異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第52話 円卓血風伝・悲しみの子の死

魔皇城内に存在する両陣営においての最高戦力が、今この広間で戦闘を繰り広げていた。

 

あらゆるものをすり抜けるツルードの能力を的確に対処していくトリスタン。

しかし彼の背を、感知不能の透明者リュエンが突き刺した。

 

「ぐ、は…ッ」

 

「……」

 

ナイフはそのまま放置されている。

ナイフ自体は透明化できるが、そこから垂れる血は消せないからだ。

 

「いや~いっつもいい仕事するわ!

で、どうしようか。ガスマさん、そっち加勢しようか?」

 

その時幻術師と騎士は、凄まじい近距離戦を繰り広げていた。

達人めいたステッキの技量と最高クラスの幻術に、己の武のみで対抗するランスロット。

 

「なんか…加勢とか要らなそうね、コレ」

 

「…私が殺す。気を引け」

 

一瞬、耳元で女の声がする。リュエンだ。

 

「はいよ。囲んで叩こうか!」

 

両者の猛撃を平然とすり抜けながら、ツルードがランスロットに迫る。

 

「…なんじゃ貴様。うっとおしいのォ!」

 

ランスロットは突進し、ツルードの身体を通り抜けながらガスマの攻撃を防ぐ。

 

「うわわっ、本当に躊躇ないなぁ!

でもちょ~っと無警戒が過ぎるんじゃな~い?」

 

ナイフを振り下ろすが、ステッキを刃で受け止めたまま柄でガードした。

 

「フゥ!すごいねアンタ!

でも、あ~あ。鎧は無くなっちゃった」

 

ゴトンと鎧が外れて落ちた。

指先だけを実体化させれば、相手の鎧を外す事も所持品を盗む事も容易だ。

 

「チィ…!」

 

(仕留める)

 

その時リュエンは既に、誰にも認識されぬままランスロットに迫っていた。

いかなランスロットといえども、鎧の無い状態でリュエンのナイフを受ければただでは済まない。

 

「……どぉおおおおるァああああ!!」

 

聖魔剣アロンダイトが空を切る。

…そのはずが、空中から血が噴き出た。

 

「はっ?」

 

誰にも見えないはずのリュエンは、確かに斬りつけられていた。

それでも苦痛をこらえて無言を維持するが、身体から離れた血が可視化して位置を露わにしていた。

 

ツルードには、にわかに信じがたい光景だった。

リュエンの透明化は絶対に感知できないはずだからだ。

 

「ど、どどどどうやったの今!?」

 

「どうもクソもあるかい。

刺される瞬間、チクっとするじゃろうが。その瞬間、その方向を斬ればええ」

 

リュエンのナイフは確かに背後から心臓を狙っていた。

だが刃が心臓に届く前、皮膚に触れた瞬間にそれを感じ取り、反撃したのだ。

 

「リュエンちゃん、ここはいいからもう退け!

後はガスマさんに任せ…」

 

不意に、倒れていたトリスタンがむくりと起き上がる。

 

「えいっ」

 

そして、血の噴き出る虚空に向かって剣を突き出した。

 

「…げ、ふ!?」

 

「血で丸見えになっちゃったね。ハハハ…ゲホッ、ゲホッ!」

 

「ど、う、やって…貴様…!」

 

リュエンは確かにトリスタンの心臓を突いた。

仮にも人間が、その傷で生きているはずがないのだ。

 

「フェイルノートで、傷を…縫合したんですよ。アレ、糸だし」

 

剣が引き抜かれると、その場に長髪の女が現れて倒れ込んだ。

リュエンの意志以外で透明化が解ける時。それはリュエンが死んだ時だけだ。

 

「む…これは予想外ですね。2対2になってしまうとは。

私悲しみと恐ろしさで震えが止まりません」

 

「言ってる場合かよガスマさ~ん…!

これ、アンタが本気出すしか無くなったんじゃねえの?」

 

「それには閣下の許可が要るのは御存じのはず」

 

「ちょっとならバレねぇって…」

 

『全体連絡。目の前の敵がすぐ倒せそうな場合以外、帰還して。

悪いね、急で』

 

ネネルの声が、2人の頭に響く。

 

「…だ、そうですよ。すぐ倒せそう…でしょうか?」

 

「ラッキー!さっさと帰ろう!こんな所にいられるか!」

 

ツルードは待ってましたとばかりに走り出し、壁を抜けて姿を消した。

 

「判断が早いと言うべきでしょうか、ああいうのは。

で、どうなさいます?続けますか?」

 

「上等じゃァ…ボケェ。テメェぶち殺すまで終わらんぞコラァ!」

 

「元気ですね。毒が身体に回っているというのに」

 

リュエンの使うナイフには、神経伝達を阻害する猛毒が塗布されている。

刃が数ミリでも刺されば体内に侵入し、即座に効果を表す。

円卓の騎士は2人とも、その毒を受けていた。

 

「ランスロット卿。たぶん俺死ぬんで、それまでに片付けてもらえます?」

 

トリスタンはそう言うと両手をかざし、ランスロットとガスマを囲うように糸の結界を張った。

 

「余裕…余裕じゃボケが!

テメェの支援なんざ要らんからはよ死んどけ!!」

 

「おやおや酷いお人だ。お仲間の決死の助けを…」

 

「やかましわい」

 

既に間合い。糸のせいで、ガスマは自在な動きを封じられていた。

 

「ワシが毒で死ぬかァ!」

 

「人間なら毒で死ぬと思うのですがね…ッ」

 

受け止めたステッキが断たれ、右腕もろとも切断される。

 

「という夢でした」

 

本来の右腕が出現し、ステッキでランスロットの喉を突く。

もちろん、これは回避された。

 

「幻術にはこのような局所的な使い方もあるのですよ」

 

「何を勘違いしとるんじゃ。バッチリ当たっとるがな」

 

「なんと?」

 

ガスマの袖がはらりと切れ落ちて、切れた薄皮から血が滲む。

 

「…ハハハ、これはお見事!

私の実体を捉えた者はそう多くない!誇りなさるとよろしい!」

 

「ほざくなやァ…ワシが」

 

その瞬間、突然ランスロットの胸を突き破って黒い棘が現れる。

当然幻に決まっているが、理解していてなおリアルな痛みがランスロットを襲う。

 

「…ッ幻じゃろうが!小賢しい!」

 

叫び声が響くと、何事も無かったように消えた。

 

「ええ。しかし毒のせいで振り払うのが遅れているようだ。

どうしましょうか?我慢勝負は美しくないのですが、貴方がお望みとあらば…」

 

「我慢じゃァ?…そんなんせんでもすぐ終わるわァ!」

 

わずかな量とはいえ、猛毒を受けてなおランスロットの意気は燃え上がっていた。

 

「…なるほどよろしい。では存分に…!」

 

『ガスマくん?早く帰ってきなさい?

それとも、倒せそうな敵がいるかな?』

 

再び主の声がガスマの脳に響く。今度は個人通話だった。

 

「…おお、直接のご連絡嬉しく思います閣下!

実はかなり微妙な状況でして…」

 

『…じゃ、1分だけ本気出していいよ。

それでダメなら帰ってきなさい。』

 

「承知。では、また」

 

ステッキで地面を叩く。

 

「朗報です。我慢はしなくても結構ですよ。

私も全力を出していいとの事なので…」

 

もう一度叩くと、そこから世界が塗り替えられた。

 

「…あァ?」

 

「私はここから一歩も動きません」

 

そこは先ほどまでの広間ではなく、肉で構成された洞穴のような異空間。

四方八方から、ミミズめいた肉塊の巨竜が襲い掛かる。

 

「しゃらくせぇわい!!」

 

加速する踏み込み。今までの倍はあろうかという速度で、竜を同時に2体斬った。

余波が斬撃となって飛び、3体目ごとガスマを斬る。

 

「お見事。ところで一歩も動かないというのは嘘です」

 

死体が融解し、ランスロットの背後に本体が現れた。

 

「あァ!?」

 

「お察しします。目線は一度も外していないのに…とお思いだ。

ええそうです。あなたは確かに私を見続けていた」

 

ランスロットが猛然と振り向こうとするが、全身から幻影の刃が突き出して動きを止める。

 

「がッ…!」

 

「ですが残念ながら、私の幻は現実を侵す。

夢も現も全て我が意のままに!」

 

確実に心臓を捉えるステッキの一撃が、ランスロットを…

 

「ヒャッハァ!手柄も~らいッ!!」

 

「なんじゃああああッ!?」

 

「おやッ…!?」

 

ランスロットを蹴飛ばして、瀕死のトリスタンが立ちはだかる。

右肩にステッキが刺さりながらも、糸を集めて弓を生み出す。

 

「トリスタン、テメェ…!」

 

「アンタにやるくらいなら、俺がコイツの首貰いますよォ!

…第三段階、【麗しきイゾルデ】ェ!!」

 

黄金の弓に、黒い矢が番えられる。

魂そのものを標的とした、超高度の封印術式。

だが長時間のチャージが無ければ、射程はせいぜい2・3mが限界。

 

「この距離なら当たるよなァ!!」

 

仲間を救おうというのではない、純粋な我欲。

それが彼ら円卓の騎士に共通する絶対の原理。

 

「発射ァ!!」

 

「な、なんと…ッ!?」

 

黒い矢が、眼前のガスマに突き刺さる。

 

「こんガキ…邪魔しよってからに!」

 

「バ~カ!ずっと殺そうと狙ってたんですよ~だ!」

 

矢は黒い箱に変形していき、ガスマを覆っていく。

 

「こ、これは…封印、術…!!」

 

「そうっすよ。もう逃げらんないから諦めてね」

 

箱はサイコロほどの小ささに圧縮されて、地面に落下した。

トドメを奪われたランスロットは、低い声で毒づく。

 

「クソがッ!どうせ死ぬくせに横取りしよって!」

 

「へへへ、油断したアンタが悪いんでしょうが!…がはッ!

じゃ、勝ち逃げさせてもら…」

 

「全く、なんと恐ろしい術でしょう!

あんな風に封印されては、向こう1000年は出て来られませんよ!」

 

足元の肉片が喋ったかと思うと、それは瘤のように盛り上がり、人型を形成した。

ガスマの本体だ。

 

「…………封印、できたと思ったんですけどね」

 

「ええ、当たっていればね。

先程も…これは『現実を侵す幻』と申し上げたはずですよ?」

 

トリスタンが、力尽きたように倒れた。

 

「さて…これでようやく1対1。

心置きなく、貴方を夢の世界へとご案内…」

 

肉の壁面と天井が、バキバキとひび割れる。

隙間からは、形容しがたい混沌のわだかまりが覗いていた。

 

「…もう1分経過してしまいましたか」

 

彼のあまりに強大な幻術の力場は、魔皇城内のシステムと干渉し、予測不可能の事故を発生させるという予測が立てられていた。

 

「さすが閣下の予測。きっかり1分で崩壊が始まるとは…」

 

幻術を解いた途端、ひび割れは消えた。

 

「なんのつもりじゃコラァ!!」

 

「失礼!こちらからお誘いしておいて申し訳ないのですが、急用ができてしまいました!

楽しい時間は早く過ぎるもの…名残惜しいですが、これにて」

 

「あァああああッ!?許す訳ないじゃろうがボケァ!!」

 

ランスロットが切断した身体は、霧のように消えた。

残されたのは倒れた兵たちと、リュエンとトリスタンの死体。

 

「…どいつもこいつも、勝ち逃げしよってッ…!!」

 

耐えがたい怒りが、ランスロットを支配する。

何より許せないのは、トリスタンの死は既に王宮に届いているという事だ。

円卓の騎士が死ねば、それはマーリンの不可思議な魔術によって千里を超えて即座に届く。

…そして円卓の騎士が円卓以外の者に殺された場合、その者は円卓の騎士全員の敵になる。

 

(もう1人2人は派遣されてくるか…。

出しゃばりのモードレッドか、調子こきのギャラハッド辺りが来そうじゃのう。

…ああッ鬱陶しい連中じゃァ!!奴らが来る前に殺す!!)

 

仲間を悼む事すらせず、ランスロットはフラフラと死屍累々の広間を去った。

 

 

 

 

 

「…陛下」

 

円卓の一席を占める者、黄金の鎧を纏った大柄な騎士が呟く。

 

「死んだねぇ」

 

王冠を被る少年が、玉座をさすりながら事もなげに言った。

 

「で、どうするのだ。円卓の騎士が死んだのだぞ。

この戦、もはや我々にとっても道義だけの戦いではなくなった。

何に代えても平定せねばならぬ」

 

筋骨隆々の老人が、鋭い眼光を少年に飛ばした。

 

「そうねぇ。やっぱ南方戦線…ゼスト・フォロボヤは魔境だな。

トリスタンはクソ強かった。普通に戦えばまず負けねぇだろ。

それが負けたって事は、単純な戦闘能力が問題じゃねえって事だ…」

 

「そうじゃろうな。と、なるとアグラヴェインが死んだのは痛いな。

ギャラハッドか、あるいはケイか…」

 

「…俺、行っちゃう?」

 

少年…キャメロットの王アーサーがニヤついた。

 

「馬鹿者!王たる者が、冗談でもそのように軽率な言葉を吐くな!

しかもお主の場合冗談ですらない!」

 

老人…属国の王にして円卓の騎士、ペリノアが吐き捨てた。

 

「私が行く、というのも視野に入れるべきかもしれません。

何しろ敵は得体が知れませんから…」

 

黄金の騎士ガウェインが、重々しく言った。

 

「いやー、既にランスロット行かせてるし。

お前まで行くとなぁ、ちょっとなぁ…」

 

「親父ィ!トリスタン死んだってェ!?」

 

嬉しそうな声を上げながら、円卓の間に飛び込んできた少年。

歳の頃は16歳ほど、顔立ちは女性的で高貴な雰囲気を纏っていた。

 

「…モードレッド、テメェ反省房から出てきたのか」

 

「飽きたし!で、で?マジに死んだのアイツ!?」

 

「死んだ死んだ。南はヤバいわ」

 

「な、な!俺行こうか!?」

 

「はぁ?自惚れんな、お前如きが…」

 

モードレッドは、この一見少年のような国王の息子であった。

 

「こ、こら~!ダメっスよ、勝手に出てっちゃ!」

 

後を追って出てきたのは、黒衣と大きな眼鏡が印象的な長身の女。

アーサーの義姉にしてモードレッドの母、半神の魔女。

その真名は誰も知らず、与えられた称号から【大魔女(モルガン)』と呼ばれている。

 

「義姉さん、ちゃんと見とけよ!目離したらすぐどっか行くんだから!」

 

「も、申し訳ねえス。でもケイさんが悪いんスよぉ…」

 

「おいモードレッド!こっちにでっかいバッタが…!」

 

最後に入って来たのが、アーサーの実兄にして円卓の騎士ケイである。

ケイとモルガンは夫婦だった。

 

「おや、モルさん。貴女もいかがですか、でっかいバッタが居ますよ」

 

「おい兄貴ィ!テメェだろモードレッド逃がしたの!!」

 

「おお!だってな、どうしてもでっかいバッタ見せたくてな!

でもモードレッドぐらいしか相手にしてくんないからな!」

 

一家はぎゃあぎゃあと騒ぎ、まるで王宮とは思えない。

ペリノアが嘆息した。

 

「このクソバカどもが…」

 

「あっ、そーだ!」

 

アーサーが、ふと目を円くする。

 

「…な、モードレッド。

お前が盗もうとした剣…クラレントな。アレあげようか」

 

「えっ!?マジで!?」

 

「でもちゃんと使えるかな」

 

「使える使える!俺マジ最強だし!

敵とかザシュッ、ブオーウ!って感じで楽勝だから!」

 

「じゃあ父ちゃんにちゃんとできるとこ見せてくれ。

これからゼスト・フォロボヤに行って、魔皇城で起きてるとかいう混乱を収めてこい。

クラレント使っていいから」

 

モードレッドの頭髪が、猫のように逆立っていく。

 

「…っやるやるぅ!!」

 

「待った待った!」

 

モルガンが間に入る。

 

「アレはまだ早いっスよ、この子には…」

 

「んだよ邪魔すんなって母ちゃん!」

 

「じ、じゃあ!剣は持ってっていいっス!

ただし一度も抜かないこと!」

 

「はぁ?それじゃ意味ねぇじゃん!」

 

「クラレントは使い手を強くする。身に着けているだけで効果があるんス。

それでも不安ならやめれば?」

 

「…ってやるよォ!俺を舐めんなよ母ちゃん!!」

 

アーサーは頭を掻きながら、ケイを指差す。

 

「あ~…じゃ、兄貴!付いてったげて」

 

「え?分からんけど、分かった!

行こうかモードレッド!」

 

「おうよ!行こうぜおっちゃん!!」

 

2人は喜び勇んで去っていった。

 

「…あの、いいんスか?」

 

「何が?」

 

「モーちん!子供っスよ、うちらの!

危ないとこに行かせるのに、葛藤とか色々…」

 

「普通はそうなのか?」

 

「そりゃ、自分の子供だし…いや、もう良いっス…」

 

モルガンが嘆息するのと同時に、老人が首を振った。

 

「まだまだ、普通の感覚には程遠いな…」

 

「な、なんだよ…行かせない方が良かったか?」

 

「そうではない。

モードレッドにも戦場を知る経験は必要だ。妥当な判断ではある」

 

「じゃあ何!」

 

「正しい判断を下すにしても、思い悩む必要がある。

情に流される王は無能だが、情を知らぬ王は愚鈍だ」

 

「は~いわっかりました~」

 

既に興味を失ったアーサーは、本を開き始めた。

 

「…まるで子供だな」

 

「ハッ。その愚鈍なガキに務まる王位なんざ、端から大した事ねぇってこった」

 

王は平然と、己が座るその椅子の重みを嘲笑った。

 

〈つづく〉

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