異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第46話 死闘前

魔皇城の新たなる君臨者によって遣わされた刺客、半神の英雄アルキュオードは、その凄まじき力を持って標的までの道程をなぎ倒して進む。

森の木々、巨岩の壁、村に立ち並ぶ家すらも砕いて一直線に。

多くの無関係な生命を轢き潰す事も構わずに。

 

標的となったキルエは怒り狂った。

 

(知らん奴らが殺されるのは、まぁ我慢できる。

あのヤク漬けのガキが殺されたのも、まぁ不快だが忘れられる。

だが一生アイツから逃げ続けるのを強いられるのは…それだけは耐えられねぇ!!)

 

これは信念から来る行動ではない。

恐怖に晒されながら生きる事に耐えられない、キルエの弱さなのだ。

 

(どんな手段を使ってでも殺さないと…!)

 

追跡用にマーキングされたマントは彼の手にある。

これを適切に使えば、敵を術中に招く事も可能。

 

(アイツ足遅いし、追いついてくるまで時間はあるはず。

それまでに準備を…!)

 

半ば朽ちた神殿に身を隠すキルエは、左腕と左あばら骨の数本を破砕されていた。

あの時の、たった一発のパンチ…いや薙ぎ払いで。

 

(まともにやり合ったんじゃ、戦いにもならねぇ。

かといって生半可な火力でも殺せねぇ)

 

キルエは知らないが、アルキュオードは大地の巨人の血を引いている。

大地に両足が着いている間、彼は絶対に死ぬ事はない。

 

(罠でハメて、あの術で殺す。

それが無理なら、死ぬ間際にありったけの呪いをかけて、アイツの今後の人生全部めちゃくちゃにぶち壊してやる…!)

 

悪意に塗れたキルエは、ボロボロの身体で血眼になって罠を準備し始める。

なぜ治す手段があるのに治さないのか、そこにも理由がある。

 

(殺す…殺す…殺す…殺す…!)

 

滾る憎悪の赴くまま、疲労も傷も癒やさぬまま、1日丸々費やして罠を仕込んでみせた。

 

(テメェらの大層ご立派な物語に、他人を巻き込みやがって。

俺に絡んできた報いは受けさせてやる…!)

 

全てを終えたキルエは、一族秘伝の傷薬を取り出した。

多くの秘伝を忘れ去っていたジェト族の者たちも、この傷薬だけは代々伝えてきたほどの代物なのだ。

 

木筒に入れた薬液を、左腕と脇腹にかけると、途端に肉と骨がボコボコと波打ち始めた。

 

「痛っ…!ああ、クソ…あの野郎…!」

 

肉体が凄まじい勢いで再生し形を取り戻していくのに反比例して、キルエはどんどんグッタリとしていく。

傷薬は再生能力を高めるが、体力を著しく消耗するのだ。

 

(やっぱ…この薬使うと意識が保てねぇか…!

使う前に準備済ませといてよかった…次起きた頃には、アイツも追いついてくるだろ…)

 

その後キルエは1日中眠りに就いた。

 

 

 

 

陽が昇り始めた明け方の荒野。無人の地平を往く1人の巨漢がいた。

【薔薇の猟兵隊】筆頭、アルキュオードである。

 

『で、逃げられちゃった訳だ』

 

アルキュオードの脳内に、ざらついたエフェクトと共にネネル元帥の声が響く。

 

「フンッ、だからこうして追い掛けているんだろうが。

安心しろ…まだ追跡はできている。

マーキングに気付いていないのか、あるいは誘っているのか…」

 

『それ、キミに関係ある?

罠も力も結局ぜ~んぶ踏みつぶしちゃうじゃない』

 

「踏んで潰れる程度の虫ケラなら、戦う価値もないという事だ」

 

思念の声に答えながら歩く巨漢の身体には、刀剣や槍が突き刺さり、血や臓物や手足がへばりついている。

彼はただ、目的地まで真っすぐ歩いただけだ。

 

『最短距離を突っ切るのがキミの歩き方だからねぇ』

 

「歩みが遅いのでな。回り道をしていたらいつまで経っても着かん。

おかげで虫ケラどもがピィピィと喧しかったが」

 

『現地の兵隊さんに追われてない?大丈夫?』

 

「追ってきたところで、物の数にも入らん」

 

『そりゃそうだろうけどさ。

いざキルエくんを倒す段になって、横槍入れられたら面倒臭いでしょ?』

 

「俺の戦いに割って入られる人間がいるというのか?」

 

ネネルは、数瞬だけ考えた。

 

『…無いね。うん、絶対ありえない。

なんなら近くにいるだけで死んじゃうだろうね』

 

「そうだ。状況は依然変わらず問題無し。

…ただ、あの小僧はおそらくマーキングに気づいている。

時々、地図に表示される点の位置が乱れるからな」

 

『…【人追いの血盟】がジャミングされてるのかな。

あの術を見抜いて、その上妨害まで出来るなんて。

やっぱりキルエくんの手札は読めないなぁ…随分不思議な術を使うみたいだけど』

 

「無意味な考察はやめろ。

いくら手札を持っていようと、俺の命に届かぬ以上は全てゴミよ」

 

『アハハ、一応研究者だからね、僕。

じゃあ彼を殺した帰りに、ついででいいから勇者くんたちも探しといてくれる?

元々そっちが本来の目的だしさ、悪いね』

 

「構わん。俺としても、久々に楽しみな敵だ。

魔皇を倒した戦士たち…どの程度楽しませてくれるかな」

 

『早く片付けないと、他の子に取られちゃうよ~?

既に二ヴルくんとエンディミカちゃん、それとロンミンも行かせたからね』

 

「何だと?チッ…余計な事を。

【薔薇の猟兵隊】は幹部にするとか言っていたが、幹部を軽々しく動員していいのか」

 

『ああ、【薔薇の七冠】計画ね。

いいんだよ、何しろ勇者くんが相手だ。いくら臆病になってもいい』

 

「相変わらず分からん奴だな、貴様は。

怜悧な知性を見せたかと思えば、子供のように無邪気でいい加減に振る舞い、しかし鼠めいて臆病な慎重さを根底に持つ」

 

『ちょ、ちょっと~褒めても何も出ないよぉ?』

 

「いや別に褒めてはいな……ん!

着いたぞ。俺の視界、貴様にも見えておろう」

 

アルキュオードは足を止め、荒野にポツンと立つ廃神殿を見やる。

 

『神殿、かな?地図はそこを示してるようだけど』

 

「さて、奴自身が待ち構えておるのか…貧相な罠でも仕掛けておるか…フン。

もう接続は切るぞ」

 

『ああ、ちょうどいいね。

じゃあささっと頼むよ』

 

声が脳裏から遠ざかっていく。

 

「…下らん小細工で失望させてくれるなよ、小僧」

 

身体中の武器や肉片を剥がし、再びゆったりと近付き始めた。

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

魔皇の遺骸に剣を突き立てて座る男が、肺の奥から吐き出すような深いため息をついた。

空いた左掌に浮くのは、不定形の宝玉。

その名を【統制の宝玉】と言う。

 

この神宝が持つ力によって、裏切り者の傭兵や敗残の魔族で構成された即席の軍団は、辛うじて統率されている。

 

(両手塞がってんの不便すぎ~…もっと時間があれば、無人で制御する手段も見つけられたんだけど。

勇者くんたちが思ったより早く魔皇を倒せるようになっちゃったからなぁ)

 

この男、ドゥロワ・ネネルの目的には、どうしても魔皇の身体と城が必要だった。

 

(魂の方には逃げられちゃったけど…ま、それはいいか)

 

どの道、彼が必要とするのは使える道具だけだった。

魔皇の力の本質は肉体の方にあり、魂は無力な存在。

故に肉体の確保を優先させた。

 

(でも…話し相手がいないとつまんないなぁ…。

さっさと城内を鎮圧して早く帰ってきてくんないかなぁ…)

 

【薔薇の猟兵隊】の内、城の外に出たのが半神アルキュオード・極限の冷気を操る二ーヴル・裁きの女司祭エンディミカ・東方最強の炎術師ロンミン。

城内で兵士たちを鎮圧しているのは、あらゆる物質を透過するツルード・姿や体臭だけでなく気配までも透明化させるリュエン・人類最高峰の幻術使いガスマ。

 

この7人を幹部とし、魔皇城を拠点とする新たなる勢力を結成する。それがネネルの予定であった。

 

(結構厳選して集めた仲間たちだからねぇ、すぐ鎮圧できると思ったんだけど)

 

特に強大なアルキュオードかロンミン、ガスマに当たれば勇者もろとも敵勢を全滅させられる公算だったが、魔皇城の内部構造がネネルの予想以上に状況を停滞させていた。

城内の空間は常にめちゃくちゃに組み替えられ、誰にも制御できない。

それが抵抗勢力が仕掛けるゲリラ戦への追い風になっているのだ。

 

(外からわざわざ乗り込んでくる子もいるみたいだし…物好きは多いよねぇ)

 

どのみち、抵抗はまだ続きそうだった。

 

(ま、アルキュオードくんたちが帰ってくれば、全滅させるのは出来る。

なんだったら、主要な敵を倒したら残りは放置したっていい。

何を置いても、まずは勇者…彼らを殺さなきゃ始まらない)

 

ネネルは連合軍元帥として、勇者たちの歩みを見てきた。

彼らはどんなに追い詰められようと、必ず復活して蘇ってくる。

そして気付けば、事態をあっという間に終息させているのだ。

 

(彼らがいるせいで計画がシャレにならないくらい遅れるし!

でも彼らがいなきゃそもそも魔皇殺せなかったし!

いやぁままならないよねホント!)

 

溜息をついて、一瞬剣から手を放し、目の前の水盆に触れる。

水面に、城内の一場面が映し出された。

 

「聞こえる?ガスマちゃん?まだ片付かないのぉ?」

 

『おやおや、これは閣下!直々のお言葉恐れ入ります!

これはいかなる天啓、あるいは聖諭か!』

 

バリトンボイスながら軽薄さが滲み出る声が水面から響く。

 

「さっさと全滅させちゃってよ~!

キミたちには勇者くんの始末もしてもらいたいんだから」

 

『これはしたり!閣下のお望みとあらば、今すぐにでも!

その速さたるやまさに神速!疾風のごとく駆け抜け、迅雷のように…』

 

通信を切った。

 

 

 

 

「未踏の地を征く英雄のように勇敢に!しかして鳥のごとく自由に…

…おや?閣下?閣下?ああ、切れてしまった」

 

目だけ露出した純白の覆面の上から黒い山高帽を被った奇人は、カソックコートの裾を翻して振り返った。

 

「失礼、緊急の連絡だったもので。

お待たせして申し訳ありません!」

 

「……」

 

数百人の兵士たちが、虚ろな目つきで天井を仰いでいる。

 

「う…あ、あ…」

 

「さて!皆様を楽土へと導ける事、大変光栄に思います!

では早速、魂の解放へと至りましょう!」

 

その男…ガスマがステッキを掲げると、800人は一斉に剣を抜いて自らの喉へと突き立てた。

 

「おお、おお…!

なんと涙を誘う光景か…救い無きこの世において唯一絶対の救済、それは死に他ならない!

それを皆様にご提供できた幸福、今まさに胸中で噛み締めております!」

 

ガスマは歌うように高らかに語り上げ、ステッキで規則正しく地面を打ち鳴らしながら、死体の間を歩み行く。

 

「…だったら」

 

「え?」

 

その時死体の一つが立ち上がる。

喉に血が付いていない。

 

「テメェも救ってやるよ!!」

 

兵士の剣が、ガスマの身体を貫く。

 

「なんと…我が、術が…!?」

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

「死ね!!」

 

ガスマの背後の死体も複数立ち上がって、斧や槍の刃を喰い込ませる。

 

「ぐ、おおおお…!!」

 

「よくも、よくもッ…死ねよ!!さっさと死ね!!」

 

憎悪と怨恨を繰り返し叩きつける。

噴き出る鮮血が視界を塞ぐのも構わず。

 

「ごぼッ、がはぁ…」

 

「死ね!!死ね!!死ね!!」

 

「喰らえ!この!クソ野郎がァ!!」

 

同胞の死を隠れ蓑とせざるを得なかった彼らの無念は、刃に乗せる殺意となってガスマの身体を切り裂く。

もはや呻き声すら上げず脱力したガスマにトドメを刺すべく、兵士たちは顔を覆う虹色の血を拭い去る。

 

「……あ?」

 

手にへばりついた虹色の血は、常に絶えず色彩を変え続けている。

 

「なんだ、この…」

 

「いやァ~参りました、お見事です皆様!」

 

「!!?」

 

ガスマの死体が瞬時に溶けて、虹色の水溜まりに変わる。

そしてそこから色とりどりの蟲が湧いて、兵士たちに集っていく。

 

「ゥ、あアああああアア!!?

ェいぎいいいいいいい!!お、ごおおおおおッ!!?」

 

「や、やめ、るぁ、あばぶべ、ぶびび、ぶびょぼぼぼべ???」

 

「ぐぞぉおおおあああ!!

なんだよごれッ、うざけ、ふざげんなぁああああ!!」

 

目や鼻や口、穴という穴から入り込み、苦悶と恐怖で心をズタズタに磨り潰す。

狂乱した兵士たちは次々と己の首を切断して死ぬ。

 

「うぎーぃ、ぇへ、へははは…」

 

「んぎょ、ごげげげ!!」

 

「じっがり、じろ、おまえ、ら!!」

 

比較的意識を保っている兵士が必死に呼びかける中、ただ朗々たる声だけが響く。

 

「救いを望まぬ方には、これを強いず…その埋め合わせに、絶望を差し上げる。

それが私の責任の取り方なのです!」

 

虹の水溜まりの一部が盛り上がり、ガスマの奇妙な姿が再構成された。

 

「我が幻をどうぞお楽しみあれ!」

 

「ごの……ごみぐずがァアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

狂気と激痛に苛まれながら、それでも憎悪を忘れず裏返った絶叫と共にガスマへ挑みかかる!

 

「お、おおっと!?これはこれは…!

まだ耐えるとは…お見事ですな」

 

ガスマは慌てて飛び退きつつ、ステッキのを軽く振った。

振り下ろされた剣がわずかな力で逸らされ、兵士が前かがみに倒れる。

 

「…そ~れぃ!」

 

倒れていく兵士を、すれ違いざまにステッキで叩き伏せる。

ステッキの握りが兵士の頭を打ち据え、兜もろともひしゃげさせた。

 

「ぐべぇっ」

 

地に伏せた兵士の喉がかすかに震え、それが最後だった。

 

今度こそ死体だけになった空間で、怪人は哄笑する。

 

「フハハハハハ!

私もまだまだ修行が足りませんなぁ!よもや2度も幻を打ち破られるとは!

やはり、人の持つ意志の力は素晴らしい!

…いつまでも堪能していたいのですが、閣下の命ともあれば休んでもいられません。

忠臣たる私の働き、どうかご覧あれ!フハハハハハハハハ!」

 

今や無人となったその空間には、ただ笑い声だけが響いていた。

 

〈つづく〉

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