異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第45話 遭遇と殺意

現在、凶星堂への支払いを完了したキルエは、一刻も早く魔皇城の付近から離れるべく急いでいた。

 

(面倒なのに目つけられる前に、さっさとずらかろう。

…ん?ていうか、魔族との戦争終わったのか?

魔皇が死んだんだから、そのはずだよな?

コレ、人に聞いた方がよさそうだな…)

 

キルエは半日休まず移動し続け、人がいる村に行き着いた。

魔皇城近くで人の住む場所を見つけ出すのは、かなり骨が折れる事だった。

 

「あの~すいませ~ん!ちょっといいすか」

 

「…あ?」

 

村の雰囲気が陰鬱なのは、その土地の危険性も無関係な訳ではなかろう。

 

「あの、最近魔族はどうですか。

暴れたりしてますか?」

 

「はぁ?訳の分からん事を…」

 

「ほら最近大きな戦いがあったじゃないですか?

魔皇城の方で…」

 

「ああ…そういや兵隊が大勢通過していったな。

アレどうなった?死んだか?」

 

村人の顔に喜色が浮かぶ。

生き死にの話は彼らにとって刺激的な話題なのだ。

 

「それがいまいちよく分かってなくて…【ゼスト・マガジン】読みました?」

 

「読んだけどよく分からんだろ、アレ?

まず、魔皇は死んだって事でいいのか?」

 

「死んだんだと思いますよ…雑誌の情報が正しいなら。

ひょっとして皆さんも分かってない感じですか」

 

「ああ、分かんねぇな…噂すら流れてきてねぇ。

でも魔皇は死んでないんじゃないか?

だって…魔皇だぜ?死んだらもっと騒ぎになるだろ」

 

キルエは思わず肩をすくめた。

 

(ダメだ、誰も状況を把握していない。

当の勇者様本人が混乱してるくらいだから、そりゃ当然か)

「あーっと…ここ、宿あります?」

 

「寝泊りするだけなら、そこの小屋だな。

金が要らん分、サービスは全く無いけどな」

 

「ありがたい!使わせてもらいますね」

 

村によっては、旅人のために無料で利用できる宿泊所がある。

その内6割は村ぐるみで旅人を誘い込んで殺すための罠だったが、それでも寄る辺ない旅人には貴重な休息場所だった。

 

この村の宿泊所は罠でこそないものの、ワラの山しかない馬小屋のような貧相ぶりだった。

 

「屋根もベッドもあるなら上等だな。

半日ぶっ通しで歩いたから疲れたわ…」

 

ワラ山に身を委ねかけたキルエが動きを止める。

 

「よぉ、旅人さんが来てるって聞いて来たんだけど!

ちょっとお喋りしねぇー?」

 

扉の外から幼い声がする。

 

「はい?どちら様…」

 

「げ。なんだよ、子供じゃん」

 

10歳ほどの少年が立っていた。

 

「あなたも子供でしょうに」

 

「これじゃ商売になんねぇじゃん…あのさ。

一応聞いとくんだけど、ハッパ興味ある?」

 

ブロック状に固めた何かの葉をキルエに見せつける。

 

「ああ、麻薬ですか」

 

よく見ると、少年の目はトロリと膜が掛かっている。

 

「ひへへ…やっぱいらねーよなぁ…じゃあな」

 

「ちょっと待って。乾燥じゃないやつとかあります?」

 

「何?お前もキメるの?あるよ!高いけど!」

 

少年は荷物から、摘み立てのように瑞々しい葉を取り出した。

 

「別に俺はやらないです。あなたこそ、売り物に手出していいんですかね」

 

「いいんだよ、育ててんのも加工してんのも俺なんだから」

 

「あら。それはそれは」

 

葉をじっと見つめて吟味した後、金貨を渡す。

 

「俺の住んでた村でも結構育ててましたよ。

葉っぱ、キノコ…珍しいとこでサボテンなんかも」

 

「へぇ~、効く?」

 

「さぁ、使った事ないんで。

傷薬の材料として必要なだけです」

 

「なんだよもったいねぇな~、キメるのに使った方がゆーいぎだぜ、ゆーいぎ」

 

「だって身体に悪いでしょう?」

 

「ここに住んでて長生きなんてできっかよぉ。

それより気持ちよく短く生きた方が楽しいぜ?」

 

少年はへへへと笑って、キルエに顔を寄せる。

 

「それよっか、何か面白れー話ねぇの?旅人だろ?」

 

「特に。もう寝たいんですけど」

 

「え~いいじゃん、暇なんだよ。

あ!ていうかお前ナイフいっぱい持ってんじゃん!

ひょっとして傭兵か?魔族と戦った話聞かせろ!」

 

「俺もう寝たいの!ていうかこれから寝るの!」

 

キルエはうんざりしてマントを脱ぎ捨て、掛布団代わりにしようとした。

そして気付く。

 

「……?」

 

「あ?どした?」

 

「このマント…なにかされたか…?」

 

直感的にその異常を感じ取る事ができたのは、ひとえにキルエの感知能力ゆえだ。

蝙蝠の群れとなった吸血鬼の核を見抜き、低級の幻術なら容易く看破するその能力こそ、彼固有の特技であるとも言えた。

 

「う~ん、なんか変だよなぁ…気にしなきゃいいだけの話だけど」

 

しかしそれで流せるなら、キルエはもっと楽な生き方ができただろう。

 

「…やっぱ不安だな。

よし、ちょっともったいない気がするけど…」

 

「な、なになに?なにすんの?」

 

キルエは右目の眼帯を外し、青白い魔眼を晒した。

 

魔瞳法(まどうほう)…【呪照(フギス)】」

 

ジェト族にも、時たま魔眼の持ち主が現れる事があった。

そんな時、魔眼を媒介としてより高度な術を使用できるような手法が編み出された。

それが魔瞳法であり、これは現代まで忘れられる事なく利用されてきた呪術でもある。

視力を失う事と引き換えに、生死と夢現の境すら操る術も存在するという。

 

今回使った【呪照(フギス)】は初歩的な術だが、その効果は極めて有用。

仕掛けられた術の効果を完全に看破する事ができるのだ。

 

「う…わ…!すげぇ、魔法だ…!」

 

輝く眼を、少年は唖然として見つめた。

 

「まさかッ、これ…!」

 

「なんだ!?なんかスゲーのが見えた?」

 

「すいません、泊まるのはナシで。

俺はもうここから出ます」

 

「へ?へ??」

 

キルエの目に浮かび上がったのは、【人追いの血盟】と呼ばれる術。

この術を掛けられた者は、術者に常時位置を把握される。

そして被術者が殺された時、殺した者にその呪いが移る。

 

キルエのマントには、追跡部隊の血が付着していた。

この血によって呪いを移されたのだ。

 

(血を使ったGPSみてぇなもんか…!

おそらくは勇者に返り討ちにされた場合を想定して仕込まれていた。

って事は、向こうは俺の事を勇者だと思ってる…!)

 

それは極めてマズい事態であると言えた。

 

「あの、俺はもう行きますけど、追手が来たら素直に教えちゃっていいです」

 

「え?なんだよ、魔族に追われてんのか!?」

 

「魔族とは限りませんよ。

とにかく、追手が来ても俺の事は庇わないように!」

 

「そりゃ当たり前じゃん。会ったばっかの奴なんか庇わねぇよ」

 

「……なら良し!」

 

キルエは慌てて荷物をまとめ、マントに触れて数秒考えこむ。

マントをここに捨てて行けば敵は追ってこられないだろうが、この村を巻き込む事になるだろう。

 

「それはさすがに良くないか…」

 

「ていうかお前、右目大丈夫なのかよ」

 

魔眼は閉じられ、一筋の赤い線が流れ出ている。

すでに視界は半分失われていた。

 

「ああ…ちょっと失明してるだけ。

しばらく経てば元に戻る」

 

呪照(フギス)】は初歩の術とはいえ、神の視界を借りる高度な降霊術の一種である。

1日分の魔力チャージを必要とし、魔力を使い切れば10時間以上は失明する。

 

(こんな状態で敵に追いつかれたらマズいな。

どうにか偽装を……うん?)

 

どこかで何かが壊れる音がした。

 

「まさか、もう来たのか…!」

 

「でも爆発なんざ別に珍しくもねぇだろ?

よくラリったチンピラが暴れるんだ。火薬持ち出して家ごと吹き飛んだりな」

 

「どの村もそんなもんですか…」

 

「はは!ホント、クソみてぇ。

…な、逃げ延びたらまたこの村来いよ!

面白い話聞かせろ!」

 

「はいはい、逃げ延びたら…」

 

凄まじい轟音。

砕けた小屋の木片と、血肉が視界を埋め尽くす。

 

「どわわッ!」

 

巨体から差す影がキルエを包み込んだ。

 

「ハハハ!!ここに居たか!!

こんな馬小屋に隠れ潜むとは…勇者も堕ちたものだな!」

 

神話の英雄めいた巨躯の威容。

 

「げッ…」

 

「む?貴様は…!」

 

ネネル元帥直属部隊【薔薇の猟兵隊】、最強の男アルキュオード。

 

「く。くくく、くははははッ!

よもやこんな所で出会うとはなァ…ジェト族のキルエ!」

 

アルキュオードの背後に存在していた家屋は、一直線に薙ぎ倒されていた。

瓦礫の山の下から、赤い血溜まりが広がっている。

 

「待った!あれから3年でしょ!?忘れましょうお互いに!」

 

「よかろう、忘れてやる。

…ところで勇者追跡部隊を殺したな?」

 

「うっ…いやその、へへへ…勘弁してくれませんか」

 

「諦めろ小僧。死ぬ気で掛かっ」

 

キルエの肉体が跳躍するのを、アルキュオードは確かに目撃していた。

だが、反応できなかった。

油断や侮り…理由はあるが、アルキュオード自身がそんな言い訳を許さないだろう。

 

「はい。お望み通りに」

 

その時既に巨体の肩に飛び乗り、眼球から脳までナイフで貫き通していた。

 

「で?感想は…どう!です!かァ!」

 

繰り返し繰り返し突き刺す。確実に死に至らしめるため。

 

「……速度・タイミング、どれをとっても素晴らしい奇襲だ。満点をやろう」

 

「へぁ!?」

 

脳をズタズタに破壊されたはずの男が、ニタリと笑う。

次の瞬間、キルエはミサイルのように真横に吹き飛ばされた。

 

「ぐ、げ、ぇあ…???」

 

カエルのように無様な呻き声を上げ、吐血する。

左腕はボッキリと折れて、あばら骨も複数砕けている。

 

「そう、満点。分かるか?

今の奇襲が貴様の限界という事よ」

 

「な、んで、死なね…ぇ…」

 

アルキュオードは、巨人と人間の間に生まれた。

現存する巨人のほとんどは知性すら失っているが、元は零落した神である。

故に…この男。現代において限りなく希少な【神の子】。

半神の英雄である。

 

「それをじっくりと解き明かす暇は無さそうだな?」

 

摺り足でゆっくりと歩み寄る。過剰にも思えるほど悠然と。

これには理由がある。

 

とある地母神から生まれた巨人族は、大地の性質を持つ。

その血を引くアルキュオードは、地面に両足が付いている限り不死身だ。

だからこそ、足が地面から離れないようにゆっくりと、摺り足で歩行するようにしているのだ。

 

…だがそれを見抜くほどの余裕は、今のキルエには無い。

 

「あァ痛ェ…クソッ」

 

千切れた麻薬売りの少年の胴体をどけて、ブロック状に押し固められた麻薬を齧る。

全身の痛みが、夢めいた曖昧さに溶け消えていく。

意識までも溶けないように、奥歯を食いしばる。

 

「あの…命だけでも…た、助けて…」

 

「俺の頭にナイフを突き立てておいて命乞いできる面の皮の厚さには、敬意を示すがな」

 

「ままま待って待って!それじゃ、あの…ええと…そう!

一つ聞いてもいいですか?」

 

「よし、聞こう」

 

「…なんでこの村をぶっ壊したんです?意味無いでしょ…?」

 

頬に手を当て、男は考え込む。

 

「お前の位置が表示された地図を頼りに探していたのだが、どうにもアバウトでな。

この村にいるという事までは分かったのだが…」

 

「だから村ごと壊したって事ですか?雑すぎませんかね」

 

「うむ。その誹りは免れんな。

何しろ村を端から端まで繰り返し往復して、全て平らげるつもりだったのでな」

 

「で、村人まとめて皆殺しと」

 

大きな真紅の瞳が、ドロリとした輝きでアルキュオードを見据えた。

 

「左様。…ああ、それが許せんか?義憤が燃えるか?

まぁ貴様がやる気になるなら、動機はなんでもよいが…」

 

キルエは青白く輝く短剣を取り出し、虚空を切る。

 

「…災いの女主人よ。汝臓腑を切り開き、(かつ)えの王を我が下へ」

 

風が騒めき、キルエの背後へと流れていく。

 

「ほう。これは何の術だ?

前に貴様らの村を滅ぼした時は、どいつも武器と身一つで襲ってきた。

あれはあれでなかなかに楽しめたが、ちと単調でな…」

 

「黙って待ってろ…これからいいもの見せてやるよ…!」

 

アルキュオードは一瞬、キルエの影に巨大な怪物の姿を幻視した。

 

「ほう、今のは…ッ!」

 

半神ゆえに、ソレが何であるかハッキリと分かった。

 

「神…そのものか…!」

 

実践的魔術の本場であるこの南方戦線においても、神格そのものと接続する術は稀である。

アルキュオードの胸が、脅威の予感に高鳴る。

 

「神を喚ぶ術か、面白い!!

見せてみろ…ジェト族が数千年積み重ねた秘術の粋を!!」

 

同時に、最後の追加詠唱が完遂される。

 

「――しかしてその一端を貸し与え給え!!」

 

キルエの背後に、深い暗黒の洞穴が開く。

その奥から、砂嵐のようにざらついた音が迫る。

 

「……?」

 

それは、一瞬の出来事であった。

津波のような何かによって、視覚も聴覚も触覚も機能しないまま呑み込まれる。

 

「!!?な、んだ…これ、は…!!」

 

しかしアルキュオードは神の感覚をもってそれを見抜く。

これは、”イナゴの大群”であると。

遍く地平を荒野に変える災害が、大波のごとく押し寄せているのだ。

 

「おぉ…素晴らしい…まさに破滅的な力よ!!

だが俺は死なぬ!都市すら滅ぼす災いと、神の血を引く俺!

どちらが上か試してみるかァアアアッ!!」

 

害虫の嵐は突然晴れた。

 

「なッ…?何事だ?」

 

アルキュオードが気付いた時には、目の前には誰もいなかった。

 

「…………逃げおったなァアアアアアアア!!!」

 

 

怒りの叫びを遠くに聞きながら、キルエはヘラヘラ笑って走り去る。

 

(ただの目晦ましとも知らずはしゃぎやがって…ダッッサ!)

 

目印を付けられたマントさえ捨てれば、もはや追跡は不可能。

…だが、キルエはこれを捨てようとした。

 

(あの村が全滅しちまった以上、巻き込む心配もねぇしな。

このマントを捨てて逃げるしかない。

そうだ、このまま逃げ続けるしかねぇよな。

アイツが死ぬまで…死ぬまで?アイツ、死ぬのか?)

 

脳をナイフでズタズタに切り裂いても、男は平然と生きていた。

寿命があの男を殺すのに、いったいどれだけの時を費やすのだろう。

 

(俺は死ぬまで、アイツに怯えて隠れ続ける?

……ふざけるなよ)

 

一瞬、怒りと殺意が衝動的に彼を支配した。

残りの人生の全てを逃げる事に費やすなど、耐えられない。

 

(い、いやいや!無理だろ。落ち着け。アレは勝てないって。

…少なくとも、今は絶対無理)

 

左腕もあばら骨も折れ、今まさに走る両足も長時間の移動で萎え始めていた。

 

(そ、そうだ。まずは充分に傷を癒し、休んでから考えればいい!

戦うにしても、いつかでいいだろ!うん!)

 

自分の良くない思考が出始めている事に気付き、一旦冷静になるべく間を置こうとする。

しかしその程度で止まる怒りなら、いつも苦労していない。

 

(でも、ここで逃げたら一生怯え続ける人生だ。耐えられない。

いやっ…だからってあんな奴に勝てる訳がない!虫ケラみたいに殺されるのがオチだ!

そうだ、せめて何週間か休んでからでも…!

しかし…ベストのコンディションなんて待ってたらいつまでも…!)

 

万全な状態など一生ない。それがキルエの経験則だった。

過酷な森の中で体調など整えられるはずもなく、足を引きずりながら獣を追い回す事も少なくなかった。

 

(そういう時は、罠を仕掛けた場所に追い込んで捕まえたもんだ。

……罠、仕掛けるか)

 

キルエの脳内で、殺伐たる思考が駆け巡った。

 

(あ~あ、またかよ…!

こんな生き方してたらロクな死に方しないぞ…!)

 

結論はもう出ていた。

 

(でもまぁ、仕方ないよな~…こればっかりは。

すっきりしないまま生きるのは苦痛でしかねぇからな)

 

アルキュオードを殺す。そういう事になった。

 

(つづく)

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