魔皇城に向かう途中、ある街にて休養を取ろうとしていたキルエは、その街でとある戦闘のために傭兵が集められている事を知る。
厄介事に関わるまいと遠巻きに見つめていたが、街には魔族の気配が漂っている事を教えられた。
付近に住まう大魔族【幻魔大公】カーミラの気配か、あるいは…。
その真実を知るため、キルエは動き始める。
(つっても、調べようがねぇな。
魔族が街に潜伏してる…としたら、前も似たような事があったな)
それはキルエが傭兵になる事を決めた騒動でもある。
(あの時は吸血鬼だった訳だが…こっちの吸血鬼って、人間に化けてる間は日に当たっても平気みたいだしな。
…吸血鬼?で、カーミラ…いや、まさかな)
カーミラと言えば、同名小説に出てくる女吸血鬼の名として、かつて生きていた世界では有名だった。
(いやいや、別世界の話だしな。
…でも、もし奴の配下がこの街に潜伏してたとしたら…?
理由が分からねぇな…この街に何かあるのか?)
宿の一室で、キルエは秘伝書を開く。
(魔族を判別する術、あったかな~…)
あれこれと検索して浮かび上がったのは、【生命の違いを比べる法】だった。
(変身を暴く術も色々とあったけど、どういう原理で変身してるかが分からないと使えないし。
それを上回る変身術だった場合通用しないらしいし。
…となると一番確実性が高いのはコレか)
【生命の違いを比べる法】。
上の体液・肉体の一部を採取し、生物種としての一致率を色で表示する。
犬と狼くらい近い生き物では微妙だが、魔族と人間のように遠いものならばはっきりと違いが出る。
(さて…問題は、だ。街の人間全員にこれを試すのかって事だよな)
『傭兵どもが集まる前からこの街に居るが、ここはどうも魔の匂いがする』
(あの言い方だと、傭兵は【魔の匂い】とやらには無関係らしい。
…いや、だとしてもめんどくせぇな!)
この街中の人間全てからサンプルを採取するなど、ましてやそれを管理する事など出来るはずがなかった。
(まず、確実に人間だと断言できる人間のサンプルが要るが…これは俺の髪の毛でも使えばいい。
他は仕方ねぇ…目立って怪しい奴を片っ端から洗い出すか)
キルエは調査に必要な薬品を調合すると、その日は寝た。
街に3つある宿は、傭兵たちで全て埋まっていたようだった。
翌日。
「よう、良く寝たか?
馬鹿共は景気づけに酒盛り徹夜でやってぐったりしてるらしいぜ」
傭兵業界で名高い【殺戮遊漁】ビッシャー・マンが言った。
「どこでも変わらない奴らだ。
出撃は明日だぞ…」
答えるのもまた優れた傭兵【獣剣】ボガだ。
「俺たちゃそういうもんだ。
魔族側に付こうが人間側に付こうが、依頼されれば戦うだけだ。
明日の事なんざ考えてる奴が、傭兵なんてできるかっつの」
「そうかもしれない。
…だが、俺は…人間とはもっと救いのある生き物だと…そう思いたい」
「何のこっちゃ…くだらねー事考えてんなぁ。
ま、明日はお互い生きて会おうや」
ビッシャーはドライに吐き捨て、ボガと別れる。
(さて…どいつもこいつも二日酔いの頭で必死に明日の準備してる頃か。
俺ぁ準備は要らねぇし、飲み直すとすっかね)
しばらくうろついて飲み屋を探していると、見かけ12・3才ほどの少年が辺りを見回しているのが見えた。
肌の色からして、この街出身とも思えない。
「坊主、何探してんだ」
「え?あ…傭兵集めてたあのおじさんいるかな~って」
「ヴイザードか?お前みてぇなガキんちょが何の用だ?」
「だって、内地から来た偉い人ですよね?
俺こっちで育ったし…お話聞きたいなぁって」
「ハッ!聞けるのは、仲間がどう死んだかと敵をどう殺したかの話だけだ。
ロクなもんじゃねぇ、やめときな」
「で、でも…」
少年はそれでも諦めきれない様子だった。
「分かった分かった、見つけたら教えてやるよ。
暇があればな!」
面倒になったビッシャーは適当に会話を切り上げ、居酒屋に入って―
「お?こりゃあ…ハッハ。あのガキ運がありやがる」
首をひょっこりと店外に出して、外にまだ居た子供に呼びかける。
「おい。居るぜ、お探しの奴が」
「えっ?本当ですか?」
「なァヴイザードの旦那よ、アンタと話がしてぇってガキがいんだ。
親切に対応してやれよ、なぁ?」
突然呼びかけられたヴイザードは、それでも気安く応じた。
「何?わ、私か?
子供か…嬉しい話だ、久々にな。
キミ、ここへ座りなさい。それから…店主、この子に何か飲み物を!」
「あの、俺お酒飲めるんですけど!
ウチの部族じゃ15歳から成人ですし!」
「ふむ、部族?見たところ確かに珍しい姿だが…」
「はい。密林に住んでて…壁の向こうの国の事を全く知らないんです」
「しかしその割には言葉が上手いな」
「ええ!実はどうしてか、ウチの村には外の人が出入りしてて。
みんなそっちの言葉で話してるんです」
ビッシャーは2人から距離を取った。和気藹々とした雰囲気から離れるためだ。
(ケッ、心温まる交流って訳か。見てられねぇな)
そう言いつつ、ビッシャーはヴイザードの声に耳を傾けていた。
(どうも素性が知れねぇ…俺はヴイザードの噂は知ってても顔が分からん。
もしコイツが偽者だったとしたら…)
「あの…魔物って、気配で分かるものなんですか?」
「うん?なぜそんな事を聞く?」
「前泊まった街に魔族が紛れ込んでたのが怖くて…見抜く方法はないんですか?」
ビッシャーは一瞬、心の声が漏れたのかと思った。
(あまりにジャストな話題だな…)
「どうだろうな。今のところ方法は確立されていない。
だが時々、気配を感じられるという者は居るが」
(ま、そんなとこだろうな)
ビッシャー自身感じた事は無いが、『魔の匂いを感じる』という傭兵に会った事はある。
(これがまたよく当たるんだ。
まぁアイツはちょっと敏感すぎて、魔族の肉片にも反応してたけどな)
その感覚を持ち合わせない多くの人々にとって、人に紛れる魔族は恐怖そのもの。
それゆえの痛ましい事件も、数多くある。
「精度も人それぞれのようだし、あえてそういう能力を持つと自称する事で地位を得ようとする者もいる。
だからあまりアテにはできないな」
「そ、そうなんですね…」
「あまり疑心暗鬼にならない方がいい、魔族への対処法は今でも完成していないのだ。
何かが起こった時に素早く行動できるよう心掛けておくといい」
(僅かも動揺した様子は無い。肉体の反応も無し。
もしコイツが魔族の変装だとしたら、外見と言動じゃもう見抜きようがないな)
その後もヴイザードは少年の問いに真摯に答え、時に踏み込んだ話もした。
特に、この戦争での体験。
口を軽くするためか少年がしきりに酒を勧めるので、ヴイザードは赤ら顔で語り出す。
「…しかし俺は、彼らを救えなかった。
俺も兵士だ、悲惨な光景など幾度も目にして来た。
だがアレは…この世にあり得ざる悪夢そのものだった。
あの理解不能な世界を…俺は恐れた。そして気付いた時には…部下は皆…」
ぽろりと涙がこぼれる。
「情けない…!」
「あッ…ご、ごめんなさい!
調子乗ってちょっとお酒勧め過ぎちゃいましたかね!?」
少年は慌ててハンカチで涙を拭き取る。
「すみません、余計な事まで聞いちゃって!
あの、色々ありがとうございました、話していただいて!」
「いや、こちらこそ…すまんな。
子供にはもっと明るい現実を提示してやらねばならんというのに…」
(ケッ、泣いてやがんの…)
少年は席を立つと、丁寧にお辞儀をして出て行った。
「こんな…俺みたいな子供も相手してくれて、嬉しかったです!
ありがとうございました!」
(この反応、さすがに魔族じゃねえよな。演技の達人かもしれねぇが、
まぁいい、元から怪しかった訳でもねぇしな。
どのみち明日仕事したら金貰ってそれで終いだ)
ビッシャーはそう結論付けた。
さて、キルエです。
俺はこの1日でこの宿と付近の店舗の店員のサンプルを収集した。
街中全ては無理でも、近くにいなければいきなり襲われる事も無いだろう。
…ていうかやっと身体休めたばっかなのに、この街出たくない!
とにかく、さっそく全てのサンプルで検査を開始した。
まずこの宿の従業員と店主、それから傭兵以外の宿泊客は……シロだった。
続いて周囲の店で働く人たち。……これもシロ。
だが次が一番気になる相手だった。
傭兵たちを集めた張本人、ヴイザード。
こういう奴が一番怪しいのは定石なので、直接会って
そして検査の結果は……シロ!
うん、会話した感じも不自然さは無かったし、納得だ。
ただ、そうなるとどうにもあの男の言っていた【魔の匂い】というのが解せない。
別に信じる必要もないのだが、どこか無視できない言葉だった。
俺が調べた以外の人間が魔族だったという可能性はあるが…
そもそも俺だって、感知能力にはそれなりに自信がある。
まぁ魔族の気配を察知するのとは勝手が違うのかもしれないが。
……まぁいいや!安心するために調べたのに、アレコレ余計に考えたら意味ないし!
メシ食ってクソして寝よう!
そう決めた翌朝、起きてみても不安は消えなかった。
気を紛らわすため、窓の外に目を遣る。
街中からは傭兵たちの姿はすっかり消え去っている。
任務当日となった傭兵どもは皆、西の洞窟へと出撃していったからだ。
出撃してからまだ5時間、しばらくは帰ってこないだろう。
あのネネルの軍の幹部が兵隊を率いているのだとすれば、何日かは掛かるかもしれない。
いや、普通に負ける可能性だって…ん?
あれ?あれあれ?
傭兵共が街の入り口から、ゾロゾロ大勢入って来た。
「あ~クソつまんなかったなァ」
「ああ、数ばっか多いがザコまみれだった」
「警戒して損したぜ、あんなもんかよ」
…え?もう帰ってきたの?
ああ、ほら!人数ほとんど減ってないじゃん!
うわ恥っず~…めちゃくちゃ余裕だったっぽいじゃん。
ただの杞憂か!よかったよかった。
ちょっと様子見に行ってこよ。暇だし。
「おや…随分早いな?」
「ああ、まぁな!」
噴水広場で出迎えたヴイザードに、先頭の傭兵が答えた。
「幹部はどうなった?」
「もちろん殺した。…アイツが幹部でいいんだよな?
あの、デカいキメラ族の…」
「ああ、そうだ。…そうか、やってくれたか!
しかし、それにしてもこの早さで?」
「揃った面子が面子だからな。これで負けたらバカだぜ」
傭兵たちの装備は壊れ、傷を負う者も居たが、ほとんど全員が帰って来ていた。
「珍しくワイバーンの群れが出てきて、それなりに苦戦させられたが…まぁ。
あの程度ならボーナスは要らねぇぜ?」
「おお、頼もしいな。
…しかし、今日のところはゆっくりと宿で休みなさい。
報酬の受け渡しは明日にしよう」
「いらねぇよ、休みなんざ。さっさと金出しな」
「確かに重傷者はいないようだが、疲労が溜まっていないはずがあるまい。
いいから休むのだ」
「金さえもらえりゃなんでもいいんだよ。早くアタシらに寄越しなよ」
「しかしだな…」
なおも渋るヴイザードを見て、傭兵は眉をひそめた。
「…まさかテメェ。金は無ぇとか言い出さねぇよな?」
「いや、そういう訳ではない。確かにあるとも。
だが君たちの身体が…」
「そりゃおかしいだろ。さすがによ。
そこまで粘る理由が無ぇだろが」
「むむ…」
ヴイザードは、困り果てたような表情になった。
「だが、しかしだな…とはいえ」
ブツブツと呟きながら、懐を探る。
「おい。何してんだ?」
「う~む…あった」
そして短剣を取り出す。
「死ね」
その傭兵に斬りかかった。
〈つづく〉