ただ1人生き延びた連合軍将官ヴイザードに集められ、傭兵たちは任務へ向かった。
ネネルの幹部というその敵を相手にした戦いは、意外なほどあっけなく終わったようだった。
傭兵たちは報酬を即座に渡せと要求する。
だがそれを渋るヴイザードの様子は何かがおかしかった。
そして…
「…どういうこったよ、これは」
完全に不意を突いた、全く殺気の無いヴイザードの攻撃を、傭兵はギリギリで受け止めた。
(なんだこりゃ…殺気は全くねぇのに、確実に俺を殺ろうとしてた!)
「……」
ヴイザードは気の抜けたような表情のまま、危険な短剣の攻撃を繰り出す。
「何のつもりか知らねぇが、そんなもんで俺が殺れるとでも…」
ざく。
「…ぁ?」
いつの間にか近づいてきた市民の一人が、槍でその傭兵の脇腹を突き刺していた。
それと同時に、通行人・店員・客が一斉に傭兵たちを襲う。
「なんだなんだなんだ!?どうなってんだ、こりゃ!?」
ビッシャー・マンが銛を頭上で回すと、水の渦が生じる。
「まぁいいわな!死ね!」
2人の市民が水に巻き込まれ、壁に叩きつけられた。
「おい、ビッシャー・マン!
彼らは操られているのかもしれん、殺すな!」
ボガが剣の側面で市民を叩き伏せながら、必死に叫ぶ。
「いや、見てみなよ!こいつらの身体!
関節が球体になってる!人形だよ!」
女の傭兵の1人が言う。
「そうか…市民に偽装して人形を!
そして連合軍の将官に偽装した人形で、傭兵たちを一網打尽にする!
そういう作戦だ!」
「人形だと!?そりゃちょっとおかしいんじゃねぇのか!?」
そう言った傭兵が、市民の1人を一刀両断した。
鮮血と臓物が地面にばら撒かれる。
「どうして人形が血を流すんだ!?
心臓が脈を打ってんだよ!?」
「当然だ…そりゃあ、生き人形ですから…」
ぼろ布に包まっている何かが、含むように笑った。
『順調かな?モースくん』
この一見して惨めな生き物は、魔族の中でも7人しかいない王の1人【傀儡王】モースであった。
今やネネルの配下【薔薇の七冠】の1人でもある。
「ヒッ!?ももももちろんでこざいます、ネネル様ァ!
疲れて寝ている間に始末する、という本来の作戦こそ失敗いたしましたが!
か、必ずや傭兵共を一網打尽にしてご覧に入れます、へへェ…」
『人形師の中でも、【傀儡王】モースだけが作り出せる至高の芸術。
人間を生きたまま分解し、人形へと作り変える。
フフフ…その仕組み、とても気になるねぇ』
「あ、いえその!た、大した事はございません、所詮私のような虫ケラの浅知恵でございます!」
『だが人格すらそのままに保存し再現する技術…古代の王たちが切望した、不老不死すら叶うのでは?』
「い、いえ…受け答えに本来の人格との齟齬が生じた時の処理が。
そのまま即座に攻撃モードに移るようにせざるを得ず…」
『んー、やっぱり心を操る技術はバグの温床だねぇ。
で、どう?やれそう?』
「は、はいッ!ももも問題ございませんッ!
さすがにこの数は自動操縦でないと大変ですが…生き人形どもは基本不死身に近いので。
しかも我が術を見抜けるほど呪術に精通した人間など、そうはおりません!」
『…呪術に精通した人間、ねぇ』
「なんなんだコイツら…!」
腕を斬り飛ばされた人形はふらりと立ち上がり、腕からは糸が伸びて肉体に再接合された。
「不死身なのか!?」
「冗談じゃねぇ…こちとら竜とやり合った後だぜ!?」
「見ての通りだ。コイツら人間辞めてやがる。
遠慮なくぶっ殺せるぜ」
「……ッ!」
正義を抱くボガにとって、この状況は許せないものだった。
「聞いた事がある…これは、【傀儡王】モースの生き人形だ…!
彼らは皆、生きたまま人形に改造されているんだ!」
「だからどうした、死にてぇなら好きにしな!」
罪なき民を人形に作り変えるその所業。
ボガの怒りが燃え上がる。
「……外道がッ!!」
その場で四つん這いとなり、剣を口に加える。
四肢は光を纏って、狼のような形状に変わった。
「ガァアアアアアアッ!!」
凄まじい立体的な動きによって飛び回り、人形たちの首を一撃で断っていく。
「ハッ、やっと本気かよ!【獣剣】のボガ!!」
「遅いんだよ…」
苛立った声で、女エルフが大弓を放つ。
巨大な矢が人形たちを蹴散らすと、着弾地点で爆発した。
人形のボロボロに崩れた肉体が、糸によって再び繋がるが…
「見ろ!燃え散った部分は繋がらん。
細かく千切って焼き払え!」
欠けた肉体の人形を差して、女エルフの【必殺砲】ガルフィアが叫んだ。
「おう!!今まさにやってんよ!!」
炎使いの傭兵たちが前面に出て、人形を焼き払っていく。
「…だがよぉ、足りるのか?スタミナ…」
何しろ敵は、この街全ての市民。
1人1人の戦闘能力は低くとも、傷つけた程度では止まらない人間が数百人。
ここに集まった傭兵たちが皆一流であるのを加味しても、かなりギリギリの戦況である。
「どこかで操ってる奴がいるはずだ…!」
「どうやって探しに行くんだ、この状況で!!」
「クソ共がァ…なめやがって…!!」
その時突然、広場の噴水が爆発して砕け散った。
「なんだ!?」
「さぁな!火薬じゃねぇのか…あぁ!?」
「こいつら、急に動きが…?」
同時に人形たちの一部が、いきなり脱力した。
(やっぱそういう事ね…)
物陰から爆弾で噴水を破壊した犯人、その少年はため息をついて爆煙に紛れた。
(人形を1つ捕まえて、術の流れを逆探知して大雑把な位置を掴む。
そっから魔力の集中してる部分を感知すれば…と思ったが、ビンゴか)
砕けた噴水から、脈打つ肉塊のようなものが現れたが…爆発の衝撃で弱っていたのか、すぐに萎びた。
(たぶん、人形使いの本体はここに居ない。
このキモイ肉片は中継器みたいなもんで、もっと遠くから操ってる。
さすがにそこまでは逆探知できないけど)
逆に言えば、中継器さえ無ければ人形を操れないという事でもあった。
(まだ動いてる奴がいる。
って事は中継器はコレ1個じゃないな…もうちょっと探してみるか)
「な、なななんという!?」
『うん?どうしたのかな、モースくん』
「あ、そ、その。我が失態でございます。
よもや分体が破壊されるとは!!」
『居たみたいだね。呪術の達人が。
それで、もう人形は操れないって事かな?』
「はい…やむを得ません。人形は諦めましょう…」
『おや、いいのかい?人形使いが人形を諦めるなんて』
「に、人形は私の得意とする分野ですが、それだけですので…!
人形は操作装置が3つ以上停止した場合、自動で命を絶つようになっております」
『ほう?…その心は?』
「人形どもの命を生贄とし、召喚術を発動させる…そういう仕組みでございます。
呼び出されるのは破壊の権化…魂無き神!傭兵ごときには倒せません!!」
『それは慢心じゃないかい?
人間ってのは、常に無茶を押し通す生き物さ』
「いえ…クククッ!もしアレを倒せたとしても、無意味ですので…!」
いきなり動きの止まった人形たちが、また動き出す。
「っ!油断すんな、コイツらまだ…」
そしていきなり自らの心臓を突き刺した。
ヴイザードも含めて、全ての残った人形たちが、だ。
「ま、まずいぜ…コレ!」
召喚士の傭兵が慌てふためく。
「自分の命を犠牲として、契約された存在を召喚する高度な召喚術…」
「って事は…自害した人形どもの数だけ、召喚獣が出てくるって事かよ!?」
「いや…全員で1つの術なんだ、コレは!
こんな数の人間を生贄にした召喚なんて、見た事がない…いったい何が出てくるのか想像すら…」
血が巨大な魔法陣を形成し、光を発し始める。
「で、でけぇぞ!陣の上から離れろ!!」
続いて飛び散った肉塊や人形が集まり、形を成し始める。
それは何か巨大な、人型の…
「なんだ、ありゃあ……」
死んだ人形は1つとなる。巨人の上半身のような、グロテスクで壮大な姿を作り出そうとしている。
「おい召喚士よ。お前分かんねぇのか、コイツが何なのか!」
「分からん。分からんが…恐らくは神格の存在。
それも小さな村で崇められてる程度の低級な奴じゃねぇ…!」
「だ、だったらお前の召喚獣でなんとか…」
「無理だよ!俺が操るのは神獣!神の使いっ走りだぞ!?
神と戦うなんざ無理だよ!!」
「……くそ」
ビッシャーは小さく、忌々しげに呟いた。
「…やりゃあいいんだろ、ちくしょうッ!!」
銛を構え、魔力を込める。
「あのな…俺も、召喚術を使える」
「そりゃ初耳だぜ」
「当たり前だ。コレ使ったらその場でぶっ倒れて、制御も出来ねぇんだからな」
「はぁ?お前、それじゃ意味無い…」
「だからよ。後はお前ら頼むわ」
クルクルと頭上で回してから、下部を持って真正面に構えなおす。
「おいおいッ、勝手に始めんなよ!?」
「うるせぇ、説明してやっから聞け!!
…いいか、コイツが完全に召喚されたら、もう終わりだ。
そんくらいは俺にも分かる!俺がこれから喚ぶのも、同じようなもんだからな…!」
銛の刃先が、弧を描いた形状に変わる。それはさながら、巨大な釣り針だった。
ビッシャーがそれを取り外すと、柄と先端は糸で繋がっていた。
銛が釣り竿に変形したのだ。
「はァッ!!」
柄の尻で地面を突くと、そこには大きな水の渦が生じる。
そして釣り糸に丸いウキを付けると、渦の中へと投じた。
ウキがプカプカと浮かび、針の位置を示す。
「まさか…釣り上げて召喚するのか?」
「異界の海に通じる渦を発生させ、その中から召喚獣を釣り上げる。
それが俺の召喚術だ…!」
そう呟くや否や、渦の中を揺蕩っていたウキがトプンと沈んだ。
「来た来た来たァ!
…いいか、術者である俺が気絶してから召喚獣は3分で消える。
その3分!化け物同士が争ってる隙に、お前らで何とかぶちのめせ」
「何とかって…!」
ビッシャーの両肩が盛り上がり、筋肉が浮き上がる。
「ッッッらァアアアアアア!!!」
柄を思い切り振り上げると、糸の先に巨大な竜の顔が現れた。
渦の中から、次々と竜の頭が出現する。計9個。
「マジかよッ…」
「これが召喚獣だっての!?」
9つの頭を持つ海竜が、大渦の中から顕現した。
その首一つ一つが、建物を遥かに超えるスケール。
対するは、無数の眼球を持つ巨人の上半身。
召喚完了には、まだ時間が掛かるようだ。
「あと、まかせ…た…」
ビッシャーが白目を剥き、仰向けに倒れる。
「GOOOOAAAAAA!!」
「AUGHHHHHHHHHH…!」
巨人と九頭龍が、激しく争い始める。
その余波で、建物が次々と崩壊していく。
「ど、どどどどうすんだぁ!?」
「どうって…そりゃお前…やるしかねぇだろ!!」
神々しくすらある破滅的光景に、傭兵たちは臆しつつも飛び込む。
何故なら彼らは戦士であり、戦いの中で生きる事を自ら宿命づけた者たちだからだ。
…ただ1人を除いては。
「…えーらい事になってんなぁー…」
宿の屋上でそう呑気な感想を漏らすのは、キルエ。
戦いなど手段でしかない彼にとって、この場に留まって戦う理由など無かった。
ただ、放置して逃げる事に対しても忌避感があった。
良心というより、恐れだ。
(いいのか、ここで放置して逃げても?
もしアイツらが負けたら…アレが完全に召喚されたらどうなるんだ?
……ちょっと手伝うか。ちょっとな!)
懐から、煌びやかに装飾された巻物を取り出す。
ジェト族の秘伝書は、望んだ術を検索し、提示してくれる。
(ただし、なんとかなる手段があればの話だけどな!
まぁ無ければ…ね、仕方ないけども。残念ながら逃げざるを得ないですけども!)
特殊な道具をなるべく使わず、それでいて素早く召喚術を中断させる術…検索条件を厳しく設定してみた。
が、ヒットした。
(クソがッ!…え~と、【契約に割り込む法】?
術式の契約に介入し、強制的に高位次元へとうんたらかんたら~???
…意味分かんね)
キルエは別段、呪術の腕に優れている訳ではない。
必要なタイミングで検索し、書かれている通りに実行しているだけだ。
書かれている事が分からない場合は、要約してもらうしかない。
「どう使えばいいんだよ!もうちょっと具体的に使い方を教えろ!」
秘伝書は、問いが正確なら確かな返答を提示してくれる。
『まず召喚陣と自身を接続し、その術式を司る上位者と対話する』
「もう既に難しいが…なるほど?」
『そして交渉し、召喚契約を破棄してもらう』
「なるほどなるほど~…ってバカ!!」
手に持った秘伝書を引き裂きそうになった。
「交渉って何だよ!なんでこっちのコミュ力頼りなんだよ!?」
「AUGHHHHHH…!!」
巨人が吼え、龍の首を2本引きちぎる。
傭兵たちは果敢に挑んではいるものの、まだ決定打は与えられていなかった。
これは、負けるかもしれない。
「やばっ…!ああ、もうクソッ!!
失敗したら逃げればいいか!!」
人形を1体引きずり出し、喉を裂く。そして溢れ出る血で陣を描いた。
(次に、儀礼用のナイフを打ち込む…)
ナイフを、巨人が出てこようとしている魔法陣に投擲した。
(よし。後はあのナイフを刺した部分に、こちらの術を接続する…!)
小さな杖を掲げて念じると、描いた陣の血が蛇のようにうねりながら伸びていく。
血は建物の壁面を降りていくと、そのままナイフの刺さった位置に届いた。
(繋がった…!)
成功を確認した瞬間、抗いようのない巨大な力に引き込まれ、意識が遠のく。
『『『 誰 だ 』』』
脳内に激しく反響する、大きな何かの声。
決してまともに相対してはいけない存在。
キルエは一瞬全てを悔いた。
(いや、もう遅い。仕方ない…交渉してみるか!)
この暗闇を訪れる者は少ない。
珍しく誰かが来たと思えば、矮小極まる人間ときた。
「あ。あの!自分はですね…」
鳴き声が聞こえる。傷つけぬように優しくつついてみた。
「おごッ…ぉえッ!!?
がぁ、ああああッ…ぐぅえ…があ゛あ゛あ゛あ゛っ???」
うん。なかなか愛らしい。
ほれ、何か言うてみよ。ほれほれ。
「ごッ…ごゔじょゔ!!ごゔじょゔ、を…!!」
何のこっちゃ。うりうり、もっとはっきり言わぬか。
「交渉をッ…ざぜで、ぐだじゃい…ッ」
交渉!…人が、神と?
言葉を交わす栄誉に飽き足らず、交渉とはな!
あははははは!!
では殺すか。
〈つづく〉