ってたんだ。倒してくれて助かったよ!』
それは、玩具を買い与えられた帰り道の幼子を思わせる、溌剌と弾んだ声だった。
〈つづく〉