地震を起こし、地形を変え、マグマを湧出させる半神の超人アルキュオード。
彼とキルエとの戦いは、熾烈を極めていた。
否、純粋な戦いであればキルエなど全くもって歯が立たない。立つはずもない。
アルキュオードはその拳で災害を起こし、肉体はほとんど全ての攻撃を弾き、なおかつ完全なる不死身だ。
おそらく神話の時代においてさえ、その名を残せるであろう本物の怪物。
本来なら戦いがまず成立しないこの男とキルエが形だけでも戦っていられるのは、男が敵の力を見極めたがる生粋の戦狂いであるという事実があってこそ。
…しかしキルエにも切り札があった。
先祖代々伝わりし絶対必殺の秘術、【命を殺す法】。
相手がいかなる英雄、怪物、神であろうとも確実に殺すこの術が完遂できれば、いかなアルキュオードとて殺せる。
13の戦闘舞踊を流れのままに全て命中させる事で、それは成る。
そしてついに13番目の舞が炸裂しようかという、その時。
「ッ!」
アルキュオードは突如目を見開き、背を向けて逃げ出した。
「……???」
キルエは目の前の光景が理解できなかった。
感づかれぬよう劣勢を装い、相手は実際調子づいていた。
にもかかわらず、トドメを刺そうというこの瞬間、相手は突然逃げ出したのだ。
「え?あ…ま、待て!
何のつもりです?ちょ…マジで何のつもりっスか!!?」
「分からん!知らん!」
アルキュオードは叫んだ。
「だがなぜか…その構えはマズい!そう思ったのでな!!」
半神として数多の戦いを超えて来た超常の感性が、その死を感じ取ったのだ。
そして、両足が地面についていなければ不死身でなくなるというのに、気付けば構わず全力で疾走していた。
(なんだよそれッ…反則だろそれは!!
ふざけんなふざけんなふざけんなよぉっ…ただの勘で、はぁ~~~~~っ???
意味分かんねぇよ!なんでもかんでもテメェに都合がいい世の中かよ!!)
傷付いた身体を立たせ、湧き上がってくる罵詈雑言をシャットアウトする。
(逃げられるとでも思ってんのか。
絶対に殺してやる。俺を不快にさせた償いをさせてやる…!)
巨体に見合わぬスピードで遠ざかっていく背中に叫ぶ。
「あっれあれェ~???どうちたのかなぁ~???
こぉんな子供が怖くて逃げちゃうのかなぁ~?ねぇ?怖いもんねぇ?」
「なら追いついてみせよ!!ハハハッ!」
アルキュオードは満足していた。
自分に死の恐怖を思い出させる敵など、数百年ぶりだった。
逃げる事に後ろめたさなど微塵も感じていない。
『敵が逃げるのは卑怯だが、自分が逃げるのは戦略の一つである』
それを無意識に、何の矛盾も感じず受け入れるのが彼だった。
なぜなら彼の中で、結論は常に『自分が勝利する事』以外に無いからだ。
「貴様が追いつけぬというのなら、貴様が俺の脚に負けたという事だ!
事実、俺は貴様に追いついたぞ?」
「そうか。じゃあお前の負けな?」
「ッ!!」
後方に向けて声を投げかけていたアルキュオードは、前からの声に驚いて向き直った。
髑髏の仮面と赤黒の衣を纏った少年は、眼前にいた。
「お前さ、走るの久しぶりだろ?フォームが乱れてるぜ。
そんなんで、普段から逃げ回ってる俺の脚から逃げ切れる訳ねぇだろ!」
筋肉がブチブチと音を立てるのも構わず、キルエは己の最高速度をもってアルキュオードに追いついてみせたのだ。
少なくとも今この瞬間、キルエは速度において、アルキュオードを確実に上回っていた。
「…【断層震脚】!!」
地面を踏み鳴らして岩の壁を生み出すが、キルエはそれを飛び越えた。
「悪あがきはよそうぜ、旦那」
胸の中央に、左手で触れる。
呪詛を打ち込んだ。
「ぐッ…!」
「死ね。……あえ?」
キルエはその場にへたり込んだ。
「あ…あれ。脚。おかしいな」
「…フ、ハハハハハハ!」
アルキュオードは大笑して、人差し指をキルエの胸元に当てる。
「脚の限界が来たか。…結局は、肉体の強度がモノを言ったようだな。
俺をして死の恐怖を思い起こさせた術の正体は、気になるところだが」
指で軽くキルエを弾いた。
「おげッ…!!」
凄まじい衝撃で吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。
(あ。死ぬ。ホントに死ぬ)
朦朧とする意識の中、懐から傷薬を取り出し、容器の口を弄った。
するとそこから針が展開した。
その針を全身の患部に突き刺し、薬を注入していく。
本来塗布する傷薬を体内に注入するのは、効き目こそ跳ね上がるが危険な行為だ。
そして疲労で失神しないように、少年から買った麻薬を追加して強制的に意識を活性化させているため、負荷も尋常なものではない。
傷を治すための薬で死ぬ、という皮肉にもならない事態すらありえた。
「ひゅぅゔー…あぁ…っ」
「ほう!まだ立つか。…いや、立てるか?」
「ゔゔ…ああぁああっ!あぁっ!」
キルエは膝を繰り返し殴りつけ、無理やり立たせる。
「そうだろうな。どんな薬かは知らぬが、一瞬にしてあの傷を癒して疲労まで消し去るほどの効能はあるまいて。
俺を目の前にして回復を優先させた度胸は見事だが…所詮は死を数秒遠ざけただけの事だったな。
理解しろ。貴様は全力を尽くした!限界を超えてみせた!
…だがそれでも及ばぬ敵が、この世にはあるのだと」
アルキュオードに消耗は無い。
技は数発だけ見せたが本気には程遠く、肉体は全くの無傷。
何より彼が全力を発揮すれば、今すぐキルエは骨も残らず消し飛ぶ。
それでも、キルエには言わなければならない事があった。
「…俺が回復を優先させたのは、もう終わってるからだ」
「何だと?」
「だからさ。もう詰んでるんですよ。
……来いッ!!」
「ッ!!?」
アルキュオードはとっさに辺りを見回す。
大地は巨大な獣に引き裂かれたかのように乱れ、マグマが沸々と熱を湧き上がらせている。
人の影といえば、追手たちの死体が点在するのみだった。
(隠れているのか…小僧の仲間が!?)
気配は全く無い。
「やる事は、分かってるよなァ!?」
「……ぐッ!?」
ノーマークの足元から何かが這いあがり、巨体を縛り付けた。
「これはッ…虫か!?」
「そう。あなたの大嫌いな虫ケラですよ」
巨大な神獣ムカデが、アルキュオードの動きを封じている。
アルキュオードが現れる前から既に召喚しておき、神殿から少し離れた場所に待機させていたのだ。
敵の動きを止める、決定的な瞬間のために。
「貴様…これだけ追い詰められておいて、今の今まで…切らなかったのか!この手札を!」
「必要なタイミングで必要な手札を用いる。当然でしょ」
「ハハハ…だが笑わせる!この程度で俺を足止めした気になったか?
貴様の策はいつもそうだな!成功こそすれ、俺に打撃を与える事など…ないッ!!」
アルキュオードは1秒もかけず、あっさりとムカデを引き千切った。
「で!?次はどう…」
「終わり、と言いましたよ」
右拳を胸の中央に軽く打ち込んだ。それで術は完成した。
13番目の舞【
「『呪いあれ』」
「……っ???
がぼッ…げは、ごほォッ!!?」
顔中の穴という穴から、黒ずんだ血を吐き散らす。
「な、んだ、ごれ、はぁあああああッ!?」
身体中から漏出する神力に、アルキュオードは愕然とする。
今までに感じた事の無い、絶望的な無力感。
「今のも、必死になっていれば充分阻止できた攻撃ですよ。
でもそうしなかった。この期に及んで、あなたは自分の勘さえ信じられなかった!
だって一度も負けた事が無いから」
数多の戦士たちがいかなる技を打ち込んでも膝すらつかせられなかった半神の巨体は、あっさりと倒れた。
キルエも同時に脱力し、仰向けになったアルキュオードの胸の上に座り込んだ。
「うー、疲れた疲れた。
ね。どんな気分すか。俺は最高!」
即死効果が発動した瞬間、凄まじいエネルギーが流れ込んでくるのを感じていた。
それは【命を殺す法】の副次的効果。死の呪いを成功させるたびに力が高まる。
神に近い男を殺した報酬は、さすがに莫大だった。
「…俺も、実に痛快だ。
本来この命に届くはずもない男が、ついには俺を討ってみせた。
まさに戦士の誉れ!なんと素晴らしき死か!!」
アルキュオードは満足げである。
自身を超える戦士が現れたのなら、それは喜ばしき事だからだ。
「ほぅ。そりゃ結構」
仮面の奥で、キルエの赤い瞳が憎悪をギラつかせた。
(さんざんヒトの人生踏みにじって来たテメェを、爽やかに死なせると思うか?)
嘲笑混じりに囁く。
「でも、俺は戦士じゃありませんよ。
ただの虫ケラ。あなたが見下す多くの雑魚の中の1人。
その虫に殺されたのが、あなた」
「…フ、フフフ。くだらぬ謙遜をするな。
貴様は立派な…」
「無理に納得しようとしてんの見え見えですよ?
あなたは、アリの巣穴突っついてイキってるだけの幼稚なガキ。
そしたら巣穴から毒虫が出てきて、噛まれて死んだ。
それだけの話ですよ」
「貴様ッ…ぐが!?」
喉を踏みつけ、声を阻んだ。
その時、キルエの仮面が崩れながら剥がれていく。
「ほら。俺の脚の力、伝わる?弱いっしょ?…でもこの程度の力であなたは喋れない。
この身体の傷も見て。ボロッボロの死にかけ。お前は無傷。
なのに負けたの。お前は、自分より弱い奴に、本気を出し損ねたまま負けて死ぬの!
キャハハハハハハ!!」
露わになったキルエの顔、浮かぶ満面の笑みは、死にゆくアルキュオードの目にトラウマめいて焼き付いた。
真っ赤な血に染まり、人の意志を嘲笑う
「ぐぅ…あ、ぁ…」
「死んじゃうよ?ほら早く反論しなきゃ。急いで急いで!
ああ、もう意識も薄れてきたね?悔しいねぇ?」
「ぅ…ぇ…」
勝利と栄光に満ちた生涯を生きた半神の英雄がその死に際に知ったのは、己の人生の全てが無意味に終わるという事実だった。
「キャハハ!死ぬ、死ぬ!バカが死ぬ!
オラぁ、死ねよ!今までテメェが殺してきた虫ケラみてぇに惨めに死ね!
イヒッヒャハハハハハァ!!」
「…ぁ」
薄れる意識を麻薬の高揚感と気合で繋ぎ、アルキュオードの目から力が失せるのを見送る。
「…………ふぅ。やっと逝ったか。
なっさけねぇ面で。ざまぁ見やがれ……ぅ」
直後、キルエもまた気を失った。
「…あ?あ…」
キルエは辺りを見回し、即座に理解する。
そこはウーシエとの修行場所になった精神空間によく似ていた。
「夢か…それとも走馬灯かな」
「どっちも微妙に違う」
「!!」
赤黒い人影がそこに立っている。
「忘れたか?俺だよ俺」
「…『ハンバーグだよ』?」
「違ぇよ!誰だソイツ!
俺はお前の先祖!ドルグだ!」
ジェト族の始祖にして、【命を殺す法】の原型を築き上げた殺人鬼、ドルグ。
死してなお、死霊と化してこの世に残り復活の時を待っている。
「で、何の用ですか。またぞろ俺の身体を乗っ取りにでも来ましたか?」
「あの時引き下がらず、乗っ取っておけばよかったと思ってるところでね。
おかげで今は身体を奪うどころか、お前がこうして弱ってる時でなきゃ出てこられない有様だ」
「おや。そんな貴重なタイミングを使って俺に話しかけたのは、どうしてです?」
「別に大した話でもない。お知らせって奴だ。
お前は偉大な敵を打倒した。本来どうあっても今のお前には倒せない敵をな。
【
この効果でどんどん強くなってもらい、その強い肉体を俺がいただくって仕組みよ」
「脱線してますよ。要旨だけお願いします」
「だからな。お前が倒した奴の生命は、今までの人間やら魔族やらとはレベルが違いすぎたって話だ。
あまりに膨大すぎて、取り込んでもお前の身体じゃ耐えられん」
キルエにも覚えがあった。
術の効果を確定させたあの瞬間、彼の身体に流れ込む壮絶なエネルギー。
全身が破裂するような感覚。
「だから一旦、俺が堰き止めてる。
この余ったエネルギーをどうするか、それを聞きに来た」
「ど、どうするって…」
「俺おすすめの運用は、神への捧げ物だな」
「運用って…資産じゃねぇんだから」
「実際、今回のは思わぬ収入だ。
それにこれだけ莫大なエネルギーなら、見返りもそれなりだろうぜ。
これまで以上に多くの術を使えるようにもなるし、なにより…」
「なにより?」
「神の権能領域への接続を許される」
耳慣れぬ言葉に、キルエは眉をひそめた。
「あ~つまりな…より高位の神獣を召喚できるとか、自然の精霊とより深く交信できるとか…神に近い力を振るえるって事だ。
お前程度では大それた力は使えまいが…まぁ損は無い」
「ふぅん…他によさげな使い道が無いなら、そうしましょうかね」
「では、起きたら【力を捧げる儀式】を行なえ。
そうすれば後は神さんが説明してくれる」
「分かりました。…しかし、意外と面倒見の良い事で」
「うるせぇよ。ったく、こんな面倒まで見なきゃいけねぇのも、全部お前が弱すぎるせいだ。
そのくせ自分より遥かに強い連中に喧嘩売りまくりやがって」
言葉に反し、ドルグの口調は愉快そうだった。
「お、俺だってねぇ!正面切って戦うつもりなんてなかったんです!
こう…術で上手い事ハメて勝つつもりだったの!」
「バカが…お前程度の実力で調子に乗りやがって。
お前の勝利はな、ただの奇跡だ!二度は無ぇ!」
「それはそうですが、俺は途中から勝利を確信してましたよ」
「……ほう?」
「だってアイツ、敵の技を一通り見ないと気が済まないタイプでしょ。
で、俺には確実に即死させる技がある。
ほら。絶対殺せるじゃないですか」
キルエは常識を語るように平然と、飽き飽きしたように言った。
「なるほどな。…やっぱお前面白いよ。
ジェト族最後の人間がお前みたいなので、正直助かったかもな」
「でもあなたからすると、もっと強い戦士の方がよかったのでは?」
「そりゃそうだが贅沢は言えねぇ。それにお前が弱いのは仕方ねぇ部分もある。
何しろ純血じゃねぇからなぁ…」
「え?それはどういう」
「おっと時間だ。目ぇ覚ましな。
次に会うのはいつになるか…まぁ楽しみにしとくわ」
「いや…あの!」
意識は急速に浮き上がり、光に近づいていく。
「っは!」
上体を起こし、自分が今まで寝ていた事に気付く。
周囲を見回す。
(…ベッド。ここ、誰の家だ?)
「うおっ!起きたか坊主!!」
扉が慌ただしく開き、中年の男が盆を持って入ってきた。
「さすがに死んだんじゃねぇかとヒヤヒヤしてたんだぜ!?」
この妙に馴れ馴れしい男に、キルエは見覚えが無かった。
いつでも殺せる心構えを整えつつ問うた。
「あの…あなたは?」
「俺もあの場所に居たんだよ!
そんで見てた!坊主があのアルキュオードをぶっ殺しちまったのを!!」
男はなぜか異様に興奮しており、涙ぐんでいた。
〈つづく〉