魔皇城内に存在する両陣営においての最高戦力が、今この広間で戦闘を繰り広げていた。
あらゆるものをすり抜けるツルードの能力を的確に対処していくトリスタン。
しかし彼の背を、感知不能の透明者リュエンが突き刺した。
「ぐ、は…ッ」
「……」
ナイフはそのまま放置されている。
ナイフ自体は透明化できるが、そこから垂れる血は消せないからだ。
「いや~いっつもいい仕事するわ!
で、どうしようか。ガスマさん、そっち加勢しようか?」
その時幻術師と騎士は、凄まじい近距離戦を繰り広げていた。
達人めいたステッキの技量と最高クラスの幻術に、己の武のみで対抗するランスロット。
「なんか…加勢とか要らなそうね、コレ」
「…私が殺す。気を引け」
一瞬、耳元で女の声がする。リュエンだ。
「はいよ。囲んで叩こうか!」
両者の猛撃を平然とすり抜けながら、ツルードがランスロットに迫る。
「…なんじゃ貴様。うっとおしいのォ!」
ランスロットは突進し、ツルードの身体を通り抜けながらガスマの攻撃を防ぐ。
「うわわっ、本当に躊躇ないなぁ!
でもちょ~っと無警戒が過ぎるんじゃな~い?」
ナイフを振り下ろすが、ステッキを刃で受け止めたまま柄でガードした。
「フゥ!すごいねアンタ!
でも、あ~あ。鎧は無くなっちゃった」
ゴトンと鎧が外れて落ちた。
指先だけを実体化させれば、相手の鎧を外す事も所持品を盗む事も容易だ。
「チィ…!」
(仕留める)
その時リュエンは既に、誰にも認識されぬままランスロットに迫っていた。
いかなランスロットといえども、鎧の無い状態でリュエンのナイフを受ければただでは済まない。
「……どぉおおおおるァああああ!!」
聖魔剣アロンダイトが空を切る。
…そのはずが、空中から血が噴き出た。
「はっ?」
誰にも見えないはずのリュエンは、確かに斬りつけられていた。
それでも苦痛をこらえて無言を維持するが、身体から離れた血が可視化して位置を露わにしていた。
ツルードには、にわかに信じがたい光景だった。
リュエンの透明化は絶対に感知できないはずだからだ。
「ど、どどどどうやったの今!?」
「どうもクソもあるかい。
刺される瞬間、チクっとするじゃろうが。その瞬間、その方向を斬ればええ」
リュエンのナイフは確かに背後から心臓を狙っていた。
だが刃が心臓に届く前、皮膚に触れた瞬間にそれを感じ取り、反撃したのだ。
「リュエンちゃん、ここはいいからもう退け!
後はガスマさんに任せ…」
不意に、倒れていたトリスタンがむくりと起き上がる。
「えいっ」
そして、血の噴き出る虚空に向かって剣を突き出した。
「…げ、ふ!?」
「血で丸見えになっちゃったね。ハハハ…ゲホッ、ゲホッ!」
「ど、う、やって…貴様…!」
リュエンは確かにトリスタンの心臓を突いた。
仮にも人間が、その傷で生きているはずがないのだ。
「フェイルノートで、傷を…縫合したんですよ。アレ、糸だし」
剣が引き抜かれると、その場に長髪の女が現れて倒れ込んだ。
リュエンの意志以外で透明化が解ける時。それはリュエンが死んだ時だけだ。
「む…これは予想外ですね。2対2になってしまうとは。
私悲しみと恐ろしさで震えが止まりません」
「言ってる場合かよガスマさ~ん…!
これ、アンタが本気出すしか無くなったんじゃねえの?」
「それには閣下の許可が要るのは御存じのはず」
「ちょっとならバレねぇって…」
『全体連絡。目の前の敵がすぐ倒せそうな場合以外、帰還して。
悪いね、急で』
ネネルの声が、2人の頭に響く。
「…だ、そうですよ。すぐ倒せそう…でしょうか?」
「ラッキー!さっさと帰ろう!こんな所にいられるか!」
ツルードは待ってましたとばかりに走り出し、壁を抜けて姿を消した。
「判断が早いと言うべきでしょうか、ああいうのは。
で、どうなさいます?続けますか?」
「上等じゃァ…ボケェ。テメェぶち殺すまで終わらんぞコラァ!」
「元気ですね。毒が身体に回っているというのに」
リュエンの使うナイフには、神経伝達を阻害する猛毒が塗布されている。
刃が数ミリでも刺されば体内に侵入し、即座に効果を表す。
円卓の騎士は2人とも、その毒を受けていた。
「ランスロット卿。たぶん俺死ぬんで、それまでに片付けてもらえます?」
トリスタンはそう言うと両手をかざし、ランスロットとガスマを囲うように糸の結界を張った。
「余裕…余裕じゃボケが!
テメェの支援なんざ要らんからはよ死んどけ!!」
「おやおや酷いお人だ。お仲間の決死の助けを…」
「やかましわい」
既に間合い。糸のせいで、ガスマは自在な動きを封じられていた。
「ワシが毒で死ぬかァ!」
「人間なら毒で死ぬと思うのですがね…ッ」
受け止めたステッキが断たれ、右腕もろとも切断される。
「という夢でした」
本来の右腕が出現し、ステッキでランスロットの喉を突く。
もちろん、これは回避された。
「幻術にはこのような局所的な使い方もあるのですよ」
「何を勘違いしとるんじゃ。バッチリ当たっとるがな」
「なんと?」
ガスマの袖がはらりと切れ落ちて、切れた薄皮から血が滲む。
「…ハハハ、これはお見事!
私の実体を捉えた者はそう多くない!誇りなさるとよろしい!」
「ほざくなやァ…ワシが」
その瞬間、突然ランスロットの胸を突き破って黒い棘が現れる。
当然幻に決まっているが、理解していてなおリアルな痛みがランスロットを襲う。
「…ッ幻じゃろうが!小賢しい!」
叫び声が響くと、何事も無かったように消えた。
「ええ。しかし毒のせいで振り払うのが遅れているようだ。
どうしましょうか?我慢勝負は美しくないのですが、貴方がお望みとあらば…」
「我慢じゃァ?…そんなんせんでもすぐ終わるわァ!」
わずかな量とはいえ、猛毒を受けてなおランスロットの意気は燃え上がっていた。
「…なるほどよろしい。では存分に…!」
『ガスマくん?早く帰ってきなさい?
それとも、倒せそうな敵がいるかな?』
再び主の声がガスマの脳に響く。今度は個人通話だった。
「…おお、直接のご連絡嬉しく思います閣下!
実はかなり微妙な状況でして…」
『…じゃ、1分だけ本気出していいよ。
それでダメなら帰ってきなさい。』
「承知。では、また」
ステッキで地面を叩く。
「朗報です。我慢はしなくても結構ですよ。
私も全力を出していいとの事なので…」
もう一度叩くと、そこから世界が塗り替えられた。
「…あァ?」
「私はここから一歩も動きません」
そこは先ほどまでの広間ではなく、肉で構成された洞穴のような異空間。
四方八方から、ミミズめいた肉塊の巨竜が襲い掛かる。
「しゃらくせぇわい!!」
加速する踏み込み。今までの倍はあろうかという速度で、竜を同時に2体斬った。
余波が斬撃となって飛び、3体目ごとガスマを斬る。
「お見事。ところで一歩も動かないというのは嘘です」
死体が融解し、ランスロットの背後に本体が現れた。
「あァ!?」
「お察しします。目線は一度も外していないのに…とお思いだ。
ええそうです。あなたは確かに私を見続けていた」
ランスロットが猛然と振り向こうとするが、全身から幻影の刃が突き出して動きを止める。
「がッ…!」
「ですが残念ながら、私の幻は現実を侵す。
夢も現も全て我が意のままに!」
確実に心臓を捉えるステッキの一撃が、ランスロットを…
「ヒャッハァ!手柄も~らいッ!!」
「なんじゃああああッ!?」
「おやッ…!?」
ランスロットを蹴飛ばして、瀕死のトリスタンが立ちはだかる。
右肩にステッキが刺さりながらも、糸を集めて弓を生み出す。
「トリスタン、テメェ…!」
「アンタにやるくらいなら、俺がコイツの首貰いますよォ!
…第三段階、【麗しきイゾルデ】ェ!!」
黄金の弓に、黒い矢が番えられる。
魂そのものを標的とした、超高度の封印術式。
だが長時間のチャージが無ければ、射程はせいぜい2・3mが限界。
「この距離なら当たるよなァ!!」
仲間を救おうというのではない、純粋な我欲。
それが彼ら円卓の騎士に共通する絶対の原理。
「発射ァ!!」
「な、なんと…ッ!?」
黒い矢が、眼前のガスマに突き刺さる。
「こんガキ…邪魔しよってからに!」
「バ~カ!ずっと殺そうと狙ってたんですよ~だ!」
矢は黒い箱に変形していき、ガスマを覆っていく。
「こ、これは…封印、術…!!」
「そうっすよ。もう逃げらんないから諦めてね」
箱はサイコロほどの小ささに圧縮されて、地面に落下した。
トドメを奪われたランスロットは、低い声で毒づく。
「クソがッ!どうせ死ぬくせに横取りしよって!」
「へへへ、油断したアンタが悪いんでしょうが!…がはッ!
じゃ、勝ち逃げさせてもら…」
「全く、なんと恐ろしい術でしょう!
あんな風に封印されては、向こう1000年は出て来られませんよ!」
足元の肉片が喋ったかと思うと、それは瘤のように盛り上がり、人型を形成した。
ガスマの本体だ。
「…………封印、できたと思ったんですけどね」
「ええ、当たっていればね。
先程も…これは『現実を侵す幻』と申し上げたはずですよ?」
トリスタンが、力尽きたように倒れた。
「さて…これでようやく1対1。
心置きなく、貴方を夢の世界へとご案内…」
肉の壁面と天井が、バキバキとひび割れる。
隙間からは、形容しがたい混沌のわだかまりが覗いていた。
「…もう1分経過してしまいましたか」
彼のあまりに強大な幻術の力場は、魔皇城内のシステムと干渉し、予測不可能の事故を発生させるという予測が立てられていた。
「さすが閣下の予測。きっかり1分で崩壊が始まるとは…」
幻術を解いた途端、ひび割れは消えた。
「なんのつもりじゃコラァ!!」
「失礼!こちらからお誘いしておいて申し訳ないのですが、急用ができてしまいました!
楽しい時間は早く過ぎるもの…名残惜しいですが、これにて」
「あァああああッ!?許す訳ないじゃろうがボケァ!!」
ランスロットが切断した身体は、霧のように消えた。
残されたのは倒れた兵たちと、リュエンとトリスタンの死体。
「…どいつもこいつも、勝ち逃げしよってッ…!!」
耐えがたい怒りが、ランスロットを支配する。
何より許せないのは、トリスタンの死は既に王宮に届いているという事だ。
円卓の騎士が死ねば、それはマーリンの不可思議な魔術によって千里を超えて即座に届く。
…そして円卓の騎士が円卓以外の者に殺された場合、その者は円卓の騎士全員の敵になる。
(もう1人2人は派遣されてくるか…。
出しゃばりのモードレッドか、調子こきのギャラハッド辺りが来そうじゃのう。
…ああッ鬱陶しい連中じゃァ!!奴らが来る前に殺す!!)
仲間を悼む事すらせず、ランスロットはフラフラと死屍累々の広間を去った。
「…陛下」
円卓の一席を占める者、黄金の鎧を纏った大柄な騎士が呟く。
「死んだねぇ」
王冠を被る少年が、玉座をさすりながら事もなげに言った。
「で、どうするのだ。円卓の騎士が死んだのだぞ。
この戦、もはや我々にとっても道義だけの戦いではなくなった。
何に代えても平定せねばならぬ」
筋骨隆々の老人が、鋭い眼光を少年に飛ばした。
「そうねぇ。やっぱ南方戦線…ゼスト・フォロボヤは魔境だな。
トリスタンはクソ強かった。普通に戦えばまず負けねぇだろ。
それが負けたって事は、単純な戦闘能力が問題じゃねえって事だ…」
「そうじゃろうな。と、なるとアグラヴェインが死んだのは痛いな。
ギャラハッドか、あるいはケイか…」
「…俺、行っちゃう?」
少年…キャメロットの王アーサーがニヤついた。
「馬鹿者!王たる者が、冗談でもそのように軽率な言葉を吐くな!
しかもお主の場合冗談ですらない!」
老人…属国の王にして円卓の騎士、ペリノアが吐き捨てた。
「私が行く、というのも視野に入れるべきかもしれません。
何しろ敵は得体が知れませんから…」
黄金の騎士ガウェインが、重々しく言った。
「いやー、既にランスロット行かせてるし。
お前まで行くとなぁ、ちょっとなぁ…」
「親父ィ!トリスタン死んだってェ!?」
嬉しそうな声を上げながら、円卓の間に飛び込んできた少年。
歳の頃は16歳ほど、顔立ちは女性的で高貴な雰囲気を纏っていた。
「…モードレッド、テメェ反省房から出てきたのか」
「飽きたし!で、で?マジに死んだのアイツ!?」
「死んだ死んだ。南はヤバいわ」
「な、な!俺行こうか!?」
「はぁ?自惚れんな、お前如きが…」
モードレッドは、この一見少年のような国王の息子であった。
「こ、こら~!ダメっスよ、勝手に出てっちゃ!」
後を追って出てきたのは、黒衣と大きな眼鏡が印象的な長身の女。
アーサーの義姉にしてモードレッドの母、半神の魔女。
その真名は誰も知らず、与えられた称号から【
「義姉さん、ちゃんと見とけよ!目離したらすぐどっか行くんだから!」
「も、申し訳ねえス。でもケイさんが悪いんスよぉ…」
「おいモードレッド!こっちにでっかいバッタが…!」
最後に入って来たのが、アーサーの実兄にして円卓の騎士ケイである。
ケイとモルガンは夫婦だった。
「おや、モルさん。貴女もいかがですか、でっかいバッタが居ますよ」
「おい兄貴ィ!テメェだろモードレッド逃がしたの!!」
「おお!だってな、どうしてもでっかいバッタ見せたくてな!
でもモードレッドぐらいしか相手にしてくんないからな!」
一家はぎゃあぎゃあと騒ぎ、まるで王宮とは思えない。
ペリノアが嘆息した。
「このクソバカどもが…」
「あっ、そーだ!」
アーサーが、ふと目を円くする。
「…な、モードレッド。
お前が盗もうとした剣…クラレントな。アレあげようか」
「えっ!?マジで!?」
「でもちゃんと使えるかな」
「使える使える!俺マジ最強だし!
敵とかザシュッ、ブオーウ!って感じで楽勝だから!」
「じゃあ父ちゃんにちゃんとできるとこ見せてくれ。
これからゼスト・フォロボヤに行って、魔皇城で起きてるとかいう混乱を収めてこい。
クラレント使っていいから」
モードレッドの頭髪が、猫のように逆立っていく。
「…っやるやるぅ!!」
「待った待った!」
モルガンが間に入る。
「アレはまだ早いっスよ、この子には…」
「んだよ邪魔すんなって母ちゃん!」
「じ、じゃあ!剣は持ってっていいっス!
ただし一度も抜かないこと!」
「はぁ?それじゃ意味ねぇじゃん!」
「クラレントは使い手を強くする。身に着けているだけで効果があるんス。
それでも不安ならやめれば?」
「…ってやるよォ!俺を舐めんなよ母ちゃん!!」
アーサーは頭を掻きながら、ケイを指差す。
「あ~…じゃ、兄貴!付いてったげて」
「え?分からんけど、分かった!
行こうかモードレッド!」
「おうよ!行こうぜおっちゃん!!」
2人は喜び勇んで去っていった。
「…あの、いいんスか?」
「何が?」
「モーちん!子供っスよ、うちらの!
危ないとこに行かせるのに、葛藤とか色々…」
「普通はそうなのか?」
「そりゃ、自分の子供だし…いや、もう良いっス…」
モルガンが嘆息するのと同時に、老人が首を振った。
「まだまだ、普通の感覚には程遠いな…」
「な、なんだよ…行かせない方が良かったか?」
「そうではない。
モードレッドにも戦場を知る経験は必要だ。妥当な判断ではある」
「じゃあ何!」
「正しい判断を下すにしても、思い悩む必要がある。
情に流される王は無能だが、情を知らぬ王は愚鈍だ」
「は~いわっかりました~」
既に興味を失ったアーサーは、本を開き始めた。
「…まるで子供だな」
「ハッ。その愚鈍なガキに務まる王位なんざ、端から大した事ねぇってこった」
王は平然と、己が座るその椅子の重みを嘲笑った。
〈つづく〉