生き人形たちが己の命を代償として召喚した巨神と、傭兵たちの戦いが始まる。
この巨神の召喚が完了すれば、一帯はことごとく地獄絵図と化すだろう。
しかし傭兵たちの奮闘によって、それは未然に防がれた。
その裏では、キルエが召喚術に直接介入して神と交渉し、中断させるという助力があった。
だがそれは誰にも知られる事なく、代償として神の呪いを背負う事となった。
さておき傭兵たちは、徒労感に打ちのめされながらも街を去ろうとしていたが、そこに1人の男が現れる。
「私、ドゥロワ・ネネル様直属の配下【薔薇の七冠】が1人!
夢の伝道師ガスマと申します!以後お見知りおきを!」
「…そうかよ!!」
大弓使いのエルフ、【必殺砲】ガルフィアが構える。
「ネネルってのは、バロネリアの元帥の名前だろ。
裏切って魔皇城を占拠したってのはソイツだ!」
「あの情報、マジだったんだな…!」
傭兵たちが、傷ついた身体を起こす。
「いやはや、皆様お疲れのところ大変申し訳ない!
お時間は取らせません!」
来訪者が、ステッキで地面を叩く。
「…何しろ、最初から全力を出すように仰せつかっておりますので」
ガルフィアの頭部が爆散した。
「ぐぁああ!!?」
それを、彼女自身が認識していた。
(…いや、んな訳ねぇ。普通、考える暇もなく即死だろ!?
そうか、これは幻術…!)
「っあァ!クソが!」
頭を振ると、元の姿に戻っていた。
「お見事!さすがに皆様ほどの英雄豪傑ともなれば、雑な幻術など効きませんか!
よろしい、では私も全身全霊を以て…」
ガスマが指を鳴らすと、街の四方が揺れ出す。
「お相手させていただきましょう!」
「おいおい…ッ」
街の出口を塞ぐように、あの巨人が4体出現していた。
「なんだよ、またか!?」
「冗談じゃねぇ、1体でも死ぬ思いで追い返したってのに…!」
「しっかりしな!幻に決まってんだろ!」
だが、幻だと気づいてなお、その巨影は消える事が無かった。
「ハハハ左様!仰る通り、ただの幻ではない。
既に恐ろしさを体感したからこそ、幻であってもリアリティがある。
そのリアリティこそが、幻をより強化してくれる!」
逆に言えば、『突然頭が吹き飛ぶ』などという荒唐無稽なシチュエーションを信じ込ませるガスマの幻術は、それだけ卓越しているとも言えた。
「…気を付けろ。コイツ、相当の幻術使いだぞ。
今も、幻と気づかなきゃ…私は死んでた」
「…分かんねぇな。どうして俺らを襲う!?
俺ら殺してアンタらに得は無ぇだろ!!」
「うん?ああ…理由ですか。
確かにここに来るまでは、あなた方を狙いに来たのですが…申し訳ない。
今となっては、ついでなのです。
もちろん、侮っているわけではございませんが…」
ガスマは、宿の屋上にふと目を向けた。
そこには何かが居たが、姿を認識した時にはもう消えていた。
「…やれやれ。やっと見つけたかと思えば、逃げ足の速い事です。
皆様申し訳ない、少し急がねばならぬようです」
ステッキが振り下ろされると、四方の巨人が距離を無視していきなり接近してきた。
「なめんなァアアア!!」
傭兵の1人が、巨人の顔面を蹴り飛ばした。
重量差を無視して、巨人が転倒する。
「幻なら、こういう事も出来るわなぁ!」
「っしゃやるぞオラァアアア!!」
残る3体の巨人も、一撃で倒される。
『所詮は幻だ』と心から信じて割り切れば、いかに増大したイメージでも破壊できるのだ。
己を信じる事こそが、幻術破りの定石でもあった。
「…なるほど。己の意志で恐怖を克服し、幻を上書きするとは。
やはりあなた方は脅威だ」
指を鳴らすと、倒された巨人が急速に腐っていく。
「あ…?」
「ただ、まぁ…私の幻術を本気で人殺しに使うのなら、どうとでもなる。
非常に下品で嫌なのですが…急用とあらばやむを得ませんな」
腐った肉から蛆が沸く。それは凄まじい速度で増殖し、波のようになってどっと押し寄せる。
「うぇッ…」
「馬鹿が!ボーっとしてんなよ!」
大弓から放たれた矢が爆ぜて、蛆虫の群れが燃える。
「幻が燃えた!?どうなってんだ?」
「幻だろうと、殺れると信じれば殺れる。
見かけに惑わされんな!」
「つくづく仰る通り!思いこそ力!
思い次第でいかようにも変えられるのが幻というもの!」
今度は炎の勢いが増し、傭兵たちを飲み込む。
「がぁああああッ!?」
「く、くそ…これも幻のはず…!」
「その場にあるもの全て、この私の自由自在にて!」
四方の炎は融合し、巨大な火炎となって傭兵たちを焼き尽くす。
皮膚は焼け、呼吸すら許されない激しい熱を、彼らは必死で振り払う。
「こんな、チンケな幻で…!」
「ああ…終わって、たまるか…!」
「ええ、終わりではございませんとも!」
炎は傭兵たちを取り込んだまま球体になり、そして青く透き通った。
「ごぼッ…!!?」
「あ、がぁばぶば…ッ」
それは水の牢獄となり、完全に動きを封じてしまった。
(なんて野郎だ!火と水…相反する幻術を、こうも続けざまに…!)
全身が熱で焼ける痛みを、水中で溺れる苦しみに書き換える。
これだけ急激に変化させてしまうと、普通は相手の感覚が付いていけず、むしろ幻術にかかりづらくなるものだ。
だが傭兵たちは存在しない水に溺れ、藻掻いても逃げる事すらできない。
(クソッ…だったら自分自身を吹っ飛ばす…!)
ガルフィアは大弓を逆向きにし、先が丸い非殺傷用の矢をつがえた。
そして自分に向かって放つ。
「おごぇえええっ!」
その勢いで水の牢獄から脱出したガルフィアは、嘔吐しながら前を向く。
非殺傷とはいえ、ダメージはそれなりにある。
「ぉえッ…私を、なめるな…ァ!!」
取り出した小さい弓で、水球を撃ち抜く。
すると水風船のように、あっけなく弾けた。
「た、助かった…水の無いとこで溺死するなんてマヌケすぎるぜ…!」
「信じれば出来る…それが幻なんだろう?
だったら幻なんざ効かねぇと信じれば、無効化できるって事だよ!」
「なるほど、貴女は少々厄介なようだ。
ですが…いやはや。ずいぶんと体調が悪そうですなァ!」
「あ…う、ゔぉえッ!?」
吐瀉物の中を、ピチピチと魚が泳ぐ。
腹中全てが海となり、海水がとめどなく溢れてくる。
「ぐ、うう…ぼッ」
無理やり口を押さえて必死に大弓の落ちている場所へと這いずる。
(この【
震える指先で、大弓を掴む。
その瞬間、弓が魚になって、ぬるりと手から逃れる。
「あ…ぉええええッ!!」
こらえきれず、口から海水が溢れ出る。
いや…その水は今や赤黒く染まっていた。
吐き出したのは、血と内臓だった。
(ダメ、だ…これ、は…幻…)
だが、目の前のおぞましい光景を否定できず、肉体が限界を迎えた。
「あぇ」
女エルフは絶命し、血の海に沈んでゆく。
…比喩ではない。
深い水底に沈むかのごとく、広がった血の海が傭兵たちを溺れさせているのだ。
「ふざけんな、こんな幻で俺らを…」
腐肉を骨にへばり付かせた死人が、傭兵を掴んで引きずり込む。
「クソッ、離せよ…ッ!」
「皆様は仕事上、死と隣り合わせに生きておられる。
故に死のイメージも鮮明…逃れられますかな?」
1人2人と沈み、浮き上がってこない傭兵たち。
「…海は俺の舞台だぜぇえええッ!!」
しかし血の海を泳ぎ、高速でガスマに接近する者がいた。
【殺戮遊漁】ビッシャー・マンが、銛を掲げて眼前に迫る。
「幻とはいえ血の海を泳ぎ渡るとは!
いやはや…まったくお見事!」
ステッキが銛を受け止める。
「しかしながらこのガスマ」
続いて切っ先を跳ね上げ、がら空きの胴にステッキの柄をねじ込む。
「がッ…」
「身を守る程度の術は会得しております」
ステッキを捩じっていくと、ビッシャーの肉体が雑巾のように絞られ、水分が排出されていく。
「ぐ、が…任せ…たぜ……ボガ…」
「む?」
ガスマの首が、ころりと落ちる。
「任されたぞッ!」
【獣剣】ボガが口に咥えた剣で、一刀両断したのだ。
「なんたる早業…まさに神速!」
当然、この程度ではガスマを殺せない。
ガスマは頭部を拾いながら、ステッキで反撃。剣とぶつかり火花を散らす。
「これはうかうかしていられませんな…」
「怪物め…なぜ人々の生活を脅かす!」
「これは心外ですな、そのような意図はございませんぞ」
斬撃を躱しながら血の水面を走り抜け、ついでのようにビッシャーにトドメを刺した。
「私はただ多くの人々に夢を届けたいだけ!それだけなのです!」
「そう言ってやる事が、魔皇城を奪った上での虐殺か!」
血の中から巨大な竜の大顎が出て、ボガを喰らう。
「小賢しい!」
だが斬撃はそれを上回る速度で、竜をズタズタに切り裂いた。
「下らん幻で、我が信念を欺く事など出来んぞ!!」
血の中から、また何かが現れる。
それは沈んでいった傭兵たちの似姿。能力・武器までもが再現されている。
「…ッ貴様はァ!!」
数の暴力に圧し潰され、ボガが沈んでいく。
「貴様は…どれだけ…ッ」
成すすべなく、赤い海へと吸い込まれた。
「…なんと素晴らしき英傑たちでしょう。
幻に惑わされず、己が意志を貫く様たるやまさに伝説の勇者!
しかしその精神も…」
「――どれだけ命を弄べば気が済むんだ!!」
「何と!?」
血腥い飛沫を上げ、ガスマの背後からボガが現れる。
剣は既に、幻ならざるガスマの首筋。
「その罪、地獄で償え!!」
振り下ろされた剣は、ガスマの命を…!
「…な、に?」
樹木だ。
血を吸い上げて育った大樹が、ボガの剣を絡め取っていた。
樹はどんどんと幹を伸ばしていき、全身を拘束していく。
「クソッ…クソッ!!こんな…幻ごとき…に…!」
「なんと尊き正義の意志…この私が、終生語り継ぎましょう!」
ガスマのステッキが、ボガの頭蓋を打ち据える。
「が…は…ッ」
脳漿を散らし、絶命した。
(なんじゃありゃ…初めて見た。アレが幻術って奴か!?)
キルエは街から脱出し、東の森を駆け抜けている。
(見つかってたらヤバかった!
特に対抗策の少ない今、あんなのとやり合えるか!)
今は要領よく逃げおおせたものの、己の運の無さにほとほと呆れていた。
(なんでよりによって偶然泊まった街で、あんな事が起きるんだよ!!)
ふと胸元に目を遣れば、奇妙な図形が刻まれている。
神との交渉の末に押し付けられた、【神の力を借りられなくなる呪い】。
(しかも、呪いまで背負わされて…クソッ!
なんで俺ばっかこうなんだよ…いっつもそうだ、いっつも!)
キルエは大幅に今後の方針を変えねばならなくなった。
(もう街には泊まらん!
森で獣を相手にしてる方がマシだ!慣れてるし!)
脚を止め、周囲を見回す。
(アイツ…追ってくるかな?
やっぱこの森に泊まるのは危険だな、別の森にするか…)
地図を開き、指でなぞる。
現在いる森から、付近の森までの順路を組み立ててみる。
(人の気配がある場所は逆に危険だ。
誰もいないような獣道を通っていきたいが…そうなると地図に乗ってないんだよなぁ…)
森の奥から、隣り合う山地を人差し指で辿っていくと、その先に見た事のない絵が描かれている。
山高帽とカソックコートを着た男の絵だった。
絵が丁寧にお辞儀をして、一言。
「足を止めてしまってよろしいのですか?」
「!!?」
地図を投げ捨て、走る。
その間、0.1秒。
「…足がお速いですな」
(何だありゃ!?どういう理屈だよ!!
訳わかんない事しやがって…!!)
道の無い、草木深い方へと逃げる。キルエにとっては逃げやすく、敵は追いづらいコース取りだ。
…だが。
「ケケケケケケ!!」
「ヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
木々が嗤う。引き裂かれたような笑みを浮かべ、枝を伸ばして巻き付く。
「おいおい…なんだよコレ!
ディズニーアニメじゃねぇんだぞ!!」
毒の果実が落ち、そこが毒沼に変わる。葉が刃となって降り注ぐ。土がネバネバと固着し、動きを阻害する。
アナコンダめいて巨大なミミズが現れ、キルエを捕らえようとする。
まさに悪夢じみた光景だった。
「…上等だよ。元々俺にとっちゃ森は敵だ!
こんなもん慣れてんだよ!!」
地面に刺したナイフを足場にして軽やかに飛び、伸びてくる枝を高速で蹴って反動でまた浮く。
(とりあえずこの森を抜ける!
周りにごちゃごちゃとモノがあるせいで、幻術にかかりやすくなってんだ!多分!)
だが地図は捨てた。どこまで森が続いているのか分からない。
(…いや、この森を抜けられる保証はあるのか?
幻術にかけられてるって事は、永遠に出られねぇ可能性も…)
キルエの心を不安が支配しそうになったが、面倒になって思考停止した。
(もういいや。とにかく走ろう)
それは奇しくも、幻術に対する有効な防衛策の一つだった。
無思考の疾走で、ひたすらに幻影の悪意を振り払う。
(要はアイツから離れりゃ良…)
ただしそれは、通常の幻術に対しての策でしかない。
「あ、え?」
キルエの腹を突き破り、無数の刃が現れる。
「ぐ、ぎゃぁああああッ、おえッ」
地面に落下し、ドロドロになった土へと沈み込んでいく。
「ふざげんなッ、なめやがっ…ゔぉおおえええッ!!?」
針や虫、毒蛇などが喉奥から溢れ出る。
だがそれでも吐き気は収まらず、何か巨大な異物がせり上がってくる。
(なんなんだよ、これ。死ぬ。ころされる。こわい)
「おえ゛っ、あ゛ぇ…ええっ!!」
吐き出したのは、山高帽にカソックコートの男。
顔には目出しの覆面を被り、その手にステッキを握っている。
「お、まえ」
「ええ、私です。ガスマと申します!
傭兵の皆さんの中に貴方の姿を見つけた時は驚きましたよ。
何しろ足がお速くていらっしゃるので手こずりましたが、追いつけたようで何より」
男の表情は覆面の上からでも分かるほど笑みに歪んでいた。
「アルキュオード様も倒すほどの豪傑が相手となれば、こちらも死力を尽くさせていただきました」
言葉と裏腹に男の呼吸は全く乱れず、服には傷どころか汚れすら付いていない。
対するキルエの腹部はズタズタに裂け、血を吐き、毒に侵され、身体は半分地面に沈んでいる。
もちろんただの幻に過ぎない。が、痛みも苦しみも現実そのものだった。
「ま…ぼろし、こわい。
おねがい、します…ふつうに、ころして」
「そうはおっしゃいますが、キルエ様。
背中に隠した爆弾が怖くて近づけません」
「…クソッ」
「なのでこの位置から幻術を使わせていただきます」
ステッキで地面を叩くと、木の根が触手のようにキルエの首に巻き付いた。
それは、逃れられる救いなど存在しない、明確な死。
(ざけんな…こんな死に方あるかよ。
急に出てきた見た事もねぇ奴に殺されるなんて…意味分かんねぇ!
なんでいつも俺ばっか…ッ!!)
もはやキルエに出来るのは、憎悪の視線を向ける事だけ。
「では…………っ?」
森が、消えた。
「ッ!!?」「おやおや…?」
そこは巨大な城の中、玉座の間だった。
(は?どこココ?これもコイツの幻か!?)
(幻術!?…いえ、これは幻ではない。
今までの森が幻術だったという事ですか…?
この私が、欺かれていた…!?)
見上げても霞むほど高い天井。ステンドグラスから差す日の色彩。
水瓶を抱えた彫像から流れる水は、部屋を取り囲む溝を通って循環する。
実に美しく完成された空間だった。
「何者か」
「「!!」」
玉座には、1人の女が座っていた。
「何ゆえ我が城に踏み入るか、下郎ども」
床まで届こうかという長い金髪と、刺し貫いて殺すような赤い眼光。
身に纏うは薄い黒のドレス1枚なれど、その風格は歴然だった。
「…この、【幻魔大公】カーミラの居城に」
〈つづく〉