異世界でいっちょ噛みするだけ。   作:ゴリラプリン

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第61話 究極の幻

生き人形たちが己の命を代償として召喚した巨神と、傭兵たちの戦いが始まる。

この巨神の召喚が完了すれば、一帯はことごとく地獄絵図と化すだろう。

しかし傭兵たちの奮闘によって、それは未然に防がれた。

 

その裏では、キルエが召喚術に直接介入して神と交渉し、中断させるという助力があった。

だがそれは誰にも知られる事なく、代償として神の呪いを背負う事となった。

 

さておき傭兵たちは、徒労感に打ちのめされながらも街を去ろうとしていたが、そこに1人の男が現れる。

 

「私、ドゥロワ・ネネル様直属の配下【薔薇の七冠】が1人!

夢の伝道師ガスマと申します!以後お見知りおきを!」

 

「…そうかよ!!」

 

大弓使いのエルフ、【必殺砲】ガルフィアが構える。

 

「ネネルってのは、バロネリアの元帥の名前だろ。

裏切って魔皇城を占拠したってのはソイツだ!」

 

「あの情報、マジだったんだな…!」

 

傭兵たちが、傷ついた身体を起こす。

 

「いやはや、皆様お疲れのところ大変申し訳ない!

お時間は取らせません!」

 

来訪者が、ステッキで地面を叩く。

 

「…何しろ、最初から全力を出すように仰せつかっておりますので」

 

ガルフィアの頭部が爆散した。

 

「ぐぁああ!!?」

 

それを、彼女自身が認識していた。

 

(…いや、んな訳ねぇ。普通、考える暇もなく即死だろ!?

そうか、これは幻術…!)

「っあァ!クソが!」

 

頭を振ると、元の姿に戻っていた。

 

「お見事!さすがに皆様ほどの英雄豪傑ともなれば、雑な幻術など効きませんか!

よろしい、では私も全身全霊を以て…」

 

ガスマが指を鳴らすと、街の四方が揺れ出す。

 

「お相手させていただきましょう!」

 

「おいおい…ッ」

 

街の出口を塞ぐように、あの巨人が4体出現していた。

 

「なんだよ、またか!?」

 

「冗談じゃねぇ、1体でも死ぬ思いで追い返したってのに…!」

 

「しっかりしな!幻に決まってんだろ!」

 

だが、幻だと気づいてなお、その巨影は消える事が無かった。

 

「ハハハ左様!仰る通り、ただの幻ではない。

既に恐ろしさを体感したからこそ、幻であってもリアリティがある。

そのリアリティこそが、幻をより強化してくれる!」

 

逆に言えば、『突然頭が吹き飛ぶ』などという荒唐無稽なシチュエーションを信じ込ませるガスマの幻術は、それだけ卓越しているとも言えた。

 

「…気を付けろ。コイツ、相当の幻術使いだぞ。

今も、幻と気づかなきゃ…私は死んでた」

 

「…分かんねぇな。どうして俺らを襲う!?

俺ら殺してアンタらに得は無ぇだろ!!」

 

「うん?ああ…理由ですか。

確かにここに来るまでは、あなた方を狙いに来たのですが…申し訳ない。

今となっては、ついでなのです。

もちろん、侮っているわけではございませんが…」

 

ガスマは、宿の屋上にふと目を向けた。

そこには何かが居たが、姿を認識した時にはもう消えていた。

 

「…やれやれ。やっと見つけたかと思えば、逃げ足の速い事です。

皆様申し訳ない、少し急がねばならぬようです」

 

ステッキが振り下ろされると、四方の巨人が距離を無視していきなり接近してきた。

 

「なめんなァアアア!!」

 

傭兵の1人が、巨人の顔面を蹴り飛ばした。

重量差を無視して、巨人が転倒する。

 

「幻なら、こういう事も出来るわなぁ!」

 

「っしゃやるぞオラァアアア!!」

 

残る3体の巨人も、一撃で倒される。

『所詮は幻だ』と心から信じて割り切れば、いかに増大したイメージでも破壊できるのだ。

己を信じる事こそが、幻術破りの定石でもあった。

 

「…なるほど。己の意志で恐怖を克服し、幻を上書きするとは。

やはりあなた方は脅威だ」

 

指を鳴らすと、倒された巨人が急速に腐っていく。

 

「あ…?」

 

「ただ、まぁ…私の幻術を本気で人殺しに使うのなら、どうとでもなる。

非常に下品で嫌なのですが…急用とあらばやむを得ませんな」

 

腐った肉から蛆が沸く。それは凄まじい速度で増殖し、波のようになってどっと押し寄せる。

 

「うぇッ…」

 

「馬鹿が!ボーっとしてんなよ!」

 

大弓から放たれた矢が爆ぜて、蛆虫の群れが燃える。

 

「幻が燃えた!?どうなってんだ?」

 

「幻だろうと、殺れると信じれば殺れる。

見かけに惑わされんな!」

 

「つくづく仰る通り!思いこそ力!

思い次第でいかようにも変えられるのが幻というもの!」

 

今度は炎の勢いが増し、傭兵たちを飲み込む。

 

「がぁああああッ!?」

 

「く、くそ…これも幻のはず…!」

 

「その場にあるもの全て、この私の自由自在にて!」

 

四方の炎は融合し、巨大な火炎となって傭兵たちを焼き尽くす。

皮膚は焼け、呼吸すら許されない激しい熱を、彼らは必死で振り払う。

 

「こんな、チンケな幻で…!」

 

「ああ…終わって、たまるか…!」

 

「ええ、終わりではございませんとも!」

 

炎は傭兵たちを取り込んだまま球体になり、そして青く透き通った。

 

「ごぼッ…!!?」

 

「あ、がぁばぶば…ッ」

 

それは水の牢獄となり、完全に動きを封じてしまった。

 

(なんて野郎だ!火と水…相反する幻術を、こうも続けざまに…!)

 

全身が熱で焼ける痛みを、水中で溺れる苦しみに書き換える。

これだけ急激に変化させてしまうと、普通は相手の感覚が付いていけず、むしろ幻術にかかりづらくなるものだ。

だが傭兵たちは存在しない水に溺れ、藻掻いても逃げる事すらできない。

 

(クソッ…だったら自分自身を吹っ飛ばす…!)

 

ガルフィアは大弓を逆向きにし、先が丸い非殺傷用の矢をつがえた。

そして自分に向かって放つ。

 

「おごぇえええっ!」

 

その勢いで水の牢獄から脱出したガルフィアは、嘔吐しながら前を向く。

非殺傷とはいえ、ダメージはそれなりにある。

 

「ぉえッ…私を、なめるな…ァ!!」

 

取り出した小さい弓で、水球を撃ち抜く。

すると水風船のように、あっけなく弾けた。

 

「た、助かった…水の無いとこで溺死するなんてマヌケすぎるぜ…!」

 

「信じれば出来る…それが幻なんだろう?

だったら幻なんざ効かねぇと信じれば、無効化できるって事だよ!」

 

「なるほど、貴女は少々厄介なようだ。

ですが…いやはや。ずいぶんと体調が悪そうですなァ!」

 

「あ…う、ゔぉえッ!?」

 

吐瀉物の中を、ピチピチと魚が泳ぐ。

腹中全てが海となり、海水がとめどなく溢れてくる。

 

「ぐ、うう…ぼッ」

 

無理やり口を押さえて必死に大弓の落ちている場所へと這いずる。

 

(この【壊砲弓(かいほうきゅう)】さえあればこっちのもんよ…!)

 

震える指先で、大弓を掴む。

その瞬間、弓が魚になって、ぬるりと手から逃れる。

 

「あ…ぉええええッ!!」

 

こらえきれず、口から海水が溢れ出る。

いや…その水は今や赤黒く染まっていた。

吐き出したのは、血と内臓だった。

 

(ダメ、だ…これ、は…幻…)

 

だが、目の前のおぞましい光景を否定できず、肉体が限界を迎えた。

 

「あぇ」

 

女エルフは絶命し、血の海に沈んでゆく。

…比喩ではない。

深い水底に沈むかのごとく、広がった血の海が傭兵たちを溺れさせているのだ。

 

「ふざけんな、こんな幻で俺らを…」

 

腐肉を骨にへばり付かせた死人が、傭兵を掴んで引きずり込む。

 

「クソッ、離せよ…ッ!」

 

「皆様は仕事上、死と隣り合わせに生きておられる。

故に死のイメージも鮮明…逃れられますかな?」

 

1人2人と沈み、浮き上がってこない傭兵たち。

 

「…海は俺の舞台だぜぇえええッ!!」

 

しかし血の海を泳ぎ、高速でガスマに接近する者がいた。

【殺戮遊漁】ビッシャー・マンが、銛を掲げて眼前に迫る。

 

「幻とはいえ血の海を泳ぎ渡るとは!

いやはや…まったくお見事!」

 

ステッキが銛を受け止める。

 

「しかしながらこのガスマ」

 

続いて切っ先を跳ね上げ、がら空きの胴にステッキの柄をねじ込む。

 

「がッ…」

 

「身を守る程度の術は会得しております」

 

ステッキを捩じっていくと、ビッシャーの肉体が雑巾のように絞られ、水分が排出されていく。

 

「ぐ、が…任せ…たぜ……ボガ…」

 

「む?」

 

ガスマの首が、ころりと落ちる。

 

「任されたぞッ!」

 

【獣剣】ボガが口に咥えた剣で、一刀両断したのだ。

 

「なんたる早業…まさに神速!」

 

当然、この程度ではガスマを殺せない。

ガスマは頭部を拾いながら、ステッキで反撃。剣とぶつかり火花を散らす。

 

「これはうかうかしていられませんな…」

 

「怪物め…なぜ人々の生活を脅かす!」

 

「これは心外ですな、そのような意図はございませんぞ」

 

斬撃を躱しながら血の水面を走り抜け、ついでのようにビッシャーにトドメを刺した。

 

「私はただ多くの人々に夢を届けたいだけ!それだけなのです!」

 

「そう言ってやる事が、魔皇城を奪った上での虐殺か!」

 

血の中から巨大な竜の大顎が出て、ボガを喰らう。

 

「小賢しい!」

 

だが斬撃はそれを上回る速度で、竜をズタズタに切り裂いた。

 

「下らん幻で、我が信念を欺く事など出来んぞ!!」

 

血の中から、また何かが現れる。

それは沈んでいった傭兵たちの似姿。能力・武器までもが再現されている。

 

「…ッ貴様はァ!!」

 

数の暴力に圧し潰され、ボガが沈んでいく。

 

「貴様は…どれだけ…ッ」

 

成すすべなく、赤い海へと吸い込まれた。

 

「…なんと素晴らしき英傑たちでしょう。

幻に惑わされず、己が意志を貫く様たるやまさに伝説の勇者!

しかしその精神も…」

 

「――どれだけ命を弄べば気が済むんだ!!」

 

「何と!?」

 

血腥い飛沫を上げ、ガスマの背後からボガが現れる。

剣は既に、幻ならざるガスマの首筋。

 

「その罪、地獄で償え!!」

 

振り下ろされた剣は、ガスマの命を…!

 

「…な、に?」

 

樹木だ。

血を吸い上げて育った大樹が、ボガの剣を絡め取っていた。

樹はどんどんと幹を伸ばしていき、全身を拘束していく。

 

「クソッ…クソッ!!こんな…幻ごとき…に…!」

 

「なんと尊き正義の意志…この私が、終生語り継ぎましょう!」

 

ガスマのステッキが、ボガの頭蓋を打ち据える。

 

「が…は…ッ」

 

脳漿を散らし、絶命した。

 

 

 

 

 

(なんじゃありゃ…初めて見た。アレが幻術って奴か!?)

 

キルエは街から脱出し、東の森を駆け抜けている。

 

(見つかってたらヤバかった!

特に対抗策の少ない今、あんなのとやり合えるか!)

 

今は要領よく逃げおおせたものの、己の運の無さにほとほと呆れていた。

 

(なんでよりによって偶然泊まった街で、あんな事が起きるんだよ!!)

 

ふと胸元に目を遣れば、奇妙な図形が刻まれている。

神との交渉の末に押し付けられた、【神の力を借りられなくなる呪い】。

 

(しかも、呪いまで背負わされて…クソッ!

なんで俺ばっかこうなんだよ…いっつもそうだ、いっつも!)

 

キルエは大幅に今後の方針を変えねばならなくなった。

 

(もう街には泊まらん!

森で獣を相手にしてる方がマシだ!慣れてるし!)

 

脚を止め、周囲を見回す。

 

(アイツ…追ってくるかな?

やっぱこの森に泊まるのは危険だな、別の森にするか…)

 

地図を開き、指でなぞる。

現在いる森から、付近の森までの順路を組み立ててみる。

 

(人の気配がある場所は逆に危険だ。

誰もいないような獣道を通っていきたいが…そうなると地図に乗ってないんだよなぁ…)

 

森の奥から、隣り合う山地を人差し指で辿っていくと、その先に見た事のない絵が描かれている。

山高帽とカソックコートを着た男の絵だった。

絵が丁寧にお辞儀をして、一言。

 

「足を止めてしまってよろしいのですか?」

 

「!!?」

 

地図を投げ捨て、走る。

その間、0.1秒。

 

「…足がお速いですな」

 

(何だありゃ!?どういう理屈だよ!!

訳わかんない事しやがって…!!)

 

道の無い、草木深い方へと逃げる。キルエにとっては逃げやすく、敵は追いづらいコース取りだ。

…だが。

 

「ケケケケケケ!!」

 

「ヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 

木々が嗤う。引き裂かれたような笑みを浮かべ、枝を伸ばして巻き付く。

 

「おいおい…なんだよコレ!

ディズニーアニメじゃねぇんだぞ!!」

 

毒の果実が落ち、そこが毒沼に変わる。葉が刃となって降り注ぐ。土がネバネバと固着し、動きを阻害する。

アナコンダめいて巨大なミミズが現れ、キルエを捕らえようとする。

まさに悪夢じみた光景だった。

 

「…上等だよ。元々俺にとっちゃ森は敵だ!

こんなもん慣れてんだよ!!」

 

地面に刺したナイフを足場にして軽やかに飛び、伸びてくる枝を高速で蹴って反動でまた浮く。

 

(とりあえずこの森を抜ける!

周りにごちゃごちゃとモノがあるせいで、幻術にかかりやすくなってんだ!多分!)

 

だが地図は捨てた。どこまで森が続いているのか分からない。

 

(…いや、この森を抜けられる保証はあるのか?

幻術にかけられてるって事は、永遠に出られねぇ可能性も…)

 

キルエの心を不安が支配しそうになったが、面倒になって思考停止した。

 

(もういいや。とにかく走ろう)

 

それは奇しくも、幻術に対する有効な防衛策の一つだった。

無思考の疾走で、ひたすらに幻影の悪意を振り払う。

 

(要はアイツから離れりゃ良…)

 

ただしそれは、通常の幻術に対しての策でしかない。

 

「あ、え?」

 

キルエの腹を突き破り、無数の刃が現れる。

 

「ぐ、ぎゃぁああああッ、おえッ」

 

地面に落下し、ドロドロになった土へと沈み込んでいく。

 

「ふざげんなッ、なめやがっ…ゔぉおおえええッ!!?」

 

針や虫、毒蛇などが喉奥から溢れ出る。

だがそれでも吐き気は収まらず、何か巨大な異物がせり上がってくる。

 

(なんなんだよ、これ。死ぬ。ころされる。こわい)

「おえ゛っ、あ゛ぇ…ええっ!!」

 

吐き出したのは、山高帽にカソックコートの男。

顔には目出しの覆面を被り、その手にステッキを握っている。

 

「お、まえ」

 

「ええ、私です。ガスマと申します!

傭兵の皆さんの中に貴方の姿を見つけた時は驚きましたよ。

何しろ足がお速くていらっしゃるので手こずりましたが、追いつけたようで何より」

 

男の表情は覆面の上からでも分かるほど笑みに歪んでいた。

 

「アルキュオード様も倒すほどの豪傑が相手となれば、こちらも死力を尽くさせていただきました」

 

言葉と裏腹に男の呼吸は全く乱れず、服には傷どころか汚れすら付いていない。

 

対するキルエの腹部はズタズタに裂け、血を吐き、毒に侵され、身体は半分地面に沈んでいる。

もちろんただの幻に過ぎない。が、痛みも苦しみも現実そのものだった。

 

「ま…ぼろし、こわい。

おねがい、します…ふつうに、ころして」

 

「そうはおっしゃいますが、キルエ様。

背中に隠した爆弾が怖くて近づけません」

 

「…クソッ」

 

「なのでこの位置から幻術を使わせていただきます」

 

ステッキで地面を叩くと、木の根が触手のようにキルエの首に巻き付いた。

それは、逃れられる救いなど存在しない、明確な死。

 

(ざけんな…こんな死に方あるかよ。

急に出てきた見た事もねぇ奴に殺されるなんて…意味分かんねぇ!

なんでいつも俺ばっか…ッ!!)

 

もはやキルエに出来るのは、憎悪の視線を向ける事だけ。

 

「では…………っ?」

 

森が、消えた。

 

「ッ!!?」「おやおや…?」

 

そこは巨大な城の中、玉座の間だった。

 

(は?どこココ?これもコイツの幻か!?)

 

(幻術!?…いえ、これは幻ではない。

今までの森が幻術だったという事ですか…?

この私が、欺かれていた…!?)

 

見上げても霞むほど高い天井。ステンドグラスから差す日の色彩。

水瓶を抱えた彫像から流れる水は、部屋を取り囲む溝を通って循環する。

実に美しく完成された空間だった。

 

「何者か」

 

「「!!」」

 

玉座には、1人の女が座っていた。

 

「何ゆえ我が城に踏み入るか、下郎ども」

 

床まで届こうかという長い金髪と、刺し貫いて殺すような赤い眼光。

身に纏うは薄い黒のドレス1枚なれど、その風格は歴然だった。

 

「…この、【幻魔大公】カーミラの居城に」

 

〈つづく〉

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