ネネルの部下を始末し、2人の半魔の少女から『勇者の戦いに協力してほしい』という依頼を受けたキルエ。
前金として奇妙な呪物を渡され、契約は成立。
だがもちろん、彼に依頼を全うするつもりはない。ネネルと話をつけるため、依頼を利用しようという魂胆だった。
その後2人と別れて山を下り、麓から少し歩いた位置にある町で休養していた。
(敵のボスに直接会う…考えてみりゃ、相当に危ないよな。
いや、場所さえ分かれば遠距離からでもどうにか会話して…)
宿の窓から街並みを眺めては、漏れるのはため息ばかり。
(そういや勇者が突入したら、向こうもそっちに気を取られるよな…。
その隙に姿をくらませば、追ってこられなくなるんじゃないか?
…ダメだ。それだと気づかれるかもしれないって不安が残る)
杞憂に思えるが、その不安こそキルエが最も嫌悪するものだった。
ただ生きているだけで常に恐怖し続けねばならない、その状況自体が耐えがたい。
だから不安の根を絶つ必要があった。
(だいたい、何で俺…こんな追い回されなきゃいけねぇんだよ。
勝手に村焼くのはいいよ、そこに俺を巻き込むなや!
だからこっちだってイラついて、つい反撃を…)
今まで殺してきた刺客を思い浮かべる。
神の血を引く伝説の英雄、アルキュオード。
不死身の肉体を持ち、地形を変え、小指1本の力で瀕死に追いやられた。
神聖魔法の達人エンディミカ。
バリアを常時展開し、一度狙われたら防御も回避も不可能な即死光線を使う。
氷使いのニーヴル。
易々と地面を凍土に変え、万物を一瞬にして凍結し、物理攻撃も毒も通用しない。
(…いや、よく生きてたな俺。
マジで運だけの勝利じゃねえか…!
今のままじゃダメだ…こんな生き方はもう辞めよう!)
そう思う反面、エンディミカ・ニーヴルとの戦いで得た手応えに何かを見出してもいた。
(あの戦いは、とっさの作戦にしては上手くいった。
これでも狩人だし…ちゃんと緊張感持って準備さえすれば俺だって結構ヤれるんだ…っ)
彼が育った森【死神の胃袋】で狩りをしていた時は、いつもそうだった。
狩らねば死ぬ。だがしくじれば殺される。そういうプレッシャーの中生きてきた。
故に1回1回の狩りに、切実さがあったのだと彼は思い返す。
(一貫した意志を持ち続けるって、意外とムズイよなぁ。
わざわざ魔皇城まで来て戦うような傭兵でも、平気で裏切っちゃうんだもんな…)
魔皇城で今も続いている戦いにおいて、傭兵の一部が裏切ってネネルの部下になっている。
連合軍の兵士は、鋼の忠誠と連帯によって裏切り者は出ていないらしい。
ここで奇しくも、国を背負う職業軍人と個人で戦う傭兵で、責任感の差が出た形だ。
(正直、責める気にゃなれんわ…俺なんて特に、甘やかされて育った現代日本人だしねぇ。
ビビッてすぐ心折れちゃうのも仕方ない!うん!)
これまで会った傭兵たちの顔を、うっすらとだが思い出してみる。
かなりの人数の顔が浮かぶものの、そのイメージは曖昧だ。
「あんま興味無いから覚えてないな…」
ボーっと街並みを見つめていると、イメージが次第に像を結んでいく。
吸血鬼を狩る半吸血鬼【赩の公子】。
黄金を纏って暴れ狂う老人【狂気の憲兵】。
黒炎を操る策士【卑炎の将】。
巨大な弓で貫通爆破させる女エルフ【破壊砲】。
剣を咥えて狼のごとく駆け回る【獣剣】。
(ああいう強い人でも裏切るのかな?
いや、強いからこそ有利な方に付くのか…?)
取り留めも無くそんな事を考えていると、ふと脳裏のイメージが鮮明になった。
傭兵たちの顔が、はっきりと思い出せるのだ。
(あれ?っていうかアイツら…傭兵か?)
長袖の市民に混じって、明らかに戦いを生業としている者たちが多く歩いている。
その中には、どこかで見たような顔がぽつぽつあった。
(なんだ…?傭兵が集まるイベントでもあんのか?)
キルエはマントと鞄を即座に身に着けると、窓から飛び降りた。
傭兵の1人【獣剣】ボガ・ルプレは、街を見渡して口角を上げた。
(名だたる傭兵が集まってきているな…やはり捨てたものではない。
多くの傭兵たちが魔皇城で逆徒に堕ちたと聞いたが、まだまだ志ある者は生き残っている!)
「よう…【獣剣】ボガかァ。久しぶりに見た顔だ」
銛を背負った人相の悪い男が、だみ声で呼びかける。
「…【殺戮遊漁】ビッシャー・マンか。
不死戦役以来か?壮健そうで何よりだ」
「へへへ…しぶとく生き残ったさ。
こんなとこにゃ来るつもり無かったんだがな」
「くだらねぇな。どうせ金だろ、どいつもこいつも」
その口の悪さに似合わぬ、美貌の女エルフが歩いて来た。
顔の左半分は仮面で覆われ、巨大な弓を背負っている。
「【必殺砲】ガルフィア。不死戦役の懐かしい顔ぶれが揃ったじゃないか」
「知るかよ。それよりほら、始まんぜ」
街の噴水広場の真ん中に仁王立ちして待っている、大柄な男が1人。
「諸君!よく呼びかけに応えてくれた!
私は五王国連合軍の大隊長、ヴイザードだ!」
「あれが鬼のヴイザードね…」
「生きてたのか!奴の部隊は全滅したと聞いたが…」
男の厳めしい眉がピクリと動く。
「……その通り!私1人生き延び、ここに居る!
1人の将兵も生き残ってはおらん!指揮官として、完全な敗北だ!
だから私は、諸君らを集めて指揮しようというのではない」
大きな地図を広げ、大勢の傭兵の前に掲げる。
「この街の西に洞窟がある!そこには魔皇城の逆賊の幹部がいる!
これを討ってほしい!…それが私の依頼だ」
傭兵の1人が嘲笑う。
「んだよ、俺ァてっきり魔皇城に乗り込もうってのかと思ったぜ!」
「違ぇねぇ!鬼のヴイザードも、心が折れたら可愛いもんだ!」
「…あの城は、地獄だ。ハッキリ言って、依頼する事も躊躇われる」
その実感を伴う言葉は、傭兵たちの薄ら笑いを収めるだけの迫力があった。
「だが恐らく、勇者グレンたちはまだ戦っている!
その彼らのため、1人でも多く敵を倒す事はできるはずだ!」
「…言葉は立派だがよ!結局魔皇城に行きたくねぇ、でも罪悪感は消したいって風にしか見えねぇぜ!」
「その指摘はもっともだ。認めよう、そういう一面もある。
だから私は…1人で魔皇城に乗り込むつもりでいる。
諸君らには依頼しない…もちろん、来なくていい」
「分かんないねぇ。
アタシら雇った方が勝算上がるんじゃないの?」
男の傷だらけの顔に、彫刻めいた硬質な皺が入った。
「金目的で来てほしいとは思わん。それほどの地獄だ。
それに、雇った傭兵が寝返らんとも限らんだろう。城内の様子を見ればな」
ボガは城内に入ってはいない。
そのため、内部の様子は完全に想像するしかない。
(そこまでなのか…!
どのみち俺は最初から乗り込むつもりだったが…)
「どう思うよ、ボガ」
ビッシャーが問う。
「想像するだに恐ろしいが…行くつもりだよ、俺は。
勇者たちはまだ子供だぞ。子供を守るべき大人が行かんでどうする」
「いやそんな事ぁ聞いてねぇよ!
ったく相変わらず正義ヅラが好きな奴だぜ…依頼の方だよ」
「依頼?…ああ、そっちももちろん行く。
お前たちは行かないのか?」
「とりあえず行ってみて、連中の力ってのがどんなもんか測ってやる。
それ次第で今後の立ち回り考えるわ」
多くの傭兵たちが、そのような判断をしていた。
「受ける者は、この紙に署名を!ギルドのメンバー証は不要だ!
今は公式・非公式問わず力を借りたい!」
「おい、受付行かなくていいのか?
報酬は1人50万だとよ」
「おっといけねぇ…ククク、しかしどこにそんな金があんのかね?」
「知るか。払えないなら殺すまでだ」
女エルフはつまらなさそうに吐き捨てて、ヴイザードの方へ向かった。
「相変わらずらしいな…俺たちも行こう」
「ああ」
ビッシャーとボガも連れ立って向かう。
その光景を陰から見つめるのは、褐色の少年。当然キルエだ。
(なるほどな。デカい作戦があったのか。
…さっそく『厄介事にか関わらない』って方針が役に立ちそうだな)
キルエの方針は徹底していた。
(ムカつくと後先考えずに行動しちゃうからな、俺。
もう全部の情報シャットアウトして、寝よう!うん!)
「何をしている、小僧」
「どわぁっ!?」
背後からの声に飛び退き、思わずナイフを出しかけて止める。
ここで下手に戦えそうな雰囲気を見せれば、不要な面倒事に巻き込まれかねない。
「なんか騒いでたので、見に来ただけです!
お、おじさんこそ誰です?」
立っていたのは、歪んだ般若のような面を被った男。
(どこかで見た顔…というかお面。
多分、一緒の戦場に居た事があるんだな…久しぶり!とか言われたら困るな…)
「拙者か。傭兵だ…もうこの街は去るがな」
「そうなんですか?依頼受けないの?」
「そのつもりで来たが…どうにも、な」
それだけ言うと、男は背を向けた。
「あの、あの!何か気になる事があるんですか?」
(これぐらいは聞いても怪しまれないだろ。子供は好奇心の塊だし…)
「…お前はこの街の者か」
「いえ、旅人ですけど…」
「ならば早々にここを出るがいい。
傭兵どもが集まる前から拙者はこの街に逗留していたが、ここはどうも魔の匂いがする」
「えっ…?」
キルエは、追及を躊躇った。
(これ以上聞くと余計な事に巻き込まれるか…?
いや、聞かなかったせいで対応が遅れる、ってパターンもある。
どうする…とりあえず、もう少しだけ掘ってみるか?)
子供らしさを維持しつつ、必要以上に慌てふためいてみせる。
「え、ええ!?魔の匂いって…魔物!?
いるんですか、この街に!?教えてください!!」
「知らぬ。金にならぬ騒ぎに首を突っ込むつもりは無い。
それにこの街の近くには、かの【幻魔大公】カーミラの居城があるというではないか。
そこから漂う瘴気がここまで流れてきたのやもしれん」
半魔の少女たちとの話にも出た、【幻魔大公】カーミラ。
有名な魔族だというが、浦島太郎状態のキルエには全く分からない。
「そ、そういう事はよくあるんです?」
「それこそ、魔皇城の付近では痛いほどに瘴気を感じた。
強大な魔族ならばありうる事だ」
「カーミラって、そんなに強いんです?」
「…知らぬのか。ならば用心せよ、カーミラの居城には近づかぬ事だ。
拙者はもう行く」
「あっ…」
男は路地裏の闇に同化するようにして、一瞬で消えた。
(…【幻魔大公】カーミラ)
その名は、メルトとエリンたちによって特に注意深く語られていた。
『いい?本来魔族の爵位において、公爵の上に位置するのは魔界七王か魔皇のみ。
だけど公爵級を遥かに凌ぐとされながら、王には相応しくないと断じられて…ただ1人特別な爵位を与えられた魔族。
それが【幻魔大公】カーミラ』
『王に相応しくない…というのはつまり、魔皇と敵対していたからだ。
だがその強大さゆえ無視する事も出来ず、爵位を与える事になった。
それほどの強者だという事だ』
キルエは、敵対という部分に興味を惹かれた。
『魔皇の敵って事ですか?だったら協力を仰ごうって人はいなかったんです?
それほどの実力者が味方なら、魔皇討伐もはかどったでしょうに』
『無理だ。敵対してると言っても目的は不明、姿も不明、明らかなのは居城だけ。
その居城も、日によっては忽然と姿を消すという。故に【幻界城】などと言われている』
『異名からして、幻術使いじゃないかとは予想されているけど。
以前魔界七王のうち、3人が示し合わせて幻界城を襲撃した事があったって。
でもその3人は無傷で追い返されたそうよ』
襲撃された側ではなく、した側が無傷で帰る…その意味は重大だった。
『敵を完膚なきまでに叩きのめして追い返すのと、無傷で追い返すの。
後者の方が遥かに難しいのは分かるでしょう?
しかも魔界七王3人を相手にして…いったいどんな手を使ったのか想像もつかない』
何も分からない、という事の怖さをキルエはよく知っていた。
『まぁ、そういう訳だから…最短を突っ切って魔皇城に行くのはやめて。
幻界城パンタスマだけは避けて通った方がいい。
…待ち合わせに遅れなければいいんだから、一旦休んでからゆっくり来て』
そう聞かされた情報からして、カーミラの恐ろしさはよく理解できた。
(まぁ、瘴気ってのがこの街まで届いてきてもおかしくはないのか。
…だが念のためだ。ここでしばらく落ち着いて休めるかどうか、少し調べる必要があるな)
キルエは、腹立たしいほど思い通りにいかない現実を、今まさに思い知っていた。
(クソッ!面倒には首を突っ込みたくねぇけど、突っ込まないとそれはそれで危険な時もあるのがダリぃな…!
ま、何か起きるとしても、戦いに行く傭兵どもよりはマシか…)
それは祈りにも似た慰めであった。どうかマシであってくれ、という。
そしてやはり、その願いが叶う事はないのだ。
〈つづく〉