俺が戦闘民族の出身であるという事がバレた。
だが俺は戦いたくない。
そもそも訓練を受けていないので大して強くもない。
野生動物を狩れるくらいだから、我ながらなかなかの体力だとは思うが、殺し合いとなれば話はまた別だ。
そもそも罠とか仕掛けるタイプの狩りだしな、俺の場合。
(さーてどうすっかな…あの酒に仕込んだ悪戯の結果が出るまで待ってもいいか?)
呑気に茶を飲んでボーっと考える。
(色は紅茶っぽいから貰っちゃったけどクッソ苦ぇな)
その時、牢が大きく揺れて茶が零れた。
「熱っちぃバカ!」
かと思ったら、上の階が騒がしくなり始める。
ただの地震…という訳ではなさそうだ。
「あ、あ、あの!何事ですか?」
牢を出て、階上に呼びかける。
「おう、坊主!敵襲だ!これを!!」
何かを投げ落とされる。
「ひえっ!マジすか!?…これは?」
「地図だ!全員バラバラんなって逃げるからな!
集合地点はボルガスク遺跡って場所だ!
完全に包囲される前に逃げろ!」
「あ、でも…」
「いいから早く!こんなとこじゃ死ねねぇだろ!?」
「ち、違うんです!こっちに抜け道が…」
閃光。
「ひぃいいいいっ!!」
続いて爆発・熱風・砂埃。
その一連はあまりに一瞬で、俺は状況を理解するのにじっくり10秒も要した。
「あ…あわ…」
地下の入り口は完全に崩れ、閉ざされていた。
あの爆発の規模では、兵士も恐らく…
「あは、ははは…マジか。そっかそっか…」
危惧通り、生き埋めにされた形だ。
我ながら笑えるほどヨロヨロとした足取りで、隠し通路から逃げ出した。
(アイツら、どうなったかな。
……ま、アレだ。正規の軍人だしな。逃げに徹したら大丈夫だべ)
悶々と考えながら歩き続けて10分。
通路が崩れて塞がっており、代わりに天井から光が差し込んでいた。
瓦礫をよじ登り、地上に出る。
(えっと…ボルガスク遺跡?だっけ?
ま、やる事もないし、とりあえず集合すっか)
地図を見てそれらしい場所に着いた俺は、その後1日待った。
が、兵士たちは誰1人として来なかった。
しびれを切らした俺は廃城を見に行ったが…
「ひっ…」
跡形もないほど崩壊し果てて、血肉の破片が散乱していた。
(ヤバい…吐きそう。夢に見ちまうよ)
歩き回ると、たびたび見た顔が首だけになって落ちていた。
こうしてそれなりに知った相手が死んでいるのを見ると、つくづく思い知る。
(あの状況で、最期まで俺の事逃がそうとしてたな、コイツら。
俺の方は結局信用してなかったってのに)
この期に及んで俺は、せいぜい『残念だ』としか思っていない。
(マジでしょうもない人間だな、俺。
こんな時にすら涙の一つも流せねぇのか)
城での生活は悪くなかった。
そのまま就職して専属の解呪者になってもいいと思っていた。
…誰かに必要とされる喜びを知って、こんな俺でも真っ当な人間になれるかも、と。
(……ま、いつものお約束か。
運が向いてきたと思ったら、また俺の手をすり抜けやがった。
しゃーねぇ、これが俺だわな)
溜息をひとつ。それで切り替え完了だ。
諦め完了とも言う。
(あ、そうだ…)
食料庫があった場所は、崩壊が少なかった。
ほとんど奪い去られていたが、ある程度は残っていた。
(酒は全部持ってかれちゃったか。
ま、余りもんは貰っとくべ。一応毒見の技を使ってみるか)
毒が仕込まれているという事はなく、数日分の食料をまんまとせしめた。
(さて、これからどうしよっかな~…)
考えながらしばらくうろついて、気付いた事がある。
魔族の死体が極端に少ない。
(これじゃ大した損害は与えてないんだろうな。
…うん、だからどうって事もないけど)
だが、俺には弔いの意志すらない。
兵の死体はここで野晒しにされ、朽ちていくだろう。
(だからって、俺が一矢報いる理由にはならんけどな)
実際、俺はどこまでも薄情な人間だった。
無念を晴らそうとか、魔族が許せないなんて思った事はない。
ただ…イラっとしている。
(いや、そんな理由で単身乗り込むとかありえねぇ。
どんだけ痛い思いをさせられて殺されるか分かんねぇんだぞ!
第一、敵がどこにいるのかも知らねぇし…)
地図は持っていた。
しかも裏を見ると、バザルドが支配するマルスール要塞の概要まで書かれていた。
攻め込む時に作った地図なのかもしれない。
(……いやいや、だって、そんな)
自分で自分の言い訳潰して、追い詰められている。
滑稽すぎてなんだか泣けてきた。
他人の事では一切泣けないのに、自分の事となるとすぐに涙が出る。
ホントに嫌だ。
「あーもうやりゃいいんでしょ、やりゃあ!!
魔族とかいうのがひしめいてるとこに、1人で乗り込んでいけばいいんでしょ!」
誰に言ってるんだ、俺は。
…まぁいいや。やると決めちゃったんだから、諦めよう。
マルスール要塞は、その堅固な防御結界を以て難攻不落と称されている。
魔法によって地形の有利・不利が意味を為さないこの戦争において、最も有効に働くのは物理的な防御力だからだ。
そして主であるバザルドの組み上げた抜け目ないセキュリティによって、魔族以外が侵入すれば即座に呪いが降りかかり、排除される。
全ての要を結界に依存しているにも関わらず、そしてそれを人間側にも知られているにも関わらず、それでもこの要塞は難攻不落だった。
「さすがは七王、と言ったところか?」
角持つ魔人は愉快そうに笑った。
「ん?何がだ」
青い兜と甲冑の騎士が、友に問う。
「このマルスール要塞を覆う結界の事さ。
【絶界王】アディンの編んだ結界というだけはある」
魔人…バザルド伯は窓の外を見つめて呟いた。
結界は普段目に見えるものではないが、バザルドの優れた呪術的素養があれば、その存在を確かに感じる事ができた。
「フ…他人の手を借りた事を、そう嬉しそうに言う貴族は少ないだろうな。
ただでさえプライドの高い連中が多いというのに」
そう言いつつも、ガルミラ卿の口調はどこか嬉しそうだ。
「使えるモノは何であろうと使うさ。
下らんプライドに固執して最善手を打てずに死ぬ事ほど、無様な事はあるまい?」
「【死虐王】殿のように、か?ククク…」
つい先日、七王の1人が人間によって討たれた。
この2000年欠けた事がなかった七王の敗北に、魔族たちは驚愕した。
ただ1人、このバザルドを除いては。
「あの報せを聞いて最初に考えるのが次期七王の座とは…全く」
「我々にはそれが叶う。私とキミならばね。我が友よ」
「騎士風情を友などと呼ぶ貴族…クク、これもまた珍しい」
バザルドは頷きながら、杯を掲げた。
中は人間から略奪した上質な酒で満たされている。
「人間の酒か。人間はマズいのに、人間が作るもんは美味いんだなコレが。
…俺には効かんが、毒は確かめただろうな?」
「部下どもは美味い美味いと喜んでいたぞ。
有害な魔法や呪いも調べたが、掛かっていない。
もっとも奴らにそんな知恵があるとも思えんが」
「抜かりない奴だよ、お前は。担ぎがいのある大将で嬉しいね」
盃どうしを軽くぶつける。
「まもなく日の出だ。…我らの栄光に」
「栄光に」
そして一気に飲み干す。
ガルミラも兜を開け、
彼は死霊系の魔族【
「…いつも思うが、下に流れていかないのかソレは」
「そんなションベンみたいにならねぇよ!何回目だこのくだり…」
ギィイイイイン!!
「「!!?」」
談笑を不意に断ち切る、甲高い破砕音が城塞内に響き渡る。
「何だァ? 何の音だこりゃァ!」
「…結界が、砕けた…?」
「おーホントに発動したよ、すげー…」
焚火の前で、褐色の少年が茫然としている。
己の発動した【天より雷を降らせる法】が、目の前の要塞に直撃したのを見たからだ。
「これで結界?ってやつは解除されたのか?」
何かキラキラしたものが砕け散っているのが、遠目にも確認できる。
「でもこれ面倒くせぇよなやっぱ。
よく読んだら『その日の
あっ、神様にお礼しなきゃ。…あぁ面倒くせぇ!
つーか、俺が食う分のメシ無くなっちゃうよ」
炎の中に大量の生肉を投げ込んで祈った。
「今後ともよろしくお願いしますよっと。
…お、日の出だ」
朝日を迎えると、術の制約はリセットされてまた1日が始まる。
「じゃ、準備すっか。まず【肉体に頑強なる護りを授かる法】…」
彼は目元にうっすらと涙を浮かべつつ、全ての術の儀式を完了させた。
失われた命を悼んでの事ではない。
自分自身でもよく分からない理由で、自ら死地に赴こうとしているからだ。
「ああ畜生…こんなつもりじゃなかったんだけどな~!」
要塞内から怒号が響いている。明らかに混乱している様子だ。
(いやでもめっちゃ人いるじゃ~ん…!
ハァ…もう、行くか…!)
少年は高い壁を
(ヤバいもう効果切れる!早ぇんだよ!)
着地後地面を転がりながら、少年の肉体が
【動物に変化する法】は、元の姿と体積・機能が違い過ぎる姿に変した場合、すぐ効果が切れてしまう。
「結界が破られたぞーッ!!」
「この隙に侵入してくるバカがいるかもしれん、誰も入れるなよ!!」
「おうよ!バザルド様には指一本触れさせねェ!!」
(ひぃーッ!めちゃくちゃいきり立ってらっしゃる!!
バ、バレたら絶対殺されるぅ…!
やるべき事やってさっさと帰ろっと!)
彼は人類の勝利のために、あるいは兵士の弔いのためにここへ来た訳ではない。
ただ虚ろな心に浮かび上がってきた苛立ちを鎮めるため。
それだけのためにここに居る。
(バザルド、って人がここの責任者らしいな。
そいつが死ぬ所さえ見られれば、この気持ちも落ち着きそうだ)
準備しておいた【建物の中で人を探す法】を用いて、垂らした振り子が引かれる方へと歩みを進めていく。
「結界が壊されたって?」
「ああ、だが敵軍の姿は見えねえってんだ。
…イタズラ、な訳ねぇよな?」
「そんな訳あるか!
こんだけの事をやらかしたんだ、相当に大規模な作戦だと思うが…」
(おっと!こっちはヤバい!
ええと…回り道しないと)
しかし、目的地に意識を向けながら回り道をするというのはなかなか難しい。
すっかり迷ってしまっていた。
(あれ?ここ一回来たっけ?
くそっ、頭の中じゃもっと上手くやれる予定だったのに…ヤベッ!)
また魔族と行き会いそうになり、道を変える。
(ふー、やれやれ危な…)
「あ?」
「あっ」
そしてついに、ばったり出会ってしまった。
「に、人間…ッ!?」
「あ、あわわ!」
少年は瞬発的に飛び上がり、魔族の肩に乗る。
そのまま耳にナイフを突き込む。
「ぐげッ…」
(ああっ、もう!戦いたくなかったのに…!)
「何事だ、敵か!?」
(もういいや、最短距離で行くしかねぇ!)
降り下ろされる無慈悲な爪をかわし、脇腹から心臓を突いて殺す。
そこへ炎の吐息が襲い掛かる。
「ひーっ!ひいーっ!!」
悲鳴を上げながら距離を取ってナイフを投げ、右目から脳を破壊して殺す。
「ま、待って!俺は敵じゃないんだって!」
言いつつ足の腱を切り、転倒した所で刺し殺す。
「がァアア!!人、間ごときがァ…!!」
だが魔物の1匹は心臓が破壊されてなお暴れ狂い、少年を蹴とばした。
「ぐえっ!!」
小さく軽い身体はあっさりと飛び、壁に叩きつけられた。
「う、あ……」
「そのガキは殺すな、手足捥いで旦那んとこに連れてくぞ!」
うずくまった少年に対して、巨躯の魔物たちがよってたかって囲み、逃げ場を塞ぐ。
「立てやオラァ!」
魔物が少年を蹴ると、少年は天井まで飛び上がった。
「あ!?」
思ったより高く飛んで驚いたその魔物は、次の瞬間に首が一回転して死んだ。
「つ、連れてってくれるなら大人しく付いていくんで!
手足捥ぎ取るのは勘弁してもらっていいすか」
「…ガキが!!」
魔族らはようやく目の前の少年を敵と認め、暴力ではなく武をもって襲い掛かる。
膂力でも戦闘の経験でも上回る彼らに、少年の勝ち目などない。
(不意打ちで相手がびっくりしてる間に逃げるつもりだったのに…!
1・2発食らっちゃったよ…痛ってぇ…)
少年は急激に気持ちが萎えてくるのを感じつつ、全力疾走で逃げる。
(だから嫌だったんだよ…だいたい殺し合い慣れしたバケモノと正面からやり合って勝てる訳ねぇんだよなぁ…)
「待てや人間!!」
「ぎゃあっ!」
背後からの猛撃をかわし切れず肩口に傷を負う。
追撃の熱線をかろうじてローリング回避するが、その先で蹴り飛ばされる。
「大人しく捕まっとけ下等生物が!!」
「ひっ、ひぃいいっ!もう勘弁してくれぇ!」
泣きわめきながらも立ち上がり、筒のような何かを投げる。
投げたそれは爆散し、強烈な煙をまき散らした。
毒物に耐性を持つ魔族をして立ちくらむほどの刺激。
「に、逃がすな…ゲホッ!ゴボッ!」
少年は傷ついた身体を押して、涙ながらに逃げる。
事前に掛けた【堅固なる護りを授かる法】が無ければ何度死んでいた事か。
(なんで俺がこんな目に…助かったのが幸運だったんだ、調子に乗ってこんな所に乗り込まなきゃよかった…!
しかも、『ムカつくから』とかしょうもない理由で…)
そう考えつつも、足は振り子が示す先へと進んでいた。
(なにやってんの…おれ…)
「おい、なぜ人間がこんな所にいる!」
(あ…ヤベ…)
発見直後、問答無用の拳が襲い来る。
もはや防御する気力も無い。
(…あれ?)
かわせそうだった。
なのでかわした。
「くッ、すばしっこいガキが…!」
二撃目はもっと簡単だった。
(…向こうがバテてんのかな?)
回避ついでに隙が見えたので、刺してみた。
敵は死んだ。
(え?なんで???)
無論、敵が疲れていた訳ではない。
少年の血に刻まれし、4000年練り上げられた殺人者の遺伝子が、この極限状況において急速に発現しつつある。
(え~…もう嫌なんだけど…。
抗える余地とか見せるなよ、悪あがきしちゃうじゃん!
やだやだもう疲れたぁ…!!)
そこへ、救いの手が差し伸べられた。
「よう、派手にやってるな。人間」
青い甲冑の騎士。
常人が正面きって戦いを挑むなら、大隊の規模が必要と言われる騎士級の魔族。
【斬殺卿】ガルミラが、直々に少年の希望を刈り取りに来てくれた。
(…それはそれで普通に嫌だ!!)
〈つづく〉