無人の隠れ里へと逃げ延びたキルエは、勇者一味の半魔族メルトとエリンに出会う。
2人によってネネルの軍勢がすぐそばまで迫っている事を知らされたキルエは、その執拗さに怒りを滾らせた。
…そしてついに仕留める事を決める。
「奴らはこの森に留まっているはずだ。
私たちにはありがたい事に、この辺りの森林は【迷いの森】になっていてな」
3人は森の中を走りながら情報を交換していた。
「えっと、それは単に迷いやすいってだけなのか、幻でも発生してるのか…」
「ああ、知らんか?迷いの森は、妖精がイタズラで作った【神秘地形】と呼ばれるものの1つだ。
程度の差はあれ、あちこちにある。ここはそこまで通りづらい訳じゃないが」
「少なくとも足止めにはなりますか。
できれば偵察がしたい。こちらから一方的に向こうの動きが見られれば…」
その時、視界の端に何か動くものを捉えた。
「止まって。…居ますね」
「よし。少しずつ近付くぞ」
「バ、バレませんか?」
「私が陽の光を歪曲させ、全員を透明化させる…気配は各々で頑張って消せ」
3人の姿が、すっと薄れていく。
「便利なものですねぇ…いいなコレ」
「見て。仮面の兵士がいる。…まさか、こっちに全部集まってきてる?
でも指揮官もいないのに…?」
「いるんでしょうね。視界に入っていないだけで。
…あるいは隠れている?こちらに気付いた上、誘っているのかも…」
「わ。正解」
背後。
「ッ!!?」
華麗な詰襟の服を着た男がそこにいた。
中国のイメージが強い、いわゆるマオカラーと呼ばれる服だ。
(東方風の男…なるほどコイツか!こっちの世界でも東の方にあるんだ…)
前世からの知識が、状況にそぐわぬ無駄な思考を生む。
それが判断を遅らせた。
「はい、そこォ!!」
男が長い袖を振ると、劫火の波が突然現れて押し寄せる。
「ぎえええええっ!?」
「下がって」
エリンがキルエを突き飛ばし、大盾を地面に打ち立てる。
森の一角を丸ごと焼却するかのような炎は、盾に吸い込まれるようにして消えた。
「…ほー、やるねぇ。さすが【墜崩王】を討った1人。名乗る価値はありそうだ。
俺の名は、ロンミン。で、後ろの雑魚は無貌兵くん」
「それはどうも。…魔皇城を支配する野盗共の一味ですね?」
エリンが盾から突き出た棒を引き抜くと、刀身が露わになった。
(うわっ、盾が鞘になってるタイプの剣だ!かっこいい!)
「…やむを得ん、ここで交戦に入る!」
「そっちもようこそ、王の娘。メルト・バストラ。
で、そちらは…おお!アルキュオードを殺した小僧か!
記事を見て驚いたよ。まさかアイツが殺られるとはな!」
既にかなり噂が広まっているという事実に、キルエは顔をしかめるしかない。
「ど、どうも~…」
「無駄話はもう良かろう。
私の感知網に引っかからぬ辺り、何やら小細工をしていたようだが…正面切っての戦いともなれば役に立たんぞ」
「小細工?いやいや、こりゃれっきとした武術でね。
気配を殺しながら動く【
「なるほど、炎頼りではないらしい。
偵察のつもりだったが、こうなってはやむを得ん。
【忌み屋】のキルエよ。どうする…」
「ここは任せました」
「…は?」
キルエは2人の女に背を向けた。
「残る2人は俺が対処します」
「お前1人でか!?…逃げるつもりじゃなかろうな!?」
「決めるのはそちらです。俺を信じられるかどうか、それだけの話でしょう」
メルトは、一瞬だけキルエの目を見た。
「…任せる」
「心得ました。では!」
「そう上手くはいかないだろ」
ロンミンが袖を振ると、無貌兵が行く手を遮った。
「邪魔!!」
ナイフとナイフがぶつかり火花を散らす。
キルエは空いた手で敵の腰に吊られたワイヤーを奪うと、鞭のように顔面を打った。
「……ッ!」
兵の仮面が砕け、もんどりうって転倒する。
露わになった顔は、キルエとよく似た褐色の肌を持つ女だった。
(若い女か?前はどいつもこいつも爺さんばっかだったのに)
喉を抉ってトドメを刺しつつ、爆弾を2個まとめて放る。
あわよくばロンミンをも巻き込む事を願って。
「うおっと!?」
キルエがマントで身体を覆い隠すと同時に、激しい爆発が起こる。
新調したマントには呪術が施してあり、耐爆仕様となっているため、ある程度の衝撃はカットできる。
「じゃあな!」
「アイツめ。派手な真似をする!」
メルトはエリンの後ろに隠れ、大盾で爆発を凌いでいた。
「これでは敵は全滅だな…」
「あー、ビックリした。
兵士がバラバラになっちゃったよ」
爆炎が、一点に吸い込まれる。ロンミンの身体に。
「さすがに、爆弾では死なぬという訳か」
「ああ。俺に熱を伴う攻撃は効かねぇ。全部吸収しちまうからな。
さて、1人逃げちまったが…お前らは逃げてくれるなよ?」
「奴は逃げたのではない。貴様の仲間を始末しに行ったのだ!」
実際は?そう、キルエは逃げたのだった。
(ふぅ~ラッキィー!ま、ああいう言い方したら断らないって分かってたけどな!)
場を離れるちょうどいい口実があった。
ならば迷わず楽な道を選ぶのがこの少年、この男。
(いやいや…アレだ。ただ逃げたんじゃない。
もし道中で敵に会ったら、もちろん対処するさ!)
木のあちこちに仕掛けられた目印を辿り、全速力で疾駆する。
(まぁもっとも、この広い迷いの森で遭遇する事なんざありえね…)
獣の如き速度で、木陰に隠れた。
(…嘘だろ)
前方に女の影。法衣を纏った目の細い女。
女の頭上には光の輪が浮かんでいる。
(マジかよっ、クソが…!
なんでよりによってこんなとこに居んだよ!殺すぞ!!
そもそもテメェらのせいで俺は…!!)
怒りが募る。
(…いいさ。元々偵察のつもりだったんだ。
危険は冒さず、確実かつ一方的に殺す…森での狩りを思い出せ…)
眼帯を外し、女を視界に収める。
魔眼に魔力を貯め、触媒として利用するジェト族の呪術【
数年規模の魔力チャージと失明の代償さえ覚悟すれば、生死すら自在に支配するという。
(ま、そんな大それた術には興味がねえが、便利なもんだ。
…魔瞳法【
幸い、女は術を発動中だった。これなら見抜ける。
(…なるほど、どうすっかな)
生まれ育った、あの地獄のような森を思い出す。
狩人としての経験と本能が、思考を殺害のみに純化させていく。
(…閃いた!)
「燃え散れ!!」
ロンミンの叫びに応じ、炎が袖から噴き出る。
それは火炎放射器などとは比べ物にならぬ火力と攻撃範囲で、眼前の木々を炭化させた。
「くっ…!」
エリンの盾が辛うじて防ぐが、攻撃に移る暇など全く無い。
一度引き抜かれた剣も、今は盾に納められていた。
「どうした、立派なのは盾の大きさだけか?
この程度じゃないだろ、魔界七王を殺したって実力はよォ!!」
「他人の勝ち取ったものを掠めとるだけが能のクズが、調子に乗るなよ」
メルトが左手をかざすと、一面を覆い尽くす炎に穴が開く。
「捉えた!捻じれて死ね!!」
続けて右手をかざそうとした瞬間、ロンミンは軽やかに跳躍…否、飛翔した。
異様な滞空時間で宙を駆け抜けると、メルトの背後に着地し、蹴り飛ばした。
「がッ…」
「それ、ボスの事?俺に言われてもって感じなんだがな」
高熱を伴う強烈な蹴りで背中に足型を焼きつけられたメルトは、よろめきながら立つ。
「…ならばなぜ奴に従う。奴の目的は何だ!?」
「さぁ…詳しい事は知らんけど、多分大した事じゃねえと思うぜ?
あの人、そういうとこあるからな。
俺は金払いが良いんであの人に付いてるだけだ」
「魔皇を打倒するため、どれだけの命が失われたか分かってるのか?
お前たちは!やっとその全てが報われるというところで!下らん茶々を入れて邪魔をしているだけの虫ケラだ!!」
「だからさぁ、そんなん言われても俺知らんし…。
ボスに直接言やいいじゃん。もちろん…」
背後に、無数の炎の龍が出現する。
「俺を殺れたら、だけどな?」
龍はのたうち回って森を焼き尽くしながら迫る。
「くぅうううう…っ!!」
メルトが両手を向けて、龍たちを捻じ曲げて破壊していく。
だが到底追いつかない!
「メルト、下がって!」
龍は一点に集まり、炎の塊となって膨れ上がっていく。
「…行けるのか、エリン!?」
「やるしか、ない!」
炎は爆ぜ、世界は白く飛んだ。
天地も分からなくなるほど、壮絶な破壊音と衝撃波が一帯を襲う。
「……エリン!」
「だ、大丈夫…だから。こんなの…!」
盾に縋るようにして何とか立ってはいるが、今にも倒れそうなほどの傷を負っている。
「なんという火力だ…破壊規模はグレン以上やも…」
メルトがそこまで口にした所で、ふと目を見開く。
「……ッ!!エリン、危ないッ!!」
メルトが、エリンを支えていた手で彼女を突き飛ばす。
その直後、地面から炎の柱が噴出した。
「あらら、大した感知能力だわ。引っかからなかったか」
「っ…メルト!?大丈夫!?」
「ぐ、あ、ああ…!」
メルトは友を救い、自分もまた確かに炎を回避した。
だが炎のすぐそばにいたというだけで、その焦熱に半身を焼かれていた。
「……ありがとう、メルト」
「もう…充分『溜まった』だろう…?」
「うん。反撃の時間だ!」
大盾から剣を引き抜く。刀身は、青く輝いていた。
「水術・激龍」
「あら。俺の国の魔法。よく知ってるね」
切っ先に水滴が集まり、龍の姿を形成する。
「ああ…属性魔法には有利属性の魔法をぶつけよ、ってアレかな?
西側の教科書のやり方が通じる相手だと思われてたなんて、ショック…」
軽口を遮るように、水の龍が襲い掛かる。
ロンミンは即座の炎の龍で迎え撃った。
通常、火と水の魔法が拮抗した場合、火が勝れば煙が生じ、水が勝れば蒸気が生じる。
今回は、若干の煙が発生した。
「…驚いたねこりゃ。俺と張る水術の使い手だったなんて。
水臭いねぇ、言ってくれよ!」
「あなたがこの盾に思い切り攻撃してくれたおかげ。
あらゆる魔法攻撃を分解・吸収し、魔力として剣に蓄える。
この剣は、その魔力をあらゆる属性に変換し、杖や印無しに魔法を行使できる」
「ほー、そりゃいいもんだ。大事になさってください」
ロンミンは事もなげに嘲笑った。
「水術・断頭瀑布!」
剣を振り下ろすと、凄まじい量の水が降り注いだ。
炎の傘で防ぐと、やはり煙が上がった。
「へへへ…でもまだまだ、本気の俺と張り合うには及ばないね。
さて、これは打ち消せるかなァ!?」
出現するは巨大なる龍の顎。エリンを噛み砕くべく、燃える牙を振り下ろす。
「…水術・天恵地慈!!」
水が空中と地面から溢れ出て槍となり、龍の顎を貫いた。
次に上がったのは、水蒸気だった。
「…っ?
ぽつ。…と水滴が鼻に落ちた。
それはすぐに、降りしきる水の暖簾となった。
「雨だ。…天意、というのかな。あなたの国では」
「ハハッ、神様が味方してくれた!とか言い出さないよね?」
「まさか。こんなのただの運。
でも運を掴んだのは、私の…私たちの手」
「…フフフッ、ハハハハハ!!」
ロンミンが手を突き出し、『待て』のポーズをした。
「ハハ…いや、ごめんごめん…そうだよな!
誰だって思うよな、炎を使う奴と戦ってて雨が降ったら…『有利になった』って!」
ここでロンミンは初めて、火術の印を組んだ。
「じゃあホントの本気を見せちゃおうかな。
…【
足元から立ち上る炎が、頭上で球形を作り出す。
凄まじい蒸気が立ち上っている。
「……っ」
火球はまるで太陽を思わせる巨大さと熱量を帯び始めた。
上がる蒸気は煙に変わる。大気中に存在する水の元素を、ロンミンの炎が凌駕し始めたのだ。
「【赤龍】」
第二の太陽と化した火球を、4つの爪が掴む。
「これ、は……っ!!」
火球を宝玉のように掴んだ巨大な龍が、天にとぐろを巻いていた。
「アイツら巻き込んじゃうな…まぁいいか。
あ、逃げてもいいぞ。この山ごと消すけど」
「水術・
降りしきる雨の全てが、ただ一点に収束する。
「正面勝負とは立派な事で。でもバカかな」
「…やぁああああああっ!!」
莫大な水の奔流が、劫火の巨龍に立ち向かう。
「ダメだよ、そんなんじゃさァ!!
ぜんっぜん俺の術には…」
水流の一部が、突然枝分かれしてロンミンを狙う。
「あぁ!?んなバカな…!」
倒れ伏すメルトが右手を掲げ、水流を捻じ曲げていた。
「…ッぶねぇ!舐めんなァ!!」
ロンミンは飛び上がってこれを回避する。
「当たる訳ねえだろ、ボケ!!」
「ああ…そうだろうな。
だが空中ではかわせまい!歪曲魔法ッ!!」
続いて左手を向けて、ロンミンの右足を捩じ切った。
「がぁああッ…!」
着地に失敗した所を狙い、エリンが首を狩る斬撃を放つ。
「いてて…ひえーッおっかねぇな!!」
バック転でこれを回避し、術を続行しようとするロンミン。
「これで…終わり!!」
「ぐ」
追撃の突きが、心臓を正確に穿っていた。
「ごぼッ…が、あああ…!」
心臓は魔力の源であり、体内の魔術制御を担う部位でもある。
術は未遂のまま終了し、龍の姿は火の粉となって天に散った。
「ああ…くそ。ダメかー…」
おびただしい血を吐き散らし、大地に身を投げうった。
「これがッ…私たちの、力だ…!」
ロンミンの瞳から生気が失せるのを確かめて、エリンはその場にくずおれた。
〈つづく〉