異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第47話 半神討つべし(上)

巨人の血を引く恐るべき刺客アルキュオードは、その圧倒的な暴力と不死の肉体によって道中の村落を轢き潰しながら、ついに標的に追いついた。

 

そこはもはや祈る者の無い廃神殿。

罠が仕掛けられている事は明らかながら、彼はそんな事では躊躇すらしない。

彼の拳は災害そのもの。あらゆるものを破壊する。

今回もまた、そうするだけだ。

 

「おい、いるか!?

どこかで見ておるのか、それとも使い魔か何かを用いて覗いておるか?

どちらにせよ、見ておらん訳はあるまい?」

 

返事は無い。

 

「俺は気が変わった!貴様の相手をゆっくりしていられん!

何しろこの後、お楽しみの勇者との戦いだ!

…故に、な。罠を一つずつ受けて感想を言う暇は無いのだ」

 

アルキュオードは上体を異様に大きく捻り、全身の筋肉を爆発させるかのごとく隆起させた。

精神の凄まじい昂りがそのまま表出したように、地鳴りめいた音が響き始める。

 

「はァアアアアア…」

 

稲妻のような閃光が、掲げられた拳から迸る。

 

「ァアアアアアアアアアアアア!!!」

 

咆哮と共に、拳が地面に叩きつけられた。

 

――まず、光があった。

遅れて轟音が押し寄せ、最後に衝撃が駆け抜けた。

地を奔る衝撃波は、神殿まで瞬時に届いて崩壊を喚び起こす。

神殿はバラバラに崩れ去りながら、何度か爆ぜた。

 

「ハッ、爆弾でも仕掛けておったか?

まぁ何を仕掛けていたか知らんが、気の毒だったな!」

 

アルキュオードは悠然と歩み寄っていく。

 

「ほうれ!早く出て来んと、瓦礫が貴様の墓標になるぞ?」

 

その速度は極めて緩慢だが、総身に漲る覇気が一歩一歩を巨人が歩むかのように見せていた。

 

「それともとっくに逃げたか?

なら困った、俺には貴様を見つけ出す手段がもう無い!

仕方ない、目に映る街と村を片端から滅ぼすしかないなァ!!」

 

アルキュオードにはそれが出来る。

そして止められる者は1人もいない。

今まさに神殿へと近付いていく、その歩みを遅らせる事さえ出来ないのだ。

 

「貴様の怯懦が多くの命を奪うのだ!悔しかろう?

それとも、自分さえ生き延びられれば良いか?

だがいくら逃げ回ったところで無駄だと…」

 

その瞬間。

晴天から不意に雷が迸り、アルキュオードの頭を撃った。

凄絶な爆発と熱風が生じ、瓦礫が舞い上がる。

 

「ぐぅおおおおおお……!!」

 

古来、雷電とは神であった。

善も悪も、人の理解すらも超えて働く厄災。

その前では、生命など等しく塵と変わらない。

 

…その生命が、人の理の範疇にあるものならば。

 

「ぬ、ぅうう…」

 

巨漢の全身は酷く焼け爛れ、炭化している部分もあった。

いかな超人でも死んでいるはずの重傷である。

 

「フ、フフフハハハ…ッ」

 

だが当人の反応といえば、むせるように煙を吐き、少し唸った。それだけだった。

 

「なるほど、今のは驚いたぞ。よもや天候を操るとは…侮っていた。

ならば次の手を見せてみろ。

嵐を生み出すか?毒の雨か?雹か?まさか星でも降らすか?」

 

(……今ので最後だよ!!)

 

瓦礫に隠れつつ、キルエは内心で毒づいた。

 

(あんなに色々仕掛けてたのに!

パンチ1発でオシャカとかどうなってんだよ!!

今の雷も、発動条件的に使えるかどうか分からない奇跡の一撃だったんだぞ!!)

 

そうしている間にも、男はゆっくりと近付いてくる。

 

「…どうした?もっと俺を驚かせてみろ、小僧!!

俺が地母神に属する巨人の血を引くというのを調べ、天に属する雷で攻めたのは賢明だが」

 

(それは知らん!そうだったの!?)

 

「だがこれで、貴様はここに隠れているとハッキリ分かった。

今のは正真正銘の落雷…神の領域に触れる術だ。

術者がこの場に居ない状態で使える代物ではあるまい」

 

(ヤベッ!でも出てったらもっとヤベぇ!

そもそも俺は安全かつ一方的に嬲り殺してやりたかったんだよ!)

 

「ほぅら、いい加減出て来い!」

 

(出てったら死ぬんだよ!

いいから早く近づいてこいよ…最後の仕掛けがまだあるんだよ…!)

 

「……あのな。俺も忙しい身だ。

戦士として、何度も無粋な手を使いたくはないのだぞ」

 

アルキュオードは忌々しげに、右の手で手刀を構えた。

 

「チッ…先の一撃で、すでに力の経路(ルート)は通っている。

後はそこに…流し込むだけだ」

 

深く息を吐き、稲妻のように漲る全身の精気を指先にのみ集中させる。

 

「一度目の拳はな、アレはエネルギーの通り道を作るものだ」

 

手刀を掲げ、目を閉じた。

 

「二度目でそれが開く。

……せぇえええええいッ!!」

 

地面に打ち込まれた手刀から、刃のような衝撃波が放たれる。

刃は神殿を切り裂きながら通り抜けて、彼方へと消えた。

 

(あっぶねぇ!クソ化け物が…!)

 

だがその技の真なる恐ろしさは、切れ味ではなかった。

 

「何度も言うが、そろそろ出てきた方がいい。

というか、出て来なければ死ぬぞ」

 

(ッ!!?)

 

衝撃波が通過した軌跡から光の奔流が噴き出して、地面が激しく揺れ始める。

 

そして――地が裂けた。

 

(おい……おいおいおいおいおい!!)

 

轟音と共に、裂け目は音を立てて広がっていく。

瓦礫は次々と呑み込まれ、深淵へと消える。

キルエも落下しかけて、慌てて柱の陰から飛び出した。

 

「うわわわ…!!」

 

「おお、やはり居たか。

誰もいないのに1人ベラベラと喋っていたら恥ずかしいからな、助かった」

 

「クソッ…」

 

「万策尽きたか、小僧。

卑劣な貴様の事だ。力自慢など罠で嵌め殺せるとでも思ったのだろう?」

 

実際その通りであった。

確実な勝利とはいかずとも、身動きが取れない状況まで追い込む自信はあった。

そこまで行けば、後はどうとでもなる、と。

 

「だがこの世には、賢しいだけの奇術奇策など踏み潰す力がある。

暴力が無敵の手段ではないように、知略もまた絶対の勝利を約束するものではない。

そして知略が尽きた貴様に残された手段は…」

 

キルエが投げつけた何かを、アルキュオードは見ずに握り潰した。

大きな握り拳の中で、それは爆ぜた。

…大したダメージは無い。

 

「そう、暴力だ」

 

「うぉおおおおおっ!!」

 

続くナイフの一閃を、指で摘まんで止めた。

 

「く、く…!」

 

「やはり貴様、なかなか速いな。

この俺でさえ、油断すれば反応できん速度だ」

 

「あ、あの…ここらで引き分けって事には…」

 

「…おいおい、ここまで来てそんな下らん事を言うな。

貴様は今まで出会った戦士の中でも、素早さだけは大したものなのだぞ?」

 

ウーシエとの修行は精神内での出来事とはいえ、肉体へのフィードバックも大きい。

特に効果が出たのは、無意識に体内の気を操作する事による速度の上昇。

これほどの強者すら一目置くほどの速度なのだから、修行の成果は絶大だったと言える。

だが…

 

「そうですか。なら…フッ!!」

 

「ぬう!…これは?」

 

特殊調合の猛毒を用いた吹き矢。

超高級な素材と長い手間暇を掛けただけあって、高位の魔族すら腐り死ぬ代物だ。

 

だがアルキュオードは鼻で笑って、胸に刺さった毒針を抜き捨てた。

 

「毒か?くだらん。期待を裏切らんでくれ」

 

毒は、あるいは効いていたのかもしれない。

だが3秒足らずで適応し、耐性がついた今となってはもう効かない。

 

(これも、ダメかよ…!?)

 

多少足が速くなったところで、この男を殺す方法が無いのでは意味がないのだ。

 

キルエは両膝をつき、次に額を地面に触れさせた。

 

「ごめんなさい助けてください」

 

「…なんだと?」

 

「こんな奴殺しても誉れになりませんよ、ね?

俺みたいなダニなんて、無視しても問題ないでしょう!?」

 

「ダニなら、指先で潰す事も出来るが」

 

「そそそんな殺生な!

そ、そもそも、どうして俺なんかを狙うんです!

小物ですよ俺!取るに足らない虫けら!」

 

「知るか。あの男がそうしろと言うからそうしている。

貴様こそ、なぜ立ち向かわん?

貴様の村を焼いたのは我らなのだぞ?」

 

「い、いやいやいやっ!そういうの別に気にしないんで!

自分、あの村に住まわせてもらえない落ちこぼれだったんで!

へ、へへへ…だから許していただけませんか」

 

用意してきた物が、何ひとつ通用しない。

事前準備が全てであるキルエにとって、それ以上の力は発揮できない。

完全に、心が折れていた。

 

(これは…無理だろ。

何にも効かないもん。地形とか変えちゃってるもん。

戦うとか戦わないとか、そういうレベルじゃないよコレ…)

 

しかしキルエを誰が責められよう。

アルキュオードは強大すぎたのだ。

拳で神殿を砕き、手刀で大地を叩き割るその姿は、まさに神話の光景であった。

そんな敵に立ち向かう気力など湧くはずもない。

 

「正気か貴様…あのジェト族の者であろう!

傭兵として戦場を渡り歩いてきたのだろうが!

それを…今更命乞いだと?ふざけるなよ、どこまで俺を失望させる気だ!!」

 

(うるっせぇゴリラだな…誰もが戦いたくて仕方ないとでも思ってんのか?

自分のせっまい視点でしか物を見れねぇカスが偉そうに説教垂れやがって…殺すぞ……じゃなくて!

殺せないからこうして命乞いしてんだよ!バカか俺は!)

 

内心の怒りを抑え込み、薄皮のような笑顔を貼り付けて媚びを売る。

 

「いやもうホント…あなた方の凄まじい力には平伏するばかりです!

心が折れました!マジで勘弁してください!死にたくないです!」

 

「貴…様…どこまで…ッ!

いい加減にしろ小僧!!この期に及んでまだ言うか!!

貴様は情けなくないのか!?惨めにならんのか!?」

 

(マジしつけぇなこのオッサン!!

クソッ!殺す方法させありゃテメェなんて…いや、殺す手段はあるっちゃあるけど…でも…)

 

まず戦闘が成立するとも思えない。

それほどの隔絶した差をキルエは感じ取っていた。

 

彼は今まで、どんなに恐ろしい敵であろうと不愉快ならば立ち向かっていった。

ありとあらゆる手段…騙し討ちも呪いも毒も爆薬も使って、絶対に殺した。

勇気でも正義でもなく、自分ただ1人が満足するために。

 

だが今、その手段の全てが通用しない敵が現れた。

 

(こんな生き方の…ツケが来たって事かよ。結局、脳筋暴力野郎が最強ってか?

ああああああつまんねぇつまんねぇクッッッソつまんねぇ~…ッ)

 

掌から血が滲むほど、拳を強く握る。

 

「お願いします。助けてください…」

 

「故郷を奪われ!同胞を殺され!陥れられて逃亡を余儀なくされてなお!

そうやって無様に許しを乞うだけか!?貴様は…」

 

キルエの血走った目が見開かれる。

 

「…………は?ちょっ、ストップストップ。

いや、え?今『陥れられて』とか言ったか?」

 

「そうだろう?

傭兵ギルドのクズを利用して、邪魔な司教を消しつつ貴様を罠に嵌めたのだ」

 

「マジ?」

 

話が変わってきた。

 

「はぁ?何だ貴様、知らんかったのか?

…ク、ククク!ハハハハ…これは滑稽だ!!

貴様は利用されたのだ、それも余すところなくな!

司教の持つ道具を奪うために暗殺させ!ついでに貴様を破滅させ!その事件を利用し、傭兵たちのギルドへの不信感を煽った!!

いや実際、見事な使われっぷりだったぞ!!」

 

「ははは。言い方が急に大仰になりましたね。

挑発のつもりですか。そんなに戦いたくて仕方ないんですか」

 

「当然だ!!

…だがいつまで待っていても、勇者を追うのに支障をきたすのでな。

これ以上無様を晒すなら、その小さな頭を握り潰してさっさと終わらせ…」

 

「乗ってやるよ」

 

「…ほぅ?何にだ」

 

キルエの野性的ながら端正な顔に、クモの巣めいた血管が浮かび上がっていた。

 

「テメェの挑発にだよ!!

決まってんだろ。文脈読めねぇのかカス!!」

 

「おお、やっと怒ったか!いや待ちかねたぞ本当に!」

 

「何ニヤついてんだよキメェな。お前さ、人を怒らせてる自覚あるか?」

(マズいマズいマズい…何を挑発してんだ俺は!?)

 

だが言葉は止まらない。

 

「狭い世界で生きてきたんだろうな、お前はよ。

だから自分の理屈でしか物を考えられないんだよ。要はガキだろ」

 

「ははッ、言葉もいいがそろそろ武器を構えろ!

気に食わぬなら、やる事は一つだろう!」

 

「ホラ、話聞かねぇよな。聞けねぇのか?バカだから。

そうやって何でも自分の都合で…他人の人生思い通りに出来ると思い込んでるテメェらのやり方はよ…」

 

暴風を想起させる横薙ぎの巨腕が、キルエを襲う。

 

「『気に食わねぇ』、か?

いいな、殺し合うには良い理由だ!」

 

「『バカ丸出しで笑える』って言いたいんですよ!!」

 

腕を足場にして、高く飛び上がる。

 

「…『第一の死者よ』!」

 

少年の顔を、黄金と宝石に彩られた髑髏が覆う。

 

「ほう、またソレか」

 

「『汝、天上に赦しを求むる事勿れ、地下に安らぎを望む事勿れ』」

 

着地点を狙ったアルキュオードの右拳を、風に舞う羽根のような軽やかさで受け流しつつ勢いを利用して着地する。

 

「『ただその罪科を以て慰めとし、ここに刻印を授けよう。

我が名の下に、あらゆる悪徳は是認される』」

 

「さて…結局あの日の襲撃で見られなかった秘伝の術、存分に見せてもらおう」

 

「…『聖なるかな、死よ(オル・ドルグ・モーラ)』」

 

灰色の長髪が獅子のように逆立ち、溢れ出た赤黒い怨嗟が流体的に肩周りを覆って垂れ下がり、ポンチョと一体化する。

宝石と貴金属と呪いで出来た仮面の隙間から、怒りを帯びた熱い息が漏れる。

 

「何でもかんでもテメェらの計画通りってか?

神にでもなったつもりか知らねぇけどよ、妄想はほどほどにしとけ。

いい歳こいたオッサンが集まって、他人に迷惑かける事しか出来ねぇのか?」

 

手元に残る武器で最も大振りな首狩りナイフを取り出し、構えた。

 

「霊気が増したか?否、瘴気に近いか。

いずれにせよ生者に合わぬ術と見た。どれだけ持つ?

まあいい、見せてみろ!」

 

アルキュオードは、最初から相手の言葉など聞いていない。

殺し合えば本質が分かるからだ。

 

「うるっせぇなァ、聞いてもねぇ解説をベラベラと。

コミュニケーション能力無いの?その年齢で?」

 

「よく回る舌で結構だが、今は噛まぬようしまっておけ。

ここは戦場。言葉など無駄でしかない、真実を求められる地なのだからな」

 

「……無駄だと?」

 

キルエの姿が消えた。

少なくとも、アルキュオードにはそうとしか見えなかった。

 

(俺の目が、追いついていない?

バカな…いくら速いといっても所詮は…!)

 

車輪のような回転に乗せて、アルキュオードの巨大な背中へとキルエの斬撃が食い込む。

 

「がぁあああッ…!!」

 

「無駄なのは、テメェらの存在そのものだよ」

 

キルエの速度は、アルキュオードの反応を凌駕していた。

 

〈つづく〉

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